第14話

「早速始めちゃおう! って言う前に、ソフィアちゃんって魔術のことをどこまで知ってる?」

「そうですね……正直、皆様がよく使うので魔術に対する珍しさはないです。そして、魔術を編み出すのは難しいということも。ただ、どういう過程でどうやって編み出していくのか……それは知りません」

 魔術は私達がよく使ってはいるけど、実際に編み出して使いこなしている人は少ない。

 それは単純に編み出すのが難しいから。

 それでもソフィアちゃんがよく目にしているというのは、単純に騎士さんとか宮廷の魔術師さんが使っているからだと思う。貴族で駐屯している騎士や魔術師は魔術が使えるのが条件だったりするからね。そんな人達の傍にいれば、ソフィアちゃんも物珍しさはないかも。

「おっけー! じゃあ、基本的なところから教えちゃうね。一応言っておくけど……私は独学で編み出したから、他の人とは教え方が違うかもしれないけど、それは別にいい?」

「は、はいっ! 教えていただけるだけでありがたいので!」

 そっか、なら安心だ。変なことを教えないか心配ではあるけど。

 でも、頑張ろうかな! 一度先生みたいなこともしてみたいなって思ってたし!

 私は筆を握ってメモの準備を始めたソフィアちゃんを見て気合いを入れた。

「まずは、魔術について説明するね。基本的なところとして、魔術を使うには魔道具がなければダメっていうのは知ってる?」

「はい、そこは一応」

「魔術は魔道具に魔力を流すことによって現象をこの世に現す。どんな現象か? っていうのは、魔術具に埋め込んだ『テーマ』によっちゃうんだ」

「テーマ、ですか?」

「うん、例えば私なんかは『大罪』をテーマにしてるんだよね。傲慢とか憤怒とか嫉妬とか! 私の魔術は『大罪に当て嵌まった生物の変形』かな。テーマっていうのは、自分の理想を叶えるために必要な要素。そのテーマからどうやって魔術として編み出せるのか? それは自分のテーマから生み出された想像だね」

 私の場合は『大罪』から生物を関連付けた。

 どうしてそうしたのかっていうのは、単純に生物にした方が想像つきやすかったの。

 だって傲慢とか嫉妬とかって感情でしょ? そんなの、具体性も何もなくて「どういう魔術として編み出せるのか」っていう想像ができないもん。

 え? じゃあどうして大罪をテーマにしたかって? それは大罪って悪党っぽいじゃん? とりあえずシスターを辞めてすぐだったからそういう認識だったんだよね。

「ミラの場合は確か『美』をテーマにしてたかな? どうしたら自分の美しさを保てるかって考えた時、『自分の時間を止めればいい』って行き着いたんだって。ほら、老化さえなかったらずっと同じ容姿でいられるでしょ?」

「なるほど、だからミラ様は不老でありそのテーマから今の魔術に至ったわけですね」

「その通り!」

 物分かりがいいね、ソフィアちゃん!

 それと、勉強意欲もあるのか話を聞きながら筆を動かす手が止まっていなかった。

 そういうのを見ちゃうと、教えがいがあるってもんだよ!

「ということは私も魔術具にテーマを埋め込み、どういう魔術を編み出したいかという想像ができれば魔術が仕える……ということでしょうか?」

「そう簡単にできるものじゃないんだよね。たとえば、自分が持っている魔術の総量が想像をよりも足りなかった場合とか、想像も漠然としていたりすると発動しなかったりとか」

 世界中の人を洗脳したい! って思っていても、自我を支配するってことだから人一人の人格を乗っ取るために必要な魔力はかなり多い。何せ、その人も魔力を持っているんだから、その魔力すら支配しないといけないからね、最低でもそれを超えるぐらいはないとダメ。それが世界中の人全員ってなったら、本当に莫大な魔力が必要になってくる。

