1章7節:古城での決戦

 足音を立てないように地下牢をゆっくりと進んでいく。

 地上に上がる為の階段の手前に一人の女傭兵が見える。距離は二十メートルほど。こちらに背中を向けているが、近づけば気づかれてしまうだろう。

 私は両手で剣を構え、その背中に真っ直ぐ向けた。

 そして意識を集中すると、刃が超高速で伸長して女を貫いた。それだけでなく、切っ先が微かに発光すると同時に女の身体が痙攣し、崩れ落ちていった。

 《迅雷剣バアル》の能力は「刃の伸縮」と「電撃の発生」。

 物理的な攻撃が通る相手ならば、ある程度離れていてもこうして一発で心臓を破壊出来る。

 私の場合、《権限》によって剣を飛翔させることでも遠距離攻撃が行えるのだが、こちらの方がより精密かつ高速で敵を仕留めることが出来るのである。

 どちらにせよ剣士らしい戦い方とは言えないけれど、生憎と、陳腐なプライドに執着していられるような余裕はないので、使えるものは使っていく。

 そうして敵を見つけ次第、息の根を止めながら、それなりに広い城内を慎重に探索していった。

 無論、現段階の目的は殲滅ではないので、出来るだけ会敵を避けるようにしたが。

 その辺りは、王女時代にウォルフガングから課されていた「全方位に対する気配察知」の修行が活きた。


 やがて私は、ある個室の前に辿り着く。

 今は内側から人の気配を感じないが、古城跡でありながら現代風の扉が取り付けられている辺り、普段から利用されている場所で間違いない。

 おもむろに扉を開けると、中は執務机とたくさんの書類が置かれた小部屋となっていた。

 机の上に乱雑に広げられている紙を見るに、どうやら物品の入出庫記録が書かれているらしい。

 城内で利用されている部屋は他にも幾つかあったが、人の多そうなところを避けていった結果、幸運なことに大当たりを引いてしまったようだ。

 急いで記録に目を通していく。

 大半は食料やその他の生活用品の取引記録という、どうでもいい代物である。しかし、しばらく部屋を漁っていると目的のものを見つけられた。

 捕らえた者たちを奴隷として売っている取引相手。

 《エグバート商会》。

 聞いたことがない名だが、いま気にするようなことではない。

 名前さえ分かれば、後で幾らでも追い詰めようがあるのだから。

 私は奴隷売買の記録の幾つかを折りたたんで懐にしまった。

 これ以上ここに居るのは流石に危険だろうから、早急に戻ることとしよう。


 予定通り地下に戻った私は、すぐにリーズのもとへ向かった。

 彼女の両手に掛けられた《術式》による拘束を破壊し、《迅雷剣バアル》を渡す。


「さあ、ここからは手早く行こう。全力で暴れる時間だ」

「ええ。そういう分かりやすいのは得意です」

「ああ、今回は敵側に《竜の目》が居るから気をつけて。三人のメンバーのうち誰が来てるかは分からないけれど、あの術士の女の人は見かけた」

「まさか、あの序列七位が……格上ですが精一杯やってみます」

「まあ序列と強さは必ずしも一致してる訳じゃないから。油断はしちゃ駄目だけど『絶対勝てる』という気持ちも忘れないようにね」


 リーズが頷くと、私たちは地下室を駆けていった。

 地上階は既に混乱の渦に陥っているようだ。傭兵たちの死体が発見されたのだろう。

 何人もの戦士がその原因を発見すべく古城を捜索している中、張本人たる私たちは階段を登り、堂々と敵がひしめいている中庭に突入していった。

 私とリーズは背中合わせになって、「ネズミ共を見つけたぞ!」と叫びながら全方位を取り囲んでくる傭兵たちを警戒する。


「わ~、すごい歓迎っぷり。私が可愛いからかな?」

「こんな時までふざけたこと言ってないでくださいリア様! 来ますよ!」


 見渡すと、敵はみな剣を構えていた。

 実のところ、私は剣による攻撃に対する反則じみた奥の手を持っている。

 断言出来るが「正攻法で挑んでくる真っ当な剣士には100%負けない」。

 余裕ぶっていられるのは、つまりそういうことである。

 とはいえ、この程度の相手ならば誰かに知られるリスクを背負ってまで奥の手をさらす必要はないだろう。


 まず、この戦場において最速であるリーズが《加速アクセル》を使用し、後方の敵陣に乗り込んで《迅雷剣バアル》を振るう。雷光を纏った突撃により正面に居た者は消し炭になり、周囲の連中も吹き飛ばされていった。

