第22話

「というわけで着きましたバレッド領〜!」

 お空の旅をすること約二十分。私達はバレッド領までやって来ていた。

 降り立った時計台から見下ろすバレッド領は自然が多かった。森や林って言うわけじゃなくて、庭とか並木道とか広場に咲く花とかそういう感じ。

 建物もこの時計台以外はそれほど高いものはなくて、民家と少しばかりの屋台が並ぶ市場だけ、穏やかという言葉が合うような街並みだった。

「はぁ……はぁ……苦しいです」

「……辛いわ」

 そんな景色を眺めている横で、息を荒くするソフィアちゃんと、げっそりとするミラ。

お空の旅はお気に召さなかったらしい。空から見る景色とか遮蔽物が何もなくて見晴らしもいいし、解放感があっていいと思うんだけどなぁ。

「ソフィアちゃんは一回お空の旅をしてるはず……なのに何故?」

「その一回というのは私が助けられた時でしょうか? 私、気を失っていませんでしたか?」

 確かに言われてみればそうだったかも。

「ミラに至っては何回もしてるはずなのに……何故?」

「……私、人だもの」

「私も人なんだけど!?」

 まるで私が人じゃないみたいな言い方はやめてほしいかな!?

 いや、魔術を使ったら確かに外見人じゃなくなる時もあるんだけどね。


 ―――っていうやり取りをした私達。

 時計台から降りてソフィアちゃんに案内され、今は物陰に身を潜めて屋敷の様子を窺っている状態です。

「……やっぱり、騎士さんはいるねぇ」

「……まぁ、侯爵家は上から数えた方が早い爵位だもの。いて当たり前ね」

「……どうしましょう? 前までの私であれば通れましたが、今は普通に捕まってしまいます」

 屋敷の前。大きな門の前には二人の騎士が直立不動で立っている。

 屋敷の周りには登ろうと思えば登れるぐらいの高さの柵がずらーって並んでいて、入るに入れない。だって、登ろうとしたらすぐに中にいる人にバレちゃうもん。

 飛んでもいいけど、結局はどこかに着地しないといけないから必ずバレちゃう。結局は、誰にもバレずに親友ちゃんのいる部屋までいかないといけないから、気づかれずに正面からも裏からも侵入することは不可能。誰かしらを無力化しないといけない。

 でも―――

「大丈夫! うちにはミラがいるよ!」

「そうでした! ミラ様がいました!」

 私とソフィアちゃんが期待の籠った瞳で見つめる。

 するとミラは気恥ずかしそうに頬を染めると、私の太股へと手を伸ばし―――

「おかしくない!?」

「いえ……触ってほしいっていう目をされたから」

 そんな期待の目はしてないよ!? 脈絡もなんにもなかったじゃん! どうして私がこの状況で急に「触ってほしいんだよ」って思わなきゃいけないの!?

「とにかく! ミラが時間を止めてくれたら誰にも気づかれずに入れるの! 私の太股なんて触ってないで、早く時間を止めてよ!」

「止めてるわよ?」

「…………」

 どうりでさっきから門の前にいる騎士が綺麗な直立不動を見せてると思ったよ。

「特に物陰に隠れる必要もなかったけれど、とにかくいるかも分からないし早く行きましょ」

 ミラが物陰から立ち上がって堂々と屋敷に向かって歩き出していく。ちなみに、人がいなくなった瞬間にお面を取ってしまったので、本当に永遠の騎士だって分かる状態で。

「……ミラが早く言ってくれたら隠れる必要もなかったのに」

「あははは……」

 私は肩を落としてミラのあとを追っていく。

 ソフィアちゃんは苦笑いを浮かべながら、優しくあやすように私の頭を撫でてきた。

 これは子供扱いなのかな? ソフィアちゃんだけは子供扱いしないって信じてるからね?

 そして私達は堂々と屋敷の中へと入っていく。

 こんなにすんなりと誰にも気づかれず入れるんだから、強盗とか窃盗とかもう余裕だよね。昔のミラ? いや、ちょっと前のミラはそうやって生きてきたみたいだけど、停滞した時間を歩いていると改めてミラの魔術が凄いんだなって実感しちゃう。

