4章6節:再演されしラトリア北方戦争
翌日。
曇り空の下、私たち序列入りパーティの面々は城門の先に並び、敵の襲来を待ち受けている。
視界に広がるのは、一面の荒野を埋め尽くすように並んでこちらに迫っている大量の怪物。
10メートル以上の体高を持ち、赤黒い肌をした大型の四足獣――「ベヒモス」という種の魔物である。
これ自体は野生でも凶暴化したものを単体で見かけることが稀にあり、冒険者向けに討伐依頼が出ていたりもする。
非常に危険な魔物だが、「一体なら」ある程度の練度に到達している冒険者パーティであれば何とか倒してしまえるだろう。
だがこの場には、見えているだけでもそれが百体は居るのだ。
今朝、前線を偵察していた斥候が、慌てて自陣に戻ってきた。
なんと、突如としてベヒモスの群れが戦場のど真ん中に出現し、侵攻し始めたというのだ。
恐らく「瞬間的に移動してきた」などということはなく、予め展開した上で術師が気配遮断系の《術式》や《魔法》を使用し、こちらに悟られないようにしていたのだろう。
使節団が消された件に関する真実は不明だが、結局のところ《魔王軍》およびルミナス帝国の側もまた、停戦の可能性など信じていなかったということだ。
ともかく、斥候の報告を受けて、露払いを命じられている冒険者と傭兵団は予定よりも少し早く展開することとなった。
私たちはこれからあのモンスターの大群とぶつかり、突破口を作り出さねばならない。
《黄泉衆》の姿はやはり見当たらないものの、その他の序列入りの猛者たちの士気は充分だ。
一方で、後方に居る冒険者や傭兵たちは明らかに怯えている。
そして、巨獣の足音が大きくなっていくにつれ、予想していた出来事が起きた。
「な、なんだよあれ……」
「あんな魔物とやらなきゃいけないのかよ! 聞いてねえよ!」
「お、俺は『待機してるだけで金が貰える』と思ったから来たんだ……マジでやるってんなら帰らせてもらう!」
一人、また一人と、武器を捨てて逃げ始めたのだ。
城門の手前側にはローレンスと正規軍が待機していたが、そんなことはお構いなしに冒険者が突っ込んでいって、当然だが正規軍人に捕らえられる。
それでもまだ逃げる者は後を絶たず、見せしめの為に何人かが城壁の上に居る軍人から矢で撃ち抜かれてようやく、混乱が少しだけ収まった。
「もう、何やってんだよ……こんなんで勝てるの……?」
幾ら私が「難しい状況であればあるほど気合がみなぎる」タチであるとはいえ、あまりの厳しさについ、そんな言葉を口にしてしまった。
それに対し、ウォルフガングは私を横目で見て返す。
「あのリアが不安を感じるとはな。俺としてはそのくらいのほうが有り難いが」
「なんだよそれ」
「お前には無理をして欲しくないということだ……もし危なくなったら逃げろ。『巨悪に背を向ける』などプライドが許さないだろうが、命に代わるものなど無いからな」
「危なくならないように頑張るけどね……」
誰もが真剣な表情で敵軍を見据える中、アレスだけは楽しそうに笑っていた。
「いや~停戦なんて退屈なことにならなくて良かったよ! じゃあ、早速遊んでくるかッ!」
そう言って、彼はたった一人、白銀の剣と漆黒の剣を携えて何の躊躇いもなく駆け出していった。
それに続くは、《竜の目》の三人。
地に舞い降りた銀の竜に乗り、敵軍へと飛んでいく。
次に、《
銀髪のエルフ、アダムが仲間たちに声を掛ける。
「敵陣に乗り込むぞ。将の首を取るのは我々でなければならん。行けるな、レイシャ?」
「ん。流石に直接あっちの拠点へ『転移』するのは無理だけど、速攻で接敵出来る筈だよ」
「……いいや、それじゃあ駄目だ。仲間を守ることが出来ない。僕らも皆と歩調を合わせて戦うべきだ」
どうやら彼らには何らかの移動手段があるらしく、アダムはそれを用いて自分たちだけで先陣を切ることを提案したが、ユウキはそれを却下した。
ため息をつくアダム。だが自分の考えを押し通すつもりはないようで、「渋々」といった雰囲気でありながらも頷いていた。
その様子を見て僅かに微笑んだ緑髪の少女、アイナ。
「いつもながらあなたらしい判断ね、レイン。それじゃあ行きましょ!」
