8章27節:《忠誠の誓い》
己の肉体と技術のみを信じてきたウォルフガングが今はじめて超常を、奇跡を望んだ。
そして、その願いは叶えられた。
真っ白な世界にぽつんと立つウォルフガング。
目の前に現れたのは短い黒髪の少年だ。
もしこの場に転生者たちが居たならば、間違いなく彼の変わった服装について指摘していたであろう。
少年はまるで現代日本の学生服のようなものを着ているのだ。
無論、ウォルフガングは転生者たちの前世など知らないから、あまり馴染みのない服装であっても殆ど気に留めなかった。
「……あなたは、もしや」
「ご想像の通り、俺は十二の神のうちの一人ってことになってる。あんたら天上人の付けた名を借りるなら《
《堅岩天》――大地と忠誠を司る神は気怠げに言った。
「ずっと信心は抱いておりましたが、まさかお目にかかることが出来るとは」
「力が必要なんだろ? その願い、叶えてやる」
「力というと、アステリア殿下と同じ……」
「そう、いわゆる《権限》ってやつだ。まぁ、あの王女様の場合は少し特殊なんだが……っと、これを話したら他の連中に怒られるか」
「特殊? それは一体どういう意味でしょう……」
《堅岩天》はウォルフガングの疑問を遮るように続ける。
「与える《権限》の名は《忠誠の誓い》。あんたに対するあらゆる物理的な攻撃を無効化する絶対防御の力だ。『剣神』なんて呼ばれてるくらいだし、防御面も完璧になれば正面からの近接戦闘であんたに敵う奴は居なくなるだろう」
「代償は? そのようなものがあると殿下から聞いております」
「名前そのままだ。忠誠を尽くしたいと思うものの為に戦い続ける限り、この力はあんたと共に在る」
「……なるほど。感謝致します」
深々と頭を下げるウォルフガング。
アステリアという実例を傍で見てきたからか、それともこれが自ら乞い願った結果である為か、彼はすぐにこの現実離れした状況を受け入れていた。
「さあ、話は以上だ。あんた達は何とかこの場を抑えてくれ。それが出来ればアステリアはきっと勝てる」
神が激励の言葉を淡々と口にした直後、ウォルフガングは現実に引き戻された。
周囲は変わらず敵兵と魔物に満ちているが、先ほど感じていた絶望は既に払拭されていた。
「自力で会得していないものを頼りにするのは心許ない」という気持ちがあるとはいえ、必要であれば躊躇わずそれを使う。
ウォルフガングはそういう割り切りが出来る男であった。
「さて……どこまでの事が出来るかは分からんが、何とかやってみるとしよう」
そう呟きながら、ゆっくりと軍勢に迫っていく。
これまでのウォルフガングは回避を優先した立ち回りをしていた。
《ヴェンデッタ》には治療や援護を専門とする術士が居ないという都合上、どうしてもそうならざるを得ないのだ。
そんな彼が、今は攻撃を少しも回避する気がないかのように闊歩している。
その異様さに兵士たちは狼狽えつつも、魔物を伴って全方位から同時に飛びかかる。
彼らが物言わぬ肉塊と化したのはほぼ一瞬であった。
ある者は首を断たれ、またある者は腰から上を失った。彼らに使役されている狼のような姿をした魔物たちは脳天をかち割られ、臓物を溢れさせた。
彼らの刃や牙、爪もまたウォルフガングに届いていたが、金属の塊の如き防御力を獲得している彼には何のダメージも与えられない。
攻めに全身全霊を注ぐ戦い方に切り替えた《剣神》。もはや少しばかり精強というだけの兵士達では止めようがなかった。
彼は血に塗れた安物のロングソードを捨てて新品を取り出すと、まずライルの方に駆けた。
ライルを攻撃していた兵士達がその変わりぶりに驚くのも束の間、ウォルフガングはやはり、ほんの数秒で彼らを殲滅するのであった。
「先生!? 一体どうしたんですか!? そりゃ先生はずっと前から強かったですけど、あの包囲網を一瞬で……」
「話はまた後でな。それより、お前はあの子を助けてやってくれ」
ウォルフガングの視線の先には、屋根を飛び移りながらアルケーと戦うリーズの姿があった。
「……良いんですか?」
「愛する女を守れないこと程の屈辱はないからな。さあ行け!」
