1章5節:序列七位《竜の目》

 これは、ライルによる人さらい達の拠点の発見から二十日ほど前の話。

 彼らが拠点としている古城跡での出来事である。

 その日の夜、彼らの内ではちょっとした噂が広まっていた。

 少し前に作り直された木製の城門の前で、人間族の傭兵がオーク型魔族の傭兵とその噂について雑談をしている。

「人間対魔族」という構図は、飽くまでこの浮遊大陸上の社会を大枠で見た姿でしかない。結局のところ個々人には個々人の生き方があり、このように同僚として働いていることも世界全体を細かく見てみれば決して珍しくはないのである。


「そういや聞いたか? ここに新しい防衛戦力が投入されるらしいぞ、豚野郎」

「誰が豚だクソ人間族め……で、戦力を増やすってのはつまり、俺らだけじゃ力不足って判断されたってことか? 上の連中も舐め腐ってやがる」

「それが、どうも《竜の目》の連中が来るみたいなんだ」

「《竜の目》ってあの、序列七位の……!? あのクラスのパーティと長期契約するとか、マジでここを襲撃されるのを恐れてんだな。あんま防衛に金使うと、そもそも奴隷売買する旨味が無くなっちまうんじゃないか?」

「知るか。最初は利益に釣られて始めてみたけど、こんなことしてるのが発覚したらヤバいから引くに引けなくなっちまってるんじゃねえの?」

「はは、『誰しも目先のカネの前では馬鹿になる』っつーことか! ま、俺としては契約が続いて食いっぱぐれないならそれで良いけどな!」

「同感だ。にしても、《竜の目》っつーとメチャクチャ良い女が二人居るって噂だぜ?」

「マジかよ……今んとこ、ここにはスラムから連れてきた貧相な女しか居ねえから発散してえな」

「ヤることばっかり考えやがって、このオーク野郎が。まぁ気持ちは分かるけどな。あ~クソ、娼館に遊びに行きて――


 突如、吹き荒れる風の音で二人の下世話な会話が途切れた。

 何かが月光を遮り、上から影を落とす。

 二人が見上げると、それの正体は白銀の竜であった。


「……まさか」


 彼らは聞いたことがある――《竜の目》には、ドラゴンを操る女が居ると。

 銀の竜がゆっくりと地に降り立つと、その背中から二人の人間が降りてきた。

 一方は、大剣を背負った二十歳後半ほどの細身の青年。顔立ちや体格は通常の人間らしいが、竜のように長い尻尾がついており、手足には鱗のようなものがある。そして、額には二つの角と黄金に輝く第三の瞳。

「人間と竜の半魔」という、非常に珍しい存在である。

 もう一方は、白いローブを着た長い金髪の女性。年齢は男より少し若いくらいだろうか。童顔だが肉付きは良く、傭兵の男たちの目を惹きつけている。


「えっと~、本日からお世話になります、《竜の目》のシスティーナです! こちらはゲオルクさん」


「システィーナ」と名乗る女性は、柔和な笑みを浮かべてペコリと頭を下げた。

 下心むき出しで彼女を眺める二人の傭兵、そして、そんな男たちを呆れ顔で睨む男――ゲオルク。


「別に馴れ合う気はないが、よろしく頼む。あとコイツ……システィに手を出した奴をオレは絶対に許さないから、そこは理解しておいてくれよ」

「もう! これからしばらく一緒に働くことになるのに、そんな態度取っちゃ『めっ』ですよ!?」

「いや、でもアイツら、システィのこと変な目で見て……」

「『めっ』ですよ?」

「ああ、うん……」

「よろしい」


 システィーナが「ありがとうございます。ルルちゃんのところへ戻っていいですからね~」と言いながら白銀の竜の頭を撫でると、竜は二人を置いてどこかに飛び去っていった。

「序列入りの強力な冒険者パーティ」の卑近なやり取りを目撃し、唖然とする傭兵たち。

 そんな彼らの動揺を気にもせず、システィーナはマイペースに話を続けた。


「さて、それでは内部を案内して頂けますか? 《術式》による結界を維持するのって結構大変なので、ちゃんと休めるような部屋があれば良いのですが……」


***


 私とリーズ、ライルが行動を開始したのは、作戦の決定から更に三日後のことであった。

 深夜、スラムを歩いていた私とリーズは、喚き声と怒号を聞いた。

 統一感のない武装と服装をした様々な種族の男たちが、人々を《術式》で拘束したり、或いは力尽くで黙らせるなどして捕らえていく。

 私たちは「スラムに迷い込んだ世間知らずな旅行者」として彼らの前に現れることにした。

 なお、警戒されることを避ける為に武器は持ってきていない。普段はリーズに貸しているものと合わせて四本の剣は全て、少し離れたところで見守っているライルに預けてある。

 私の剣は「離れていても常に呼び出せる」ので、自分で持っていなくても問題はないのだ。

 ライルの方は私たちを追跡し、敵拠点に辿り着いたら入り口周辺で身を隠して待機してもらうことになっている。内側から結界をこじ開けられたら何とか合流しようという算段である。


「ねえねえ、ここってもしかして貧民街? ど、どうしよ……戻り方分からなくなっちゃったぁ……!」


 そんなことを言いながら怯える演技をしつつ、男たちのもとへ近づいていく。

 こういった嘘が苦手なリーズは、何も言わず私に追従している。


「あの~、ごめんなさい。どうやら迷っちゃったみたいなのでメインストリートまで道案内を……って、何をやってるんですか、あなた達は!」


 両脇に人を抱えて大きな幌馬車に放り投げていく屈強な男たちが見えたので、彼らを指差して叫んだ。

 すると、何人かが私たちの方にやって来て話し始める。


「なんだ、このバカメス共は?」

「知るか。身なりを見るに、ここの住人じゃなくて旅行者か素人冒険者じゃねえか?」

「ふぅん……まぁなんでもいいか。おい、連れていけ。どうせ上から求められてるのは人数だけだ」

「分かったよ……へへッ、大人しくしておいてくれるかい、お嬢ちゃん達。逃げないなら痛くはしないぜ」


 恐らく半魔であろう巨体の男が、私とリーズの顔を順番に覗き込んだ。


「ひ、ひぃ……分かりましたぁ……」

「くっ、人さらいのクズ共め……許せない!」


 私はわざとらしく涙を流して、両手を上げながら困り笑いをした。

 一方でリーズは我慢出来なくなって男を睨みつけ、本音をぶち撒けてしまっている。

 本当に不器用な子だ。そういう態度を取ると無駄にゲスの暴力衝動を掻き立てるというのが分かっていない。

 少々焦ったけれど、男は特に怒ることもなく、むしろニヤつきながら《術式》で私たちの両手足を束縛していった。

「弱そうな癖に態度だけはデカい馬鹿がきゃんきゃん吠えている」とでも思ってくれたのだろう。


 さて。思ったよりも紳士的に扱ってくれたのもあって、無事に捕らえられることが出来た。

 彼らは一つの馬車に二十人ほど強引に詰め込み、三台の馬車をいっぱいにした後、動き出した。

 当然、帰還するのは王国の正門からではなく、衛兵の居ない崩壊した城壁跡からである。

 馬が《強健フォース》か何かによって強化されているのか、思ったよりも速いスピードで舗装されていない道を突き進んでいく。

 ライルの往復時間を考えるに「スラムと拠点の間の距離は短いのではないか」と思っていたが、そうでもなさそうだ。

 各馬車に乗っている術士がときどき地形操作系の《術式》を用いて轍をかき乱していることもあり、慎重かつ迅速に追跡するか、もしくはこうして捕らわれなければ目的地に辿り着くのは難しかっただろう。


 私たちが乗せられた馬車には、捕らわれた者と御者の他に三人の人さらい男が居た。

 種族は半魔、半獣人、純粋な魔族。三人とも身なりが良いとは言えず、素性に関して言えばスラムで暴れているならず者たちと大差ないのだろうなと思う。

 彼らは飢えてやせ細っている貧民を下敷きにして座り、愚痴り始めた。


「全く。何でこんな危険で疲れる仕事を、はした金でやらないといけないんだ……」

「仕方ねえだろ。財産もねぇ、家柄もクソったれな人モドキの俺らが出来る仕事なんて他にあるか?」

「……はは、そりゃ確かにそうか。これ以上を求めたら罪に問われるようなことをやらないといけなくなるもんな」


 男たちが雑談をしている荷台の端。その対角線上に居る私たちは、彼らに聞こえないように小声で会話する。


「リーズちゃん、あの……我慢してね?」

「分かっています。分かっていますが……本当に許せません。なんなのですかこのゲス共は? 『罪に問われるようなことをしないといけなくなる』って、今やっていることが罪ではないとでも?」

「つまり『最悪、揉み消せるくらいの立場の依頼主』に雇われてるってことなんじゃない?」

「一体、何者なのでしょう。それこそ豪商か貴族、或いは王族でもないと……」


 そんなことを言っていると、男の一人――人間とオーガの半魔が立ち上がり、荷台に載せられた者達を見渡した。


「なんかイライラして気分悪いし、ちょっくら奴隷の女で遊ぶわ。どうせコイツら消耗品として扱われるんだし、一人や二人くらい汚したって構わねえだろ」

「程々にしとけよ。死んだら納品出来る人数が減っちまうからな」


 男と目が合うと、彼はこちらに寄ってきて私の顎を掴んだ。

 湧き立つ殺意を抑えながら、苦笑いを取り繕って適当なことを言う。


「なはは……た、食べても美味しくないよ? 私、乙女じゃないから奪う愉しみも無いと思うし」

「お前、ツラも身体も良いが……なんか気に入らねえな。クソアマの臭いがプンプンしやがる」


 どうやら程よく胡散臭さを演出できたみたいで、彼は私に対して興味を失った。

 だが困ったことに、隣に座っているリーズは空気の読めないことを言ってしまうのであった。

 

「貴様、なんてことを言うのッ!」


 私を悪く言ったことに対して怒りを露わにするリーズ。

 ハーフオーガはそんな彼女の身体を舐め回すように見た後、細い首を掴んだ。

 リーズは少しだけ苦しそうにしたものの、気丈な態度は崩さず、男に唾を吐きかける。

 この男も彼女のことを見下しきっているのか、ニヤリと笑って首から手を離した。


「良いぜ、お前みたいなメスは嫌いじゃねえ。後でゆっくり愉しむ為に取っておいてやる」

「言ってなさい……!」


 ひとまず自分たちは助かったが、男は私たちから離れた位置に居る、さっきからずっと啜り泣いている半獣人の少女に近づき、彼女が着ているボロ布を引き裂いた。

 そこで繰り広げられている行為を見て、リーズが歯を食いしばっている。いまにも暴れてしまいそうだ。


「こ、殺してやるクズ共……!」

「落ち着いてリーズちゃん。目をそらして。我慢だよ」

「しかし、あんなの許してはおけません!」

「私たちの目的を忘れないで」

「でもッ……! あなたは何も思わないのですか!」

「気持ちは分かるけれど、気持ちなんて重要じゃないんだよ。一人二人の人生なんか気にして一つずつ丁寧に守ってたらキリがない。だから、落ち着いて」


 優しく微笑みながらそう語りかけると、リーズは少しずつ怒りを内側に抑え込んでいった。

 そうだ、それでいい。ここで人さらいの連中を全員斬り殺すのは簡単だ。だが、根本を断たねば犠牲者は増え続けるばかりだ。

 多数を救うことを最優先にすべき場面で目の前の一人を救う為に手間を食う――そんなことをしても意味がないということを彼女は理解しなければならない。

 この子のことは素直で好きだけれど、世の中、素直であることが許されない場面なんていっぱいあるのだ。

 そうして少女の叫び声が響く中、私たちは何もせず沈黙していた。

 やがて声が聞こえなくなると、リーズは私の顔を見ずに、ぽつりと呟くのであった。


「……リア様」

「ん、なあに?」

「私はあなたのことを友として、主として愛していますが、ときどき心の底から恐ろしく見える時があるのです」

「えへへ、愛してくれてるんだ。嬉しいな」


 ここで議論をする気はさらさらないので、笑って、茶化して、流しておいた。

 友人に対する姿勢としては最低かも知れないが、そもそもこの世は、優しい繋がりに依存して馴れ合っていられるほど甘くないのだ。

 恨むなら、私じゃなくて世界を恨んで。

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