6章13節【6章完結】:剣の王女

「……ふむ、ご苦労じゃった」


 墓標に囲まれた玉座に足を組んで座っているレンは、随分と機嫌良さげだ。

 

 ダスクとの交戦が終わった後、ひどく消耗していた私とリーズはウォルフガングたちに介抱され、王城に戻ってきた。

 そして少し休んでから、一連の事件に関する報告を行ったという訳である。

「パーティに潜入して議員の行方を調べる」という作戦自体は結局、失敗しているので気が進まなかったが、ともかく――前世が関係すること以外は――全て正直に述べた。

 なお、今この場には私とレンしか居ない。何故だか「一人で報告しに来い」と指示された為だ。


「表情を見るに、納得いっていない感じかの?」

「そりゃ黒幕のリゼッタどころか『黒幕の更に黒幕』も逃しちゃったし。それに、さらわれた議員さん達の行方も不明なまま」

「いやいや、お主らは十分過ぎるほどに働いてくれたのじゃ。依頼はこれで完遂したものとして扱う。報酬も約束通り支払おう」

「え、良いの?」

「《ドーンライト商会》、そしてその中に潜んでいた《魔王軍》のメンバーが派手に暴れてくれた時点でこちらの勝ちなのじゃ。これで連中の拠点に対して強行調査を仕掛ける口実が出来たからの」

「それで議員らを発見すれば良い、と。リゼッタが言うには、もう廃人になってるみたいだけどね」

「以前にも言ったが、連中が無事であることまでは期待しとらんよ。むしろ壊れていてくれた方が商会を大々的に糾弾出来て助かるのじゃ」

「……えっと、もしかして私たち、商会を挑発する為に雇われたの?」

「かははっ、察しが良いのう! そういうことじゃな」


 なるほど。私たちの調査が上手くいってもいかなくても、そういった動きに対して商会側が過剰反応した時点でレンの戦略的勝利は決まっていたのか。

 国を蝕む商会を叩き潰したいが、女王の立場では敵対心を煽りすぎるから表立って動く訳にはいかない。そこで冒険者に付け入る隙を作らせたのだ。

 あれだけの戦いが起きれば女王は「治安維持の為に、当然の義務として」商会勢力に対する調査を行わねばならないのだから。

 そして議員を発見した上で「商会は《魔王軍》と繋がっており、魔族の力によって敵対議員を排除することで国を支配しようとしていた」なんて主張すれば、あちらは世間から強く批判されることになるだろう。

 ああ、《輝ける黄金ゴールドライツ》が数合わせとして雇われたのも納得だ。要は、敵に精神的な圧力を掛けられればそれで十分だったのだ。

 全く、とんだ雌狐である。

 しかし、女王になるのであれば私もこういった考え方は必要になってくるか。

 ただ目の前の悪を屠るのではなく、自らの立場や協力者を利用してじっくりと追い詰め、弱らせる――そんな戦い方をしなければならない時もきっと来るのだろうな。


「どうした、不満そうじゃのう?」

「いーや、別に? 『最初から正直に言ってくれ~』って思っただけ」

「まあまあ、そう怒るでない。話していたとしても、お主らがやるべきだったことは何ら変わらんじゃろ」

「そりゃそうだけど」

「……では、これからお主にとって都合の良い話をするから、それで機嫌を直してはくれんかの?」

「内容次第」

「まず、一つ質問をさせてはくれんか」


 レンはそう言いながら姿勢を正し、こちらを真剣な表情でじっと見つめる。

 緊張が走り、私はごくりと唾を飲んだ。

 それから少し時間を置いて、レンが口を開いた。


「お主。まさかとは思うが、ラトリア王国の第三王女……アステリア・ブレイドワース・ラトリアか?」


 そうか、そう来たか。レンはこの話をする為に私一人だけを呼んだということか。

 正体を勘付かれたのはヴィンセントのとき以来だな。

 王都占領がいかに悲惨な出来事であったかなんて誰でも知っている筈だ。私や母、ウォルフガングたちの葬儀だって既に公の場で行われている。

 それにも関わらずこういった発想が出てきてしまうのは、私がまだ正式な王女だった頃からヴィンセントやレンは「アステリア」に強い関心を抱いていたのか、或いは単に私たちが冒険者として知られすぎたということなのか。

