4章8節:十年前の悪夢、竜が望む未来

 ユウキとの会話を終えた私は、割り当てられたテントに戻った。

 途中、夜襲に備えて哨戒をしている正規軍所属の騎士と出会い、軽く会釈をされた。

 冒険者や傭兵を見下す傾向にある彼らだが、序列入りともなれば多少の敬意は払ってくれるようだ。


 テントには座ったまま目を閉じているウォルフガングだけでなく、寝息を立てるシスティーナとルルティエ、物憂げな表情をしているゲオルクが居た。

 人数的な都合で《ヴェンデッタ》と《竜の目》は同じところに押し込められてしまったのだ。


 ゲオルクは私の顔を見ると、少しだけ苛立たしげに問いかけてきた。


「お前、あの《勇者》とずいぶん仲良さそうに喋ってたな?」

「ちょっとした知り合いでね。別に仲が良い訳じゃないよ。なんか怒ってるけどどうしたの」

「ルグレイン伯領の一件だよ。味方でも敵でもない奴が急に首を突っ込んできて、『無駄な争いを止めないならどっちも倒す』なんて馬鹿げた理屈で殴りかかってきたら流石にイラっと来る」

「あ~、あのとき派手にぶっ倒されてたもんね」

「実力は認めるし、悪いヤツじゃないことも認めるが、反りは合いそうにないな」

「なはは。私とあいつはまさにそんな感じの関係だよ……」


 私は、眠れなさそうにしているゲオルクの隣に座り込んだ。

 こいつらとはかつて命の奪い合いをした筈だが、「仕事でなければ敵視してくることはないだろう」という信頼感を抱いているのか、はたまた何度も遭遇したことで縁を感じているのか、不思議と敵対心はなかった。

 無論、もし再び敵になることがあれば全力で叩き潰すつもりではあるけれど。


 しばらくは互いに黙っていたが、ゲオルクはふと仲間二人を眺めながら呟いた。

 

「ルルのやつ、ブチ切れまくってて大変だったよ。『操ってたドラゴンたちが攻撃された』っつって」

「まあ、あの子がドラゴン操れることを知らなきゃ普通に敵だと思っちゃうよね」

「だな。つっても説明して回るのも無理な話だし、仮に説明されたところで信じる奴は少ないだろうし」

「確かにね……良い機会だから聞くけどさ、あの子ってなんで魔物なんか操れるの? ラトリアの人間でそんなこと出来るみたいな話、他に聞いたことないよ」


 ずっと不思議に思いつつも深く考えなかった疑問をゲオルクにぶつける。

 こんなファンタジーな世界だから何があってもおかしくないとはいえ、その中でもルルティエの能力は考えれば考えるほど異質なものであるように感じられる。

 もしや《権限》を持つ者なのだろうか?


 ゲオルクは躊躇いを見せたものの、少し間を置いた後に語りだしてくれた。


「結論から言うと、オレもルルもよく分かってないんだよ。どうもあいつ自身というより、あいつが『契約』してるドラゴンの力らしいが」

「契約? なにそれ。もしかして、あの銀色のドラゴンと何か関係が?」

「ああ……そうだな、少し昔話を聞いてくれないか。ここに居ると、どうも昔のことを思い出して眠れなくなる」

「良いよ、話して」


 そして私は、ゲオルクの口から《竜の目》の過去を知ることとなった。


 彼らは三人とも、十年前のラトリア北方戦争にそれぞれ違った形で関わっていたのだ。

 ゲオルクは王国正規軍に存在するといわれている「魔族や半魔を中心とする特殊部隊」の隊員として。

 システィーナは《天神聖団》から正規軍に対して派遣された、聖団直属の癒し手として。

 ルルティエは奴隷にする目的で魔族の傭兵部隊に捕らわれた、ラトリア最北端の村出身の平凡な少女として。


 ある日、その傭兵部隊を壊滅させたゲオルクは、戦いに巻き込まれて瀕死の重傷を負ったルルティエと出会った。

 そこに例の銀の竜が現れ、自分の命を半分、彼女に分け与えたのだという。

 以前にルルティエが会話をしている素振りを見せていたが、実際にあのドラゴンは魔物のようでいて明確な知性を持っているらしい。見た目が人型を逸脱しているのと発音が出来ないだけで、殆ど魔族と言って差し支えない。

