13章22節:最強最悪の不確定要素

 現実はいつだって理不尽だ。

 積み重ねた努力も支払った代償も踏み躙って、酷い結果を押し付けてくる。

 そういうものだとは分かっていたけれど、幾らなんでもこれは無いだろう。

 

 光弾が飛んできた方を見る。

 少し離れたところにある建造物の上で、中性的なエルフの青年が黒いローブをはためかせていた。

 《夜明けをもたらす光デイブレイク・レイ》のアダムだ。

 なぜ奴がここに居るのか。なぜチャペルを殺そうとしたのか。

 それを考える前に身体が動いていた。


「《加速アクセル》ーーーーッ!!」


 怒りを爆発させるように叫ぶ。

 そして、周囲に聖魔剣を展開しながら空中を駆けた。


 次の瞬間、目の前を強烈な暴風が横切った。

 私は咄嗟に加速状態を解除したが慣性でそのまま暴風に突っ込み、吹き飛ばされた。

 石畳の上をゴロゴロと転がる。動かなくなったアウグストの傍で座り込んでいる茫然自失のチャペルが視界に入った。

 全身が痛い。でもそれ以上に惨めな気持ちだ。


 アルケーが珍しく焦りに満ちた表情でこちらに駆け寄ってきて、私に治癒の《術式》を使用する。


「私はいいから……アウグストをお願い」

「あ、ああ……!」


 チャペルと同じように座り、今度はアウグストに《術式》を使うアルケー。


「すまん、私が近くに居ればこんなことには……」


 後悔を口にする彼女に親子は何も返さない。

 私もまた彼女を気遣って「負傷者の治療に追われていたのだから仕方ない」などと慰める余裕はなかった。


 剣を支えにして立ち上がる。

 幸い重傷ではないようで、治癒術がすぐに効いてきた。戦闘用ドレスはところどころ裂けてしまっているが、もう痛みは殆どない。

 まだやれる。


 戦意を取り戻した私の前に降り立つのはアレスであった。


「闘争心溢れる良い目だ、アステリア」

「なにしに来たんだよ……」

「いやあ、さっきまで魔興旅団とかいう連中と戦っててね。でも期待外れだったから会いに来たというわけさ」

「私に?」

「うん。ずっと前に約束したよね? それを今、叶えてもらおうか」


 帝都侵攻の際、私は「いつか決闘に付き合う」ことを条件にアレスを戦いに加勢させた。

 ああ、確かに約束はしたが、こんな大事な時に持ち出す話じゃないだろう。

 

「こっちは忙しいんだよ! 個人的な都合で邪魔すんなぁぁぁっ!」


 私は苛立ちを露わにしながら両手に聖魔剣を呼び出した。

 付き合っていられないし、最強たるこの男に勝てる自信もないけれど、今はただ荒れ狂う感情を剣に込めることしか出来なかった。


「ははは! そうそう、その殺意が欲しかったんだよボクはァ!」


 アレスは哄笑すると、自身の片手にマナを溜めた。

 それから、さっき割り込んできた時と同じく暴風を纏い、高速で接近してくる。

 私は《加速アクセル》を詠唱し、家屋の上に飛び移った。

 アレスが赤く輝いている片手を突き出し、掌からレーザーを放ったので、すぐさま再加速を行う。空中で振り返ってみれば、先ほど足場にした家屋が消失していた。


 ソドム統治軍との交戦時は別行動していたのでアレスの戦いをこの目で見るのは久しぶりだが、彼の戦闘スタイルは一変しているようだ。

 双剣をどこかにやった代わりに、新しい攻撃魔法や加速魔法を用いている。

 《加速アクセル》を連発し、聖魔剣による引き撃ちをしながらアレスの動きを観察していると、彼は攻撃の手を緩めないままに言った。


「やっぱり良いよキミ! 尚更欲しくなってきたな!」

「はぁ?」

「ボクの権限……《戦乱の誓い》は殺した相手の術技を奪えるんだよねぇ!」


 なるほど、それで戦闘スタイルが変わったのか。

 敗者を喰らって糧にする能力とはいかにもこいつらしい。

 そういえば、アレスの加速魔法は《魔王軍》の幹部バルディッシュが使用したものに似ているな。


「まだ試してないけど《権限》も奪えるんじゃないかな。所有者はいずれ全員喰らうとして、まずはキミからだ!」


 もし《権限》を奪えたとしても、「女であること」が代償に関わっている《乙女の誓い》は使えない筈だ。

 もっとも、それを明かしたところでアレスは退かないだろうが。


 刻一刻とアレスの攻撃は苛烈になっていく。

 対し、私の方は着実に疲労が蓄積し、マナも欠乏状態になりかけている。

 地上の仲間たちが支援しようとしてくれているが、この高速戦闘に付いてこられる者がおらず、殆ど一対一の状態が続いているのも問題だ。


 このままでは確実に負ける。

 そう思い始めた時、決闘を静かに眺めているアダムの隣に人影が二つ増えた。

 一人はレイシャ。そしてもう一人はレティシエル。

 あいつらの姿を見て確信した。これは聖人会による制裁だ。

 ここに来て最悪の不確定要素が絡んできたのだ。


 レティシエルとアダムがチャペルを見下ろしながら話し始めた。

 

