第27話


 アジトを建てた時、もしアジトを捨てることになったら───という場所を決めている。

 というのも、アジトを離れていた人がいても合流できるようにするためだ。

 ファミリー全員が全員ずっとアジトにいるわけじゃない。

 情報収集をするために近くの街で働いていたりとか、ファミリー全体でやる仕事とは別にお願いした仕事に行ってる時とか、それこそ私が離れていた時のように遊びに行ってたりとか。

 だからこそ、そういうのはちゃんと初めに決めておくの。

 今回決めておいた場所はアジトから一つ山を超えた先にある湖畔。大きな湖と一本だけ異様に高い木が目印にしてあるから、遠目からでもちゃんと分かる。

 私は空を飛んでその目印を見つけると、そのまま降下を始めて着地した。

 天気がいいからか、大きな湖の水面はキラキラと輝いており、肌を撫でる心地よい風と揺れる木々の音がのどかさを与えていた。

 そんな場所に、私の紅蓮の羽が舞い落ちる。

「よォ、当主。待ってたぜ」

 下から空を飛んでいた私を見つけていたのか、ライダが茂みを掻き分けて姿を現した。

「……皆は?」

「奥に集まってるよ。あぁ、警戒は怠ってねぇから心配すんな」

「……そっか」

 私はライダに促されて茂みの中に入っていく。

後ろを歩く私に、ライダは何も言ってこなかった。

「ごめんね、ライダ……」

「謝んじゃねぇよ、誰も当主のせいだなんて思っちゃいねぇからよ」

 ライダはいきなり私の方に振り向いた。そして、私の頭を優しく撫で始めた。

「俺が好きな当主はどんな時でも笑顔でいる当主だ。そんな落ち込んだ顔……我が当主には似合わねぇよ」

 撫でてくれる手からじんわりと温かさが広がっていくような感覚を覚える。

「当主が甘いもんが好きだっていうのは知ってるからなぁ。仕方ねぇ、仕方ねぇ」

「もう、そうやって女の子が沈んでる時に茶化してると嫌われちゃうよ?」

「ははっ! そいつは勉強になるぜ! だったら、これからは真剣に寄り添ってやらねぇとな」

 ライダは最後に私の頭を乱暴に撫でると、先を進み始めた。

(かっこいいよ、お兄ちゃん……)

 落ち込む私を励ましてくれたんだと思う。こういうところは、本当にかっこよくて優しいお兄ちゃんみたいだ。絶対に言ってあげないけど。すぐ調子に乗っちゃうんだもん。

 そして、しばらく歩いていると人の影が見え始めた。大人数が地面に腰を下ろし、黙って誰かが到着するのを待っているかのような空気を漂わせている。

 そんな集団の中でミラの姿を見つける。私はライダを追い越して駆け出した。

「ミラっ!」

 ミラは何人かの部下に囲まれて横になっていた。

 足には包帯が巻かれていて血が滲んでいる。そして、一番酷いのは顔に刻まれた一つの傷だった。右目を経由するように刻まれた縦の斬り傷。包帯が巻けないのか、右目に眼帯だけ施してガーゼによって滲んでいる血を部下が慎重に拭いていた。

 ミラが美しいと思わせる一番の要因が顔だ。スタイルも、纏う雰囲気も美しい。

 でも、一番は端麗な顔。そんな顔が……痛々しい。ミラの理想である顔が、見えない。

 理想が傷つけられる……ミラの抱いた理想は十数年しか生きていない私よりもよっぽど根強いもののはずなのに、それを壊してしまった。

 慰められたはずの心が、またしても罪悪感に駆られてしまう。

「あぁ、当主……ようやく来たのね。スイーツは、美味しかったかしら?」

「……うん、美味しかった」

 こんな時に―――ミラは私の姿を見て笑いかけてくる。それが、苦しかった。

「ねぇ、ライダ―――襲ってきたのは、誰?」

「王国騎士だ。それも、結構な人数を引き連れてな」

「じゃあ、ミラの傷も王国騎士が……?」

 でも、それはおかしい。いくら王国騎士が強いからといってミラが易々と傷を負うはずがない。そもそも、傷を負ってしまうぐらい強い相手でも右目だけはなんとしてでも守るはず。

 こんなの、襲い掛かってくるわけがない人が襲ってきたから傷を負ってしまったみたいだ。

「いいや、ミラを傷つけたのはソフィアだ」

「ッ!?」

 どうしてソフィアちゃんが!? ミラを襲うなんて……そんなことする子じゃないのに!

 あんなに優しくていい子が……そもそも、人を傷つけるようなこと抵抗があるはずなのに!

「嘘だよね!? ソフィアちゃんがそんなことするわけがないよ!」

「いいえ、事実よ」

 ミラが部下に支えられて体を起こす。

「ほ、本当なのミラ……?」

「えぇ、本当よ我が当主。確かに、ソフィアは私の顔に剣を向けて足を刺したわ」

 それを聞いて私は眩暈を覚えた。

 信じられないから。ソフィアちゃんがそんなことをするなんて信じられなくて、認めたくなくて、それでも事実なんだって分かったから。

(もしかして、全部演技だったの……?)

