12章11節:姉妹対決

 形だけの対話の場は、一瞬にして戦が始まる前の張り詰めた静寂に包まれた。

 両軍の兵が固唾を呑んで見守る中、私はローラシエルと睨み合う。

 彼女が頭の横で構え、こちらに向けているのは銀の美麗な細剣。一応は《乙女の誓い》による乗っ取りを試したものの、聞いていた通りあれが聖魔剣だということが確認できるのみであった。

 

「ほら、剣を操る《権限》とやらを使ってみなさいよアステリア。あれがなければ何も出来ないのでしょう?」

「……安い挑発だなぁ」


 ローラシエルに聞こえないように呟く。

 あいつは言葉を放つばかりで一歩も動こうとしない。敵の出方を窺うとは、威勢の良い性格に反して随分と慎重だ。

 ならば望み通りこちらから行かせてもらう。


 私は腰から下げている四本のロングソードのうち二本を《乙女の誓い》で操作、鞘から射出されたそれらは反転し、ローラシエルをめがけて高速で飛翔する。

 それと同時に残りの二本を抜き、力強く駆け出した。

 あえて通常の剣を使っているのは様子見の為だ。私がローラシエルの戦闘スタイルを知らない一方で、向こうは《ヴェンデッタ》時代の情報を頼りにこちらの手の内の多くを見抜いている筈。初手から全力をぶつけるべきではない。


 どう出る、ローラシエル。あのウォルフガングが高く評価したのだ、この程度は簡単に退けられるのだろう?


「《変位マニューバ》っ!」


 私の剣が接触するよりも早く、あいつは《術式》を詠唱した。

 結果、射出したロングソードは墜落し、手に持っているものもローラシエルに届く前に強制停止させられる。

 《乙女の誓い》に拮抗するほどの物体支配か。私でなければ自らの剣によって切り刻まれていたところだろう。

 長剣の支配権を奪い合いながらもローラシエルは不敵に笑う。


「あなた、アカデミーの事件に関わったのよね?」


 そういえば王都解放以降、王立アカデミーにおける戦闘技術関連の実習が本格化したとオーラフが語っていたな。

 その実習では、今まさにローラシエルが使用している《術式》が教えられていた。もっとも、ここまでのことが出来そうなポテンシャルを感じたのはルアだけだったが。


「戦闘実習は見学してくれたかしら? 現行のカリキュラムを組むにあたって理想モデルになったのは私なのよ」

「姉様はアカデミーで教えている術技を一通り使えると?」

「そういうことッ!」


 続いてローラシエルは《創装フォージ》を使用。槍や斧といった《乙女の誓い》の支配を受けない武器を作り出し、それらも《変位マニューバ》で操って雨のように連射してくる。

 私はロングソードを捨てて《竜鱗剣バルムンク》と《静謐剣セレネ》を召喚し、一旦後退した。


 操作対象物の種類を問わないローラシエルの《変位マニューバ》は、こと「武器の遠隔操作」という点についてのみ言えば《乙女の誓い》以上と言える。

 とはいえ所詮は《術式》を噛ませただけの物理攻撃に過ぎない。バルムンクの防御性能の前では無力だし、セレネを武器に当てて制御を乱せば簡単に回避できる。

 これよりも厄介な攻撃手段がないとするならばそう苦労せず突破できそうだ――と、一瞬だけ思ったその時、強烈な殺気を感じ取る。


 私は反射的に首を横に逸らし、バルムンクを盾のように構えた。

 直後、ぎらつく死の気配が音もなく襲来し、横髪を何本か切っていった。

 あと少し反応が遅れていたら、などと考えて冷や汗を流してしまう。

「神速にして長射程の剣撃」と来たか。クソ姉め、いつの間にこんなものを身に付けたんだ。今までも初見殺しじみた攻撃を幾度となく受けてきたが、その中でもトップクラスに速く鋭いではないか。


「《徹閃剣てっせんけんカラドボルグ》の一撃を躱すとは。どうやらただの《権限》頼りというわけでもないようね」


 ローラシエルは刺突を行った後のような姿勢のまま言った。


「……なるほど、先程のはその聖魔剣の能力ですか」


 《変幻剣ベルグフォルク》や《迅雷剣バアル》の第二能力のような刃の伸長かと思ったが、それにしたって素早すぎる。

 また、射線上にはバルムンクどころかあいつ自身が生成した武器もあった筈なのに、今のはあらゆる障害物を無視して私を刺し貫こうとした。

 となると単に剣を変形させたのではない。距離も防御も無視して対象に命中する「概念的な刺突」を飛ばす、といったところか?

 

 攻撃を行う前の構えに戻ったローラシエルは再び口を開く。


「あの日は思っていたわ……『放っておけばそのうち野垂れ死ぬだろう』って。でも甘かったみたい。あなたは、あなただけはこの手で殺す」


 兵士たちの前だからか具体的には言っていないが、「あの日」というのが王都占領を指していることは明らかだった。

 

――「下賤な者が卑しくも助かろうとしないでくれるかしら?」


 当時のあいつの言葉がフラッシュバックしてくる。

 駄目だ、乗るんじゃないアステリア。これもくだらない挑発だ。

 推測するに、ローラシエルの戦闘スタイルは聖魔剣の能力を活かしたカウンター型。こちらが不用意な動きを見せることを待っている。

 ならばこれはどうだ?