アイナが強化系の《術式》を幾つかパーティメンバーに付与した上で、彼らもまた魔物の軍勢へと向かっていった。
やれやれ、私も覚悟を決めねばならないか。
私がずっと煮え切らないのは、決して「魔族とは共存すべきであり、ゆえに何としても戦争は避けなければならない」などという理想論を唱えたいからではない。
結局のところ、この世の混乱の原因の大半は《魔王軍》なのだ。
少なくとも奴らさえ居なければ、王都占領という歴史的大事件は起こらなかった。
そして今再び、あの連中は支配の拡大を画策し始めた。
あのような「巨悪」は早急に殲滅すべきだ――そう、勝てるのであれば。
かつての王都解放戦は非常に大規模な戦いだったが、あの時は誰もが士気に満ち溢れていたし、私自身も強い復讐心に突き動かされていたから不安になることはなかった。
だが、今はそれとは真逆。
明らかに戦意がない者が多いし、私も悪い意味で理性的になってしまっている。
頼りない冒険者や傭兵たちの様子や、使節団の不審な死が気になり、「これでは士気不足で敗戦してしまうのではないか」「戦うにしたってもっと有利になる流れを作れたのではないか」と、余計なことばかり考えている。
しかし実際問題、考えていても仕方がないのだ。
ウォルフガングの言う通り、始まってしまった以上は状況が厳しくとも勝ちを目指すしかない。
女王になればきっと、こうして無理を通さねばならない状況には何度も遭遇する筈。その練習だと捉えることにしよう。
「はぁ~、仕方ないか! 私たちも行こう!」
「承知した」
ウォルフガングの返事を聞いた私は、勢いよく走り出した。
ふと後ろを見ると、アルマリカが大きく手を振って叫んでいた。
「頑張ってくださ~いっす! ウチらって~正面からやり合うの向いてないんで~! 後方支援頑張るっす~!」
なんだそれは。医師であるトリスタンは見るからに前衛など向いてなさそうだから良いとして、じゃあ他の二人は何が出来る?
ベルタなんてガチガチに鎧を着込んでいるというのに、あれで前に出なかったらどうするんだ。
いや、今は他のパーティの能力など気にしていられる場合ではないか。
私は私なりの戦い方をするだけだ。
こうして今日この日、停戦交渉も虚しく、かつてラトリア北方戦争があった場で二度目の戦いが勃発するのであった。
最前線は瞬く間に乱戦と化した。
ベヒモスの軍団は星のように墜ちてくる青白い炎に焼かれ、氷の雨に引き裂かれ、吹き荒れる嵐に飛ばされていく。
半魔であるアレスや、「究極の術師」と噂されるアダムによる《魔法》だろう。嵐に関しては「風属性マナへの適性が最高クラス」と言われているアイナの《術式》だろうか。
ルルティエの操る何体かのドラゴンが炎弾を吐き、システィーナが空から光の矢を降り注がせる。ゲオルクは銀の竜から降りて軍団の真っ只中に斬り込み、「敵の強さに応じて強化される」剣を振るう。
ユウキの青く輝く剣が、前世で彼と観たSFアニメに出てきたレーザー砲みたいに眩い光を放ち、巨獣に風穴を開ける。
「とんでもないなぁ、あいつら……」
皆が戦う様子を見て、私はそんな独り言をこぼした。
同じく序列入りかつ《権限》を持っている身でありながらも、彼らの強さは驚嘆に値する。
私やウォルフガングはあれほどの破壊力を持たないので、一体一体、丁寧に処理していかねばならない。
さて。今回のメインウェポンは、かつてヴィンセントから奪った「殺した相手の命を吸って所有者を強化する剣」――《吸命剣ザッハーク》だ。
恐らくは《魔王軍》側にも序列入り冒険者に匹敵する猛者が居る筈だから、それに備える為、命を蓄積しておくのである。
私は手に何も持たず、自分たちの方へ向かってきた二体のベヒモスを凝視する。
ウォルフガングが一方に走っていったので、私はもう一方に近づき、攻撃を引き付けた。
出し惜しみして切り抜けられる状況でもないので、今回は《権限》を初めからフルで活用する。
地響きが起こるほどの足踏みに巻き込まれないよう一定の距離を保ちつつ、リーズに貸しているもの以外の聖魔剣を空中に転移させ、ベヒモスの体を抉っていく。
