1章6節:剣に愛されし王女の《権限》
しばらくの不快な馬車の旅を経て、私たちは平原に立ち並ぶ遺跡群の中に混じっている、朽ちた古城跡に辿り着いた。
ライルの言っていた通り、目的地となる建造物は不自然なくらいに存在感が薄い。
今、城門前まで来てようやく、この古城の存在に気づいた程だ。
そして、確かに結界まで展開されている。それもかなり堅牢であるようで、私の持っている「《術式》への対策」では突破出来そうにない。「捕まって中に侵入する」という方法を取ったのは正解だったな。
明らかに間に合わせで造られている不格好な城門の開放と同時に、結界が一時的に解除されていく。
私たちは両足の拘束だけを解除されると馬車から降ろされていき、「逃げようとしたらすぐ殺す」と言わんばかりに武器を構えた人さらい共に急かされて古城の中に入っていった。
内部は朽ちたまま放置されているところもあれば、生活スペースとして整えられていると思しき部屋もあり、混沌としている。
可能な限り構造を記憶する為に周囲をきょろきょろ見渡しながら歩いていると、通路の向こう側から一人、妙に浮いたオーラを持つ人物が歩いてきた。
白いローブを着た金髪の女性だ。辺りに居るのが傭兵と思しき屈強な男ばかりなので、余計にその清楚さが際立つ。
あのローブは世界的宗教組織《
そしてすれ違いざまに視線を一瞬だけ顔に向けてみると、彼女が見覚えがある人間であることが分かった。
あれは序列七位の冒険者パーティ《竜の目》に所属している修道術士だ。かつての王都奪還戦で、コミュニケーション自体は交わさなかったものの共闘したことがある。
彼女は優れた《術式》使いであり、恐らくは気配遮断や結界もあの人によるものだろう。
「昨日の友は今日の敵」は冒険者や傭兵の常とはいえ、ここで敵対することになるとは。
どうやらあちらは私が居ることに気付かなかったみたいだ。出来ればこのまま出会わなかったことにしてやり過ごしたいものだが、こちらの目的上そうもいかない。
最大限の損害を与え、奴隷売買行為の継続が不可能になるまで追い込まねばならないのだから。
それにしても、《竜の目》か。あれほどに高位な冒険者パーティを雇っているとなると、人さらい共の背後には思った以上に厄介な黒幕が居そうだ。
なるほど、矮小な闇組織では終わらないということか。随分と楽しませてくれる。
私は興奮を顔に出さないよう、必死に抑えながら男たちについて行った。
私たちは強制されるままに城内を進んでいき、最終的には汚らしい地下室の牢に入れられることになった。
頑張っても十人ほどしか横になれない狭さの牢に、二十人ほどが強引に詰め込まれていく。
私とリーズが入れられたところは新入りだけだったのでまだマシな方で、向かい側では腐敗した死体と生きている人間が入り混じっている。
その隣には何かの肉を食らっている痩せこけた者たちが居て、さらに奥からは発症した人間の奇声が聞こえてくる。
牢のすぐ向こうには看守が居るので、私と肩が触れるくらい密着しているリーズに小声で話しかけた。
「さて。ここからの動きを決めよっか」
「牢を脱出し、ゲスどもを討ち倒してから人々を救う。それで良いのではないですか? 狭いし臭いし、こんなところはすぐ出てしまいたいです……」
「ごめん、私一人でコッソリ外を見てくるから少し待っててくれないかな。奴らの背後関係を探れるような情報を見つけたら戻ってくるから」
「え、どうしてですか? 戦闘後に調査すればいいのでは?」
「何らかの方法で証拠を隠滅されたら手詰まりになっちゃうからね、騒ぎを起こす前にやっておかないと」
「ああ、なるほど……ですがリア様は《
「いろいろ心配しすぎだって。見つかったらすぐ殺せば実質、隠れてるようなもんでしょ。無理して深堀りする気もないしね」
「そうですか……少し不安ですが、お気をつけて」
「うん。戻ってきたら一旦脱出してライルと合流、後は全力で暴れる! 殺せるだけ殺して、これ以上の継続的な活動を不可能にしてやろう!」