 門にいた騎士が動き出さないかビクビクしていたソフィアちゃんがちょっと可愛かった。

 そして、屋敷の中は外から見える大きさからも分かる通り広かった。

 赤い絨毯が敷かれたエントランスに、二つに分かれる螺旋階段。一階も二階にも多くの扉があって「そんなにいっぱい人が住んでるの?」って思っちゃいました。

「それで、親友ちゃんはどこにいるの?」

「右手の階段を上がった突き当たりにあります。そこがイリヤの寝室ですから、恐らくこの時間帯だと工作に励んでいるのではないかと」

「工作?」

「えぇ、イリヤは物を作るのが好きなのです。このブレスレットも、イリヤのお手製ですから」

「ふぅ〜ん」

 いい趣味だなぁ……女の子っぽくて可愛い感じがする。私はそういう細かい作業とか器用じゃないから苦手なんだけど、そういう趣味はいいなって思う。

「イリヤ、いきなり現れてびっくりしないでしょうか……」

 私達は止まっている時間の中を動いていて、他者からすれば私達の動きは一秒すらない。

 そんな中、私達が親友ちゃんの目の前までやって来て時間を動かせば、親友ちゃんにとってはまるで瞬間移動でもしてきたかのように映っちゃう。ソフィアちゃんの懸念もごもっともだ。

「今時、いきなり現れた程度で誰も驚かないわよ」

 凄く驚くと思う。それはミラに慣れちゃってる人限定の話だよ。

 ソフィアちゃんが苦笑いを浮かべている中、突き当たりの扉の前までやって来た。

 ミラがなんの躊躇いもなく扉を開ける。

 部屋の中にはカーテンがついている大きなベッドが一つ。二人がけぐらいの可愛らしいソファーと小さいテーブルが真ん中に置かれていて、端の方には椅子と小さな小物が並ぶもう一つのテーブル。そこに肩口まで切り揃えた女の子が一人座っていた。

作業中なのか、手には針と布が握られている。

「あの子が親友ちゃん?」

「はい……私の、親友です」

 横にいるソフィアちゃんが唇を震わせながら呟く。

こんな状況で……久しぶりに会うことのできた親友に込み上げる想いでもあったんだと思う。

 私はミラにアイコンタクトを飛ばすと、ミラは指を鳴らして、後ろへと下がった。

 私も、それに続く───停滞していた時間が、動き出す。

 親友ちゃんの手が動き出し、壁にかけてあった時計の刻む音が響き始めた。

 動き始めたことに、ソフィアちゃんは驚きも戸惑うこともしない。

 その代わり───

「……イリ、ヤ」

「ッ!?」

 親友ちゃん肩が急に跳ねる。そのまま声のする方に勢いよく顔を向けた。

「なっ!? いつの間に、そこに……い、いやっ! 違う、それより───」

「お久しぶりです、イリヤ」

 親友ちゃんの瞳に、涙が浮かび上がった。


「ソフィア様っ!!!」


 親友ちゃんが手に持っていた針と布を放り投げ、ソフィアちゃんに向かって駆け出す。

 ソフィアちゃんは両手を広げ、親友ちゃんが飛び込んでくるのを受け止めた。

「どうしてここにソフィア様が!? ううん、そもそも無事だったんですか!?」

「はい……一応、無事ですよ」

「よかった……私、本当に心配……心配、して……ッ!」

 抱擁、それだけ。でも、涙を流しながら頭を押し付ける親友ちゃんと、涙を堪えながら優しく頭を撫でるソフィアちゃんを見ると、こっちまで涙が出てきそうになった。

「心配かけてごめんなさい。会いたかったです、イリヤ」

「私も……会いたかったですソフィア様ぁ……」

 親友ちゃんがソフィアちゃんから離れ、涙を拭う。

「いっぱい聞きたいことがあるりますよ……でも、その説明に来たわけじゃないんですよね?」

「えぇ……イリヤには、お別れを言いに来ました」

「そうですか……」

 親友ちゃんの顔が悲しく染まる。ソフィアちゃんの顔もとても苦しそう。

 握り締めるソフィアちゃんの拳が、それを物語っていた。

「私は今、後ろにいる方々にお世話になっています。そして、これからはあの方達について行くことにしました」

「……っていうことは、戻ってこないんですね」

「私はそれだけのことをしてしまいましたから」

「あんなの、いつものソフィア様なら絶対にしません! きっと、何か事情があって───」

「それでも、私が犯した罪ですから……ですがイリヤの言う通り、私はあの一件には何かあると思っています。それを、私は探し続けます」

 でも、もう戻れませんけどね。そう、ソフィアちゃんは小さく笑う。

「……あの人達は大丈夫なんですか? 私、知ってます───あの人達を見て、どうやってここに来たのか分かりましたから」

 流石に私とミラのことは知ってるよね。だったら、ここにどうやって来たのかも。

「あの人達はとっても悪い人達です」

「だったら───」

「ですが、大丈夫です。私の命を預けられるぐらいには」

 ソフィアちゃんが胸に手を当てる。

「あの人達は公爵家に生まれて、縛られることしかなかった私の人生の中で初めてついて行きたいと思える人達です。それは、私が自ら接し、自らが思い、自らが選んだこと。世間体など関係ありません。自らの生き方と違っていても構いません。私は、あの人の理想を横で見ていたい───確かに、世界に悪名を刻もうとする悪党ではあります。ですが、それだけじゃないことを私は知りました。同じ道を進みたいと、思えるほどに」

