断章:勇者になろうとした不良と緑髪の魔女【後編】

「あ、有り得ない! 一体どうやって圧縮詠唱を!?」

「分からん。さっきも言ったように、なんか出来る気がしたんだよ」

「いやいや、それが通用するならこの世には何の苦労も存在しないだろう!」

「そんなこと言われても……」

「ん……いや、待てよ!?」


 アルケーは何かに気づいたかのように突然、俺の手を握って興奮気味に笑った。


「レイジ、私に力を注ぐイメージをしてくれないか!?」

「いきなり何言ってんだ。力ってなんだ? もっと具体的な説明をだな……」

「いいから! さっきだって何の説明もしてないのに圧縮詠唱をこなしてみせたし、きっと出来る筈!」

「はぁ……」


 目を閉じて、手から伝わる感触を頼りにアルケーの姿を想像する。

 俺は想像上の彼女とも手をつなぎ、そして力を送り込むかのようなイメージを抱いた。

 圧縮詠唱と同じだ。いざ試してみると何をどうすればいいのかが直感的に分かってしまう。


 しばらくそうした後に目を開くと、アルケーは少しだけ距離を置いて言った。


「さあ、殴りかかってこい」

「待ってくれ。急に被虐嗜好にでも目覚めたか?」

「いやそうじゃない。お前の攻撃をかわしてやる、と言ってるんだ。遠慮はするな」

「鈍くさいお前が? 駄目だ、怪我をさせたくない」

「愛する私の身を案じてくれているのは嬉しくて下腹部が疼く思いだが、ここは信じてくれ」

「……分かった」


 自信に満ちた眼差しを向けてくるアルケーを見据えて、構える。

 不安だが、こいつのことだからきっと本当に何とかする筈だ。

 そう祈り、思い切り拳を振り抜いた。


「ふふっ……止まったな?」

「……マジか」


 普段のアルケーどころか、屈強な暴漢でも対応出来ないような速さと重さを持った攻撃。

 それを彼女は自らの胸の前で、両手で受け止めてみせた。


「もっと来てくれ」


 言われた通り、もう一方の拳で更に打撃を繰り出すも、再び防御されてしまった。

 日常生活すら不自由なこの女が、特に牽制攻撃を織り交ぜていないとはいえ俺のパンチを二度も受け止めるだと?


「今の私はきっと、君ほどじゃないがそれなりに強いぞ」

「有り得ない」

「有り得ないも何も、君の力の恩恵じゃないか」


 そう指摘されて、自分がしたことの意味に気づいた。

 

「まさか……」

「そう、《絆の誓い》。さっき圧縮詠唱を君が成功させた時に『もしや』と思ったんだ。繰り返しになるけど、あれは試して即座に出来るようなものじゃない」

「俺が出来る筈のない圧縮詠唱を成功させ、お前が出来る筈のない防御をしてみせた……」

「つまり、君の力は『他者と繋がりを持つことで使用可能になり、お互いの能力を増幅させる』というものなんじゃないか? 無論、詳しくはもっと検証しないと分からないが」

「……はは、そう来たか」


 全てに合点がいった。道理で、こうして他者との個人的な繋がりを深めるまで何の役にも立たなかった訳だ。

 女神は「他者との愛を力に変える異能」と語ったが、まさにその通りじゃないか。

 ずっと追い求めていた真実に、やっと手が届いた。


 ふと、アルケーは俺の手を掴んで抱き寄せた。

 前ならば余裕で回避出来た。でも、今の彼女は少々手強いからあっさり捕まってしまった――ということにしておく。


「こうなると一つ、試してみたいことがあるんだが。良いよな、レイジ」

「なんだ? 言ってみろ」

「私と結ばれろ。いい加減、構わないだろう?」

「はあ……そんな予感がしてたよ」


 強引にベッドに押し倒される。

 馬乗りになって妖艶に俺を見下ろす彼女の瞳からは、もう目を離せなくなっていた。


***


 それから十数日ほど掛けて幾つかの実験を行ったことにより、《絆の誓い》の詳細が判明していった。

 まず、この力の効果は「基礎能力の増幅」であり、本人が持っていない特殊な才能や異能を与えられる訳じゃない。

 つまり、圧縮詠唱のような「理論上は訓練すれば誰でも身につけられる技術」を即座に習得することは出来ても、たとえば《絆の誓い》という特別な力そのものをアルケーに貸し与えることは出来ない。

 そして、増幅量は絆の深さに応じて強化されていく。

 あの日以降、アルケーとはお互いに何かを明言したりはしていないものの、何となく恋人のような関係になった。

 そのお陰だろうか、いつの間にか彼女はならず者数人に絡まれても制圧出来るレベルの強さになっていたし、俺も作られたばかりの《術式》をすぐに習得して圧縮詠唱まで行えるようになった。

