第2章:冒険者連続襲撃事件
2章1節:黒蛇の暴君
冒険者パーティ序列第八位、《蒼天の双翼》。
昨今の冒険者はギルドの依頼に明け暮れたり、或いは商人や貴族などと直接契約を結んで傭兵のように働いている場合が多い。だが、彼らは文字通りの「冒険者」である。
時には依頼で魔物討伐を行うこともあるが、もっぱら各地を旅して見つけた、聖魔剣を含む旧文明の遺物を売り払って生計を立てているのだ。
「冒険者」とは名ばかりで、悪意を持つ者たちを滅ぼすことそのものを生き甲斐にしているアステリアとは対照的である。
すなわち王道。あるべき姿。
それゆえに、はじめは彼らのような生き方に憧れて冒険者の世界に足を踏み入れた者も少なくない。
だが現実は過酷であり、王道をそう簡単に歩ませてはくれないものだ。
文明から離れ、あてもなく山や森や砂漠、草原を彷徨うというのはそれだけで心身を消耗する。
旅の中で食料や水の確保が充分に出来ず、かといって街や村に引き返すことも出来ず、飢餓の中で息絶えるリスクは非常に高い。
それだけでなく、魔物や盗賊などに出会えば戦わざるを得ず、死の危険がつきまとう。
これらの現実を突きつけられた瞬間から、「冒険」に憧れた筈の冒険者であっても文明から出られなくなり、結局のところ大半が平凡な便利屋として人生を終えることになるのだ。
では《蒼天の双翼》が何故、そういった生き方を可能としているのかと言えば、ひとえに序列八位に相応しい確かな実力を持っているからである。
パーティマスターの「クレイス」という人間族の少年は磨き上げられた剣技とサバイバル技術、そしてパーティを導くリーダーシップと決断力を持つ。
他のメンバーもエルフの攻撃系《術式》使いの女性、人間の補助系《術式》使いの青年、獣人の軽戦士の少女――と非常にバランスが取れており、各々の能力も高い。
そんな彼らはこの日の夜、旅費稼ぎの為に王都近郊の平原で魔物の退治を行っていた。
体長五メートルほどの四足獣が「こっちだよ~!」と挑発している獣人の少女を狙い、突撃する。
彼女がそれを華麗にかわすと同時に、エルフの女性が魔物めがけて光の剣を放った。
負傷によって僅かな隙が生まれた瞬間をクレイスは見逃さず、青年によって付与された《
戦闘を終えると、少女は彼のもとへ駆け寄って手を掲げ、尻尾を揺らしながらぴょこぴょこと跳ねた。
少年は眩しい笑顔を見せ、それに応えた。
二人よりも少し年上のエルフと、生真面目そうな青年が微笑んでいる。
「やりぃ~! 私たちってば息合いすぎ! はいタッチ!」
「へへっ、パーティ結成から三年も経ってるからな。その間にたくさん遺跡を攻略したし、盗賊団もぶっ潰してきた。このくらいの魔物は俺たちの敵じゃない」
「三年前は二人とも喧嘩ばっかりだったのに、今じゃすっかり仲良しね。その調子で恋の方も進展があったら良いのにねぇ」
「そうですね。いい加減、素直になったらどうなんですか?」
青年がそう言うと、クレイスと獣人の少女は頬を赤らめながらそっぽを向いた。
かつてギルドで出会い、成り行きで仲間となった少年と少女は、長い旅の中で互いに対して好意を抱くに至ったのである。
二人とも「冒険を続けることが最優先」と主張し、気持ちを明確に伝えられていないが、それも時間も問題だろう。
和やかで、楽しげで、理想的な在り方。
彼らのような者たちが、冒険に夢を見る人々に希望を与えるのだろう――生まれたのが、この残酷な世界でさえなければ。
四人の周囲に突然、多数の殺意が現れた。
数十人の武装したならず者たちが《
人間。獣人。オークやゴブリンなどの魔族。様々な種族が混ざりあった部隊が、全方位から勢い任せで無秩序に押し寄せる。
とはいえ、これまで何度も盗賊を撃退してきた《蒼天の双翼》だ。
それも、ほぼ不殺を貫いている。過去には実力的な余裕が無かったが為に命を奪ってしまった場面があったが、その後悔をバネにして彼らは更に成長し、もはや殺さずして暴漢を退けられるほどの技量を得た。
従って、このように統制の取れていない軍勢など恐るるに足らないのである。
「切断」ではなく「打撃による気絶」を目指して極められたクレイスの剣撃、敵の武器を弾く少女の短剣術、殺傷力のない《術式》が炸裂し、次々とならず者たちが無力化されていく。
明らかに優勢であったものの、クレイスの中の違和感は剣を振るうごとに増していった。
敵はみな、何かに怯えているのだ。目の前の序列八位よりも絶望的な何かに。
そして、軍勢の向こう側に二人組が現れる。
