9章3節:変わる者、変わらない者
この一年間で「女王になる」という夢想が一気に現実味を帯びてきたので、私は自らの野望をより具体化させることにした。
まず王家に然るべき報いを受けさせる。
父は昔から他の連中の言いなりに過ぎなかったし、何より最近の弱り具合を見るにそう遠くないうちに死ぬだろうから気にするまでもない。むしろ、最も利用しやすそうなあいつを生かしておいた方が王座を狙いやすくなる。
注視すべきは積極的に私や母を迫害した王妃、二人の兄と二人の姉だろう。復讐の為だけでなく、王位継承の妨げになるという意味でも排除せねばならない。
可能であれば暗殺したり政治的に追い込んで処刑台に導くことも視野に入れておくが、無理してそういったリスキーな手段を取る必要はない。身分や財産を奪ってやれば充分だ。私の怒りを買ったことを後悔しながら野垂れ死んでもらおう。
王家の奴らを破滅させて女王になったら、今度は世界を作り変える。
血統至上主義、貴族制度、種族格差――何もかも下らない。全て破壊してやる。
私とて王都を脱出したばかりの頃は怒りのあまり魔族という種そのものに否定的な感情を抱いていたこともあったが、冒険者活動を経て、問題はそこではないと気づくことが出来た。
人の本質は種では決まらない。魔族や半魔、彼らほどではないものの不当な扱いを受けている獣人にだって穏やかに生きている者、世界が許すのであればそう在ろうとしている者はたくさん居る筈だ。逆に、人間族の中にもろくでもない奴は無数に居る。
ダスクの罪は魔を救おうとしたことではなく、救う価値のない下衆をもまとめて救おうとしたことだ。だから母は汚されてしまった。だから半魔が誰にも望まれずに生まれ、不幸のうちに死んでいく世界になってしまった。
私はその者の特性を救うか否か、断罪するか否かの理由にはしない。代わりに、悪に堕ちればどんな者だろうと許さない。世界もそうであるべきなのだ。
もう一つ野望がある。
女王になったら、権力を用いて呪血病を根絶する方法を模索したいと考えている。
リーズやネルの時のような悲劇を起こさないために。
結局、あの病こそが世界を取り巻く絶望感の根源と言ってもいい。これをどうにか出来ない限り、真に私の願いが叶う時は来ない。
全く取っ掛かりがない、もしかすると残りの人生すべてを懸けても解決出来ない問題かも知れないが、念頭には置いておきたいと思う。
まあ、とにもかくにも女王にならねば何も始まらない。
必要なのは王家の力を削ぎつつ私個人の力を高めることだ。そして貴族たちや他国の支配階級に、一時的にでもラトリアの主流を切って私を支持する選択をさせる。
その為にはまず、各界との繋がりを強めねばならない。
――という訳で今日、私はブレイドワース辺境伯領からはるばる王都まで来て、公務の一環でクソつまらない社交パーティに参加していた。
このようなものに積極的に顔を出すなど、前世の自分からしてみたら有り得ないことだ。今だって別に好きではないけれど、「目標の為なら仕方ない」と割り切れるくらいには打算的になった。
なお、王都に移動する際はいつも時間短縮の為、同行者を最小限にした上で空洞域ルートを利用しているが、それでも結構な日数が掛かって面倒なことこの上ない。
とはいえ、そのお陰で王都周辺と空洞域以北の占領地が分断されて自由に動きやすくなっているので、一概に悪いことばかりとも言えないか。
パーティを終えた後、私は純白のドレスからいつもの戦闘用ドレスに着替え、中心街の冒険者ギルドへ向かった。
とっくに《ヴェンデッタ》の解散手続きは終えている。今の私は依頼者側である。
うちの領地はまだ人手不足なので、冒険者を雇って警備や雑用をさせている。ある程度の期間、領地に住み込みで働いてもらうことになるため、公務で王都に来たついでに相応しい人材が居るかどうかを私自ら確かめようと思ったのである。
建物に入るやいなや、職員も冒険者もみなその場で頭を下げた。敬意が半分、恐縮が半分といった感じだ。
今やスラムを除けば王都のどこに行っても大抵こういう扱いを受ける。自分が招いた結果とはいえ、ちょっと気まずい。
そんな人々の様子を見渡していると、二組の冒険者パーティと目が合った。
一方は掲示板の前で依頼を探していた《竜の目》。もう一方は受付で職員と何やら話していた《
「おお、アステリア様ではないですか! 一体どうなされたので?」
フェルディナンドが言う。
私は彼とエミルの前に歩み寄った。
「ちょっと野暮用でね。今は王女として来てる訳じゃないからそう畏まらないで」