「……ソフィア様」

「それに、私はもう罪人ですから。何もおかしくはないですよ?」

 その言葉に、親友ちゃんは何を思ったのかは分からない。

 ただ私はその言葉を、その様子を後ろで見守ってるだけ。

 ミラも同じように黙って二人だけの時間を作ってあげている。この時間に、水を差したくはないし、差すようなことでもないから。

「……分かりましたよ。ソフィア様がそう言うんだったら間違いないと思いますし、私からは何も言いません」

 親友ちゃんは口を開くと、体を横にズラして私達の方を見た。

 そして、頭を下げる。

「ソフィア様のこと、どうかよろしくお願いします」

 貴族が悪党に頭を下げる。そんなの普通はあり得ない。

 だからこそ、どんな想いで頭を下げたのかがヒシヒシと伝わってきた。

 だから私は、その想いにしっかりと応えるために、しっかりと親友ちゃんの目を見つめた。

「うん……レイシアファミリーの当主として、私の理想に懸けて誓うよ。ソフィアちゃんは任せて───私達のファミリーは、どんなことがあっても家族は見捨てないから」

「……ありがとう、ございます」

 親友ちゃんはもう一回頭を下げる。すると、自分の机に戻って引き出しを開けた。そこから取り出したのは、一つのミサンガだった。

「最近、私が作った中での自信作! ソフィア様にあげます!」

「いいのですか? あなたからはブレスレットをいただきましたし───」

「いいんです! 今の私があげられるものなんてこれぐらいしかないですし、それに───」

 親友ちゃんが、ソフィアちゃんに向かってはにかんだ。

「私のこと、忘れてほしくないですし」

「イリヤ……」

 ソフィアちゃんが一瞬だけ口篭る。でも、もらったミサンガを大事そうに握った。

 そして、前にもらったブレスレットをつけている手とは反対側に、ミサンガをつけていく。

「ふふっ、これでイリヤのことは忘れませんね」

「はいっ! あ、でも……会えそうだったら会いに行きますから! 手紙も、ちゃんと出すんで送ってください!」

「えーっと……」

 困った顔でこちらを見る。

 別に手紙くらいはいいんじゃないかな? 会うのも、頻繁には無理だけどちゃんと気をつけてくれさえすれば大丈夫。

 だから私は親指を立てて笑顔で返事を返した。

 ソフィアちゃんはペコりと頭を下げると、少し嬉しそうに親友ちゃんの頭を撫でた。

「では、また今度お手紙を出しますね」

「楽しみにしてますから!」

 そう、満面の笑みを見せて親友ちゃんはソフィアちゃんに抱き着いた。

 そして───

「それじゃ、イリヤ……そろそろ行きます」

「分かりました……」

 静かに、体を離して手を振った。


「名残惜しいけど、また今度・・・会いましょう」

「はい、ソフィア様! またいつか《・・・・・》!」


 その言葉を最後に、時計の針を刻む音が止んでしまう。それは、ちゃんとした引き際の合図。

「もうよかったの、ソフィア?」

「はい……これ以上は、本当に名残惜しくなってしまいますから」

「……そう」

 ミラはそれ以上言わない。その代わり、その部屋を出るための扉をそっと開けた。

「けじめは、つけました。思い残すことも未練も……もうありません」

「……うん」

 少し寂しそうな表情でそう口にする。

 ソフィアちゃんは自分でちゃんとけじめをつけたから、こんな顔をすることになったんだ。

 願わくば、もうこんな顔はしなくても済むような人生を送ってほしい。

 そうしないためにも、私達ファミリーがしっかりと支えてあげるんだ。

「困ってしまいました……」

 その部屋を出る瞬間、ソフィアちゃんは瞳に涙を浮かべながら小さくはにかんだ。

「魔術具……どれにするか悩んでしまいます」

 色々なものと過去を切り捨て、悪党となる今日、ソフィアちゃんは大切なものが増えた。

 これで、ソフィアちゃんはこれからこの世界で生きていき、私のファミリーで過ごしていく。

 間違いなく、今日こそがソフィアちゃんにとっての転機。

 名実共に、ソフィアちゃんが悪党になった瞬間だ。

 新しい人生が、スタートする───でも、


 その二日後、ソフィアちゃんはアジトから姿を消した。

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