13章4節:《アド・アストラ》の計画
これは、告発と宣戦布告を行うため王都へ出発する前の話。
私は《アド・アストラ》の幹部――リル、ライル、アウグスト、チャペル、アルケーを会議室に集め、今後の戦略を伝えようとしていた。
共に長机を囲む皆が、緊張した面持ちでこちらに視線を向けている。
「さて……最終目標は王都の制圧。それとライングリフの拘束もしくは殺害。ライングリフ派は王都という主要拠点とあのクソ兄貴の指導力で成り立ってるから、この二つを成功させれば無力化できる。ここまではおっけー?」
仲間たちが頷く。王家に良い感情を持っていないとはいえ元々は近衛騎士だったからだろうか、ライルはほんの少し躊躇いながらも、それを飲み込むように深呼吸して他の者に続いた。
その後、アウグストが問う。
「制圧後、そなたはやはりラトリアの王になるつもりか?」
厳かなだけでなく期待めいたものも感じられる声色だ。
ソドム統治軍との戦いの直前にした会話から思うに、彼は実際、私が女王になることを望んでいるのだろう。
「そのつもりだよ。レティシエルの邪魔が入るかも知れないけど……」
「第二王女だな。そなたとはまた違ったやり方で女王を目指しているものだと認識していたが」
「私もそう思ってた。でも、もしかしたら違うのかも知れない。あいつの思惑は読めないから臨機応変に対応していくしかないかな」
そう言った後、私は少しだけ間を取ってから続けた。
「で、最終目標に挑む前にやらなきゃならないことがある。それはソドム……いや、ルミナス帝都の解放」
その言葉を聞いた皇帝家親子が息を呑む。
帝都の解放、そしてルミナスの再建は彼らの悲願である。
別に二人の為ではなく戦略上、必要に迫られてのことではあるが、ついに願いを叶えてやる時が来たのだ。
チャペルが眉を吊り上げ、意気込みを感じさせてくる。
「アステリア! 本気なのですね!?」
「もちろん。まず帝都を取らないとラトリア王都に攻めにいけないからね。連中、どうやら兵を転送する術を持ってるみたいだし」
ライングリフ派による帝都制圧や、ローラシエル率いる調査団の進軍はあまりに迅速だった。
両者とも事前にある程度の準備をしていたとしても、あの素早さはラトリアから帝都に人を送り込む手段があると考えないと説明がつかない。
となると、帝都を押さえなければ背後から突然攻撃されるリスクを抱えることになる。
その辺りの事情を皆が理解しているのを読み取ると、私は皇帝家親子の方に視線をやった。
「帝都を解放したら、きみ達に帝国の復活を宣言してもらう。その後のことはきみ達に委ねるけど……私が女王になったら『対等な協力国として』連携していきたいかなって」
私は前々から温めていた構想を打ち明けた。
これは「囚人のジレンマ」のようなものであり、互いの信頼なくして良い未来は訪れない。
私は復活させてあげたルミナスから過去の戦争の報復を受けることになるかも知れないし、ルミナス側からしても私が裏切ってくる可能性を否定できないだろう。
でも、ここまで付き合ってきて、私は彼らが信じるに値すると思ったのだ。
そしてチャペルが目を輝かせているのを見るに、あちらもきっと私を信じてくれている。
「お父様! このお話、乗ってみませんか? アステリアはチャペルたちから魔王様を奪った仇です。その点を許したわけではありませんが、それでも……!」
「うむ、提案自体に異存はない。しかし、そんなことが実際に可能なのだろうか?」
アウグストは冷静に疑問を投げかけてくる。
確かに、以前に彼とした会話の中では「私が女王になった後ならともかく、現段階ではまだ社会の反対を抑え切れないので帝国の再建は不可能」という結論に至った。
だが今は違う。
私が宣戦布告を行えば「ライングリフ派とそれに立ち向かう反対派」という構図が出来上がる筈だ。
東方諸国を筆頭に、ライングリフ派が打倒されることを望んでいる者は決して少なくない。
そんな反対派の旗頭になれば、彼らは一時的ではあっても私の決定を認めるか、最悪の場合でも中立の立場として日和見を決め込んでくれるだろう。
