8章6節:元・恩師と教え子
レティシエルが人々の士気を回復させ、進軍が再開される少し前。
早々に中央部隊に戻ったフェルディナンドは前方の状況を知って怒鳴り散らしていた。
隣に居る小柄な少女、エミルがビクビクしている。
「レティシエル殿下の手を煩わせるとは呆れたものだ! 所詮、冒険者や傭兵など下賤な身分の者達がやる仕事ということか」
「ふぇ~~、私たちも冒険者ですけどぅ……」
「僕と君は例外だ! もちろんリア達もな! 刹那的で浅ましい欲を満たす為ではなく、正義と誇りの為に戦っているではないか!」
「私たちも『他のパーティに仕事を投げてランク上げ』なんていう大概ズルいことをしてたじゃないですかぁ~……」
「うっ……反省はしている! これからは真面目に依頼をこなしてランクを維持するつもりだ!」
「良かったですぅ……私、ずっと『卑怯なんじゃないか』と思ってたんですけど言い出せなくて……」
大人しい仲間に痛いところを突かれたフェルディナンド。
しかし逆上してエミルを罵ったりはせず、少し居た堪れなさそうにしながらも優しく笑いかけるのであった。
「……にしても、エストハインでの一件から少し変わったな、君は」
「わ、私つい……気に障ったのならごめんなさい、フェルディナンド様」
「構わない。むしろ正直な気持ちを言ってくれて助かる。僕はその……少々鈍いからな」
フレイナとルアは、そんな二人の様子を眺めていた。
なかなか行軍が再開されないので、暇を持て余した彼女たちは雑談を始めた。
「ドラティア公爵家の放蕩息子……あまり良い評判は聞かなかったのですけれど、思っていたよりは頑張っていましたわね」
「……ええ」
激戦の後であっても活力に満ちているフレイナと違い、ルアは「心ここにあらず」といった様子であった。
「まさか、もう体力が底を突いた訳ではありませんわよね? 『あの力』も短時間の使用ならばそう消耗しないと言っていた――」
最後まで喋り終わる前にルアがフレイナを睨みつけて制止する。
「人前で私の力について触れないで下さい」
「ああ、そうでしたわね。ごめんなさい……それで、一体どうしたんですの?」
「最近、リアさんについての噂を聞きまして。戦っている最中にそれを思い出していました」
「『あの子の正体はアステリア第三王女で、数人の近衛騎士を伴って占領された王都から無事に脱出なさっていた』っていうあれですの? そんなまさか!」
「私だってあり得ないとは思っていました。でも、あの戦いぶりを見ていたらあながち間違いでもない気がしてきたんです。アステリア殿下は剣の達人だったようですから」
「仮にそれが本当だったとして、ではなぜ彼女は正体を隠しているんですの? 王女という立場に戻らない理由がありませんし、王室の方々もそれを望んでいることでしょう」
「……殿下が王妃様の血を引いていないことを考えると、かなり厄介な事情を抱えている気はします」
「はあ……」
少しの沈黙を挟み、フレイナが苛立たしげに腕を組んで舌打ちした。
「もう、いつまで前の連中は行軍を妨害してるんですの!」
「うーん……もしや交渉でも行っているんでしょうか」
「フェルディナンドではありませんけれど、欲にまみれた下賤な人間たちだと言わざるを得ませんわね。これは人が正義を執行し尊厳を取り戻す為の戦いであり、物的、金銭的利益を得る為のものではないというのにっ!」
「彼らの大半は明日をも知れない身ですから、そう生きるしかないんだと思います。正義でご飯は食べられないじゃないですか」
「知りませんわよ、知識も技術も徳もなければやる気もない庶民のことなんて」
「領主になったらそうも言っていられなくなりますよ……と、あなたは」
会話をしているルアとフレイナのもとに、胡散臭い笑みを浮かべた緑色の髪の青年がやって来た。
エルグレン公爵クロード、西方連合の実質的代表者だ。西方にも王は居るものの王権は弱く、《ヴィント財団》という世界規模の商業組織を持つクロードの方が力を持っているのである。
「流石はラトリア屈指の才女、ルア様だ。まだお若いのに現実をよく見ていらっしゃる……あ、まだ名乗ってませんでしたねえ。ボクはクロードと言います」
「存じております。今回の戦いに必要な物資の大部分を負担して下さったこと、感謝致します」
ルアが無表情で社交辞令を述べた。クロードと比べて明らかに余裕なさげであり、もともと人見知りであることを加味しても貴族としての経験の差が露骨に出ていた。
「お気になさらず。魔王討伐は我々の悲願でもありますからね」
「……《ドーンライト商会》最大の取引相手である《魔王軍》が瓦解すれば、財団は世界の経済を牛耳る地位になる。そういうことですね」
「まさに仰る通りです」
皮肉屋めいた部分のあるルアに本質を突かれても、クロードは変わらず飄々としたままだ。
ルアとフレイナは疑うような目で彼をじっと見た。
「誤解なさっているかも知れませんが、ボクは別に財団の力で世界を支配したいという訳ではないんです。戦後社会の勝ち組になるであろうあなた方ラトリア貴族とは良き取引相手になれる筈ですよ」
「何が言いたいんですか?」
「いえいえ、ルア様は色々と大変な立場でしょうから、もし困り事があれば是非ご相談を……と思い挨拶したまでです。資金、物資、人材、情報、何でも手配致しますよ」
「ありがとうございます。覚えておきます」
「おっと……どうやらゴタゴタが無事解決したみたいですね。ではこの辺りで失礼致します」
クロードの視線の先には、事態を収拾して戻ってきているレティシエルたちが居た。
彼は一礼してルアとフレイナのもとを去る。
信用出来ない男だが、かといって全面的に拒絶出来るほどの余裕が自分にあるとは言えない。もしかしたら彼に頼るような場面も出てくるのかも知れないな――と、クロードの背中を見ながらルアは思案した。
やがてレティシエルたちが中央部隊に加わると、ルアは目が合うことを避けるかのように俯いた。
そこには自身の仇敵であり、今は《シュトラーフェ・ケルン》の一員となったオーラフが居るからだ。
しかし、彼の方からルアの前にやって来た。
フレイナが彼女を守るように敵意を露わにして立ち塞がる。
「あなた、よくルアの前に出てこられましたわね!」
ルアは彼女の優しさに心の中で感謝しつつ「大丈夫です」と言って下がらせた。
「……何か用ですか、オーラフ先生」
「少し話をしに来ただけだ」
「謝って下さる訳でもないのでしょう?」
「当然だ、私は後悔などしていない。だが、君がラトリアを救う為にこの戦いに参加したことで少し認識が変わった……早計ではあったかも知れない、とな」
相変わらず仏頂面な元・恩師から意外な言葉が出てきたことに驚くルア。
とはいえ一度捨てた信頼を再び抱くようなことは、少なくとも人間不信のきらいがある彼女には出来なかった。
「……『ラトリアを救う』などといった大仰なことは考えていません。衰退していく我が領地を救うにあたって、これが最善だと判断しただけです」
「なるほど。それでも魔族を受け入れた愚かな父親に比べれば君は上出来だ。獣人であっても関係なく、良い領主になるだろう」
「今更そんなことを言われても困ります」
「だろうな、すまない」
そう言ってオーラフはレティシエルの傍へ戻っていった。
ルアの心の中には、自分を利用しようとしたり上から目線で評価を下したりする者達への嫌悪感が渦巻くばかりであった。
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