第21話

「ぐす……ひっぐ、うぇぇ」

「あ、あの当主様!? どうして泣いているのですか!?」

「気にしないで、いつものことだから。はい、ハンカチ」

「ずびびー!」

 ミラがハンカチをくれた。優しい。

 やっぱり、誰かがファミリーに入ってくれる時って涙が止まらないんだよね。

 嬉しくて嬉しくて嬉しくて……こういう時に泣いちゃうから皆子供扱いしてくるのかなぁ?

 私は涙とちょっと恥ずかしいけど鼻水をハンカチで拭いて顔を上げる。

「うんっ! もう泣かない! それより、今日は宴だぁ!」

「そうね、今日も《・》宴だけど……まぁ、今回ばかりはいいでしょ」

「ライダもいいよね!?」

「俺は構わねぇーぞー!」

 遠く離れた場所でライダが返事を返してくれる。

『おっしゃ、お前ら! 早いところ終わらせて宴の準備をするぞ!』

『『『『『しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!』』』』』

 離れた場所で皆が拳を突き上げる。

皆もソフィアちゃんを歓迎してくれているようで嬉しいな。

「それで、その……当主様」

 そんな中、ソフィアちゃんがおずおずと声をかけてくる。

「どうしたのソフィアちゃん? 安心して、今日の料理に人参は入れないようにするから!」

「それ、当主の苦手な食べ物でしょ」

 失敬な! 三日ぐらい修行すれば余裕で食べられるから苦手の部類には入らないよ!

「一つ、お願いがあるのです。も、もちろん! ご無理は承知していますので、難しければ断っていただいても構いませんっ!」

「そんなに言わなくても大丈夫だって。私に叶えられることなら叶えてあげるよ?」

 もう同じファミリーなんだし、あんまり遠慮なんてしないでほしいな。

「今日この瞬間から、私はレイシアファミリーに籍を置くことになりました。戻るつもりはありません、私の問題はこの場所で解決することを目指します。しかし―――」

 ソフィアちゃんは指をもじもじとさせる。

「これからの一生を、悪党で過ごすのであれば……未練を、断ち切っておきたいのです」

「……うん、そっか」

「だから、最後に一度だけ―――私の親友にお別れを言いに行かせてほしいのです」

 おずおずとしていたはずなのに、最後の言葉を紡ぐ時の瞳はとても真っ直ぐだった。

 私の理想について来てくれるのは嬉しい。

 だけど、どこまでいっても公に褒められるものでもないし、過ごすのはこれから全てが裏側だ。ソフィアちゃんはそれを覚悟して私のファミリーに入るって言ってくれたんだと思う。

 でも、もう会えないのであれば最後に未練を———けじめをつけておきたい。

 恐らく、これからソフィアちゃんが新しい世界でしっかりと一歩が踏み出せるように。

「いいよ、ソフィアちゃん」

「本当ですか!?」

「ただし! 会いに行くなら私とミラも一緒に行くから。それだけは絶対に譲れないよ」

 ソフィアちゃんは今も指名手配されている身だ。いくら親友って言っているような親しい間柄でも、貴族の屋敷に行けば他の人に捕まってしまうかもしれない。

 ミラがいれば誰にも気づかれずに会うこともできるし、何かあれば私も守ってあげられる。

「それは問題ありません。ですが、いいのですか? これは私の我儘ですから、お手を煩わせるわけにも―――」

「いいの、気にしないっ! ファミリーのお願いを断るレイシアちゃんじゃないし、今の状況だったら一人で危ない場所に行かせるわけにもいかないもん! ね、ミラ?」

「そうね、別に大した手間ってわけじゃないし、あなたが気にするほどではないわ」

「……ありがとう、ございます」

 ソフィアちゃんがペコリって頭を下げる。

「それで、ソフィアちゃんの親友ちゃんはどこにいるの?」

 私は瓦礫に腰を下ろしてソフィアちゃんの話を聞く。

「私の親友の名前はイリア・バレッド。バレッド侯爵家の一人娘です。あの子は、基本的にあまり自分で外に出ようとするタイプの人間ではありませので、恐らく屋敷にいると思います」

「イリヤ・バレッド……」

「聞いたことがあるの、ミラ?」

「いいえ、詳しいことは何も。名前と顔ぐらいは知ってるわ」

 ミラが肩を竦める。

名前と顔を知ってるだけでも凄いと思うのになぁ。私、全然知らないもん。

「イリヤは、同年代でできた初めてのお友達なのです。爵位の近い同年代の女の子はイリヤだけっていうのもありましたが……彼女だけは、ずっと私の傍にい続けてくれました」

 その子は、もしかして前に言ってたブレスレットをくれた子なのかな?

 あんなに大事そうにしてたぐらいだから、よっぽど仲がよかったんだと思う。

 だったら、けじめをつけるためにも責任持って会わせてあげないとダメだね。

「ちょうどよかったわ。バレッド領ならここから西にすぐの場所にあるもの」

「じゃあ、ちゃっちゃっと行っちゃおうか!」

「えっ!? さ、流石に今の今で心構えとかできていないのですが!?」

「心構えとかいらないいらない〜、もしあれだったら移動してる間に考えればいいよ!」

「無茶です!」

 慌てるソフィアちゃんを放っておいて、私は魔術を起動させる。

「強欲が二項───形状変形、怪鳥ガルーダ、抜粋!」

 修道服が金色に染まり、私の背中から紅蓮の翼が生えてくる。

「え、え……っ? あ、あのミラ様? 私……嫌な予感がするのですが?」

「……私、空の旅ってあまり好きじゃないのよね」

「ミラ様!?」

 驚くソフィアちゃんと頬が引き攣っているミラを私は両腕で抱き締めた。

「あ、しっかり捕まっててね? 私、か弱い女の子だから落っことしちゃうかも」

「だったら馬車で行きましょう、馬車で! 先程は馬車で移動したではありませんか!」

「あれはほら、これから皆が奴隷の人達を運ぶやつになるし、そもそも帰るためのものだし」

「諦めなさいソフィア。あぁ、当主に抱きつけるのは嬉しいけどこればかりは本当に嫌だわ」

「もう少し頑張りましょ、ね!? ミラ様も、お空を飛ぶのは嫌なのではありませんか!?」

「それじゃ、早速行ってみよー!」

 私は翼を羽ばたかせ、一気に青空に向けて飛翔した。

「きゃ……きゃぁぁっぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 ソフィアちゃんの悲鳴が、耳に響いてちょっと痛かった。

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