1章8節:《剣神》ウォルフガング

 ドラゴンは深く呼吸した後、炎で出来た吐息を古城にぶつけるのであった。

 火の旋風が巻き起こり、古びた建造物が破壊されていく。

 目の前の惨状を見て、ライルとリーズが唖然としていた。

 

「ウソだろ、なんでこんなところにドラゴンが!? 偶然……じゃねえよな、明らかに拠点や俺たちを狙ってるし!」

「まあ《竜の目》のドラゴン使いの仕業だろうね。『襲撃者に対処し切れなかった時の証拠隠滅策』ってこと……周囲に一切の気配を察知させずにあの巨体をここまで送り込むようなことまで出来るとは思ってなかったけどさ」

「そ、そんなの無茶苦茶です! どうしましょう、リア様……!」


 竜が、明確に殺意を帯びた目で私たちを凝視する。

 奴隷確保の拠点となっていた古城、地下で捕らわれている者たち、襲撃者。まとめて炎で吹き飛ばして、全てを無かったことにするつもりだ。

 奴らの飛行速度は馬鹿にならないから、逃げることも叶わないだろう。

 となれば、やるしかない。

 パーティ全員ならともかく、私たち三人でドラゴン退治をするのは初めてだ。

 ゆえに緊張はするが、これもまた一興。敵が、状況が最悪であればあるほど打開しがいがあるというもの。

 気合を込め、《迅雷剣バアル》以外の三振りを目の前に展開する。だが、隣の二人は動揺したままだ。

 ドラゴンが息を溜める。こちらに炎弾を吐こうとしている。

「このままでは二人がまずい」――そう思った時であった。


 馬が疾駆する音が聞こえてくる。

 音はこちらに近づいてきている。こんな状況の中にわざわざ飛び込んでくるなど正気の沙汰ではない。

 そんなことをする者が居るとすれば。

 私が名を呼ぶより早く、その男は馬を降りて跳び上がった。

 何ら《術式》を使用していないのにも関わらず、彼はドラゴンが飛んでいる高度まで跳躍。

 そのままロングソードを空中で振るい、瞳を斬りつけた。

 聖魔剣でも高級な特注品でもなんでもない、駆け出し冒険者が武器屋で最初に手に取る、最も安価な剣で、だ。

 攻撃によって射線が逸らされて、炎弾は私たちではなく老朽化した城壁を灰燼に変えた。

 そして、白髪を後ろで束ねている老いた男は、私たちのすぐ傍へと着地するのであった。


「ウォルフガングっ! どうして!?」

「話は後だ、リア。今はあれを討つぞ!」

「……うん、分かったよ。ライルもリーズも、ウォルフガングを援護して!」

「あ、ああ!」「承知しました!」


 再び、尋常ならざる速度で跳ぶウォルフガング。

 彼は竜の頭上に着地すると、不安定で力を込めにくい状態にも関わらず、硬い竜鱗を貫いて内部組織を破壊するほどの剣撃を浴びせた。

《剣神》という、騎士団長時代のあだ名に恥じぬ戦いぶりだ。

 いやむしろ、王都占領の際に感じたであろう無力感をバネにして更に強くなっている。

 彼には《加速アクセル》など必要ない。限界まで極められた身体制御技術によって、物理法則をも超越したパワーを発揮しているから。

 彼には《衝破インパクト》など必要ない。敵の構造的弱点を見抜くことによって、防御力を無視した損傷を与えられるから。

 ウォルフガングの襲撃によって苦痛と屈辱にまみれた竜が、空を暴れ回る。

 そこに慎重に狙いをつけ、《術式》や聖魔剣の能力による対空攻撃を仕掛ける私たち。

 集中砲火を受け、たまらず低空飛行をしてこちらに突っ込んでくるドラゴン。


「リア、やれ!」


 ウォルフガングがそう叫ぶと、ドラゴンの頭部を蹴って横に跳んだ。

 確かに、この高さならば簡単に狙いをつけられる。

 どうやら美味しいところは譲ってもらえるようだ。


「任せて! リーズ、返してもらうよ!」


 私は四本全ての聖魔剣を空中にワープさせた。

 そして弾丸のように超高速かつ連続で撃ち込んでいく。

 一発、剣で貫かれる度にドラゴンの進行方向と身体そのものが大きく捻じ曲がっていき、城壁の残骸に衝突。

 瓦礫を引きずりながらそのまま草原の上に墜落する。

 身体の内部だけを炎と電気により焼かれ、少しだけジタバタと暴れたが、すぐに動かなくなった。

 こうして今度こそ、私たちは脅威の排除に成功するのであった。

 とはいえ、まだやることはある。

 ウォルフガングは火災に見舞われている古城跡を見て言った。


「ライル、悪いが消火を頼む。リア、リーズ、恐らくここには人が捕まっているのだろう? 一人でも多く助け出すぞ」


***


 それから私たちはしばらく、奴隷として売り飛ばされそうだった者たちの救出活動を行った。

 城内も燃え盛っており、多くの者が炎そのものや煙の吸引によって既に死亡してしまっていたが、それでも一部は救い出すことが出来た。

 これでも状況を考えれば上等な成果だろう。

 私は勇者なんかじゃないから「みんなを救えなかったこと」をいちいち悔やんだりはしないのである。


 一通り救出が終わり、リーズとライルが人々に王都までの道を教えている。

 彼らに掛けられた《術式》による拘束は解除していないのだが、術士が居なくなった為、徐々に自然解除されている。

 そんな様子を近くで見ながら、私はウォルフガングに話しかけた。


「ライルとリーズが少しだけビビってたから、正直、来てくれて助かったよ。よくこっちの状況が分かったね?」

「それなんだが……私はドラゴン討伐の依頼に出ていてな」

「うん、この前ライルから聞いた。東の山の方まで行ったんだっけ? そういや、あの辺りって普段はドラゴンなんか出ないよね」

「そうだな。妙だとは思いつつも依頼通り、ドラゴンが居たので交戦した……それと、山村から人をさらって売り飛ばしている奴隷狩り集団の拠点もな」

「えっ、そっちにもあったの!? 実は私たち、スラムで人さらいをしてる連中を倒す依頼を受けてたんだよね。で、そいつらの拠点がここだったって訳」

「そういう偶然もあるものだな……ああ、あちらの拠点は潰しておいた」

「一人で壊滅させちゃったんだ!? 相変わらずとんでもないね……」

「とはいえドラゴン使いの少女と銀の竜、それとさっき倒した奴を逃してしまってな。前者の追跡はその素早さゆえに不可能だったから、後者を追っていたらここに辿り着いたんだ」

「なるほど……つまり奴隷狩り共も《竜の目》も二手に分かれてて、もともと必要に応じてドラゴンを送り込む予定だったってことかぁ」


 連中も色々と策を練っていたようだが、とはいえ結果を見れば私たちの圧勝だろう。

 奴隷狩りの拠点を二つ潰したし、こうなることを予測していた私は連中の背後関係に繋がる資料を確保している。

 後はじっくり追い詰めればいい――と言っても、私たちの受けた依頼は「スラムにおける失踪事件の解決」だから、既にクリアしてはいるのだが。

 もちろん、依頼が終わったからといって止まるつもりはない。黒幕には必ず報いを受けさせる。

 潰すべき下劣畜生が消えていないのであれば、どこまでも追いかけて叩き伏せる。

 むしろそういう連中にとって、実際に人をさらって売買している傭兵やならず者共などは端金で雇った捨て駒でしかないだろうから、余計にタチが悪いのだ。

 私は戦いを続ける決意を固めた。


 そんな時、私たちのもとに一人の少女が歩いてきた。

 年齢は十二ほど。薄汚れた長い茶髪に可愛らしい猫耳と尻尾。獣人族だ。

 恐らくは奴隷狩りに捕まっていたのだろうが、両手は拘束されていない――というより、不可能である。

 彼女の左腕は全体的に黒く変色し、肘から先にいたっては腐れ落ちて失くなっていたのだ。


「う……うう……痛い……助けて」


 か細い声で私たちに助けを求める女の子。

 よく見ると、朽ちた左腕だけでなく全身に細かい裂傷や火傷があり、そちらは重い怪我ではないのだろうが痛そうだ。

 しかし、助けるのは気が進まない。

 この子を特別に助けてしまったら「じゃあ同じ状況の他の者たちはどうなのか、見捨てるのか」という話になってしまうからだ。

 こちらは既に直接的な脅威を排除しており、後はもう各自で自助努力をすべきだと思っている。

 そういう訳で、私一人なら平等に見捨てていたが、ここには我が師匠が居るので意見を仰いだ。


「ん~、どうしよ? 王都のスラムの出身っぽいから連れて帰ることは出来るけど……」

「かなり憔悴しているようだし、ひとまずはそうしてやるのが良いのではないか? ちょうど馬も借りてきているしな」

「あんまり一人を特別扱いするようなコトしたくないんだけどなぁ」

「ならば『私個人が勝手に』救おう。それで良いか?」

「むむむ……」


 悩んでいると、ライルとリーズの二人が駆け寄ってくる。

 前者は少女の貧相な身なりを、後者は真っ黒に染まった左腕を見て苦しそうな顔をした。


「どうしたリア。この女の子は?」

「たぶんスラムに居た子。『助けて~』って」

「じゃあ助けてやろうぜ。放っておくのもなんか気分悪いし……」

「珍しく意見が合ったわね、ライル。助けてあげませんか、リア様」

「……も~、分かったよ! 三対一ならしょうがないよね、三対一なら!」

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