1章9節【1章完結】:獣人の少女

 私たちは王都のスラムに帰還し、事の顛末を冒険者ギルドにて報告した。

 ギルドの事務員も兼ねた酒場の店主が、疲れた顔をしながら聞いている。


「……という訳で、人さらい共の拠点を潰してきたよ。捕まってた方に関しては全員を救い出すのは無理だったけれど」

「そうか。随分と大事になっちまったな」

「依頼を受ける前からイヤ~な予感はしてたけど、まさかここまでとはね。私も驚いてるよ」

「ま、犠牲が出たのはともかく依頼については間違いなく解決したと言っていいだろうし、これで完遂ってことにしておこう。正直、内容を考えたら充分過ぎるほどにやってくれたと思うぞ」

「依頼主が納得しないかも」

「『この成果に文句があるなら序列一位を探し出して頼れ』とでも言っておくさ。あんな安い報酬で序列入りを働かせただけでもスラムのバカ共は感謝すべきだ」

「なはは……じゃあ、そういうことで。でも個人的に気になることがあるから、この後も事件は追うつもりだけどね」

「そりゃ『依頼外で』ってことか? 変わってるな、あんたら」


 そうして、私たちは約束された報酬を受け取った。

 後のことは、このおじさんが何とか話をつけてくれるだろう。原則、ギルドが仲介している依頼について冒険者は依頼主と直接のやり取りをしないことになっているから、依頼としてはここで本当に終わりだ。

 一段落ついたところで、私はウォルフガングの後ろに隠れていた獣人の少女の手を引いた。

 怯えている彼女の両肩に優しく手を置いて話し始める。

 店主は少しだけ険しい目でその顔を見た。


「ところで話は変わるんだけど、この子って知ってる?」

「あ~、近所に住んでる『ネル』ってクソガキだよ。もしかして捕まってたのか?」

「うん。この辺で狩られたのかなって思ってたけど正解だったみたいだね」

「スリや乞食で生きてる、よく居る孤児の一人さ。以前、ウチに盗みに入ってきたからぶん殴ってやったけどな」

「なるほど、それで知ってるんだ……ねえ、あの黒くなった腕ってもしかして」

「ああ。両親は『例の病』で死んだ。本人も発症してあんな姿になっちまって、まともな連中は誰も近寄りたがらない」

「自警団の奴らも? ほら、チンピラが意外と義に厚かったり……なんてことはないよね」

「まさか。あの手合いは殆ど動物と変わらない行動原理で生きてるもんだ。縄張りの中に混じっている弱者なんてもんは搾取されるだけだな」

「そっか……ありがと、色々と世話になったね」


 会話を終えた後、私たちはひとまずネルと共に宿に帰った。

 いや、「勝手について来た」という表現が正しいか。

 厄介な拾い物をしてしまったと思いつつも、彼女の扱いについて話し合うことにした。

 小さなテーブルを囲んでいる私たちは、ベッドの上で気まずそうに座っているネルを見る。

 いつでも真っ直ぐなリーズは、予想通りの発言をした。


「リア様、助けてやりませんか? どこにも居場所が無いようですし」

「なんでそんなことしなきゃいけないのさ」

「お願いします。私が世話をしますので……」

「俺からも頼む。なんつーか……昔を思い出すんだよ。俺もスラム暮らしの孤児だったからさ」


 ライルも彼女の意見に同調する。

 ウォルフガングは「あなたが決めろ」と言わんばかりに私に視線をやった。

 なるほど、ライルの気持ちは分かる。そして『病』について思うところがあるリーズの方も。

 だが、そういう問題ではないのだ。

 

「二人とも境遇が似てるからって変に感情移入してない? こんなことやってたらキリがないよ。これから世界中の孤児を救っていくつもり?」

「理に適っていないのは分かっています、リア様。それでも……!」

「私たちがすべきは『人々を苦しめる存在を滅ぼすこと』であって『目の前の人を救うこと』じゃないんだって」


 言い合いをしていると、ネルが怯えながらも声を上げた。

 

「わ……私、役に立てる……スリとか出来るし、体を売ることもできる。だから、助けて……」


 ああ、気に入らない。本当に気に入らない。

 そんな潤んだ目で見るな、か細い声を出すな。そうやって自分が弱者であることを殊更に主張して、より強い者の庇護を受けようとするな。

 騙されるな。この振る舞いは、こういった人間が生き抜いていく為の技術でしかない。

 未だに世間知らずなところがあるリーズはともかく、ライルはよく理解している筈だ。

 なのに、二人はじっと私を見つめてくる。

 無言で、真剣な表情で私を見つめてくる。


「……あ~~~もう! 分かった、分かったよ」

「リア様、よろしいのですか!?」


 リーズが歓喜を隠そうともせず、席を立った。ライルも嬉しそうだ。

 まるで親からペットの飼育許可を得た子供みたい。そんなんで良いのか年上組。

 私はネルの前でしゃがみ、向き合った。


「『体を売れ』とは言わないよ、私そういうの嫌いだし。でも何かしらの形では役に立ってもらう……それなら、当面の間は世話してあげてもいいよ」

「……いいの? お姉ちゃん、助けてくれるの?」

「渋々、ね」

「あ……ありがと……!」


 そう言うと、ネルは初めて笑顔を見せた。

 私ってチョロいな。

 弱者に一時の慈悲など与えても何も生まないと分かっている筈なのに。


――『病』が発症してしまっている以上、時間は限られている筈なのに。

 本当に二人は理解しているのか?

 或いはそれとも、分かっているからこそ「せめて少しはマシな時間を過ごさせてやりたい」とでも思っているのか?


 ネルの方へ駆け寄っていった一つ年上の子供たちを尻目に、私は座席に戻り、テーブル越しにウォルフガングと向き合った。


「ねえ、これで良かったのかなぁ」

「それを決めるのはアステリア殿下次第だが……こういう寄り道も、そう悪いものではないと私個人は思う」

「また『殿下』って。外じゃなくてもその呼び方はやめてほしいっていつも言ってるでしょ」

「あ~、すまん。やはり私にとって、あなたは主なんでな……もはや客観的に見て、この身が王族に仕える騎士とは言えないのは理解しているんだが」

「はぁ……おっさんだから仕方ないけど、頑固だねぇ」

「……では、その頑固なおっさんの話を聞いてはくれんか」

「いいよ、助けてくれたお礼に聞いてあげる。なに?」


 ウォルフガングは、ネルや彼女の傷の手当をしているリーズ、ライルを見て、おもむろに語り始める。


「……リア、そろそろ普通に暮らす気はないか? もはや死ぬまで戦いに生きるしかない私と違い、あなたやあの二人はまだ若い。戦い続ける以外の生き方を選ぶことも出来る」

「その話、一年くらい前もしなかった?」

「ならば改めて聞いてくれ。王都を出たあの日、あなたは世界に対する復讐と自立を望んだ。私もその気持ちは痛いほど分かるから、過酷ではあったが冒険者としての生き方を教えてきたんだ」

「うん、感謝してる。ウォルフガングのお陰でだいぶ強くなったし……それに、だいぶズルくなったと思う」

「だがな、本当はこのようなことは終わりにして、新しい人生を送ってもらいたいんだよ」

「そんなの無理なんだって」

「とりあえず今の私は健康そのものだから、しばらくは冒険者として稼ぎ続けられる。その稼ぎであなたやアイツら二人に新たな身分を与えることもできるし、学院にだって行かせることが出来るんだ。どうか、年寄りのお節介を受ける気にはならないか」


 確かにウォルフガングは優れた剣士にして冒険者だ。一個人の戦闘力という観点で見れば、世界中を見ても誇張抜きで彼の右に出る者などそうは居ないだろう。

 彼一人で冒険者を続けても、少なくとも私とリーズ、ライルが別の生き方を選んだ上で自立するまで養っていくことはきっと、不可能でもなんでもない筈だ。

 でも私が「無理だ」と言っているのは、そういうことではないのだ。


「……リーズやライルがどう思ってるのかは分からないけど、私の気持ちはずっと変わんないよ。魔族を斬る。人も斬る。この世から気に入らない害悪を一つずつ地道に斬り捨てていくだけ」

「その先にあなた自身の幸福など待っていないとしてもか?」


 以前にも同じことを言われたのを思い出した。

 この話は誰にもしていないが、私はかつて別の世界で生きていた転生者である。

 その生まれ変わりの際に、女神が私に向けた言葉だ。

 当時、私は「幸せなんて信じてない。だからどうでもいい」と返した。

 あの想いは今でも変わらない――そう、五年前の王都占領どころか、十七年前に死を迎えてから、私は何も変わっていないのだ。

 

「幸福なんて信じてない。仮にそれがどこかに在るとしても受け取れないよ。だってそんなことしたら私は、今までの自分の人生を否定することになっちゃうから」

「……そうか。つまらない話をしたな、リア」

「いいよ、私たちの気を遣ってくれてるのは分かるからさ」


 これからも私は戦い続ける。たとえウォルフガングに見放されても、たとえリーズやライルが戦意を無くしても。

 さて、まずは目先の害悪――《エグバート商会》とやらを潰すことを考えていこうか。



***


――地上。天上の人々が言うところの「神々の住まう楽園」。

 分厚い雲海と防御結界によって天上大陸から隔てられたそこに、一人の少女が居た。

 彼女は長い銀の髪をなびかせ、ある施設に入っていく。

 扉の向こう側には一面、真っ白な壁。

 その中央にある真っ白な円卓を囲むように、十一の人影が映る。

 彼らを見ると、少女は露骨に苦虫を噛み潰したような表情をした。

 人影の一つが、そんな彼女に語りかける。


「……三人目の転生者の様子は?」

「御剣星名……アステリア・ブレイドワース・ラトリア。あの子ならば大丈夫よ」

「その言葉、本当に信じてよいのだろうな?」

「ええ、彼女は悪を憎んでいる。無秩序を嫌っている……必ず『魔王』を討ってくれる筈」

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