第18話

 レイシア様とお出かけをしてから、一週間の月日が経ちました。

 レイシアファミリーでの生活は元の生活よりも快適とまではいきませんが、逃亡していた時よりかはずっと快適です。

 それに、この場所で過ごす日々は……とても温かかった。

 レイシアファミリーの皆様はいかつくて、口調も素行も荒い方が多いですが、それ以上に気さくに話しかけてくれますし、私のことを気遣ってくれます。

 ファミリーに入ってもいない私のことを本当家族や仲間のように接してくれるのです。

 ……まだ、私はご厚意に甘えているだけの人間だというのに。

 それと、初めての体験をすることが多くなりました。洗濯というのも初めてですし、この前は料理を担当していた方と一緒に料理を作らせていただきました。

 前までは使用人や料理人に作らせていたので、新鮮な体験です。楽しかったです。

 それと、今は目下魔術の勉強をしています。といっても、今は私の理想についてです。

 安易な理想を選ぶわけにはいかない。そもそも、理想考えたこともなかった私にとってはかなり苦戦を強いるものでした。

 レイシア様は「すぐ思いつく理想なんてすぐに諦めちゃったり叶えちゃうからダメだよ? ゆっくりでいいんだからね」と言ってくれましたが……何も思いつかず、糸口も見つからず一週間が過ぎてしまいました。

 ですが、諦めるわけにはいきません。

 与えられた恩は返します。いつか私も皆様のお役に立ちたいのですから───

「どう、ソフィア? 自分の理想は思いついた?」

 横に立つミラ様が私の顔を覗いて尋ねてきます。

 激しい騒音と、刃と刃がぶつかる金属音が私の耳に響く。

「い、いえ……中々思いつかなくて」

「そう、別に焦る必要もないわ。私なんて三年もかかったわ……ま、今にして思えば三年なんてすぐなような気もするけど」

 それは不老になってしまったからだと……いえ、今はそういうことは関係なくてですねっ!

「理想のことだけど、もしかしたら色んな奴の理想を聞いてみるのもいいかもしれないわね。参考になるかもしれないし」

『さぁさぁ、皆行くよ! 悪党のアジトは今日で沈めろー! 全員殺せー!』

『おい、当主! てめぇ、先走りすぎだ! ちゃんと奴隷商人は生かしておかねぇと捕まった奴らの居場所吐かせられねぇからな!?』

『さぁ、暴れるよ! 行くんだよー!』

『『『『『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!』』』』』

『だから待てって!?』

「そういえば、ソフィアは何か目標とかないの?」

「……昔は「国民に優しい妃に」という目標はありましたが、今は───」

『襲撃だ!!!』

『ちっ! レイシアファミリーが襲ってきやがったぞ! ぐぁっ!』

『とにかく今は逃げろ! レイシアファミリーは相手がわる───ぎゃっ!?』

『この際、商人を置いて逃げても構わねぇ! 早く逃げねぇとアジトごと潰されるぞ!』

「そうよね、そういえばあなたは妃になる予定だったものね。そりゃ、急にその目標を忘れて新しい目標……なんて難しいわよね」

「あ、あのっ!」

『潰せ潰せ潰せ!!!』

『敵のボスは奥だ!』

『やめっ、こっちにくん───ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!』

『だから無闇に先行くなっての!!!』

「目標は理想に近いものよ。きっとそれを見つけることができればあなただけの理想も───」

「よくこの状況でお話ができますね!?」

「え?」

 私は首を傾げるミラ様を見て呆れてしまう。

 私達は仕事の一環ということで王都から南に下ったところにある街へとやって来ていた。

 そして、目的であった裏ギルド───暗殺や奴隷売買などを生業としている集団のアジトに訪れて……現在進行形で襲撃している。

 目の前では、レイシア様を筆頭にしたファミリーの皆様がアジトに問答無用で侵入し、問答無用で襲っていた。聞こえてくるのは裏ギルドに所属している方の叫喚、悲鳴、そしてレイシア様達の生き生きとした声。

 そんな襲撃の真っ只中……呑気にお話などできないのですが!?

「だって、ソフィアは早く魔術を覚えたいんでしょう? アドバイスはできる時にしないと」

「いや、ですがっ……今じゃなくても───ひゃっ!」

 激しい爆音が鳴り響き、思わず耳を塞いでしまいます。

「爆薬ねぇ……やるじゃない。このままじゃいつ建物が崩れてもおかしくはなさそうね」

「本当に呑気ですっ!」

 仁王立ちで他人事のように感心するミラ様に怒鳴ってしまう。

「といっても、これはいつものことだし……仮にソフィアがうちのファミリーに入るのなら、これぐらいは慣れてもらわないと」

「そ、そうは言いますが……」

「ま、戦闘や血から縁遠い場所に住んでいたソフィアにとっては慣れない環境でしょうね。だから私も強くは言わないわ」

 ミラ様は私の頭を優しく撫でてくれる。

 うぅ……分かってはいますけど、体がどうしても反射的に怯えてしまいます。

 アジトの中にはすでに死体が───公爵家にいた頃には絶対に見なかったものですもん。

 それでも、まだ吐き気を感じないことが救いなのかもしれません。

「でも、今後どの道を進むにしても恐らく避けては通れない道よ。今は私が守ってあげるけど」

「……はい、分かっています」

 そうです、これから私がレイシアファミリーを抜けることになろうがレイシアファミリーの一員となろうが……私は、もう元いた場所には戻れません。

 ならば、自分の身を守るためにも争いごとには慣れておかなくては。

『さぁさぁ、私に敵う人がいれば前に出ろ! 当主自らが相手にしてやるんだよ!』

 アジトの中で、レイシア様が体毛に覆われた巨腕を躊躇なく振るう。

 建物の至るところが破壊され、逃げようとしている方や剣を携えて向かってくる方も関係なしに、吹き飛ばされては潰される。その戦い方は正に無双。誰一人敵う様子もありません。

