第25話

「……あ?」

 正確に言えば、私の右目を狙ったかのように顔の右半分が縦に斬られていた。

 痛みなど忘れて「どうして?」とそんな疑問が浮かび上がる。

 だって、この場所には私を斬ることのできる人物なんて一人しか───

「ソフィ、ア……?」

 疑問が浮かび上がったとしても、痛みはそもそも忘れ去ることなどできない。

 だからこそ、徐々に思い出してきた痛みが私を襲う。

「あ、あァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 思わず右目を押さえて蹲ってしまう。

「行か、ない……と……わたし、わたしは……」

 ソフィアが私の横を通り過ぎていく。

「ま、待って……ッ!」

 離れていくソフィアに手を伸ばす。

 だが、今度は左足に鋭い痛みが襲った。

「〜〜〜ッ!!!」

 足が、顔が燃えるように熱い。

 ソフィアが持っていた剣が手から一気に引き抜かれ、血が床を汚した。

「……行かない、と」

 ソフィアは私を一瞥すらしなかった。

 ゆらりとおぼつかない足取りは生気がまったく感じられない。

 それでもソフィアは行き先でもはっきりとしているみたいに見えた。

 いいえ、それしか頭にないような《・・・・・・・・・・・》───

(もう、なんなのよ……ッ!)

 どうしてソフィアはそんなことをしてきたのか? そもそも、今のソフィアは正常なのか?

 このタイミングで私を襲ったということは、王国騎士と繋がっていたとでもいうのか?

(あぁ、ソフィアの言っていたことはこれねッ!)

 歯を食い縛り、足の止血をしながら思い出す。

『あの時の私は自分が自分でなかったような、意思はあったのですが……理性という枷が一瞬にして消え去ったような感覚を覚えたのです』

 ソフィアは人を傷つけることを嫌う女の子だというのは分かっている。

 あの時、ファミリーに入ると決めたソフィアの顔は裏切っているように見えなかった……それだけは確かなはずだわ。だから王国騎士と結託しているというわけではないはず。

 それに、あんな虚ろな目をしているソフィアが正常には思えない。

 きっと、ソフィアが人を殺そうとした───その時もこんな感じだったのでしょう。

「だとしたら、止めないと……ッ!」

 ソフィア体に何が起こっているか分からない。

 いえ……一つだけ予想はある《・・・・・・・・・》。

(でも、そうだとしたら余計にもソフィアを止めないといけないわ……)

 私は震える足を押さえながら立ち上がる。

 気が付けばソフィアの姿は部屋にはなく、余計に焦りが浮かび上がった。

(というより、本当にマズいわね……)

 足は歩くのにかなり支障をきたしてしまうけど、右目はマズかった。

 何せ、私の右目は魔術具。

 本来、魔術具は原型が完全に失われない限りは魔術が使用できるのだけど、私に限っては人体───繊細で、少しでも傷がつけば編み込んだ術式が傷を負った分だけ破損する。

(皆が逃げられていればいいけど……)

 フラつく足を引きずりながらソフィアのあとを追う。

 私に刺した時に付着した血痕が床に続いていたから、どの道を辿ったのかは容易に分かった。

 もう、時間は止められない……と思う。そもそも右目が開けないほどに痛い。魔力は残っているのだけれど、もう負荷はかけられない。

(無理をすればなんとか数秒ぐらいいけるはず……けど、そうしたら右目は破裂ね)

 右目を失えば、私の理想は消え去る。

不老として過ごしてきた人生の幕を閉じないといけないでしょうね。

 でも───

(妹を助けられるのであれば、安いものよ……)

 ゆっくりと、それでもできるだけ早く追いつこうとした私の足は外に出た。

 ライダと王国騎士が戦っていた場所。ソフィアの姿は、そこにあった。

 だけど、フラつく足取りはすでに止まっていて、その体は一人の騎士によって押さえつけられていた。停滞していたはずの時間が、右目の損傷によって動き出してしまっている。

ソフィアがどうしてそこにいるのか……予想ができる。だとしたら、どうしてそんなことになっているのかも―――

(だとしても、私が助け出す!)

 足をさされていようが、右目が破裂しようが関係ないわ。ソフィアは、絶対に私が助け出す。

 ファミリーの仲間は、絶対に見捨てたりはしないから。

 だから私は右目に魔力を───

「ミラァ!!!」

 ───流そうとしたところで、唐突に私の体が抱えられてしまった。

 私を抱えたライダはこの場から逃げるように背中を向けて走っていく。

 その後ろを残っていた騎士が追いかけてくる。

「離しなさいライダ! ソフィアを……ソフィアを助けなきゃ……ッ!」

「んなこと言ってる場合かッ!!! てめぇ、その目じゃ魔術使えねぇだろうが!」

 私の顔を覗くライダ。唇を噛み締め、悔しさを滲ませていた。服はボロボロで、至るところに切り傷が見えている。私を抱えている手は小さく小刻みに震えていた。

「あぁ、くそったれ……どうしてこうなりやがった! 嬢ちゃんはいきなり王国騎士のところに自分から捕まりに行くしよォ……なんべん声掛けたって振り向きもしねェ。剣に血がついてたからもしかしたらと思ったら、まさかその通りだとは思わなかった……てめぇが来るタイミングを見計らって正解だったわ!」

 ライダは追いかけてくる騎士に何もせず、ただ撒くために必死に足を動かす。

 何もしない───つまり、ライダの魔力は限界に近いということ。たった数分だけの戦闘だったはずなのに、逃げなければ……そう判断せざるを得なかったというのは顔を見れば分かる。

 ライダも、決して仲間を見捨てるような性格はしてない。

 ソフィアを置いて逃げるというのは、彼の中で最善だったということ。

 でも───

「ソフィ、ア……ッ!」

 まったく動く様子も見せないソフィア。

 それは騎士に押さえつけられているからか、それとも動こうとしていないからか。

 ソフィアの姿は、ライダが森の中に入ってしまったことによって見えなくなってしまった。

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