第24話
切羽詰まった声で言うと、ソフィアの息を飲む音が聞こえた。
基本的に警鐘が鳴ることなんてほとんどない。そんな安易に露見するような場所にアジトは建てないし、そもそも一介の盗賊や騎士程度なら鳴らす必要もなく迎撃ができるからだ。
でも、警鐘が鳴ってしまった。警鐘が示すのは『避難』一択。
つまり、逃げなければいけないほどの相手が襲撃に来たということ……ッ!
(よりによって当主がいない時に……!)
私は慌てて壁に立て掛けてあった剣を二本手に取ると、一本をソフィアに手渡した。
「ソフィア、剣は使える?」
「は、はい……護身程度には習っておりました!」
「……だったら、一応持っておきなさい。それと、誰かが来るまでこの部屋から出ちゃダメよ?」
「ミラ様は!?」
「とりあえず、状況を確認してくるわ。可能だったら私が迎えに来るから」
それだけを言い残し、私は急いで部屋の外に飛び出す。
廊下からでも、部下達慌ただしい声が聞こえてくる。
私はそのまま階段を駆け下り、事情を知っていそうな人間を探す。
そして一階のエントランスで、荷物を急いで纏め指示を飛ばしている集団を発見した。
「何事!?」
「副当主!? 無事だったか!?」
「いいから早く! こんなに慌ててるってことは只事じゃないんでしょ!?」
走り回る部下達。荷物を最小限に纏めようとしているところを見れば、誰かの指示で逃げるように言われたはず。早い段階で統率が取れているということは、上の人間が指示を出したということになる───つまり、ライダ以外にはあり得ない。
(あいつは状況判断が早い、理解も……っていうことは、ライダや私がいても守れないという判断をしたのね……ッ!)
私の中で焦りが増長する。
そして、話を聞こうとしていた部下が口を開いた。
「今、王国騎士の奴らがアジトにやって来たんだ! しかも何人も引き連れて!」
王国騎士───その単語を聞いて、状況を理解した。
「ライダは!?」
「一人で俺達が逃げるまでの足止めをしてる! だから───」
そう言い終わる前に、私は一目散に外へ飛び出す。
ライダは生意気でいやらしい部分もあるけど、頼もしくて優しくて気が利いて、当主の次に大切な弟。ライダの実力は知っているし、王国騎士が一人やって来ようが遅れは取らないはず。
だが、何人もとなれば話は別だ。
アジトを飛び出した私はライダの姿を探す。
そして、見つけた───アジトの門の前で、身長の二倍ほど大きい大槌を何人もの騎士に囲まれて振り回すライダの姿を。
騎士の数は十数人。その全てが、王国のシンボルである紋章を刻んだ甲冑を着ていた。
それが表すのは、王国騎士だという証と誉。
「おらァァァァァァ! 潰れろやァァァァァァ!!!」
ライダが地面に大槌を叩きつける。地面が割れたりしない、だけど背後にまわっていた騎士の体が横に吹っ飛んだ。
横にいるもう一人の騎士がライダの体に思い切り剣を振るう。しかし、血飛沫をあげたのはライダではなく、遠くで斬り込む様子を窺っていた騎士だった。
「ライダ!」
私は参戦するために魔術を行使しようとする。
でも───
「来るんじゃねぇよ、ミラァ!!!」
ライダが地面それを制してきた。
「まずは部下を逃がすことが優先だろうが! てめぇの魔術は大人数だと消耗が早いだろ! こんなところで使うんじゃねぇよ、相手はこいつらだけじゃないかもしれねぇんだからよォ!」
ライダが大槌を振り回しながら私にそう告げる。
「でも、ライダが……ッ!」
確かに、私の魔術は一定の空間の時間を止めることは容易だ。
しかし、その中で自分以外の対象を何人も動かすとなれば浪費する魔力量も体への負担も大きくなる。それがアジトから逃げられるぐらいまでの範囲の時間を止めて、部下達だけを逃がすとなればかなりのものだ。
そもそも、私は他の皆と違って魔術具を体に埋め込んでいるから魔力の消費───というよりも体の負担が大きくて長い時間の使用が難しい。
それは私自身が常に魔術を使用しているという理由もあるの。メインは歳を取らないための体を維持するために編み出した魔術だから、本来の使い方とは違う。ここで時間を止めて首王国騎士の首を狩ることもできるけど、そうなれば部下を逃がすまでにガタがこないか怪しい。
それに、この場所に時間をかけていても他に王国騎士がいれば部下達が危ない。
先に逃がさないといけない。ライダの判断は正しい。
だけど、どうしようもなくライダのことが心配で───
「俺が当主とてめぇみたいに不死の一端に踏み込んでいる人間だってのは知ってるだろうがよォ……安心しろや、逃がすまでの時間ぐれぇは余裕で稼げる」
不敵に、ライダは私に向かって笑う。
その自信がどこから来るのか……いえ、あれは虚勢ね。
ライダの魔術は対象に起きた現象を別の対象に移すことができる。だけど、それはあくまで
つまり、一つ一つにその処理を行わなきゃいけなくて、精密さが常に求められてしまう。
だから、ライダは複数同時の
今回みたいに何人もの相手となるとそのデメリットはどこかで必ず出てしまうし、いつまで魔力が続くか分からない。