 私はセレネを上空に放り投げた。《変位マニューバ》の嵐はバルムンクだけでも辛うじて凌げそうだし、聖魔剣の能力に関してはどうせ防げないから少しばかり防御力が落ちても問題ない。

 続けざまに、屋敷に置いてきた《吸命剣ザッハーク》を召喚して空中から打ち下ろす。

 個々の剣の能力までは把握していないのだろう、ローラシエルは警戒して後ろに大きく跳んだが、生憎とザッハークは牽制だ。あれは生命力を蓄えていなければ普通の剣と大差ないのである。

 体勢を崩したローラシエルに向かって、今度は《神炎剣アグニ》とセレネを降下させた。攻撃範囲の広さにより回避を許さない前者と、低級の術的防御を破壊する後者の組み合わせだ。

 今ならば確実に殺せると踏んでいたが、しかし奴は強気な態度を保っている。


 「《防壁バリア》ッ!」


 アグニの爆炎の中から聞こえてきたのは、ありふれた防御《術式》の詠唱だった。そちらに意識を回した為か、《変位マニューバ》によって操作されていた武器が次々と地に落ちていく。

 私は二つの刃が防壁に阻まれていることを手応えから察した。アルケーのように連続詠唱でセレネの《術式》消去を無効化したとは考え辛いから、単に消去し切れないほど高密度な防壁を展開しているのだろう。

 ローラシエルの奴、《変位マニューバ》に続いて《防壁バリア》もこの域まで鍛え上げているのか。

 少なくとも《術式》の才能に関しては私を遥かに凌駕していると認めざるを得ない。


 私は二本の剣を手元に戻す。炎がかき消え、ローラシエルは無傷ながらも不愉快そうに姿を現した。


「私だって必死に努力したのよ。あなた如きにほんの僅かでも先を行かれた昔の自分が許せなかったから……!」


 きっとウォルフガングによる剣術訓練のことを言っているのだろう。


「良かった。ちゃんと悔しがってくれてたんだね、姉様」


 私はつい嬉しくなってしまい、普段の口調でローラシエルを煽った。

 そうだ、その顔が見たかったんだ。

 劣等感にまみれていた幼い頃の自分アステリアが黒い喜びを感じている。

 ああ、ずっと息苦しい戦いが続いていたから、こんなに楽しいのは久しぶりだな。憎き相手のことだけ考えれば良いというのは、何かを守る為であったり政治的勝利の為の戦闘よりも遥かにストレスが少ない。


 さて、どう攻略したものか。高レベルの《防壁バリア》と《変位マニューバ》の同時使用は出来ないようだが、それでも守りが強固であることは確かだ。

 再び距離を詰め、《魔王剣アンラマンユ》を抜いてしまおうか。

 いや、あれは最終手段にすべきだ。今の敵はラトリアである。下手に魔王の象徴たる剣を見せれば、奴らはここぞとばかりに「世界の敵の再来」だの何だのと中傷して大衆の支持を奪ってくるに違いない。


 と、そんなことを考えていた時、異変は起きた。


「逆賊アステリア、死ねェェェェェェ!」


 ローラシエル側の兵士の一人が叫び声を上げてこちらに突進してくる。

 

「なにっ……!?」


 突然のことに少しだけ取り乱しつつも、私は《変位マニューバ》から解放されたロングソードを飛ばしてその男を射貫いた。

 しかし、それに続くように一人、また一人と決闘の場に割り込んでくる。


 おいふざけるなよローラシエル。「一対一の戦いで決める」という約束を反故にしやがったな――と思ったが、動揺し切った顔で「やめなさい……!」と言っている彼女の姿を見るにそういうことでもなさそうだ。


「うおおおッ! ラトリアに仇なす偽りの英雄に裁きをッ!」


 軍勢が喊声を上げる。未だ戸惑いを隠せない兵士もそれなりに居るが、既に戦端が開かれてしまったため止まるに止まれない様子であった。

 先陣を切った者達は恐らくライングリフ直属の兵。ローラシエルの下についているのであれば彼女の覚悟をふいにするような行為を積極的にはしたがらない筈だ。


 なるほど、この機会になにがなんでも私という邪魔者を消し去りたいというわけか。

 確かにライングリフとしては都合の良い話だろう。この蛮行についての批難を受けるとしたら、それは奴ではなく今回の調査団を統率しているローラシエルということになるのだから。

 強行調査のきっかけとなった暗殺未遂をライングリフが自作自演したのか、それとも派閥内の誰かが独断でやったことを利用したのかは分からないが、とにかく奴は上手くローラシエルを矢面に立たせた形となる。

 王位にしがみついている父どころか、「ラトリアを導くに相応しいのは兄であり、自分が玉座につく必要はない」というスタンスを取るほどに信頼してくれた妹すらも切り捨てるか。

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