「……了解ッ!」
ウォルフガングはライルが恋人のもとへ向かうのを見送ると、今度はフレイナを助け出そうとした。
しかしそれより先に、異変を察知したアウグストが配下を退かせる。
ウォルフガングが自分と同じく《権限》に目覚めたことに気付いていないフレイナは、彼を睨みつけた。
「あいつら怖気付いて逃げていきましたわ! あなた、そんなに強かったのならもっと早く本気を出しなさいな!」
「済まんな……あと、あれは怖気付いたんじゃない。態勢を立て直しているだけだから警戒を解くな」
「そ、そうなんですの? 正直かなり疲れていて、つい……」
「俺が斬り込む。お前は後ろから援護を。そちらの方が得意なのだろう?」
「別に前衛が出来ない訳じゃ……ただ、あなたの方が向いていそうなのは確かですわね。ここはお任せ致しますわ!」
力強く言うと、彼女はウォルフガングにさきほど創造した長剣を渡し、自らは鉄砲を構えた。
「使って下さいな。その安物よりは遥かに良質ですわよ?」
「ほう……武器製造で有名なカーマイン公爵領の次期後継者、伊達ではないな。有り難く使わせてもらおう」
ウォルフガングはアウグストと彼を守る戦列を見据え、そして疾駆する。
飛来する矢はウォルフガングの肉体を一切傷つけられない。迎撃に出てくる兵士も一撃で斬り伏せられていく。
《忠誠の誓い》で無効化出来ない魔法を扱う後衛に関しては、フレイナが素早く「ウォルフガングだけを透過する炎弾」を掃射して無力化する。
ウォルフガングは《権限》のお陰で攻撃面に意識を集中させられるようになっていたが、フレイナの方も彼が自分の前に出たことにより同様の状態になっていた。
新たな力を目覚めさせたウォルフガングと本領を発揮し始めたフレイナに、兵士たちは恐怖した。
そんな中。
「我が行こう。そなたらはあの炎使いを!」
戦列の後ろからアウグストが飛び出してくる。
ウォルフガングは迷わず剣撃を放ったが、アウグストは臆することなく刃で受け止めた。
老いてなお最強の剣士の一閃を防ぐルミナスの皇帝。彼もまた《絆の誓い》によって強化されているのだ。
アウグストがウォルフガングと刃を交えている間に兵士たちがフレイナの方に向かおうとする。
しかし、それを見逃す《剣神》ではない。
「フレイナ、剣を創り続けろ! 質は悪くても構わん!」
そう叫ぶと、最前列に居た兵士に対してライルを救出する際に用いた長剣を投てきし、頭部を貫いた。
「ええっ!? わ、分かりましたわ!」
空中に長剣が創造されるとウォルフガングはそれを片手で取っては投げていった。
同時にもう一方の手だけで剣を操り、アウグストを抑える。
「なんなんですの、あれは……」
仲間である筈のフレイナすらも困惑する程に、その戦いぶりは人間の域を超越していた。
かつての模擬戦でアステリアが彼女に見せた技も驚くべきものだったが、ウォルフガングはそれ以上だ。
彼の《権限》は飽くまで「自身の防御力を上昇させる」というだけのものであり、他の部分に関しては実力以外の何ものでもない。
片手で《絆の誓い》の加護を受けた者に対抗出来る程の力も、フレイナに近づいた者を即座に射抜く反応速度と精密さも、全ては鍛錬や経験の成果なのである。
そういった意味で、この男は他のどんな強者よりも異常と言えるかも知れない。
アウグストはウォルフガングと何度か打ち合った後、感心したように言った。
「なるほど、ダスクの言っていた通り、ラトリアの《剣神》は生きていたか……老いているとは思えん強さだ」
「借り物の力のお陰でもあるがね。まあ、その点に関してはそちらも同じか? お前のそれが鍛錬によるものとは思えん」
「そこまで看破するとは流石だ。多少は心得があるとはいえ、我などダスクが居なければそなたの足元にも及ばんよ」
「理屈は分からんが魔王が死ねばお前達も終わりという訳か。ならば話は早い」
「あの娘が勝つと確信しておると?」
「弟子の力量を信じぬ師など居らんよ」
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