一人は茶髪を後ろになで上げた、身なりも体格も良い男。もう一人はいかにも貴族らしいドレスを着ており、カールしている長い金髪を持った女。
クレイスと男の視線が交差する。
少年は気づいた。ならず者共の恐怖の対象はこの男と、隣に立っている女であると。
だが、その時にはもう遅かった。
――「《
男が小さくそう呟くと、獣人の少女に剣を弾かれて徒手空拳で彼女に迫っていたならず者が突然、内部から炸裂した。
少女は爆発に巻き込まれ、悲痛な叫び声を上げながら倒れた。
クレイスがそちらを見ると、彼女は右腕と顔の右半分を喪っていた。
残った左腕で顔を押さえながら、少し前まで可愛らしく照れていた筈の少女は歯を食いしばって激痛にのたうち回る。
その姿を見て動揺したエルフのもとに軍勢が殺到する。
彼女は十人ほどに取り囲まれ、全身を滅多刺しにされている。
術士の青年が救い出そうと近づくと、彼らはまたも身体を爆発させ、エルフと術士の青年もろとも肉片に変わり果てた。
「……な、なんだよ。これ」
血に染まる草原の真ん中で、クレイスの心は虚ろに染まりかけた。
こんな筈じゃなかったのに。これから王都に戻って支度をして、厳しくも楽しい旅に戻る筈だったのに。
だが、彼は完全なる絶望には支配されない。
まだ生きている仲間が居る。愛する少女が傍で苦しんでいるのだ。
ならば折れず、戦い続けるのみ。これこそが序列八位のパーティマスターたる男の強さ。
クレイスは剣と不屈の意志を抱き、押し寄せる軍勢を斬り飛ばしていく。
そこにもはや不殺の信念は存在しない。殺さねば殺されるし、好きな女の子を守ることも出来ない。
何より、既に死んでしまった仲間たちが浮かばれない。だから殺すしかない。
彼は剣撃を放ちながらも、爆発の予兆を読むことに意識を集中していく。
そのタイミングを合わせて《術式》を使用、斬撃に衝撃性を付与し、後方に弾き飛ばすことで爆発によるダメージを回避しているのだ。
そうしてならず者たちを一掃した彼であったが、男と女はこの場に現れた時からずっと変わらず、蔑むような笑みを浮かべたままだった。
女が口元を手で隠しながら、男に話しかける。
「あらあら、イヤですわ。まさかこんなに肉人形共を消費させられるなんて」
「一応、あれでも序列入りだからな。だが……」
会話を断ち切るかのようにクレイスが剣を構えて突進、男に斬りかかった。
「アイツらの仇だ! 死ねええええええッ!!」
怒りの言葉と共に、鋭い斬撃が迫る。
しかし男は軽々とそれを避け、同時にクレイスの腹に一発、弱々しい打撃を入れた。
殆ど力の込もっていない、素手での攻撃。何のダメージもない筈なのに、男はほくそ笑んでこう言うのだ。
「人殺しの経験がまだまだ足りていないな。雑魚しか相手にしてこなかったことを後悔しながら死んでゆけ」
「……え?」
狼狽えるクレイス。すぐに異変は起こった。
彼の胴部が膨張していき、やがて風船が割れるかのように血肉を炸裂させるのであった。
「いやん、肉片にまみれたあなたもワイルドで素敵ですわ! やはり殿方はこうでなくてはなりませんわよね!」
一人で悶えている女を無視し、男は自分たち以外で唯一生きている存在である獣人の少女を抱きかかえた。
そんな様子を見て、女は一気につまらなさそうな顔になる。
「そんなゴミを回収するんですの?」
「いつも言っているだろう、マリアンナ。俺は命の無駄遣いは好まん……こんなになっても慰み者や被験体には使えるから、物好きならば買いたがる筈だ」
「……うふふ、そうですわね。《黒蛇の暴君》とはそういう人でしたわね」
「誰が呼び始めたか知らんが不名誉な名だ。俺ほど心優しく生産的な人間がどこに居る?」
「あら、『凄惨的』の間違いではなくて?」
「言っていろ。さあ、早く戻って次の戦いに備えるぞ。他のパーティは《蒼天の双翼》なんぞよりも遥かに厄介な連中ばかりだからな」
「ええ。特に序列十位……いえ、これから九位になる《ヴェンデッタ》などは手を焼きそうですわね」
「そうだな。奴らからは俺たちと同じ匂いを感じる……だからこそ、面白いのだが」
会話をしながら、彼らは傍らで待機させていた馬車に乗った。
御者もまた死んでいった者たちと同様に暴君と狂った令嬢に怯えながら、彼らの指示通りに馬を走らせていく。
こうして序列第八位、《蒼天の双翼》は壊滅した。
後日、この結果はすぐに冒険者界隈に広まり、彼らの生き様に憧れた多くの人々を恐怖に陥れるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます