14章5節:老人の矜持

「どうする、追うか?」


 遠ざかっていく《シュトラーフェ・ケルン》を見ながらゲオルクが聞いてくる。

 私は首を横に振った。


「今は放っておいていいよ」


 アルマリカが語った通り、本気で待遇に不満を抱えていたからライングリフ派を見限ったのか。

 それともベルタの鎧に与えた僅かな損傷やトリスタンの薬の残量などを考慮して戦略的撤退を行ったのか。

 真意は分からないが、ともかく最大の脅威は去った。次は正規軍本隊だ。

 《シュトラーフェ・ケルン》が居なくなるや否や、奴らは再びこちらに矢や魔弾を飛ばしてきた。

 今はまだ離れているから当たらないが、接近すればそうはいかない。強化の《術式》がそろそろ効果を失いそうなのもあって、殲滅する前にこちらが蜂の巣にされるだろう。

 一旦、距離を取ったまま仲間の到着を待つべきか。


 と、そんなことを考えていると、空洞域の橋を突き進む友軍の姿が見え始めた。

 完璧なタイミングだ。ルルティエはかなり早い段階で私たちの勝利を確信し、みんなを呼んでいたようだ。

 正規軍の敵意がそちらへ向いた。まずは数が減らしやすい方を狙うべきと考えたのか、橋のたもとを陣取ってきた。

 攻撃が友軍に殺到する。アルケーや他の術士が頑張ってくれているのか、今は青白い防壁に阻まれているが、そう長く維持できるものでもない。


 しかし、私の心に焦りはなかった。

 こちらから意識を逸らしたのは判断ミスだったな、フレデリック。

 確かに、彼の若い頃に行われたような旧来の戦争であれば「四人」というのは取るに足らない数だ。

 でも今はそういう時代じゃない。個人差の出やすい技術である《術式》が普及し、特異武装の発掘や使用者との適合が進み、《権限》使いなんてものまで現れるようになった。

 たった数人の戦士や術士が真っ当な兵法を、理屈をねじ伏せるんだ。


「挟み撃ちにする。ゲオルク、ついて来て。リルちゃんは私たちに《隠匿コンシール》を。ライルはその剣で後ろから援護して」

 

 素早く指示を出し、大地を駆ける。

 ある程度近づいた段階で《魔王剣アンラマンユ》を召喚、敵部隊のど真ん中に落とした。

 奴らは慌てて散開し直した。それにより統率が乱れ、弾幕が消え失せた。

 兵士たちが近接戦闘用装備で対抗してくるが、この距離で平均的な兵士に負ける私やゲオルクではない。

 やがて友軍が到着。

 アンラマンユという恐怖の象徴を出したこともあり、兵の中には敗走する者も現れ始めた。

 それから正規軍が総崩れになるまで、さほど時間は掛からなかった。

 

***


 私たちはひとまずこの場に留まり、朝まで休息を取ることとした。

 簡易的な野営地を作りつつ被害状況の確認を行う。

 乱戦の中で軽傷を負った者が居るくらいで、こちらの被害はほぼゼロ。

 敵兵は多くが逃げ去った。捕らえた者も居るが、我々には捕虜を食わせる余力も拠点もないので、装備を奪い取って放りだした。

 フレデリックだけは予定通り手もとに置いておく。


 テントの中。冷たい地面に座り込み、拘束されたフレデリックと向き合う。


「何だかんだ将軍としての矜持は残ってるんだね。さっさと逃げてもよかったのに最後まで戦線に立ち続けるなんて」

「きょ、恐縮です」

「……ねえ。私たちの仲間にならない? 私は父やライングリフよりもきみのことを大事にするよ?」

「私めなど所詮は時代遅れの老人。殿下のお役には立てませぬ」

「そんなことない。もう少し自信を持って、それから知識をアップデートすれば、きみの経験は頼れるものになってくるはず」

「それは……申し訳ございません」

「……あっそ」


 頭を下げるフレデリックに冷たく言うと、私は一本の剣を呼び出し、彼の首筋に近づけた。


「じゃ、せめてこの先の戦力の配置を教えて」

「それもできません」

「頭と身体が離れてもいいの?」

「ええ。どれだけ惨めでも、私はラトリアに長年仕えてきた身です。今更そのような裏切りをしてしまっては地上に逝けないでしょう」


 じっとフレデリックを見る。

 怯えて目を逸らしながらも意志は固かった。

 忠誠心。いや、どちらかと言えば信仰心か。老いれば自然と己の死後を意識する時間が増えるものだ。

 私は肩をすくめて剣を戻した。


「殺さないのですか?」

「そうしなきゃいけなくなるまではね」

「……噂よりもずっと慈悲深いお方だ」

「必要になれば迷わず殺すけど。全部終わってもまだきみが生きていたら、もう一度チャンスをあげる。どうするのが自分の為になるか、よく考えておいて」


 それだけ言って、私はその場から立ち去った。


***


 夜襲の可能性も考えていたが特に何事もなく早朝を迎え、私たちは侵攻を再開した。

 時折やってくる魔物を屠りながら、五日ほど旧農村地帯を進む。

 そうして辿り着いたのは北部平原、通称「墓標荒野」。

 マナが薄く、ただそこに居るだけで継戦能力を奪われるという非常に厄介な土地。

 かつての戦いにより、この先にあるルミナス側の城壁をラトリアが掌握し、一帯は奴らの支配下に置かれた。 

 次の戦場になるのは確実だろう。

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