その間に王位を取って裏切りにくい状況を作ればいい。
また、帝都の掌握を持続させる手段として魔族系勢力に協力を要請するつもりだ。
当然ながら頑なに私を受け入れない、それどころか仇敵の言いなりに甘んじている皇帝家まで憎む者も現れるだろうが、魔族が皆そうであるわけではないと信じている。
ルミナス帝国を取り戻すことを本気で望んでいる者であれば、憎悪に囚われず私に手を貸すべきだと理解できるのではないか。
私がそういった勝算を滔々と説明すると、最終的にアウグストは「分かった。そなたに賭けてみよう」と言ってくれた。
これで何とか親子の同意を得られたことになる。
すんなり話が進んでくれて助かったな。
彼らは社会情勢を一変させる力を持つ切り札だ。不信感を抱えさせたまま計画に関わらせたくはない。
次に私はアルケーの方を見た。リルとライルは今後も無条件で付いてきてくれるだろうが、彼女は恐らくそうはいかない。
言いたいことがあるのを察したのか、アルケーのほうから話を振ってくる。
「ルミナスが蘇ったら、私は《魔王軍》だった頃のよしみでアウグスト達に付き添いたいと思ってる……が、君の望むところではないかな?」
「アルケーって意外と義理堅いよね。でも仰る通りで、きみにはずっと傍に居て欲しいんだよ」
「おや、愛の告白か?」
「違うから」
「金を生むからか?」
「それは正直ある。でも、もっと大事な理由があって」
「聞かせてくれ。返答次第では君の要求に応えてやる」
「私ね、女王になったら権力を利用して、呪血病の研究を本格的に前進させたいと思ってるんだ。研究設備も資金も時間も幾らでもあげるから、きみにはそれに携わって欲しい」
呪血病。格差にまみれたこの世界における唯一の平等にして絶対的な絶望。
貴族だろうが貧民だろうが人間だろうが魔族だろうが一度発症したが最後、苦しみながら息絶えていくだけだ。
どれだけ社会構造を改革しても、これを根絶できなければ真に世界を作り変えることもできない。
ある意味ではライングリフ派なんかよりも余程に恐ろしい「大敵」だ。
だが《術式》を発明した稀代の天才であるアルケーなら解決――いや、そこまでは行かないにしても何らかの糸口を見つけられるのではないか。
私の提案を聞いたアルケーはハッとして、じっとこちらを見つめてきた。
「そうか……そうかそうか! 『かつて医者をやっていた』という話は以前にしたが、それでか!」
「うん。医者なら一度は『呪血病を治したい』と思ったことがあるでしょ?」
「ああ! そもそも私は呪血病を治す為の研究の過程でマナの存在を実証し《術式》を生み出したんだ! その提案は願ってもなかったことだよ! 是非やらせてくれ!」
アルケーはその場で興奮気味に立ち上がり、早口でまくし立てた。
なるほど、医者であった彼女が今のようになったのにはそのような背景があったのか。
「乗ってくれてありがと。ただ女王になってすぐに研究環境を整えることは出来ないから、そこは分かっておいて。あと、大規模な調査を行う際にはルミナスにも協力してもらうことになる……いいよね?」
アウグストとチャペルが首肯する。
二人とアルケーが同意してくれたことに安堵していると、ふと、椅子に座り直したアルケーがこんなことを言った。
「うーむ……分かった」
「え?」
「前にはぐらかしてしまったこと……私が見てきた全てを君に伝えるとしよう」
そういえば以前、私が魔族や地上の真実について問うたら「仲間として信じられるようになったら全て話そう」などと言われたな。
「アルケーも私のこと、信じてみる気になった?」
「ああ。ここ一年と半分くらい、時間を共にしてきて思ったよ。君はまさしく剣のような女だとな」
「なにそれ、暴力的ってこと?」
「暴力的ではあっても無秩序ではない、ということだよ。触れ方さえ間違えなければこれほど頼りになる存在は他にいまい」
「あんまり褒められてる気がしないけど……まぁいいや。話してくれるっていうなら有り難く聞くよ」
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