 先の私の扱い方とはまるで異なる、あの剣が持つ暴力性をフルに活かした攻撃。さながらリーズ自身が雷になっているかのようである。

 それとほぼ同時に、私の前に居た傭兵たちが動いた。

 彼らは、一見なにも武装していないこちらを先に仕留めようと迫ってくる。

 そんな彼らに対し、私は手で銃の形を作って人差し指を向けた。別にこんなことはしなくていいのだが、ちょっとした戯れである。

 最も手前に居た傭兵が剣を振り上げかけたその時、私の頭上から炎のように揺らめいている赤い剣が出現し、斜め上から胸を貫いた。

 剣は死体ともども発火し、周りに居た者たちを巻き込んでいく。


――《神炎剣アグニ》。私の三本目の聖魔剣であり、火炎を発生させる能力を持っている。

 正面の集団は焼滅させたが、まだ側面から来ている。


「リーズ、借りるよ!」


 私が叫ぶと、彼女は《迅雷剣バアル》を上空に放り投げ、代わりに《加速アクセル》と《衝破インパクト》を組み合わせた超高速・超威力の体当たりで敵をなぎ倒していく。

 すかさず念を送ると、空中にあった剣がまるで落雷のように右側の敵集団に飛来し、電撃を発生させて息の根を止めていった。

 それからすぐに二本の剣を手もとに呼び出した。


「少しくらい、まともな剣士っぽいことしようかな!」


 そう言いながら炎の剣と雷の剣を軽々と振り回し、左側から迫ってきていた傭兵たちを屠る。

 五年前には《強健フォース》を使った上でも短時間しか出来なかった二刀流。だが今では《権限》によって「剣が重さを維持したまま軽くなる」という物理法則を冒涜するが如き現象が起きているため、簡単に出来てしまうのである。