 追われていたことも、私に助けられた時も、ファミリーに入ってくれるって言ってくれた言葉も全部―――私達を捕まえるための演技だったの?

 公爵令嬢なら、王国騎士と繋がりを持っていてもおかしくはない。私達を陥れるために王国騎士にアジトの情報を流したって言われたら、なんとなく整合性も取れるような気がする。

 だったら、あの時差し伸べた手は……間違っていたの?

(おじさん、もしそうだったら私……)

 理想が、間違っていたことになるよ。大切な人を傷つけてまで追い求める理想なんて、私には追い続けられないよ。

 ミラや、ライダや、部下の皆が傷ついてまで追いかける理想なんて……無理だよ。

 私は悲しくて、打ちひしがれそうになって思わずその場に蹲って顔を埋めてしまう。

 そんな時だった―――ミラの伸ばした手が、私の手を包んだのは。

「大丈夫よ、当主……あなたの理想は、間違ってはいないのだから」

「で、でも……ッ!」

「ソフィアは確かに私が傷つけたわ―――でも、あれは絶対にソフィアの本意じゃない《・・・・・・・・・・》」

 ミラは怪我をしていて話しにくいのか、一度大きく息を吸う。

「おぼつかない足取り、虚ろな目。あの時のソフィアはそんな感じだったの。初めにソフィアの話を聞いた時はよく分からなかったけど、あの様子を見れば流石に分かったわ―――あれは間違いなく呪術具に呪われたのよ」

「呪術具? っていうと、あれか? 他人の魔力を使って呪いをかけるやつのことか?」

「えぇ、その通りよ」

「だが、それはどうなんだ? 呪術具っていうのは簡易な術式しか編み込めないんだろ? てめぇを傷つけるような行動を取れ―――なんてものを編み込めるとは思えねぇよ」

「……恐らく、あの様子だと『王国騎士の下まで向かう』っていう術式の類ね。私が傷つけられたのは行く手を阻んだから。もちろん、それでも他人の意識に干渉した術式だから難易度は高い―――でもね、一つだけ心当たりはあるの」

 ライダが首を傾げる。

「呪術教団、愚者の花束。奴らは呪術具を研究している話だったわ。そんな奴らなら、私達が知らない呪術具を作っていてもおかしくない。何せ、奴らは呪術具を研究している集団だもの」

 つ、つまり―――

「ソフィアちゃんは誰かに嵌められたってこと!?」

 でも、呪術具なんていつの間に? ソフィアちゃんを助けた時なんか持ち物らしい持ち物も持ってなかったし、今まで呪われてなかったということは最近呪術具を手にしたってことになるけど。

「私はそう思っているわ。そして、嵌めた人間にも《・・・・・・・》心当たりがある」

 私はふっ、と力が抜ける。

 ミラを傷つけたのはソフィアちゃんのせいじゃない。それにソフィアちゃんは被害者だった。

 今の話を聞けば、多分ソフィアちゃんが追われる原因になったのも呪術具によるものだったんだと思う。だとしたらソフィアちゃんは———何も悪くないじゃんか。

 沸々と、憤怒が湧いてくる。

 あんなに優しい子が、平和な生活を送るべき少女が、人生を滅茶苦茶にされることなんておかしい。助けるって言ったのに……全然助けられてなかった。

「……うん、分かった」

 私は頬を思いっきり叩く。そして、気合いを入れる。

 そんな私を見たライダは口を開いた。

「普通、罪を犯した罪人は裁判を経て処刑される。嬢ちゃんは一度捕まっているとはいえ裁判が始まる前に逃げてきた。だからすぐに処刑されるわけじゃねぇ」

「じゃあ、今は無事な可能性は高いんだね」

「あぁ、まだあれからそんなに時間は経ってねぇからな。時間的に、さっき王都に着いて地下牢に入ったぐらいだろうよ」

「そっか……」

 私はその言葉を聞いて、後ろに下がる。全員の顔が見渡せる場所まで。

 ライダも、何も言わないで私の後ろをついてくる。

 そして、私が足を止めるとライダは皆に向かって大声を上げた。

「傾聴!!!」

 皆が一様に私達の方を向いてきた。

 何一言も発することなく、真剣に、真っ直ぐと―――次の言葉を待っていた。

 疑問の色は見えない……何を発するのか分かっているような目だった。そして、分かっているはずの思いを私が紡いでくれると期待して。

 私はそんな皆の瞳を一身に受け、自分の中で紡ぐ言葉に……確信を覚える。

「まず最初に……ごめんなさい、皆が大変な時に私はどこか行っちゃってた」

 頭を下げるけど、誰も何も声はかけてくれない。

 望む言葉は、そうじゃないと無言で語っているみたいだ。

「襲撃なんて、今までいっぱいあった。私達は悪党だ、正義も名分も平穏も何もなくて、認められてない―――そんなの分かってる。だから、今回のことも仕方ないで終わっちゃう……終わっちゃう、はずだったんだ」