 いずれにしても、もはや「リア」のままで居続けることは難しくなっているのかも知れない。

 とはいえ、今はまだ真実を明かす時ではない。

 私はふっと笑いながら返事をした。


「そんな訳ないじゃん。あの御方はとっくの昔に亡くなってる。知ってるでしょ?」

「そうか。では、今からする話は単なる戯言だと思って聞いておくれ」

「面白い戯言を期待してるよ」

「……天暦1000年の魔王の宣戦布告から始まり、現在も続いている『魔王戦争』じゃが、その最終決戦が近いというのは誰しも感じていることじゃろう。そこで、わらわはラトリアという勝ち馬に乗りたいと考えておる」

「だろうね。きみ達はそもそも復古派……つまりは反商会で反 《魔王軍》な訳だし。そうじゃなくても今の状況で《魔王軍》とルミナス帝国に付くメリットは薄い」

「その通りじゃな。しかし問題はこの戦争に勝った後じゃ。どうも今のラトリアの後継者どもは他の国を見下しておるようでのう」

「確かにね……」


 今の後継者。つまりライングリフやローラシエル、レティシエル、ローレンスだ。

 彼らは総じて「ラトリア至上主義」的だが、中でも次代の国王候補として最も有力なライングリフは苛烈な覇権主義者である。

 魔王戦争に勝てば次は「古き良きラトリア王国」を取り戻した上で世界の統一を目指し始めるだろう。

 つまり、全ての国が厳しい階級格差と種族格差に支配されることになる。

 小規模な多民族都市国家であるエストハインやその他の東方諸国としてはあまり好ましい展開ではない。


 レンの思惑を推し量っていると、彼女は更に話を続けた。


「ところで、かの第三王女は生前、妾腹ということでかなり軽んじられておったそうではないか。だからこそ、彼女に期待していた者は王宮の外や諸外国に少なからず存在していたのじゃ……わらわも含めてな」


 兄や姉たちと異なり、あまり王宮から出してもらえなかった私としてはいまいち実感が湧かない。

 でもヴィンセントのこともあるし、「アステリア王女」に何かを求めていた者が一定数居るというのは事実なのだろうな。


「ふうん……それで、何が言いたいのさ?」

「いやな、そんな不遇の王女が何らかの方法で王室に戻り、そして女王になったとしたら、世界は一体どうなるのじゃろうな? もし生きていたらわらわが擁立してやらんこともないんじゃがなあ」


 レンがにやつきながらこちらを見ている。

 間違いない、彼女は私がアステリアだと確信を持っている。

 私を傀儡にして、自国に有利な戦後社会を作ろうとしている。


「……もしアステリア王女が生きてて、きみの支援を受けて女王になったとしても、新しいラトリアが東方諸国に有利な動きをするとは限らないよ?」

「それはその時じゃ。なに、少なくとも今の王子や王女がラトリアを支配するよりはマシじゃろ。連中は人間族の……いや、自国の利益しか考えとらんからな」

「アステリア様は違うと?」

「卓越した剣の腕を有し、物静かながらも強い意志を感じさせた『剣の王女』が、他の俗物どもと一緒とは思っておらん。もっとも、殆ど外界に出てくることがなかったから希望的観測をしているというのは否めんがの」