「ふう、なんとか片付けましたね、リア様」

「うん。でも、まだ『ボス戦』が残ってるよ」


 周囲に生きている敵の気配はしない。ひとまず雷剣はリーズに返しておこう。

 だが、まさか《竜の目》ほどのパーティがみっともなく恐れをなして逃げた筈がないので、恐らくこの先で待っている筈だ。

 私は傭兵が持っていたロングソードを一本、使い捨ての武器として拾った上で、リーズと共に覚悟を決めて宮殿跡を出た。


 宮殿の内と外を区切る扉と城門の間にある広場。

 そこには《竜の目》に所属する半竜の青年ゲオルクと、修道術士のシスティーナが立っていた。

 不幸中の幸いと言うべきか、竜使いは見当たらない。確か「ルルティエ」という名だったか、私と同い年くらいの女の子だ。

 《ヴェンデッタ》と同様、同じパーティメンバーでも別行動を取っているのだろうか。


「ふふっ、まさか《竜の目》と戦うことになるとはね~」

「《ヴェンデッタ》の二人か。以前の王都解放戦では共闘したな……今回は敵同士か」

「そうみたいだね。にしても、人さらいの傭兵たちは仲間だろうに。加勢してあげなかったんだ?」

「信頼に値しない仲間なんて居たって邪魔なだけだ。気を遣わなきゃいけない分、敵より厄介ですらある」

「あっそう。まあ気持ちは分かるけれど」

「ネズミの駆除なんてオレたちだけで充分ってことだよ」

「クズみたいな連中に手を貸してるきみ達にネズミ呼ばわりされたくないよ」

「オレたちにも依頼を選ぶ基準ってやつがあるのさ。『必要悪』って言葉は知ってるか?」

「奴隷売買が社会にとって必要な悪なんだとしたら、そんな社会は私がぶっ潰してあげる」

「革命家気取りか。それが出来たら苦労はしねぇ……と、そろそろお喋りは終いにしようか。行くぞ、システィ。気は進まないだろうが仕事だ」

「分かりました……あの、ごめんなさい。本当はあなた達と戦いたくなんかないんですけど」


 システィーナが頭を下げる。

 戦場に出向いておいて戦意のなさを語るなど弱気が過ぎるが、それを補うだけの実力があるのは間違いないので油断は出来ない。


「リーズ、あっちの術士を分断して。きみの速さなら出来る筈」

「了解致しました、リア様」


 小声でやり取りをし、終わると同時に隣からリーズの姿が消えた。

 話しながら《加速アクセル》を無言で詠唱していたのだろう。

 実は《術式》は発声による詠唱をしなくても使用出来るし、その方が「敵に予兆を見せない」という点で有利である。

 一方で詠唱の省略は《術式》自体の不発や効果の劣化などを招くため、現実的には殆ど使い物にならない。

 実用レベルでそれを可能とするのは、まさにリーズのように、ごく少数の《術式》を使い続けて極めた者だけだ。


 無詠唱で行使された神速の突進にゲオルクは対応出来なかった。

 システィーナは反射的に無詠唱で防御用の《術式》を使用するが、ダメージを流し切れず弾き飛ばされていく。

 ゲオルクが舌打ちをしながら後方に退こうとするが、私は片手に持っていた《神炎剣アグニ》を投げ飛ばし、退路を断った。

 剣から放たれる火が周囲の草花に移り、炎の壁を形成していく。

 

「発火の能力か……以前の共闘において戦闘スタイルの観察なんかしている余裕はなかったが、『お前も』聖魔剣使いだったとは」


 言いながら、竜の頭を模したかのような刺々しい両手剣を構えるゲオルク。

 その特異な意匠からして、別にブラフでもなんでもなく、恐らくあちらも聖魔剣なのだろう。

 切っ先を私に向けたまま、強烈な踏み込み。

 体格は人間族の平均的な青年と大差無い筈なのに、その力強さと速さはオーク族のそれをも超えている。これが半竜人のパワーか。

 拾い物のロングソードで彼を迎え撃つ。強度がまるで足りていないのは分かっていたが、それでいい。

 強力な振り下ろしによってこちらの剣が砕けると同時に私は《加速アクセル》を後ろ向きに使用し、更に、地に突き刺さっている《神炎剣アグニ》を《権限》の力によって呼び戻す。

 これにより、高速で飛来する炎を纏った剣がゲオルクを背中から貫く、筈だった。

 恐らくは意識の外にある攻撃だった筈なのにも関わらず、彼は最小限の動きで剣によるバックアタックを回避し、即座に突っ込んでくる。

 こちらの力を知っているのか、或いは単に、凄まじく直感が冴えているのか。

 考えている暇はない。私は戻ってきた剣をキャッチした後、横に跳んだ。

 ゲオルクの斬撃は重い。《神炎剣アグニ》は剣でありながら広範囲攻撃を行えるのが強みだが、近接戦においては普通の剣と大差ない性能であり、真っ向から打ち合うのは不利である。

