第20話
懐かしむように、過去を思い返すように語るミラ様の表情は、とても柔らかかった。
「ミラ様は……助けてもらったからレイシア様について行こうと決めたのですか?」
「いいえ、そうじゃないわ。まぁ、ないとも言いきれなかったのだけど……」
ミラ様は懐かしむように唇に手を当てた。
「その時の当主が……眩しく見えたのよ。二百年も生きてきたはずなのに、そんな眩しさは一度も見たことがなかった。そして、その眩しさの根源はレイシア《・・・・》の在り方なんだってことはすぐに気がついたわ」
在り方、というのはレイシア様が追い求める大悪党の姿なのでしょう。
「私もあんな風に輝きたい、ずっと傍で見ていたい、羨ましい、憧れる……そんな感情が入り混ざって、今の私は当主について来てるの」
「そう、ですか……」
「ライダは、元いた孤児院を焼かれて復讐をしようと考えていた矢先に、当主と出会って自分の居場所を作ってもらった。他の皆だってそう、私も含めファミリーにいる人間は手を差し伸べられた結果、当主の在り方について行きたいと思って籍を置いているの」
だからね、と。ミラ様は柔らかい笑みを向ける。
「ソフィアが当主の背中を見てついて行きたいかどうか……恩とか無視にして、ファミリーに入るかどうかはそれだけを考えればいいと思うわ」
その笑みと言葉を向けられて、私は───
ふと、あの路地裏で見せてくれたレイシア様の背中が浮かび上がった。
(ついて行きたい……ですか)
正直、私にはこの世界のことなど分かりません。
悪は悪。国の認めるものこそ胸を張れるもの。
貴族というのはそういうもので、そういう生き方してきませんでした。
私が貴族でなくなってからまだ二週間も経っていません。いきなり今までの生き方を忘れて新しい生き方に切り替えるなど、体はついてきても頭が追いつきません。
ただ……ただ、です。
「レイシア様の在り方は……かっこいい、と思います」
「……そう」
あのような風に自分に正直で、真っ直ぐで、誰かを救って、温かい場所を作ってしまう。
その在り方が悪なのだとしても、あの時救われた私には憧れに似た眩しさを感じてしまった。
それは、ミラ様の話を聞いて……確信めいたものに変わりました。
レイシアファミリーの皆様は温かい人です。
罪人で、悪党で、野蛮で、素行が悪くて、自由で。それでもどうしても嫌いにはなれなくて。
もし、このまま私が罪人としてしか生きられないというのであれば。
縛られることも、元いた場所にも戻れないとするのであれば。
「私、は……あの背中を見続けていてもいいのでしょうか?」
「誰に許可を得る必要もないわ。あなたが決めることよ」
理想が見つかったわけでもない。
私がどうして罪人になってしまったのか、それすらも分かってはいない。
だけど……もし、私が自由な選択を取ってもいいのであれば、私はこの
「私、
「……そっか」
ミラ様が私の頭に手を置いてくださいました。
優しく撫で始めるその手は、どうしようもなく温かかったです。
♦♦♦
「ふぅ〜、今日もお疲れ〜!」
半壊した建物の瓦礫の上。
無事悪党集団をボコボコにして奴隷商人を捕まえた私は額の汗を拭って達成感に浸っていた。
「最近は順調に悪党を倒してるよね……これは悪党の天下を取るのも近いかも!?」
「何言ってんだ、我が当主」
ガシャ、ガシャ、と。瓦礫を踏みしめながらやって来るライダが呆れた表情を浮かべていた。
「毎回言ってるうけどよぉ……ちったぁ後先考えて行動しやがれ」
「いいじゃんいいじゃん! 奴隷商人も捕まえて、ここのボスはちゃんと倒したんだし!」
「捕まえたの俺な!? ここのボスに居場所を吐かせようって手筈だったのに殺そうとするから体張って止めたのも俺な!?」
「いつもありがとね、ライダ♪」
ライダは突っ走る私のセーフティーネットだね! かっこいいよ、ライダ!
「んで、結局奴隷は解放する感じでいいのか?」
「それでいいよ〜、奴隷商人から話を聞けば奴隷の場所なんて分かるでしょ」
「まぁ、吐かせりゃ問題はねぇ。ただ、罪人奴隷は解放しねぇ……そこは譲れねぇぞ」
「うん、私もそこまでは考えてないからね」
罪人奴隷っていうのは、今まで罪を犯して奴隷に成り下がった人間のこと。
解放しちゃってもいいんだけど、ライダは絶対にダメっていう。っていうのも「罪人奴隷になるっていうのはそれぐれぇの罪を犯した人間のことだ。仲間でもねぇ悪党を救う気にはなれねぇよ」ってことらしい。
私だったら助けちゃうんだけど、ライダはそこの線引きはちゃんとする。
悪党らしくない考え方でもあるんだけどね。その代わり、奴隷商人が攫ってきた人達は解放してあげる。そもそも、今回はそういう「助けて」があって動いたわけだからね。
「ま、あとはこっちでやっておくわ。当主はゆっくりどこかで遊んでこい」
「私、遊びに行ってもいいの?」
「当主もそういう年頃だろ。ちゃんと顔は隠しておけよ?」
そう言って、ライダは手を振ってから皆が集まっている場所へと戻って行った。
「ライダも私と同い年じゃん……」
なーんか子供扱いされてる気がするんだよ。そういう年頃って言ったらライダもそうなのに。
ぶすー、だね。遊びには行きたいけど、せっかくなら皆で遊びたいものなんだよ。
「ま、いいや! せっかくだったらソフィアちゃんと一緒に遊びに行こー!」
そういえば、同年代の女の子と遊んだ記憶がないや。
ミラとたまに遊びに出かけることはあるけど、ミラってあぁ見えて二百歳超えてるもんね。
ファミリーにいる女の子達は「と、当主とお出かけなんて恐れ多いです!」って言って遊んでくれないし……ぐすん。
「気にしても仕方なし! とりあえず、ソフィアちゃんを誘って―――」
「あ、あのっ! レイシア様!」
ソフィアちゃんを誘おうと思ってたら、ちょうどミラと一緒に瓦礫を跨いでやって来た。
「あ、ちょうどよかった! 私も今、ソフィアちゃんに―――」
「今、お話しをさせていただいてもよろしいでしょうか!?」
私の言葉が遮られる。
どうしたのかな? って思ったけど、ソフィアちゃんの顔を見て言葉が詰まった。
だって、ソフィアちゃんがしてる今の表情は……とても真剣だった。
私は思わず横にいるミラの方を見てしまう。
するとミラは私の顔を見て一度だけ首を縦に振った。
「うん……じゃあ、聞こっか」
二人がこんな様子なんだ。きっと、ソフィアちゃんにとって大事なこと。
っていうことは、これからの身の振り方でも決めたのかな? ソフィアちゃんは本当に悪い子じゃない。今はこんな場所にいるけど、遠い場所に行けば一人でもやっていけると思う。
ファミリーに入ってくれないのはちょっと……いや、すっごく悲しいけど、そうなったら笑顔で送り出そう。ついでに、ライダかミラにその遠い場所まで連れて行かせよう。
もし、一人で今回の自分で起こしてしまった事件を解決する……って言うんだったら、さり気なく手伝ってあげるんだ。
まだ一週間しか過ごしてないけど、ソフィアちゃんのことは大好きだから。
それぐらいはしてあげたい。
「レイシア様」
私は、可能な限り笑顔を浮かべて続きの言葉を待つ。
そして―――
「わ、私を……あなたのファミリーに入れていただけないでしょうか!」
続きを、口にした。
「……えっ?」
だけど思っていた言葉とは違っていて、思わずぽかんって口を開けてしまった。
「ほ、本当にいいの……?」
「……はい」
「私達、悪党集団だよ?」
「構いません」
「ソフィアちゃんが今までしたことのないようなことばっかするよ!? 今日みたいなこともいっぱいする! 絶対、誰も褒めてくれない……悪いことばっかりするんだよ!?」
「確かに、悪事に抵抗がないと言えば嘘です。抵抗はあります……ですが、私はそれでもあなたの
何度も確認したけど、ソフィアちゃんの言葉は変わらなかった。
「どう、して……? もしかして、助けた時の恩かな? それだったら、別に私は———」
「いいえ、私は恩義があって入るわけではありません」
ピシャリと、ソフィアちゃんが否定する。
「とおいっても、恩義がないわけではありません。私は、
真っ直ぐに、ソフィアちゃんが私の瞳を見据える。
「あの時、あなたの背中はとても輝いていました。安心するような、頼もしいような、同じぐらいの年齢のはずなのに、私よりもずっと強くて、優しくて……温かかった。絶望の淵にいる私に救いの手を差し伸べてくれました。そんなあなたを……ずっと見ていたい」
ミラが一人の私について来てくれた時も、ライダが一生支えてくれるって言われた時も、他の皆が私のファミリーに入ってくれるって言った時も……こんな感じだった。
「ファミリーの皆様も、こんな私を温かく迎えてくれました。ミラ様には、一歩踏み出すヒントをいただきました。当主様には、救いの手を差し伸べてもらいました」
胸がふわふわって、温かくなって、涙が込み上げてきそうになっちゃう。
嬉しい、たったそれだけなんだ。
「私は魔術も使えません。理想も見つからなければ、自分の起こした事件の答えすらも見つかっていません。ただ、見つけようとする時間も、これから貴族ではない一人の罪人として過ごす人生も―――あなたの横で過ごしたいのです。私は、あなた達と共に過ごしたい」
ソフィアちゃんはひとしきり言い終わると、一歩前に踏み出した。
そして、大きな声でこう叫ぶ。
「私の名前はソフィア! 殺人を犯した罪人で、力もまだありませんが……あなたの理想を支えさせてほしいです。私を、レイシアファミリーの末席に加えていただけないでしょうか!!!」
叫ぶ必要もない。誘ったのは私だ、断る理由など何一つない。
それでも、ソフィアちゃんは叫んだ。自分の中でのけじめと踏ん切りをつけるかのように。
そんな叫びは離れている場所にいた皆も、ライダも、横にいるミラも、私にもちゃんと届いた。無言で、皆が私を見つめてくる。
私の、答えを待っているんだ。
「あぁ……もう、ダメだなぁ」
やっぱり、何度味わっても……全然慣れないや。どうしようもなく嬉しくて涙が零れちゃう。
それでも、私はソフィアちゃんの決意に答えるように叫んだ。
「私の名前はレイシア! 大罪聖女と呼ばれ、レイシアファミリーを率いる当主! 悪党を倒し、悪党を従え、救われぬ者に救いの手を差し伸べる大悪党を目指す者!」
今日、この瞬間に……私の家族はまた増えた。
私の理想を、肯定してくれる家族を。
「ようこそ、ソフィアちゃん! 私達のファミリーはあなたを歓迎します!」
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、と。
敵地で、外なのにもかかわらず、皆の声が響き渡った。
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