 そんな「彼」は「魔を憎む魔」であるようで、ルルティエに対して「自分と一緒に魔族へ復讐すること」を求めたのだと。

 復讐の理由だが、どうも彼は生まれつき「同族を人間に従わせる力」を持っていたらしく、これが原因で仲間たちから迫害されていたそうだ。

 ルルティエ自身も魔族に対する深い憎しみを抱いていたようだから、この要求を快諾したらしい。

 

 ルルティエは傭兵の襲撃により家族も故郷も失っていたし、ゲオルクは無理やり部隊に入れられた身ということで自由を求めていたようであった。

 それで、孤独だった二人と一体は、ひとまず行動を共にすることになったのである。

 そこから数日経ち、傷ついたゲオルクやルルティエをたまたま発見して介抱することになったのが、当時まだ十三歳の初級術士であったシスティーナ。

 彼女は二人に対して「自分も手伝うので、組織に縛られない冒険者として自由に生きよう」と提案した。

 こうして《竜の目》が結成されたという訳である。


「――っていうことだ。ここはオレらにとって、良くも悪くも思い出深い場所なんだよ……と、ルルの件とは直接関係ないことをあれこれと話しちまったな。まあそういう感じだからはっきりしたことは分からん」

「ふぅん。あのドラゴンが生まれつき力を持ってたってことは、単に『そういうもの』以上の話でもないのかも知れないけど」

「オレらもそう考えることにしてる」

「にしても、そんな経緯で冒険者になったのなら、なんで奴隷狩りみたいな卑劣な連中に手を貸してたのさ。魔族の討伐依頼なんて幾らでもあるでしょ」


 ふと思ったことを率直に伝えると、ゲオルクはいかにも気まずそうな顔をした。


「……死んじまってからそれなりに経ったし、お前らには義理もあるから包み隠さず教えてやる。あの時の俺たちの雇い主は……」

「グレアム第二王子、だよね」

「知ってたのか」

「『彼が《狩人の刃ウェーナートル・ラーミナ》に殺された後』、気になって調査してみたら、奴隷売買をしていた商会との繋がりが分かっちゃってね」


 適当に嘘を織り交ぜる。私がグレアムを殺したことを知られる訳にはいかない。


「……なるほどな」

「ロクでもない商会を運営して荒稼ぎなんて、最悪だと思わない?」

「王子のやり方は確かにクソったれかも知れないが、冷酷に結果だけを見るなら、彼はラトリアの秩序の維持に貢献していたよ」

「……それは、そういう面もあるかも知れないけど」


 奴隷狩りの主な被害者はスラム街の貧民だった。

 まず、彼らが消え去ったことにより周辺の治安が多少は改善された。

 そして、搾取的なやり方だろうが彼らを労働力として社会に貢献させていた。

 稼いだ富の多くを私利私欲の為に浪費していた一方で、幾らかは王都の復興や市民の生活支援などに使われたというのもまた事実なのだろう。

 世の中、本当にままならない。

 ある人物が宿していた善性がたとえ1%しかなくとも、全体としての影響力が大きければその1%も軽視出来ないものになってしまうのだから。

 そんなことは関係なしに私はあいつが許せないから、復讐を果たしたことは決して後悔していないが。


「かつてお前と戦った時、オレは『必要悪』と言った。魔族を駆逐出来るくらい……そして、世界を支配し切ることで戦争を無くせるくらいにラトリアという国が強くなるんなら、間違った方法でも受け入れるしかない」