 回避を続けたいところだが、あちらは速度もある。《加速アクセル》を連発すれば上回れるものの、それではゲオルクが《術式》を使用していないぶん持久力で負ける。

 この戦い、システィーナが近接戦闘を得意としない後衛である筈だから、私さえ生きていれば後は「多対一」の戦いに持っていくことが出来る。

 従って、私がすべきは時間稼ぎ。

 やむを得ない、それに適した四本目の剣を使うしかないか。

 再び突撃してきたゲオルク。《神炎剣アグニ》を放つが、予想通り回避される。

 そして振るわれる刃――だが、それが私の身体を斬り裂くことはない。


「別の聖魔剣だとッ!?」

「えへへ、良いでしょ」


 驚愕するゲオルクに、いたずらっぽい笑みを返す。

 私の手に握られているのは、黒い鉄塊のような幅広の両刃剣――《竜鱗剣バルムンク》。

 能力は「無敵の刀身」。この剣はあらゆる物理攻撃を弾き、決して折れない。

 すなわち、剣と盾の中間のような性質を持っているのである。


「なるほど、硬いな。だが……!」


 ゲオルクは戦意を喪失するどころか、より気迫を溢れさせていく。

 撃ち込み、弾き、斬り込み、受け流す。どれだけ攻防を繰り返しても、無敵の剣は絶対に折れない。

 しかし、なにか妙なのだ。

 最初よりも彼の攻撃が強くなっている。

 恐らく、私をナメて妥協していた訳ではない。明らかに、全力の上限自体が引き上がっているのだ。


「重いね……もしかして、きみの武器の力?」

「《克竜剣アスカロン》。強者を屠るための剣だ」


 言葉を交わしながらも、切り結ぶことは止めない。

 気のせいではなく、攻防の度に少しずつ速さと重さが増していく。


「ふぅん。『自分と敵の間にある戦闘力の差を埋める能力』といったところかな」

「お前は強い。だから、オレはそれよりも強くならないとな」

「凄いね。良いな~、私も欲しくなってきちゃった」

「聖魔剣使いなら知ってるだろ、こいつらはそれぞれの適合者しか持てない。仮にオレを殺したとしてもお前のモノにはならないぞ……まあ死ぬ気なんてないけどなァ!」

「なはは、確かにきみの言う通りだ」


 余裕ぶって話しているが、内心では少しだけ焦っていた。

 既にゲオルクの斬撃は巨人の踏み潰しが如き重量を持つレベルになっている。

 幾ら《竜鱗剣バルムンク》が無敵でも、それを持っている私の方がいずれ捌き切れなくなる。

 だが、戦闘しながらも炎の向こう側でのやり取りを観察していた私は、勝機を見出した。

 システィーナは強い。防御系と攻撃系の《術式》を巧みに併用している。

 リーズの突進や斬撃は小規模防御障壁を生み出す《防壁バリア》によって軽減され、それらの攻撃の隙を見て、敵を焼き滅ぼす光線――《光波ルクス》を撃ち込んでくる。

 そのため、リーズが得意とする畳み掛けるような攻めが出来ずに居る。

 しかし、システィーナは城門の結界も維持している為か、明らかに消耗してきていた。

 そして、彼女の集中力の低下によって結界が弱まった時を、私は見逃さない。

 五年以上の時を共にした戦友がこちらの意図を理解してくれると信じて、叫んだ。


「ライルっ! そろそろ行けるよ、やっちゃえーーーー!!」


 私の叫びに、ちょうど正門前で待機していたライルが《術式》の詠唱でもって応えてくれた。


「《発破ブラスト》ぉぉぉぉ!」


 私があえてゲオルクとの攻防で使用しなかった《静謐剣セレネ》によって、ライルは薄くなった結界を突破。

 そして施設の破壊に用いられることが多い爆破の《術式》を使用し、城門をこじ開けたのだ。

 粉塵が上がる中、彼は剣を掲げ、突然の出来事に戸惑っているシスティーナを背中から斬りつけた。

 それをも《防壁バリア》で防ぐが、もはや限界に達している様子だ。

 だが、そのことはゲオルクも理解していた。

 

「システィ! くっ、限界まで消耗したか……!」


 彼は炎の壁に躊躇なく突っ込み、向こう側に居たシスティーナを抱きかかえる。


「ま、待ってください! 私はまだやれます――


 そんなことを言う彼女を無視し、外へ飛び去っていくのであった。

 ライルが《水流ニクス》を詠唱して水塊を放ち、鎮火していく。

 そうして、私たち三人は合流した。

 私がニコニコしながら手を掲げると、ライルが気恥ずかしそうにタッチしてくれる。


「ライル、さっすが~! あんなに完璧に対応してくれるなんて!」

「ずっと王女殿下にこき使われてきたからな」

「も~、だから殿下って呼ばないでよ~! えへへ……」

「わ、私だって頑張りましたよ!?」


 身を乗り出して、自分より身長の低い私に撫でられようとするリーズ。

 実際、頑張ってくれたので素直に頭を撫でてあげた。


「リーズちゃんもえらいえらい……それじゃあ、ひとまず片付いたみたいだし捕まってた人たちを助けてあげようかな。《竜の目》には逃げられちゃったけど」

「まあ私たちの仕事は彼らを倒すことではありませんから。さあ行きましょう、リア様」


 そう言って、二人と共に居城内に戻ろうとした、その時だった。

 なにか猛烈な威圧感がした。

 地上ではなく、空から殺気が降り注いできている。

 見上げるとそこには、いつの間にか、灼熱を思わせるような赤い身体を持つ巨大なドラゴンが飛んでいた――。

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