「承知しまし……承知した。ふむ……やはり王家の方にこのような接し方をするのは慣れないな」
「むしろ一年前まで普通に接してたのに、よく切り替えられるね」
「伊達に公爵家の長男として教育を受けてきた訳ではないからな。いやしかし、あなたが王女だと知った時は驚いたものだ。何度も失礼な態度を取って本当に済まなかった」
深く腰を曲げるフェルディナンド。正体を明かして以来、会う度に謝罪されるのでウンザリしている。
「だーかーらー! もういいっての! で、きみ達こそ何やってたのさ?」
「ああ……パーティ解散の手続きをしていてな。今日をもって冒険者活動は終わりだ」
顔を上げたフェルディナンドが少しだけ寂しげに笑う。
そういえば以前、社交パーティで会った時に「冒険者を辞めようと考えている」と語っていたな。
「そっか。決心ついたんだ」
「正直、ずっと前……それこそエミル以外の仲間が居た頃から、向いていない気はしていたんだ。戦争の中でそれを確信させられることもあった」
「伸び代はあると思うんだけどね。まあ冒険者なんて大変な生き方だし、無理して続けることでもないかな」
「ああ勿論、消極的な理由だけで辞める訳ではないぞ。あなたが正体を明かしたことで『僕も自らの立場に相応しい、本当にやるべきことに向き合わねば』と思わされたんだ」
「なんだよそれ、私が道楽で冒険者やってたみたいじゃん」
冗談めかして言うと、真に受けたフェルディナンドは慌てて訂正し始める。
「そ、そういうつもりではなく! 何かやむを得ぬ理由があったのだろう? それくらいは察せられる。飽くまで僕が勝手に勇気付けられたというだけの話だ」
「なはは、ちゃんと分かってるから安心して。でも、そうなるとエミルちゃんはどうすんの?」
「エミルとは婚約した」
――え?
何の気なしにした質問に対し予想外の答えがストレートに返ってきて、唖然としてしまった。
真剣な表情のフェルディナンド。顔を赤くして俯くエミル。どうやら嘘ではないらしい。
「ま、ままま、マジで!?」
「嘘だったらエミルに対して無礼過ぎるだろう」
「相性良さげだとは思ってたけど、いきなり婚約って……いや、貴族ならそんなもんなのかな……?」
「他にも縁談が幾つか持ちかけられていたのもあって、父の説得には苦労したよ。最近、ようやく話がまとまってパーティ解散の準備が整ったという訳だ」
エミルが可愛らしく照れ笑いをして話に入る。
「わ、私は中流商家の生まれでして……だから最初はお義父様にも反対されたし、私自身も遠慮したんです。でもフェルディナンド様は必死に説得して下さって、嬉しくて……ふぇぇ……」
「あ~ハイハイ、ごちそうさま。ちゃんと愛してあげなよ、フェルディナンド。きみがこの子をうっかり置き去りにしたの、忘れてないからね」
「分かっている。二度とあんな失敗をしないように……この子が困っていたらいつでも手を差し伸べられるように、ずっと傍に居るつもりだ」
ああ、なんかちょっとだけカッコ良く見えてしまった。フェルディナンドの癖に。
自らの胸を両手で押さえる、恋する乙女全開のエミル。
それを生暖かい目で見ていると、《竜の目》の三人がこちらにやって来る。
「めでたいお話をしていますね。私たちも引退して平和に暮らすのも良いかも知れません……その、結婚とかしちゃったりもして?」
「結婚って、オレらにそんな相手居ないだろ」
「はぁ……」
攻めるシスティーナ。照れ隠しで誤魔化すゲオルク。呆れるルルティエ。
システィーナがゲオルクに対し好意を抱いていることは以前に聞いたが、こっちは特に進展なしか。
私は三人の方を向いて言った。
「ん~、依頼を出す側としてはきみ達には序列入りのままで居て欲しいかな~って」
「そりゃあまたなんでだ、王女様」
「きみ達が序列入りの中で一番仕事を任せやすいから。ほら、《
「詳しい事情は知らんが安心しろ。当分は状況を変えるつもりはない。オレ達向きの仕事があればぜひ寄越してくれ」
「うん。今のところ領地運営関係の依頼しか出してないからきみ達みたいな実力者を呼ぶ程でもないけど、必要になったら遠慮なく頼らせてもらっちゃうよ」
笑って頷くゲオルク。対してルルティエは「腹黒ピンク女にこき使われるなんて想像したくもない」と。
この三人は私が王女だと知ってもこういった態度であり、そのことに安心感を覚える。
変わる者も居れば変わらない者も居る。世の中色々だ。
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