 人一人が持つ魔力には個人差こそあるけど、流石にそこまで多い魔力はあり得ない。

 それと想像の話だけど、これも当たり前のことで……本来なら存在しないはずの現象を世に現すんだから漠然とした想像だと世に現せない。

 簡単に言っちゃえば「すっごい絵を描いて!」って言われてキャンパスと絵具を用意して、いざ書こうとしても普通は「どんな絵を描けばいいのか」って分からないよね? それを世界に言っているのと同じ。キャンパスや絵具みたいな魔力が流石にあっても、漠然とした情報だけじゃ世界は絵を描いてくれないし描けない。

 だからより密に、正確な情報を与えてあげる必要があるんだ。

「それと、魔術を編み出すのが難しいって言われている理由はもう一つあるんだ」

「もう一つ、ですか?」

「うんっ! それが『魔術具』の存在だね!」

 ソフィアちゃんが筆を走らせる。

「魔術を発動させるために必要な魔術具―――ソフィアちゃんは、魔術具が市場で売られているところって見たことある?」

「それは……そういえば、見かけませんね」

「そうなんだよ。魔術具が販売されていたら皆魔術が使えるはずだよね? 誰にでも魔力は持ち合わせている。あとはテーマを決めて―――ってすれば、もっと世の中には魔術が使える人間は増えるはず。でも、そうはなってない……魔術具は、売れない《・・・・》んだよ」

 私が口にすると、ソフィアちゃんはこてん、と首を傾げた。ちょっと可愛い。

「魔術具はその人のためのものであり、その人にしか扱えないからなんだ。っていうのも、魔術具は使用者の『理想』を源にその機能を発揮するから。テーマに起因するものだね」

 魔術具というものは使用者の理想によって魔術具として成り立つ。

 自分がどうありたいか、どこを目指したいか、どういう道を進みたいか。これを魔術具に刻むことによって、道具は魔術具として成り立つ。

「魔術具は使用者が理想を追い続ける限り魔術具として機能する。その人の理想を追い続けなきゃいけないのに、他人が魔術具を作って自分が使おうとしても、結局は魔術具に刻んだ理想は使用者のものじゃないよね? だから、魔術具は売れないんだ」

 他人が作っても、それは所詮他人の理想で作った魔術具。

 自分がその人の理想なんか追い続けられないし、理想だとも思えない。だから売ったところで使えないからそもそもが売れない―――これが、市場で出回ってない理由だね。

「そして、魔術具は理想を追い続ける限りどんなものでも魔術具として成立させることができるんだ。好きな物とか思い入れがあるものとか、使い勝手がいいものとか。ミラは右の眼球だし、私はこの修道服だからね!」

「であれば、私も魔術具を作る際はどれにしてもいいわけですね」

「その通りだよ! それで、ここからがもう一個―――魔術具を作るために必要なこと」

 私は修道服に魔力を流して魔術を発動させずそのままを維持する。

 すると修道服は金色に輝き出し、やがて白く大きなルーン文字が浮かび上がった。

「レイシア様、それは……?」

「これは『刻み名』っていうもの。さっき『魔術具は自分の理想を追い続ける限り機能する』って言ったよね? これはその理想を文字に起こして刻んだものなんだ」

 これを刻むことによって、魔術具は使用者の理想を認識して魔術を発動させる媒介として成り立つ。認識し続ける限り―――使用者が理想を追い続ける限り、ただの道具は魔術具として魔術のサポートをしてくれるんだ。

 逆に言えば、理想が叶ったりとか諦めちゃったりすると、作った魔術具は機能しなくなる。

「道具に刻める刻み名は一人一つ。だって、理想が二つもあったらそれはもう理想じゃないもん……理想って言うのは『一番追い求めたい目的』なんだからね。それと、他の道具に同じ刻み名を刻んだり別の道具に別の刻み名を刻むのも無理なんだよ」

「そういうことですか……ちなみに、参考までにお伺いしたいのですが、皆様はどういった刻み名を刻んでいるのでしょうか?」

「えーっとね……ミラは『永遠の美麗をこの手に』だったかな?」

「ミラ様らいしですね」

「でしょ!? ライダは確か『届かぬ想いを届かせる手段を』だったかな?」

 ライダの刻み名を聞いた時は思わずニヤニヤだった……軽薄で見境がない男の子なんだなって思っていても、根は一途なんだって分かったからね。

「私は『救われぬ者に救いの手を』っていう刻み名だよ!」

「あぁ、なるほど。これまた、レイシア様らしい刻み名ですね」

 もちろんだよ! その人らしいっていうのは、その人がちゃんと理想を追い続けているって証拠だからね! 魔術を使う人間は大体「その人らしい」が顕著に出てるものなんだよ。

「そういえば、さっきの話なんだけど……一応例外はあるんだよね」

「例外ですか?」

「そうそう、例外っていうのがね―――」

呪術具・・・

 口にしようとした瞬間、ミラが紙束を机の上に置いてこっちにやって来た。

「当主が言っていた例外、というのは『呪術具』の存在ね」

「……呪術具、というのはどういったものなのでしょうか?」

 ミラがソフィアちゃんの横に立つ。

 もうお仕事終わっちゃったのかな?

「呪術具というのは道具にテーマを組み込んで魔術を発動させる道具のことよ」

「それは魔術具と変わらないのでは? 魔術具もテーマを組み込んで使用するものですし」

「確かに、原理としては一緒ね。ただ違うのは、魔術具は使用者である自分が魔術を発動させるのに対して、呪術具は他者に魔術を発動させるのよ」

 ミラが私の机に置いてあった紙とペンを取って、ソフィアちゃんの前まで持って来る。

 そして、小さな棒人形の絵を描くと大きく丸と矢印を書いていった。

「呪術具の基本は他者を呪うこと。自分の理想を叶えるために使われる魔術具とは正反対なの」

「相手の魔力を強制的に使って魔術を発動させる呪術具に理想はいらない。ただ相手に呪うだけだから、自分の魔術具を作っていたとしても呪術具を使うことも作ることもできるんだよ」

 理想とは関係ないからね。相手をどれだけ呪いたいか───この一点さえしっかりと抱いていれば呪術具は作れるし発動できる。

「だとしたら、呪術具という存在は多く存在しませんか? 聞けば魔術を使うことも相手を貶めることもできる……汎用性が高いような気がします」

「ソフィアの言うことはごもっともね。だけど、呪術具はデメリットの方が多いの。他者に干渉させる魔術だから相手に呪術具を持たせないといけなかったり、そんなに高度な術式は組み込めなかったり、一度起動すればその呪術具は破損して使いものにならなくなるとか、ね」

 呪術具が組み込めるのは簡単なものだけ。何せ、自分の手元から離れているわけだし他人の魔力を使うから思うように操作ができないもん。

 あまり複雑にしすぎちゃうと魔術が発動できなかったり呪術具が壊れたりするんだ。

 だからできるとしても行動を一つ起こすぐらいが精一杯。「死ね!」なんてことはできないかな? 自害させるためには相手の存在意識の中にある自己防衛を突破するぐらいの複雑な術式を組まなきゃいけなくなるからね。

 その分のメリットは一つしか使えない魔術を二つ使えること。相手の魔力を勝手に使うから自分の魔力浪費がないのと誰にでも呪術具を使用させることができるっていうことかな?

「ま、という感じの例外って話かな? 一般的に魔術方が多いし利点もあるから、ソフィアちゃんは魔術のことを学んでおけばいいよ! そもそも、呪術具を作ったり使ったりするには魔術が使えないといけないから!」

「わ、分かりましたっ!」

 ソフィアちゃんが可愛らしく拳を握る。

 うんうん、勉強熱心な女の子で教えてるこっちも嬉しくなるね。

「呪術具といえば……」

 そう思っていると、ミラが何か思い出したかのように呟いた。

「最近、呪術具を研究してる集団があるのよね」

「ふぇっ? そんな集団がいるの?」

「えぇ、私も話を聞いただけだからあまり詳しくはないんだけど───魔術具ではなく呪術具を研究していて、研究と私怨のためなら誰彼構わず躊躇なしに呪術具を他者に使用させるの」

 えー、何そのおっかない集団。物騒じゃない?