 悪党は悪だ。平和と平穏を目指す国という場所に、私達の居場所は存在しない。

 正義の名の下に断罪されて、追い出されて、人権も法も何にも守られずに、その生き方を褒められず一生を終えていく存在。

 だからこそ、私達が襲われるのは仕方ない。

 仕方ないけど───

「ミラが襲われた、ソフィアちゃんが捕まった……ミラを襲ったソフィアちゃんは、誰かによって嵌められちゃった」

 仕方ないけど、譲れないものもある。

「ソフィアちゃんはあの時、私に「助けて」って言った! 私は、まだソフィアちゃんを───ファミリーの仲間を助けられてない! 皆も知ってるでしょ? ソフィアちゃんは優しくて、可愛くて、勉強熱心な……女の子なんだよ。幸せにならないといけない人間なんだよ!」

 そうだ、そうだ! という肯定の言葉が飛んでくる。

「私達のファミリーはなんのためにある!? 悪党を倒し、悪党を従え、救われぬ者に救いの手を差し伸べる───そんな大悪党という理想を追い求める私が立ち上げたファミリー! その理想をよしとし、皆がついてきてくれたからこそあるファミリーなの! ソフィアちゃんも、そんな私について行きたいって言ってくれた!」

 悪党だって理想は追い求める。悪党だって仲間はいる。悪党だって譲れない矜恃がある───それだけは、仕方ないと思わせない。

「私は、そんな理想を追い続けたい! ソフィアちゃんに、もう一度救いの手を差し伸べたい! だから───私はソフィアちゃんを助けたい!!!」

 身内だからっていうのもある。仲間だっていうのもある。贔屓かもしれない、まだまだ救いの手を求める人達がいるかもしれない中で、私はソフィアちゃんの手を握ろうとしてる。

 それでも、私は───

(あの日出会った大悪党に……なりたいんだ)

 私はざわつく皆に向かって大きく口を開く。

「これは私の理想で、私達の理想だ《・・・・・・》! 私の理想について来てくれた皆がいるから、私は理想を追いかけ続けられるの! だから今回も、その理想を追わせてほしい!」

 当主であるからこそ、自分の理想をもう一度認めてほしくて叫びに似た言葉を投げかける。

「敵は王国騎士、そして地下牢を守っている国そのもの! いわば、この国に喧嘩を売ることにも等しい! それでも……ッ!」

 最後に、皆は───


「皆……私に、ついて来てくれないかな?」

『『『『『うォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!』』』』』


 雄叫びという返事を、返してくれた。

「敵は王国! 正義と名分を掲げた奴らに私達は理想を持って狼煙を上げる! 私達ファミリーは、絶対に家族を見捨てない!!!」

『『『『『しゃァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!』』』』』

 剣を掲げ、バンダナを上空に投げ捨て、防具を殴って音を鳴らす。

 全員が躊躇も不安も恐れも見せなかった。ただ、ソフィアちゃんを助けるという思いと気合いを表現してくれてる。私はそんなファミリーの姿を見て───誇らしく思ってしまう。

「……私も、行くわよ当主」

 そんな中で、ミラが一人で立ち上がってそう口にした。

「でも、ミラは怪我が……それに、魔術も───」

「伊達に二百年も生きてないわよ。魔術が使えなくたって、それなりに戦えるわ。いざとなったら、ライダを盾にでもするわ」

「ひでぇ話だな、おい」

 ライダのツッコミに思わず笑ってしまう。

 ミラの目には、揺るぎない意思が感じられた。

「あと、私は私の美しさを汚した奴に落とし前をつけなきゃいけないのよね」

「……そっか」

 汚した奴……っていうのは、ソフィアちゃんのことじゃないんだと思う。

 多分、ミラはソフィアちゃんを陥れた人間が誰なのか予想がついてるんだ。

「じゃあ、そっちは任せるよ。ライダでも連れて行って」

「ありがとう、我が当主」

「ううん、気にしないで」

 私はミラに微笑むと、そのまま皆に背を向けて歩き出す。

 すると皆が一斉に立ち上がり、私の後ろを歩き始めた。

 ───目指すは王都にある地下牢。

「戦えない人間は待機。戦える人間はついて来て───皆、ちゃんと全員で帰ってこようね」

 誰一人欠けることなく、皆無事に帰ってくる。

 そして、その中には……ソフィアちゃんも含まれる。


「それじゃあ、行こっか───悪党は悪党らしく、ほしいものは全力で奪い取る!!!」

『『『『『うォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!』』』』』


 さぁ、王国に喧嘩を売って───救いの手を差し伸べに行こう。


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