「女王様でもそういう賭けをしたくなるんだ?」

「女王だからこそ、じゃ。リスクを受け入れてでも全力で走らねば『今』に留まり続けることも出来ん。日和ってばかりいると世の中はどんどんこちらを置いていくんじゃな」


 レンは期待の眼差しを向けたまま沈黙した。私の答えを待っているのか。

 実際のところ、これは願ってもない展開だった。

 いきなり「アステリアを擁立したい」という一足飛びな申し出をしてきたから驚いているが、私個人はもともと、レンとの繋がりを作る為に今回の依頼を引き受けたのだ。

 後々どういう状況になるにせよ、女王になる為の足がかりが得られるのは大きい。

 そう判断し、私は口を開いた。


「……『もしどこかでアステリア様に会ったら』伝えとくよ。あんなことがあったからきっと今の王室を憎んでるだろうし、良い返事をして下さるんじゃないかな」

「そうじゃったら嬉しいのう! ではよろしく頼むぞ、リア」


***


 それから私たちは三日ほど、エストハインで平穏な時を過ごした。

 先の戦いで疲れ切ったリーズがずっと寝込んでおり、身動きが取れなかった為だ。

 その間にレンを中心とする復古派による強行調査が実施され、商会関係の施設から廃人となった議員たちを見つけ出したそうだ。

 彼女たちはこれから一連の事件を世間に広く公表し、《ドーンライト商会》の地位を失墜させていくことだろう。


 リーズが元気を取り戻すや否や、私たちはすぐにラトリアに戻る支度をした。

 レンに挨拶をしてから王城を出ようとすると、フェルディナンドとエミルが慌てて追ってきた。


「リア、もう行くのか? 陛下は『少しくらいなら王城の部屋を使わせてやってもいい』と仰っていたが」

「これから《魔王軍》との本格的な戦いが始まるかも知れないでしょ? それに参加したいんだ。そっちは?」

「あと少しだけここに居るつもりだ。無論、ラトリアの貴族として決戦に参加するつもりではいるが」

「……やっぱり、傷ついてる?」

「否定はしない。仲間に剣を向けるなどという最悪の失態を犯したのも、仲間に逃げられたのも初めてだからな。だが……考えを改める機会にはなったと思っている」

「そっか……何と言うか、ある意味では良かったよ」

「あなたのお陰だ。それと、改めてこれまでの態度を謝らせてくれ。済まなかった」


 真面目な顔でそう言って頭を下げるフェルディナンドを見て、リーズとライルが少し驚いている。

 私もまさかこうなるなんて出会った時は予想していなかったな。


「いいよ。今後、変わろうとしているならそれで十分」

「そうですね。ネルの前でその誠意を見せて欲しかったという思いはありますが!」

「全くだぜ。ま、ラトリアの貴族社会に染まったボンボンにしちゃ上出来じゃねえの?」

「くっ……ライルと言ったか? やっぱり貴様だけは気に入らな……いや、何でもない!」

「なははっ。じゃあ『またね』、《輝ける黄金ゴールドライツ》」

「ああ。また会おう、《ヴェンデッタ》」


 上流階級で生まれ育ったフェルディナンドが、染み付いた差別意識を捨て去ることなどすぐには出来ないだろう。

 でも、今のこいつならばいつか、弱者に手を差し伸べられる良き貴族になれるかも知れない。

 そんな希望を抱きながら、私は仲間たちと共にその場を立ち去るのであった。


***


 馬車の旅を終えてラトリアに帰還した私たちを待っていたのは、街中を漂う物々しい空気であった。

 たくさんの人が口を揃えて「憎き《魔王軍》を滅する時が来た」と語っている。

 どうやら北部平原での一件の時を遥かに超える好戦ムードが広がっているようだ。

 街の各所で徴募が行われ、軍人や貴族が人々の戦意を煽るような演説をしているせいだろう。

 いよいよ始まるのだ。ラトリアとルミナス、或いは私たち天上人と《魔王軍》の最終決戦が。

 

「……そうか。ついにか」


 ウォルフガングがぽつりと呟いた。表情にはどことなく喜びのようなものが見て取れた。

 

「私たちも参加するよ。勿論、皆が良ければだけど」

「俺は元よりそのつもりだ」

「私も、どこまでもお供いたします!」


 ウォルフガングとリーズは即答したが、ライルは逡巡している様子だった。

 彼は私たちと違ってあまり戦うのが得意ではないし、そもそも戦う意志が薄い。彼はどこまで行っても、本質的に平穏な生活を求めている人物なのだ。

 だから、「戦いたくない」と言うのであればそれを受け入れようと覚悟していた。

 しかし、しばらくした後に彼も頷いてくれた。


「俺はさ……正直めちゃくちゃ怖いんだ。今でも『死にたくねえ』っていう気持ちばっかり湧いてきやがる。でも、リアたちと離れて一人で安全圏に居るのはもっと嫌だから、戦うよ」

