第16話
「うがー! 遊びに行きたいー!」
私だって遊び盛りの女の子。世間的には子供部類に入る私は、窮屈な世界よりもお外に飛び出して知見や楽しさを味合わなければならないお年頃だ。
当然、アジトという鳥籠にいれば不満も溜まっていく一方。何もすることないし、お洋服もお菓子もいっぱい食べたいし!
───という欲求が溜まりに溜まって、お昼すぎのこの頃に、私は一人不満を爆発させていた。
「遊びに行ってもいいけど……お小遣い、もう少ないんでしょ? 今度新しく出るスイーツを買うために貯めたお金しか残ってないって言ってたじゃない」
ソファーで書類に目を通すミラがそんなことを言った。
「そうなんだけども! そうなんだけどもさ! 最近ずーっとお仕事とアジトに籠りっぱなしで、お外に出てないから嫌なの!」
「そう言われてもねぇ……外に出たら何かとお金は入り用じゃない、外に出たってすること限られるわよ?」
優しく諭される私。確かにお金を持っていないとお買い物もお菓子を食べることだってできやしない。お布施も払えないから教会に行ってお祈りもできない悲しさだよ。
こんなことなら、お小遣いをもらったその時に遊びに行くんじゃなかった……あの時は「やったー! 遊べるんだよー!」って思いだったけど、今じゃあの頃の私が恨めしいよ。
「レイシア様はその……お小遣いで生活されているのですか?」
ミラお手製の魔術の教科書をテーブルに置いたソフィアちゃんが首を傾げる。
「当主はまだまだ子供だから」
「ぶーぶー! 子供扱いをするなあんぽんたーん! 私は立派なレディーだー!」
「立派なレディーはお小遣いが入ったその日に散財しないわよ」
ぬぐ……! それを言われてしまったら何も言い返せないんだよ!
「悪党がお小遣い……」
そして、信じられないような目で私を見てくるソフィアちゃん。
言いたいことは分かるよ。ほしい時に、足りなくなった時に金品奪う悪党がなんでお小遣い制なの? っていう疑問は当然なんだよ。
でもね、私が好き勝手にお金を使うと「ファミリーのお金がなくなる」って言ってライダが許可をくれなんだよ。否定したいんだけども! 私が当主なんだけども!
「あ、あのっ! 私、今はお金を持っていなくて……お役に立てないですが、私の身を騎士に引き渡せば……」
「重いっ! そこまでしてお金を欲してるわけじゃないんだよ! 安易に身柄を引き渡そうとしないで!」
助けた人を売り渡すほどお小遣いで困っているわけじゃないから! 困っているんだけども、そんなことするのは人としてどうかと思うんだ! 悪党なんだけども!
「でも、当主がアジトにいても今はやることないし、ソフィアもたまには気晴らしをしてもいいかもしれないわね」
「私ですか?」
「あなた、最近魔術の勉強してばかりでしょ? そんな急いで魔術を覚える必要もないんだし、どこかで息抜きはした方がいいわ」
そう言うと、ミラは懐から取り出した私に向かって放り投げた。
その中には、銀貨が何枚も───
「当主なんだし、勧誘相手との親密度アップはお仕事よね?」
「いいの!? ありがとう、ミラ!」
「ちゃんと変装はしっかりして行くのよ? 今は状況が状況なんだから」
「うん、分かった!」
やったー! これでお外に出て遊べるんだよ! 最近、思う存分遊べなかったから、これぐらいのお金があればいっぱい楽しめる! ぐへへ……お洋服、たくさん……ぐへへ。
「ほんと、当主は子供ねぇ……」
頬杖をつきながら、喜ぶ私を見て微笑ましそうにするミラ。
いつもだったら子供扱いに文句を言ってるところなんだけど、今だけは大目に見てあげる!