 なお、赤の他人にも《絆の誓い》の適用を試みてみたが、当然ながら何も起こらなかった。

 今はアルケーとの間にしか相互強化が成立しないけれど、この力はきっと、誰かと深い絆を結ぶ度に俺を強くしてくれるのだろう。


 こうして俺は、ひとまずの目標を叶えた。

「絆を紡ぐほどに強くなる」――それは、かつてユウキが語っていた「勇者」のように「一方的に他者を救う、孤高にして最強なる存在」ではない。

 独りじゃ何の価値もなくて、地道に他者と分かり合い、助け合うことでようやく意味を持つ力だったのだ。

 前世でも現世でも不器用にしか生きられなかった俺にそんな力を渡すなんて、女神ってやつは本当に意地が悪いな。


 さて。能力のことが分かったとはいえ、俺の究極目標は「人を苦しみから救ってやること」だから、休んでいる暇はない。

 まずは傍に居る女――アルケーの望みから叶えてやろうと思った俺は、彼女が始めた新しい実験に付き合うことにした。


「レイジ、君の能力が本物だと分かったことで確信が持てたよ。宗教家の戯言ではなく、この世界には真に神が居る……で、呪血病の秘密に迫るには、神の正体を暴いてみるのが手っ取り早いんじゃないか?」


 アルケーはそんなことを語り、「神が住んでいると思しき地上に向かう」ことを当面の目標として掲げたのだ。


 現状、地上世界に行く方法は一つしかない。

 この天上大陸にはまれに「モンスター」が迷い込むことがあるのだが、それは、地上と繋がる「ゲート」がときどき偶発的に開くことがある為だ。

 つまりはそれに便乗すれば良い訳だが、ゲートが開放される時期や場所に規則性は見られない上に、殆ど一瞬しか開かれないという。

 俺はともかく、アルケーはそれを待っていられるほど気が長くないので、《術式》によって無理やりゲートを開く方法を模索し始めた。


 最初はまるで上手く行かなかったが、一年ほど経過し、ごく短時間のゲート開放ならば辛うじて実現出来るようになった。

 とはいえ、二人で地上に移動することが出来るのであればそれで充分だ。

 俺とアルケーはさっそく計画を実行することに決めたが、地上に向かえばしばらくは戻ってこられない可能性があるから、その前にやっておくべきことがあった。

 それは、《術式》の公表である。

 今の社会にとっては異端であるこの技術をどう扱うか――その決断を、俺は開発者であるアルケー本人に任せた。

 そして、彼女は「人間社会の水準を次のステップに引き上げる為に公表したい」と告げたのだ。

 

 しかし、まだ人々に認められていない新技術を浸透させるのには時間が掛かる。

 そこで俺は、かつて「本業」に専念する為に立ち上げた、商人としての仕事を代わりにやってくれている組織を利用することにした。

 名を「ドーンライト商会」という。

 彼らに《術式》を商材として扱わせ、少しずつ広めてもらうことにしたのである。

 さあ、これで準備は出来た。後はなるようになるしかない。


***


 見渡す限り、俺とアルケー以外に誰も居ない平原。

 輝く太陽と優しい風。

 一時的にせよ、この世界から離れるというのは何だか感慨深い。

 前世よりも余程にクソったれな世界だったけれど、ここで過ごした日々は決して悪いことばかりではなかったな。


「レイジ……今更だが、良いのか?」

「何がだ?」

「そもそも君は元々、人助けの為に生きていたんだろう? これから向かう場所には人なんか居ない可能性が高いぞ?」

「本当に今更だな。そんなことは分かってるよ」

「そうか」

「まずはお前からだ。傍に居る友人すら救えんようではどうにもならん」

「あそこまでした仲なのに『友人』なのか……まあ、別に呼び方には拘らんが。でもこれだけは言わせてくれ」

「なんだ?」

「この約二年間は人生で一番、幸せだったよ。私はもう既に君に救われていると言ってもいい。無理して付き合う必要はないぞ」

「普段は執拗に絡んでくる癖に時々そうやって引くの、ズルいんだよ。『じゃあ俺は帰る』なんて言える訳ねえだろ」

「ふふっ、そうだな。君はそういう人間だし、そこが好きだ……さ、一緒に詠唱しようか」


 二人で作り上げた、ゲート開放の《術式》の全文を唱えていく。

 すると、まるで空間そのものが穿たれたかのような漆黒の穴が出現した。

 この先に地上が、世界の真実が待っている。

 俺はアルケーと手を握り合って、力強く足を踏み出した――。

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