更に、移動することのできる対象は視界内に入っていないといけない―――死角に入りこまれたら、現象を移動させることも難しくなる。
「何があっても、部下一人たりとも傷つけさせるわけにはいかねぇ───だってよォ、うちの可愛い当主が悲しむ《・・・・・・》だろうが」
仲間が大事なのもある、家族は見捨てないというのもある。けど、当主が悲しむことは絶対にしてはならない。ライダが、多くの王国騎士を相手に虚勢を張る理由。
「ほう? 私達を相手に時間が稼げるとは……のさばらせすぎたか? 悪党のくせに無駄な自信が湧いてきたものだ」
ガキッ、と。他の騎士よりも少し遠くで様子を見ていた騎士の一人が剣を地面に突き立てる。
靡く黒髪。凛とした佇まい。騎士にしては珍しい女性。だけど、驚くところはそこじゃない。
女の横、宙に浮いている幾本もの剣。
この国で有名な話が一つある。
悪党の中でも恐れるこの国の王国騎士。その中でも、女性ありながら若くして王国騎士になり、副団長の座まで実力で上り詰めた騎士がいるという話。
その騎士は、幾本もの剣をまるで生きているかのように自在に操れる魔術を使うと言う。
王国騎士団副団長───ニコラ・マーガレット。
「ハッ! てめぇこそ、副団長だからって調子に乗ってんじゃねぇか? てめぇがでしゃばった程度で、俺を止められるわけがねぇだろ!?」
「その割には随分と余裕のないやり取りだったように聞こえたが?」
ニコラが宙に浮く一振の剣を二本射出する。
その速度は目で追えるかどうか───だが、一本を弾きもう一本をライダは避けることなく胸で受け止める。突き刺さることはない。代わりに、騎士の一人が胸部から血飛沫を見せた。
「国を脅かす悪党は裁くべし───それが、我々の正義だ」
「さっさとしろや、ミラァァァァァァァァッ!!!」
ライダの叫びを受けて、私は背を向けてアジトへと戻る。
どうして王国騎士にこの居場所がバレたのか? ライダは大丈夫なのか? 当主は戻って来るのか? そんな疑問が浮かび上がるけど、先にやるべきことを成すために体を動かす。
私の右目が光る。その瞬間、全ての音が止まった。
そして屋敷へと戻ると、対象を選択して一部だけの動きを取り戻す。
「逃げるわよ! 必要なものは全部持って!」
「「「「「了解!!!!!」」」」」
私が叫ぶと、皆が一斉に動き出す。
男共が先行して荷物を持ち、その後ろを女の子達がついて行く。
部下も、こうなった時にどこに逃げればいいかっていうのはちゃんと分かっているはず。
遠くへ、皆を連れて、優先すべきことと切り捨てるものを見極めて。
私が停滞させている範囲は逃げ道までできる限り広くした。
時間が動き出す範囲まで行けば、流石に王国騎士も手を広げられないと思う。
「行き先は分かるわね」
「初めに決めた場所だよな!」
「私は先にアジトの中を確信するわ!」
「いえっさー!」
部下の一人が階段を駆け上がることを確認すると、私は足早にアジトの中を見て周る。
私は自分の魔術を信用していない。
部下の皆は動くことができるように調整はしたけど、私が対象に選び忘れた人がいるかもしれない。
うちの部下達が集まり損ねた人間を忘れるわけがないし大丈夫だと思うけど、逃げ遅れた人間だっている可能性はゼロじゃない。
だから私はこの目で最後まで確認してからライダの下に向かう。
見て周っている最中、窓から侵入しようとしていた騎士の姿を見つける。
今は時間が止まっていて、微動だにしていないが───少しでも遅ければ、この騎士が皆を襲っていた可能性がある。
「……私の居場所を汚しやがって。絶対に許さない」
私は通りざま、首に向かって剣を振るう。
血は出てこない。首も落ちない。
でも時間が動き出せば、その首も落ちるだろうが。
「ここは、私の大事な居場所なのよ……」
私はそのままアジトを周る。
道中、何人もの騎士に出会ったけどその全ての首を切ってきた。
襲ってきた時点で敵。たとえ私達が裁かれるべき悪だったとしても、遠慮なんてしない。
(当主みたいに優しくはないわよ、私は……)
私は私の居場所と、仲間と当主さえ守れればいい。
そのためだったら、優しさなど消えてしまえ。
(にしても……やっぱり少し疲れるわね)
範囲を最大限まで広げ、動ける対象もファミリーのほぼ全員ときた。
右目に若干の痛みが走り、倦怠感が体を襲う。
それでも気にせず、私は最後に残ったソフィアのいる私達の部屋の前までやって来た。
扉をゆっくりと開ける。当主が寝ているベッドの上で剣を握りながら俯いているソフィアを見つけた。
「待たせたわね、ソフィア……」
私は倦怠感を隠してソフィアの下に近づいた。
ソフィアが顔を上げる。琥珀色の双眸はどこか虚ろで、私の顔を見ているはずなのに焦点が定まっていないような感じがした。
違和感を覚える。でも、ことがことだから私はその違和感を捨ててソフィアに逃げるよう声をかけようと口を開いた。
そして───
「行かない、と……わた、しは……」
私の右目から血飛沫が舞った。
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