「じゃあ、早速行こっかソフィアちゃん!」
「私もですか!? ですが、その……」
どこか申し訳なさそうにソフィアちゃんはミラを見る。
恐らく、お金の出処がミラで、遊ぶとなれば自分もお金を使ってしまうだろうと分かっているからこそ、こんな顔をしているんだと思う。
でもミラは、そんなソフィアちゃんを見て小さく手を振った。
「行ってらっしゃい。妹が楽しんでくれるのなら、そんなはした金は気にしないわ」
「しかし───」
「いいから、いいからっ♪」
「あの、レイシア様!?」
それでも動こうとしないソフィアちゃんの腕を掴んで、私は部屋の外へと向かった。
一人で遊ぶより二人! ソフィアちゃんとなら、きっといつもより楽しいはず!
「私、同じ年齢ぐらいの女の子と遊んだことあまりないから楽しみだなぁ〜! だからね、私のためだと思って遊びに行こうよ!」
私がそう言うと、ソフィアちゃんは悩んだ素振りを見せたあと、小さくため息を吐いた。
「はぁ……私、一応お世話になっている身なのですが」
「お世話しているのは私! だから私が大丈夫って言えば大丈夫だから問題なしだね!」
「……本当に、あなたという人は」
私が扉を閉める直前、ソフィアちゃんは苦笑いに近いような笑みを浮かべた。
でもそれは嫌がっているようには見えなくて───どこか「仕方ないな」というものが強いように思えた。
♦♦♦
───というわけで、私達は近くの街までやって来た。
ソフィアちゃんと出会った街は念のため避けて、結局反対の方角にある街に行くことにした。
一応、ソフィアちゃんは今一番指名手配されている女の子だからね。それと、ソフィアちゃんを助けた私も更に指名手配されているからね。
この街は一応何度か足を運んだことがあるんだけど、やっぱりなんといってもお店の数が凄い! 街を横断するぐらいまで続く繁華街には、お店がズラリと並んでいる。私が好きな洋服店とか、お菓子屋さんとか、あとは雑貨屋さんとかレストランなんかもある。
私は酒場には行けないし、お酒も飲まないからそっち系のお店は知らないんだけどね。でも大体足を運んだからきっとソフィアちゃんをエスコートすることも可能! 私は一応名目上はソフィアちゃんとの親密度アップだから、楽しんでもらうためにはそういうのは大事だと思うんだ!
「あの、レイシア様」
「ん? どうしたのソフィアちゃん?」
隣を歩くソフィアちゃんが俯きながら私の袖を引っ張る。
あまり行ったことがない場所だから不安なのかな? はっはっはー、ソフィアちゃんって案外子供っぽいところもあるんだなー!
「このお面……外すことってできませんかっ!?」
ソフィアちゃんが首を赤くしてそう口にした。生憎と顔はピンク色のデコレーションしたハート型のお面のせいでどうなっているかは分からないけど、きっと耳も真っ赤だから顔も真っ赤なんだと思う。
「外しちゃダメだよ。一応、私達は追われている身……変装はしっかりしなきゃ!」
「でしたらもう少し目立たないようなお面を用意していただけたら嬉しかったです……ッ! これでは、周りから凄い視線が……」
確かに、さっきからチラチラと周りの人から視線を浴びてる。それに、ヒソヒソとした話し声も聞こえてくる。
なんでだろうね? 皆、このお面が可愛くて欲しくなっちゃったのかな? ダメだよ、これは私が丹精込めて作った外出用の可愛い変装道具なんだから!
「気にしない気にしない! 皆、可愛いから気になってほしくなっちゃってるだけなんだよ!」
「……恐らく違う気がします」
どこかげんなりとしたソフィアちゃん。
よく分からないけど、このままじゃ楽しんでもらえなさそうな気がする。
「とにかく、早速レッツゴーだよ! めいいっぱい楽しんで暗いことは忘れちゃおー!」
「……もし次があるのなら、自分でお面を作ることにします」
私はソフィアちゃんの手を引きながら、繁華街へと足を進めた。
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