 その言葉で、全て合点がいった。

 《竜の目》は、ラトリアを勝たせる為に動いていたのだ。

 自由を求めた男、痛みを知る少女、心優しい女性――この三人組が十年の旅の果てに出した結論としては、あまりにも諦め過ぎている。

 いや、十年も冒険者として生き続けてきたからこそ、なのかも知れないが。

 現実的な考えなのは認めるけれど、私には受け入れられないよ。


「前にきみたちと戦った時、言ったよね。『そんな社会は私がぶっ潰してあげる』って」

「それが出来たら苦労はしねぇ。だが、変えられるって言うんならやってみてくれよ……なんてな、冗談だ」

「私は本気で言ってるよ。あの時も、今も」

「じゃあ程々に期待しておくか。さて……いろいろ話せて落ち着いてきたし、今なら久しぶりにゆっくり休めそうだ。一応、感謝もしておく」

「そりゃどーも。私もいい加減寝るから子守唄までは歌ってあげられないよ」

「んなもん要らねえ」



*****



「……そうか、ベヒモスだけでなく騎兵隊まで壊滅とは」


 日が落ちたことでいっそう暗くなった墓標平野の空の下。

 ルミナス帝国側の城壁の上で、白の鎧を着た女性が静かに呟いた。

 後ろでまとめた赤の長髪が風に揺られている。

 ほぼ人間族のような外見だが額には黒い角が二つあり、高身長かつがっしりした体格であることも相まって、オーガ系の半魔だと察せられる。

 彼女の隣には屈強なオーク族の男が立っている。

 彼はルミナス側の指揮官であるその女性――「エメライン」に、恭しい態度で報告を行っていた。

 

「恐らく、『序列入り』と呼ばれる者たちの仕業でしょう」

「やってくれたものだ。夜襲によって形勢を逆転させたいところだが、それも厳しいだろうな」

「ええ。警戒されており、こちら側の損耗の方が大きくなる可能性が高いと言えます」

「ふむ……」

「率直に申し上げますと、この戦いに勝利するのは困難かと。ですから……」

「この私に『撤退しろ』とでも言いたいのかね?」

「エメライン閣下。かつてラトリア北部を制圧し、王都占領を成功に導いたあなたのこと……魔王様を含めた皆が大切に思っている筈です。ここは我々が食い止めますので、あなただけはどうか……」

「『食い止める』のでは駄目だ。ラトリアを調子付かせない為には傷跡を刻まねばならん。それは私が居なければ出来まい?」

「おっしゃる通りですが、しかし……!」

「幸い、この墓標平野における防衛戦であればこちらが有利なのだ。負け戦と捉えるには早すぎる」

「ご存知でしょう!? 序列入りとは常識を覆す存在なのです!」

「戦う前から勝利を諦めて生き延びるより、たとえ死が見えていたとしても戦い抜く。戦士とはそういうものだろうが」

「……よろしいのですか、閣下」

「ああ。魔王様は強い御方だ。将を一人失った程度で狼狽える筈があるまい」

「いえ、もちろん魔王様もそうなのですが……あなたはかつて近衛騎士でしたから、あの方と親しかったのでしょう?」

「チャペル殿下か。仮に私が居なくなったとしたら泣かせてしまうかも知れないが、やがてはルミナスの皇帝となるのだから、喪う経験というものもしておくべきだろう」

「閣下は本当に手厳しいですね……分かりました、最後までお供いたしますよ。それでは、失礼致します」


 男が去った後、エメラインは美しい顔を歪め、怒りをあらわにした。


「ラトリアめ……我らのことを『野蛮』だの『外道』だの罵ってくれているが、自国民を扇動する為に停戦を望んだ貴族らを切り捨てるお前たちの方が余程に野蛮ではないか。そのような在り方、我々でなくともいつか誰かが打ち砕くだろうよ」

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