全身を傷つけられた巨獣は怒り狂ったように暴れ出し、口を大きく開けて私に狙いを定めた。
こいつらはその強靭な肉体も脅威だが、何より危険なのはこれから放とうとしているブレスである。
うっかり当たってしまえば一瞬で蒸発することになる。
発射準備をしている間は動きが鈍くなるので経験豊富な冒険者であれば回避は容易なのだが、この乱戦下においては考えなしに避けるべきではない。
後ろには、正規軍人たちに怒鳴られて嫌々こちらに向かってきている冒険者たちが居るのだ。
私は《権限》によってベヒモスの顎の下に《吸命剣ザッハーク》を転移させ、思い切り突き上げた。
顎が跳ね上がり、赤いブレスが空に向かって放たれる。
そのまま剣を脳まで貫通させ、ダメ押しと言わんばかりに他の聖魔剣もねじ込んでいった。
しばらくそうしているうちに、怪物は動きを止めた。
「《術式》を使うよりはマシだけど、これはこれでシンドイなぁ……」
《吸命剣ザッハーク》で命を奪ったことにより力が湧き上がってくる一方、精神的には少し疲れを感じている。
私は聖魔剣の遠隔操作だけでベヒモスを討伐し切ったが、もともと「真っ当な剣術」を習っていたのもあり、実は手でしっかりと剣を握って戦ったほうが剣の制御がしやすいのだ。
近接戦闘をしなかった理由は、強敵との対決に備えて《術式》を温存する為だ。
もともと私は《術式》が得意な方ではないので、この墓標平野において術師の連中みたいに乱発することは出来ない。
かといってウォルフガングのように「生身で10メートル以上跳ぶ」なんて芸当も出来ないから、この怪物相手に《術式》を縛るのであれば近接戦闘は少々危ういのである。
しかし、もうすぐ七十歳だというのにあの身体能力。はっきり言ってあの人は異常だ。いや、仮に若かったとしてもおかしいのだが。
とはいえ、幾ら強くとも武器が安物では限度があるようで、ウォルフガングはベヒモスを討った後、私のもとへ戻ってきた。
見ると、持っているロングソードの刃が派手に折れている。
「俺も鈍ったな……一体倒すだけで一本使い潰すとは」
「持ってきてるのは、あと三本かな?」
「ああ。この調子だと上手く行ってもあと四、五体が限界か。もう少し貢献したいものだが」
「いや、それだけやれれば充分過ぎるけど……何なら、私の剣でも使う?」
「……ああ、悪いが借りよう。慣れない武器を使うのは抵抗があるが、そういうことに拘ってもいられまい」
「ふふっ、気にしないで。バルムンク、セレネ、アグニなら貸してあげられるけど何が良い?」
「《静謐剣セレネ》を」
詰所に置いてきたセレネを手もとに召喚し、ウォルフガングに差し出す。
そう、確かに私は敵を一瞬で消し去るような力こそ持たないが、こうして他者の戦力を引き上げることが出来るのだ。
まさしく「協力することでようやく真価を発揮出来る能力」である。
それからは、私たち序列入りを中心に何十体かのベヒモスを討伐した。
「この調子なら行けるかもしれない」と思ったし、後方に居るローレンスたちもそう考えたのか、ついに進軍を開始した。
だが、《魔王軍》は更なる手札を切ってきた。
私たちと怪物の群れがぶつかり合っている主戦場を避けて回り込むように、左右から新たな敵が迫ってくる。
魔族によって構成された、いわゆる騎兵の部隊だが、彼らが乗っているのは馬ではなく「地竜」と呼ばれるものだ。
地竜は馬と同程度の大きさを持つ四足歩行の魔物で、その容姿は「翼のない小型のドラゴン」と表現されている。
通常、騎兵に対しては弓によって馬を攻撃したり、障害物を用意するのが有効とされる。
だが地竜は耐久力、度胸、突撃時のパワーといった面でラトリア勢力圏で用いられている馬を凌駕しているから、一般的な騎士や戦士の力ではそう簡単には迎撃出来ないだろう。
ベヒモスといい地竜といい、《魔王軍》とルミナス帝国は「本来は凶暴で人の言うことなど全く聞かない魔物を手懐ける」という我々にはない技術を持っている。
一体どんな方法でそれを実現しているのかは分からないが、全くもって厄介な事である。
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