2章12節【2章完結】:秘めた野望

 ルグレイン伯領にてマリアンナの夫から報酬を受け取った私たちは、事後処理を彼に任せて王都に帰還。報酬を分配した上で解散した。

 夜から早朝にかけて行われた戦いであったが、解散する頃には正午辺りになっていた。


「あ~~、なんかすっごく疲れたよぉ~~!」


 パーティの皆やネルと一緒に軽く昼食を取った後、私は宿屋のベッドで大の字になって休んでいた。

 本当に疲れた。五年も冒険者をやっているから幾らかの困難には慣れているとはいえ、ここしばらくの戦いは流石にハードというものだ。


「今日くらいは何も気にせず休むといい。何だかんだ、ここ最近ずっと忙しなく動いていただろう?」

「そうするよ。ありがと~、ウォルフガング」


 ウォルフガングも流石に疲れが溜まっているのか、昼間だというのに依頼の遂行も鍛錬もせず読書に耽っている。

 ライルやリーズも同じ調子である。二人は小さなテーブルを囲み、雑談をしていた。

 疲労で今にも寝てしまいそうな様子だが、昼食後すぐにお使いに出かけたネルが心配で、戻ってくるまで起きているのだという。


「いや~しっかし、とんでもないことになったもんだな……」

「何がよ」

「全体的にだよ。奴隷狩りをブッ潰したと思ったらその雇い主の正体は『裏社会で幅を利かせている大商人』。そいつは序列入りパーティとつるんでて、そっちはそっちで王家の乗っ取りを画策してたなんてな」


 ライルが一連の事件を振り返った。


 実のところ、「《エグバート商会》の会長であったグレアムを殺した」という結末については誰にも話していない。

 架空の人物を会長としてでっち上げ、「屋敷内でヴィンセントに匿われていたので見つけ出して殺した」ということにして皆に報告していた。

 当然、王子の失踪となると後々騒ぎになるだろうが、最終的に疑われるのは王都占領で死んだことになっている私ではなく、協力者であったヴィンセントだろう。

 実際、奴はグレアムを切り捨てた訳だし。

 本来の時系列で考えればおかしな理屈だけれど、死体は剣の力で跡形もなく燃やしたし、そもそもこの世界には死亡推定時刻を正確に割り出せるような技術が存在しないので問題はない。


 わざわざ嘘を吐いた理由だが、グレアムは幾らろくでなしとはいえ王子なのだ。

 王家に良いイメージを持っていないライルはさておき、リーズやウォルフガングは未だに忠誠心を持っている部分があるから、二人の心が私から離れてしまうのが怖かった。

 仮に、いつか孤独を選ばねばならない時が来るとしても、少なくとも今は戦友たちと共に居たかったのである。

 もしグレアムに関する真実が明るみになった場合、仲間たちには適当に「あの時は仕留めた商人こそが会長だと思っていたが、グレアムが用意した身代わりに過ぎなかったか」などと言い訳をしよう。


「大変な戦いだったけれど、連中を倒せて良かったわ。奴隷狩りもそうだけれど、王家を乗っ取るなんて絶対に許されないわ」

「まぁ犯罪組織はともかく、俺は今の王族共よりマシな奴が上に立って世界を良くしてくれるなら『王位簒奪でも何でもして下さい』って感じだけどな」

「ライル! なんてこと言うのよ! その発言は近衛騎士として――」

「あ~、はいはい」


 例の如く、思想の違いで口喧嘩を始める二人。仲が良くて何よりだ。


 それにしても「王位簒奪」か。

 ヴィンセントという男が許せなかったから奴の誘いは断ったけれど、正直に言ってしまうと、その発想は魅力的に思えた。

 一歩ずつ着実に悪を滅ぼしていくのも、それはそれで良いだろう。

 でも、もし私がラトリア王国を支配出来たとしたら?

 文明の中心たる一大国家を動かせる立場になれれば、世界は確実に変えられる。

 個人としての武力だけではなく権力によって、より巨大な理不尽を打倒することが出来る。


 無論、そこまで成り上がるのは簡単な話ではないだろう。

 だが幸い、現状で「序列一位のメンバーを超えられる」と豪語出来ないにしても、私は冒険者として優れた力や技術を持っている筈だ。

 それ以上に、王家から除名されたとはいえ、この身には確かに王の血が流れている。

 切り札はちゃんと持っているのだ。後は切りどころを間違えないよう、タイミングを見極めるだけだ。


――私、女王を目指してみようかな。


 そんなことを思っていると、宿の扉を開ける音が響く。

 そして笑顔の少女が、片手で運べるだけの日用品を持って部屋に入ってくる。


「いろいろ買ってきた!」

「おう、お疲れ。じゃあ確認すっか、リーズ」

「そうね」


 頼んだ品が揃っているかを二人がチェックしているのを、ベッドの上から眺める。

 明らかに、出かける前には伝えていなかったようなものまで入っている。


「ん、ちゃんと金払ったのか?」

「払ったよ! 盗んでないよ!」

「じゃあよし!」


 ライルがネルの頭をワシャワシャと撫でる。

 どうやら二人はネルの窃盗癖を見越して、余分に金を持たせていたらしい。

「生ぬるい」と思わなくもないけれど、あの窃盗癖は精神的余裕の無さに由来しているものだろうから、こういった優しさも必要なのかも知れない。


 一通り荷物を確認し終えると、ネルが全員を見渡す。

 何か言いたいことがあるのだと思い、私は身体を起こした。


「えっと……夜も言ったけど、みんな……ごめんなさい。私のせいで迷惑掛けて」


 ネルはぺこりと頭を下げ、この場で改めて謝るのであった。


 ライルやリーズ、ウォルフガングが優しく微笑む。私もそれに釣られてしまった。


「気にすんな、俺もウォルフガング先生とかに迷惑掛けっぱなしだし。つーか今でこそ偉そうにしてるけど、俺もお前くらいの時は人からモノ盗って生活してたしな……」

「今まで辛かったでしょうし、そのぶん、遠慮なく私たちに甘えて良いのよ」

「『子供に迷惑を掛けられるのが年長者の仕事』とも言ったりするからな……そして俺からすれば、ネルに限らずお前たち全員、まだ『迷惑を掛けていい若者』だ」

「なはは。確かにウォルフガングから見れば、私たちもネルちゃんも大差ないかもね」

「みんな……ありがと!」


 満面の笑みで、感謝の言葉を口にするネル。

 それから一呼吸置いて、彼女は続ける。


「私に出来ること、これからもいっぱいしたい。役に立ちたい……仲間として」


 そんな決意を聞いて、私も含め、皆がすぐに頷いた。


 彼女の「これから」が一体、あとどれだけ残っているのか。

 きっとそう長くはないだろうけれど、少しでも自らの在り方に納得出来る日々を送れたら良いな、と思う。


 ああ、「リーズとライルがネルに感情移入し過ぎたらどうしよう」なんて心配していたのに、私自身がそうなっているじゃないか。

 これが自分にとって良い変化となるか悪い変化となるか、それは分からない。

 でも今は。

 今だけは、自らの甘さに甘えることとしよう。



*****



 地上。神々の住まう楽園。

 現代を生きた者たちに二度目の人生と力を与えた銀髪の女神が、潔癖と言えるほどに白い壁で覆われた通路を歩いている。

 彼女の傍には《マナ》――《術式》を実現する為の物質――で構成された映像が三つ浮かんでおり、歩行に合わせて移動している。

 一つ目は、宿屋で休むアステリアやその仲間たちを映したものだ。

 二つ目では、レインヴァールたちが王宮の客間でラトリアの王族と談笑している。

 そして三つ目には、立派な会議室で数人の男女が大きな円卓を囲み、何かを話し合っている様子が映っている。


 それらの映像を見守りつつ女神は進み、やがて通路と同じくらい白い部屋に到着した。

 ここに来る時、彼女はいつでも不快そうな顔をしているが、この日も例外ではなかった。


 十一の人影のうちの一つが、女神に語りかける。


「転生者たちの存在崩壊リスクは?」

「現状、全員が一パーセント以下に収まっているわ。存在崩壊……上の世界で言うところの呪血病の発症はまだまだ先でしょうね」

「そうか、それは厄介な話だ……そろそろ、こちらも干渉せねばならんか」


 その言葉を聞くと、女神は人影を鋭く睨みつけた。


「どうするつもり?」

「現状の《権限》付与者は把握しているか?」

「当然よ。まず私……《救世天》が転生者の三人。後は《閃迅天》、《神空天》、《風解天》、《循魂天》、《聖律天》、《闇影天》、合わせて九人」

「まだ《戦帝天》、《輝焔天》、《水浄天》、《堅岩天》、《創命天》が空席だ。その枠をそろそろ決めていきたい」

「……そう。好きにすればいい」

「人選には注意せねばならんが、全てが揃えば自ずと上の世界の情勢が動き始める筈だ」

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