8章15節:《虚心の誓い》
「なるほど。レイシャ様の能力は『物体の転送』でしょうか。あれだけ多用していたということはやはり魔法ではなく……」
レイシャをじっと見つめながら呟くクロード。
彼の視線に気付き、レイシャはいかにも不機嫌そうに話しかけた。
「何か用?」
「いえ、連合軍の仲間としてあなた方の戦闘スタイルを知っておきたかっただけですよ。『かつては殆ど奴隷のような扱いの娼婦だったレイシャ様を買いたい』などと品のないことを考えてはおりませんのでご安心を」
「どっちにしろ今はそういうのやってないから。というか何で昔のこと知ってるの」
「少しばかり情報通でして。ああ、ボクはどんな職業であれ価値を生むのであれば平等に素晴らしいと考えていますが、あなたにとって思い出したくない過去であったなら謝ります」
「別にいい」
「なんと寛大な方だ! では寛大なレイシャ様に一つお聞きしますね。あなたはその転送能力を敵には使わないのですか? どこか遠くに飛ばしてしまえば一発で無力化出来るでしょう?」
「……なんでそんなこと聞くの」
「特性を把握しておけば支援する時の参考になるではありませんか」
訝しむように睨むレイシャ。
そのまま沈黙していると、クロードが話し続ける。
「敵には使えない……いえ、敵味方など状況によるでしょうから、正確には『相手が拒絶したら能力が適用されない』といった感じでしょうかね。それと転送出来る物体のサイズ制限もありそうです」
クロードは、少しのあいだ観察しただけでレイシャが持つ《天閃の誓い》の弱点を正確に言い当ててみせた。
それを示すかのようにレイシャが一瞬だけビクッと震える。
彼女は早足で仲間たちのもとへ逃げ去っていった。
「おや、嫌われてしまいましたかね」
顎に手を当てて言うクロード。そこにローレンスが話しかけてくる。
状況のせいなのか、或いはクロードという男には人を不愉快にさせる才能があるのか、彼もまた苛立っている様子だ。
「クロード殿。早く中央に戻りたまえ」
「ですから皆様の戦い方を……」
「あなたが知ったところで何が出来る? あなたは指揮をする立場でもなければ、彼らと連携する戦士でもないだろう?」
「レイシャ様を観察させて頂いたお陰で、支援部隊の損失を補填出来るかも知れない……と言ったら?」
クロードが事もなげに語ると、ローレンスは急に顔色を変えた。
「それは本当なのか!?」
「ええ。『レイシャ様が持っているような能力』に対して使用するのは初めてなので上手くいくかは分かりませんが、たぶん何とかなるかと」
「この際どのような手段でもいい、部隊を立て直せるのであれば早くやってくれ!」
「うーん……しかし、無から人や物を生み出せる訳じゃありませんから、タダで補填するというのもこちらの大損になってしまいます」
「ええい、金が欲しいなら後で幾らでもくれてやる!」
「話が早くて助かります、殿下」
クロードが鞄から紙とペン、紙を置く為の木製の板を取り出した。
それらを受け取り、憎まれ口を叩きながらサインするローレンス。
「この守銭奴め。こんな時でも商売する気満々とはな」
「でもボクが居て良かったでしょう?」
ローレンスのサインを見て、クロードは満足げに言った。
「さて……やってみると致しましょう」
そう続けた次の瞬間、彼の姿がこの場から消え去った。
ローレンス、そして少し離れたところから二人の会話を眺めていたレイシャたちが困惑する。
それから殆ど経たないうちに、彼は食糧を積んだ荷役動物を伴って戻ってきた。
「おぉ、上手くいきました。しかしかなり疲れますねぇ。レイシャ様のような連続使用は出来ませんか」
淡々と語るクロード。
目の前で起きたこと、そして彼がレイシャの名を出したことの意味を理解していないローレンスは「その力があれば話は早そうだ」と素直に喜んだ。
対し、レイシャたちは不気味なものを見るような視線を向けるばかりだった。
「いや~、これはかなりの重労働だ。自分で汗を流して働くなんてボクらしくもありませんが、ラトリアの勝利の為にひと頑張りしますか」
冗談めかして話すクロードに対し、レイシャたちが詰め寄る。
「……なんであなたが『それ』を?」
「いやぁ、何だか見てたらボクにも出来そうだなぁと。でも所詮は素人の真似事、あなたの特別性を侵害するレベルには至っておりませんからお気になさらず」
「《権限》の模倣」という有り得ざることを、クロードは当たり前のように言った。
卓越した武人の中には、相手の技を少し見ただけで模倣してみせる者が居る。
飽くまで理論上の話だが、《術式》もまた全文詠唱を一度聞けば誰だって同じことが出来る。
しかし、《権限》はそういったものとは全く性質が異なるのだ。
神が与え給うた唯一無二の異能。模倣出来るとしたら、同じ《権限》をおいて他にある筈がない。
レインヴァールはそのことに気付き、クロードに問うた。
「まさか君も《権限》を持っているのか?」
「《権限》? 何のことだかよく分かりませんが、人の技術を吸収するのは昔から得意だったもので」
「だからってあれを真似出来るなんて絶対に有り得ない……」
「まぁまぁ。世の中には『絶対』なんてありませんから」
「……悪いけど、もう僕らの近くには来ないでくれるか」
はぐらかすクロードに、普段は温厚なレインヴァールが冷たく言い放った。
《権限》を模倣された本人であるレイシャも、アダムもアイナも不気味に思っているが、彼は特に強い不信感――否、焦りを感じていた。
決して異能だけには頼り切らず、技術を磨く努力をしてきたレインヴァール。
それでも、《権限》という自分だけの特別な力が、前世でずっと憧れていたものが彼にとって大切なアイデンティティであることは確かだ。
それが自分だけのものでなくなってしまったとしたら?
考えれば考えるほど嫌な気持ちになっていく。その為、らしくもない突き放すような物言いをしてしまったのだ。
クロードは首の後ろ側に手を当ててわざとらしく申し訳なさそうにした。
「不快にさせてしまいましたか、すみません。どうも性分みたいで。この作戦の要であるあなた方のメンタルに悪影響を与えるのもいけませんし、ここは退散すると致しましょう」
状況確認を行う為にローレンスが進軍を停止させている間、クロードは《権限》である《虚心の誓い》によって模倣したレイシャの能力を利用し、手早く人員や物資を補充する。
能力自体もさることながら、短時間で人をかき集め、大量の物資を用意させられるその人脈と地位は彼の非凡さをよく示していた。
《
それから五日ほど、連合軍は山道を進んだ。
《魔王軍》直属の伏兵に加え、彼らに買収された盗賊や山暮らしの部族による襲撃を受け続けたものの、大きな被害が出ることはなかった。
レイシャが環境や敵の行動パターンに慣れたことで、伏兵が潜んでいる位置が大まかに分かるようになってきたのだ。
そこにアダムが魔法破壊を撃ち込むことでこちら側から気配遮断をかき消し、奇襲を封じられるという訳である。
レイシャによる索敵が有効化し始めたこと。
クロードが後方支援部隊を立て直したこと。
加えてトロイメライもまた、聖団の代表者として人々を安心させる為の説教を行ったこと――もっとも、これは本人の意思というよりもアルフォンスをはじめとする聖団員らが彼女に乞い願った結果だが。
これらにより、一時は低下していた士気も回復してきた。
多くの者が「このまま何の問題もなく山を抜けられるかも知れない」という考えを抱き始めていた。
しかし、山道の出口に近づいてきた辺りで、そんな幻想は儚く崩れ去ることとなった。
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