「分かった。ありがとね、ライル。それじゃあ行こうか!」


 皆が決心し、徴募が行われている広場に向かう。

 人だかりの中央、演壇の上には長い金髪をなびかせる美青年――第一王子ライングリフと、《夜明けをもたらす光デイブレイク・レイ》の四人が立っていた。


「我々には神の加護を得ている《勇者》殿と、その仲間たちが付いている。勝利は約束されているも同然だが、それをより確実なものとする為、どうか皆の力を貸して欲しい!」


 ライングリフの力強い演説、そして序列一位の冒険者パーティという象徴的な存在を前に、人々は大きな歓声を上げた。

 壇上のユウキは決意を感じさせる表情をしている。でも優しいあいつのことだ、本当は戦争なんてしたくないのだろう。

 止められない戦争ならばせめて自分が干渉し、双方の犠牲を最小限に抑えたい――多分、そんな思いで居る筈だ。


 悪いけれど、こっちは全力で暴れさせてもらうよ。

 民衆や王侯貴族に私の存在を刻みつけるにあたってこれ程に良い機会はないし、それ以上に私は、あのクソったれ共に復讐をせねばならないのだ。

 死でもって、私から全てを奪った罪を償わせてやる――。



*****



 地上。神々の住まう、偽りの楽園。

 銀の髪の女神は、その日も純白の部屋で、十一の人影――自分以外の天神たちと向き合っていた。


「決戦の時が迫っているけれど、みな選定は終わったの?」


 女神が全員を見渡し、語りかける。

 それに対し、他の天神は順番に口を開いていった。


神空しんくう天。君の《勇者》と共に居るアダムだよ」

閃迅せんじん天。同じく《勇者》様の仲間、レイシャちゃんだよぉ~」

戦帝せんてい天。候補は序列第二位、《クライハート》のアレスだ」

風解ふうかい天。西方の公国の主、クロード」

水浄すいじょう天。レヴィアス公爵のご息女……いえ、現・レヴィアス公爵のルアです」

輝焔きえん天。まだ候補だが、次期カーマイン公爵のフレイナだ」

堅岩けんがん天。候補は元・ラトリア王国近衛騎士団長のウォルフガング。あんたもよく知ってる人物なんじゃないか」

循魂じゅんこん天。トロイメライちゃんだよ」

創命そうめい天。決してあなたのところのアステリアへの当て付けという訳ではないのだけれど、第二王女レティシエルを選んだわ」

聖律せいりつ天。聖団騎士の長、アルフォンス」

闇影あんえい天。エストハインの女王、レンなので」


 女神は《権限》を与えられた者や、これから与えられる者たちの名を聞いて、その姿を思い浮かべていった。

 奇しくも、殆どはアステリアと縁がある人物だった。


「ウォルフガング……なぜ彼なの?」


 何か違和感を抱いた女神の疑問に対し、彼を選定した神――短い黒髪の少年の姿をしている――が答える。


「今はひとまず魔王を殺すことを優先したんだよ。その点で言うと、彼ほどの適任は他に居ないだろ」

「なるほど……ともかく、これで役者は揃ったという訳ね。流石に《権限》を持つ者がこれだけ居れば、高い確率で魔王は敗北するでしょう」


 その言葉に、フレイナを指名した赤毛の女性が反応した。


「貴様がレイジとやらを転生させなければこうはならなかったのに、他人事のように言ってくれるな」

「ごめんなさい。何度も言っているけれど、私は転生者の意識を直接コントロールするようなことは出来ないから……何を考え、何を成すかは結局、本人次第なのよ」

「ふん、まあいい。どの道、奴は終わりだ」



 それから、会話を終えて施設を出た女神は、どこかに向かってしばらく歩いていった。

 周囲には朽ち果てた建造物が広がっていて、凶暴な魔物が地上人――天上大陸の民からは魔族と呼ばれている者たち――を追いかけ回している。

 そんな光景に目もくれずに荒れた道を進んでいくと、やがて図書館に辿り着いた。

 そう、レイジがヴォルガスと出会った場所――魔王ダスクにとっての始まりの地だ。

 女神は、もう誰も居ない図書館に残っていた本の一つを懐かしむように手に取り、独り呟く。


「ごめんなさい、時崎黎司。『あなたならきっとこうする』と分かっていて転生させたこと、どうか許して欲しい」

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