「ええ。罪のない弱者たちに暴力を振るい、劣悪な環境に押し込め、金に換えるなどといった蛮行……絶対に許してはおけません!」
殺意を露わにするリーズ。
生真面目な彼女ではあるが、少なくとも自らが必要だと思う殺しを厭う類の甘さはとっくの昔に捨てている。
むしろ状況によっては私以上の激情を迸らせるのが彼女であり、そういった点では仲間として信頼が持てるのだ。
方針が決まると、私は鉄格子を叩いて看守の男を呼び寄せた。
「ね~ね~、お腹空いたんだけど! 良いコトさせてあげるから、ここから出してよ~!」
出任せを適当に叫ぶと、男が近寄ってきて、鉄格子越しに私の身体を見た。
そうだ、来い。傍に来てくれればそれでいい。別に出してくれるなんて思っちゃいない。
「あのなあ、確かにお前は良い女だが、俺はそんな手には乗ら――
「えいっ」
青白く光る術的手錠に束縛された両手を、男の方に掲げる。すると「空間に剣が出現し」、空中を突き進んで男の喉を後ろから撃ち抜いた。
刀身が青黒く煙のようにうねっている片刃剣。ライルに預けていた四振りの剣のうちの一つだ。
これこそが《権限》――ごく一部の者だけが神から与えられる能力である。
五年前、前世と現世の記憶が一つに統合された後、私はこの魂を転生させた女神から《権限》に関する説明を受けていた。
彼女によると覚醒のタイミングは人によって異なるそうで、私の場合は記憶の統合がそのトリガーになったのだと。
また、現在の覚醒者は世界に九人しかいない。いわゆる「異世界転生者」は必ず《権限》を目覚めさせる素質を持つらしく、九人のうち私を含む三人が転生者なのだと言う。
端的に言って「特異な力」であり、適性によって性能や消耗の度合いが変わってくるとはいえ訓練さえ積めば誰でも共通の魔法的効果を使用出来る《術式》とは本質的に異なるものだ。
こちらは独自の効果を持つ上に、幾ら使用しても強烈な負荷に見舞われることがないのである。
私の力は「純潔を保ち続けることを代償に、剣に愛される」というものであり、自分が所有している剣をあらゆる場所から手もとに召喚し、自在に操ることが出来る。
忠実なる剣(しもべ)たちは、「剣の王女」たる私が困っていればいつでも駆けつけてくれるのだ。
私は自身の手に付与された《術式》による拘束を、青黒い剣で断ち切った。
これは《聖魔剣》と呼ばれる特殊能力を持つ武器のうちの一つ《静謐剣セレネ》であり、《術式》を破壊する効果を持っているのだ。
その能力によって自由になった手を牢の外側に伸ばし、男が腰からぶら下げていた鍵を奪って解錠した。
私が牢から出ようとすると、周囲に居る人々が拘束された両手を必死に伸ばして足を掴んでくる。
「な、なあアンタ! ここから脱走出来る方法を知ってるのか?」
「お願い、助けてよ……!」
「お、俺も! さっきやってたみたいに手に着いてるコレを壊してくれよ!」
縋り付いてくる気持ちは分かるが、今は構っている暇などない。
足もとで私を見上げている痩せた女の目前に剣先を突きつけて、ただ微笑む。
意図が伝わったのか、彼女も他の者たちも恐れおののいて足から手を離してくれた。
そのあと外に出ると、私はあえて鍵を掛け直した。いま好き勝手に歩き回られると騒ぎになって面倒だからである。
「さて、次はこっちにしようかな~」
独り言を呟きながら、さっきの剣をライルのもとへ戻し、別の剣を呼び出す。
白く輝く稲妻のような形状をした《迅雷剣バアル》。普段はリーズに貸しているものだが、今は本来の主である私が使わせてもらう。
なお、こちらも――というか、私が持っている四振りは全て《聖魔剣》である。
こういった武具を二つ以上操れる者など殆ど居ないが、そこは伊達に「剣に愛されし女」ではないという訳だ。
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