「ふむ、死んだのは父君の方でしたか。ならば皇女殿下はいいでしょう」

「そちらも予定通り消しておいた方が良いと思うがな。統率力で言えば父に大きく劣るだろうが、魔物を操る力は少々危険だ」

「これ以上はやり過ぎかと。このままチャペル様まで死なせてしまえば我が妹の敗戦は必定となるでしょう。聖人会はアンバランスな展開を望みません」

「ふん、単にお前の趣味だろうが」

「ふふっ、趣味も入っているのは否定しませんけれど。だって『人類が悪の勢力を壊滅させてハッピーエンド』などという紋切り型の物語、退屈じゃありませんか」

「退屈か否かなんぞどうでもいい……が、お前の読みはある程度信用している。ここは素直に従ってやる」


 いつもと変わらぬ調子で話し合う二人に腸が煮え返る。

 私たちは必死でこのクソったれな世界を変えようとしているのに、わけの分からない理由で振り回しやがって。


 忌々しい会話を聞きながらもアレスとの戦いは続けていたが、ふとレティシエルが横槍を入れてきた。


「アレス様、あなたもこの辺りで」

「いま良いところなんだ、邪魔しないでくれ。殺すよ?」


 攻撃の手を止め、近くの家屋の上に着地したアレスは、レティシエルを殺意のこもった視線で射抜いた。

 しかし彼女は全く動じない。「最強」から凄まれたにも関わらず、だ。


「出来るものなら」


 挑発的な一言。

 アレスはしばらく不愉快そうな顔でレティシエルをじっと見ていたが、やがて肩をすくめ、彼女の方へ跳んでいった。


「……キミみたいな人間、ホントに嫌いなんだよねえ。妹とは大違いだ」

「ごめんなさい。私はアステリアのように戦士ではないので」


 二人の様子から思うに、どうもアレスは不本意ながらレティシエルに従っているようだ。

 あの男に弱みがあるとは思えないので、《権限》でも使って取り込んだか。

 

「少しだけとはいえ、キミと戦えて良かったよ。次はちゃんと決着を付けたいところだ」


 アレスがこちらを見て言う。レティシエルもまた無駄に恭しく会釈をした。

「せめて一太刀浴びせてやる」――と考えた時にはもう、四人はレイシャの転移能力によって去っていた。

 ひとまずこの場は収まったが、安堵感は微塵もない。

 少なくとも聖人会には完敗したと言わざるを得ない結末だから。

 今回だけではない、アレスまで御せるようになったあいつらは今後も重要な局面で介入し、全てを滅茶苦茶にしてくるだろう。


 いや、今は未来のことよりも。

 私は疲れ切った身体を引きずり、アルケーたちのもとへ向かう。

 到着するやいなや、彼女はおもむろに立ち上がって首を横に振った。

 救えないことは分かり切っていたけれど、それでも胸が締め付けられる想いがした。


「……どうか、地上で幸福な来世を」


 私が祈りの言葉を呟いたことで現実を受け止められるようになったのだろうか。

 ずっと虚ろだったチャペルの目が潤み、やがて彼女は声を上げて泣くのであった。


 ルミナス皇帝アウグスト。

 はじめは「帝国を侵略者共に売った暗君」だと捉えていたが、短いなりに共に過ごしてきて、その認識を改められた。

 彼は彼なりに帝国を想い、世界を想い、人と魔が共存できる未来を望んでいたのだと。《魔王軍》と繋がることはきっと、彼が選べる中では最適解だったのだと。


 さて。悲惨な状況だからこそ、いつまでも嘆いているわけにはいかない。

 無理にでも気持ちを切り替えよう。

 アウグストが死んだ以上、チャペルに皇帝になってもらうしかない。

 だが私と違って穏やかな性格の上、心に傷を負ったばかりのこの子がどこまでカリスマ性を発揮できるのか不安だ。

 忠誠心が強い魔興旅団の有力者、それこそヴェルキン辺りが生存しているなら何とかなるだろうか。

 場合によってはチャペルと仲の良いアルケーをここに置いていくべきだろう。貴重なヒーラーなので出来れば連れて行きたいが。


 次の一手をあれこれと考えていると、正門の方から我が軍の民兵が一人、慌てた様子で走ってきた。

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