 赤子と猛獣、その例えが脳裏に浮かぶ。

「そういえばあまりお伺いしていなかったのですが……今回はどういったお仕事なのですか?」

「当主の気の赴くままに」

「……?」

 えーっと……よく分からないのですが。

「いつものことよ……誰かから「助けて」って言われたから助けてる。それだけ」

「そう、ですか」

 助けて───その言葉に、私は眉を顰める。

 その言葉は、以前私が口にした言葉。そして、その言葉を受けたレイシア様が取ってくださった行動。どうして襲われたわけでも喧嘩を売られたわけでもないのにわざわざ遠出してまで裏ギルドを襲いに来たのか? 納得してしまいます。

 ですが、どうしても……疑問が拭えません。

「レイシア様はどうして……誰かを助けようとしてくれるのでしょう?」

 金品を襲って奪ったり、人を殺してしまうのは悪党です。

 ですが、レイシア様は悪党と名乗っているとしても悪党として違和感を覚えてしまいます。

 襲う相手は悪党。貴族も襲いますが、ファミリーの皆様から聞いた話だとどれも全て「助けて」という言葉が裏にあるそうなのです。

 私の知る悪党は、皆己の欲を満たすためだけに行動し、平気で他者をも陥れる。

 ですが、レイシア様はそのようなことはなさいません。

 悪党を倒す───いいことです。それで皆が平和に生きられるのですから。

 貴族を襲う───無作為に襲うのはいけないことですが、助けを求められているのであれば正義なのだと思います。

 何もない一般人を襲う? この一週間しか私はファミリーにいませんが、ファミリーの方々もレイシア様もそのようなことはしませんでした。

 こんな悪党がいるでしょうか? 優しく、ありませんか?

「当主の理想は大悪党になることよ」

「聞いています」

「大悪党―――それは世界一の悪党集団の名前。数多の悪党を率い、悪名を轟かせ、歴史に名を刻もうとせん悪党一派。そして、当主が憧れた人でもあるの」

 大悪党、その言葉を聞いたことのない人物はいないでしょう。

 誰にも手がつけられず、誰もが恐れる悪党集団。レイシア様と同じく貴族中心に悪事を働き、どんな悪事だろうと裏には大悪党が関わっているという噂を聞きます。

 その気になれば国をも落としてしまうなどと言われているほど。悪名だけでいえばレイシアファミリーよりも知れ渡っているはずです。

「大悪党は───悪党を倒し、悪党を従え、救われぬ者に救いの手を差し伸べる。そんな人間になることが当主の理想なの。だから当主は誰であろうと「助けて」と言われたら助けるの」

 まぁ、根が優しい女の子っていうのもあるけどね、と。ミラ様は苦笑する。

「なるほど、理解しました」

 それは、この一週間だけで十分に分かりました。

 レイシア様は、優しすぎるのです。そして、ミラ様をはじめとした部下の皆様も。

 この人達は、私の知る悪党ではない《・・・・》。

「どう、当主の理想は? ついて行きたくなった?」

「……分かりません」

 しかし、やっていることは悪事と呼べるもの。

 どんなに救いが裏にあっても、表にある大義名分なの存在しないのですから。

 そういう考えが、私の中にこべり付いている―――恐らく、私が皆様の温かい手を取ってファミリーに入ると言いきれない理由がこれです。

「ま、強制も恩に着せることもしないからゆっくり考えてちょうだい。当主もファミリーの皆も、あなたが入るのなら歓迎するわ。もちろん私もね」

 飛び散る破片と煙が私達の目の前で静止する。恐らく、ミラ様の魔術の範囲内に入ったからでしょう。そのことに驚くことはしません。

 代わりに―――

「ミラ様は……どうして、レイシア様について行こうと決めたのですか?」

 純粋な疑問が浮かび上がった。

 レイシア様の理想は、褒められたものではないかもしれませんが私は素晴らしいと思います。

 ですが、それを共有しよう、支えてあげようなどと考えるものでしょうか?

 レイシア様は、恐らく私と同じぐらいの年齢です。しかも、レイシア様がファミリーを立ち上げる前から、ミラ様はレイシア様について行こうと決めたはず。

 何が、ミラ様を動かしたのか? レイシア様の理想をどう思っているのか?

 他の人の声がほしかったのです。どうしようもなく、私の中で揺れ動いているから。

「……うちのファミリーの大半はどうしようもないぐらいの悪党だったの」

 ミラ様は戦闘が続いている先を見つめる。

「クズで、救いようがなくて、何をやるにも自分が一番可愛い———そんな悪党。いつかは法の下に裁かれ、明るい未来も何もなかった。だけどそんな時、私達は当主に出会ったのよ」

 先にいるのは———銀髪の少女。

「あの時、私は当主に救われたから———ここにいるの」

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