「その集団の名前は呪術教団───愚者の花束」

「そんな集団がいるのですね……」

「まぁ、といっても最近話に聞いただけよ。そこまで名が知られてないってことは最近できた集団なのかもしれないわね。手配書もそんなに出回っていないようだし」

「ふむふむ……つまり、私達の後輩だね!」

 これは先輩風を吹かせるしかないんだよ……具体的には、いつかぶっ倒す方向で!

 聞く限り完全に悪党だし、悪党を倒すのが大悪党だからね!

「ちょっと思い出しただけだから気にしないでちょうだい。当主も、講義してていいわよ」

「といっても、言いたいことは言ったしなぁー」

 ミラが座っていたソファーに戻り、再び二人の講義に戻ってしまう。

 講義といっても、もう教えたいことは言っちゃったし、あとは自分の魔術を編み出してみるしかないんだよね。

「じゃあ、最後に総まとめをしよっか!」

「はい、よろしくお願いいたします」

 私はソフィアちゃんに向き直ってもう一度説明する。

「色々話しちゃったけど、魔術を編み出すには魔術具を作ること! 自分の理想を決めて、自分の決めた物を魔術具にする。それからテーマを───って感じだけど、まずソフィアちゃんは刻み名と道具を決めようか」

「分かりました……といっても、すぐすぐ思いつくものではありませんね」

 ソフィアちゃんが苦笑いを浮かべる。

「普通はそうだよ。私は大悪党に憧れたから魔術を編み出そうと思ったし、そもそも理想が初めから見えてたもん。これから魔術を編み出そうと考えている人がすぐに見つかるわけない」

 あまり簡単に考えちゃうと理想を追い続けることなんてできないから、ちゃんとずっと追い続けられる理想を考えなくちゃいけない。

そこも含めて、魔術を編み出すのが難しいって言われてるの。

「ちなみに、魔術具はどうする?」

「えーっと……私はこれにしようと思います」

 ソフィアちゃんは腕を上げて見せてくれる。

 その腕には色鮮やかな石で作られたブレスレットがつけられていた。

「イリヤ───親友からもらったものです。思い入れもありますし、私の一番の宝物なのです」

 そっか……親友さんからもらったものなんだね。

 多分、その子は貴族の子なんだろうな。そして、とても大事なんだっていうのはソフィアちゃんの顔を見ればすぐに分かった。

「……うん、いいと思うよ! っていうより、私もそれがいいと思うな!」

「本当ですか!? ならよかったです……」

 ソフィアちゃんが胸を撫で下ろす。

 安心したのかな? 自分の魔術なんだから、私の反応なんて見なくても好きなのを選べばいいのに。でも、安心したソフィアちゃんの顔には……柔らくて、嬉しそうな、年相応の笑みが浮かんでいた。

(そういう顔ができるんだったら、それが一番の答えだと思うな……)

 魔術具は理想を追い続ける限りずっと自分の傍にいる。簡単に切っても離せない───そういうもの。

だからこそ、自分の半身といっても過言ではない。半身になるのは……自分の理想と同じぐらい大事なものだと、きっと理想を追い続ける自分の糧になってくれるはず。

「それじゃ、今日はソフィアちゃんの理想について───考えてみよっか!」

 そのブレスレットを、魔術具にしてあげたい。

 そのためには魔術を編み出さなくてはいけない。

 だから私も頑張ろう。

 ソフィアちゃんが魔術を編み出せるように、一人の女の子の宝物を半身にしてあげるために。


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