【第一部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~
空乃愛理
第1部:魔王戦争と混沌たる天上大陸
第0章(プロローグ):二度の生、二度の絶望
0章1節:最期の望み
これは、私の一度目の人生の記憶。
かつて「
現代で過ごしていた私の思い出に、思い出して楽しいものなんて殆ど存在しない。
つまんない学校。居心地の悪い家。そんなのばかりだ。
学校生活は最悪なことだらけで良いことなんて一つも無かったし、家では母親がいつも疲れた顔をしていて気分が悪かったので、自室に引きこもってアニメやゲームに没頭していた。
父親は居ない。私がまだ幼い頃に母に愛想を尽かし、いつからかこっそり付き合っていた別の女と結婚する為に別れたらしい。
家庭環境ゆえか、私はとにかく愛情に飢えていた。誰かに構って欲しかった。
愛を知らなかったから自分自身をも愛せなくて。それが「他人に愛される為の自分磨き」に繋がったなら本質が空虚であったとしてもまだ生産的だったのかも知れないけれど、私は自分を含めた全てを諦めようとした。
だけれど、少なくとも当時は平凡な少女だった私がそんなにも簡単に物事を割り切れる筈もなく、「世界に居場所がない」という絶望はやがて世界そのものに対する嫌悪へと変わっていった。
学校での同調圧力に満ちた人間関係。テレビやインターネットのニュースから流れてくる、事件や戦争なんかに関する報道――何もかもが不快だ。
この世界はいつでも、呆れるくらいにクソったれなことで満ちている。
それが嫌で他者や世間の話題から距離を置いていたら、中学生だった私は「グループに属さない者」として自然と学校内でのいじめを受けるようになったのである。
どうやら人間というやつは、ただ「何らかの集団に所属していない」というだけでその者を見下す傾向がある生き物らしい。
「なぜ彼らは『自分たちとは違う者』を迫害するんだろう? どうせ分かり合えないんだからお互いに距離を置いて、そっとしておいてくれれば良いのに」
そんな風に思う毎日だったけれど、願いは届かず、周囲の生徒からの嫌がらせは止まない。
陰口を叩かれたり、机に落書きをされたり、身体を蹴られたり。
「こいつ見た目だけは良いんだから」なんて言われて、男子共に制服を脱がされそうになったこともあったな。不幸中の幸いというべきか、『こと』には至らなかったけど。
最も思い出に残っているのは、体育の授業から戻ってきたら制服や教科書を捨てられていた日のことだ。
それ自体は「下らない」としか思わなかった。でも、帰宅後に母から「ただでさえ金が無いのに買い直させるな!」と怒鳴られ、流石に泣いてしまったな。
私自身が困るだけならどうでもいいんだけれど、母が私のことを迷惑に感じて叱ってくるのは嫌だったから。
まあ、そういった感じで家にも学校にも居場所が無かった私だったけれど、実のところは一人だけ仲の良い男の子が居たのだ。
「
虚ろな私の人生において、彼の存在は唯一の光だったと言える。
「えっと、セナちゃんだっけ? 暇そうにしてるね、誰かと遊ばないの?」
「……うるさい」
「もしかして君、友達居ないの?」
「バカにしてるの? 消えろ」
「じゃあ僕が友達になるよ。ほら、一人じゃ寂しいしさ」
「私、友達とか要らないから。ダルいし」
「そんなこと言わないでよ! はい、今日から友達だから! ちなみにキャンセルは不可能だからね!」
これは自宅の鍵を持ち出すのを忘れて外で座り込んでいた小学生時代の私に、近所に住んでいる彼が声を掛けてきた時の会話。
ここから友達付き合いが始まった訳だけれど、最初はこのとんでもなく強引な男子に対して「嫌いなタイプだな」としか思わなかった。
いや、最後まで嫌いなタイプだったかも知れない。
厭世的な私とは反対に、彼はいつも明るく前向きだった。
それは「他者から肯定される為に取り繕った上っ面」なんかじゃない。少なくとも私の目では、彼は心の底から世界に希望を見出しているように見えていた。
私たちは両方、とあるダークファンタジー系アニメ作品が好きなのだけれど、私が好きなキャラクターは「外道に堕ちてでも悪を取り除くことを選んだ殺し屋の少女」。
一方で彼が憧れていたのは「決して敵を殺さず、敵対する種族間の和解を成立させようと奮闘した勇者の少年」。
まるで趣味が合わない。価値観が合わない。何もかも合わない。
でもそんな彼だから、私をいじめから庇って自分までその対象になっても、少なくとも私の前ではいつでも笑っていられたのだろう。
バケツで水をぶっかけられて頭も制服もびしょ濡れになっても、
「いや~、涼しいな。夏で良かったよ」
なんて言ってヘラヘラしていた覚えがある。
――気に入らない。
なんで笑っていられるの。普通は怒るところでしょ。「あんな連中死ねばいい」とか言うところでしょ。
どんなに前向きな気持ちを抱いていたって、世界は何も変わらない。昨日も今日も明日もクソったれだ。
理解出来ない。納得出来ない。
だから私は、彼を泣かせてみたくなった。
この世界を清濁併せ呑んで肯定しているかのようなその笑顔を、歪ませてやりたくなった。
そう、彼は私にとっての唯一の光であり、だからこそ眩しくて目が痛くて鬱陶しかったのだ。
ある日の昼休み、学校にて。
私は自殺をすることにした。これは私の人生で初めてで、同時に、一度目の人生における最期の復讐だ。
勇基の目の前で飛び降りたかったので、私はあえてすぐ死ぬことはせず、屋上の端に立って生徒や教師共を騒がせた。
誰も助けようとせず、グラウンドからじっとこちらを見上げるだけの連中に背を向けていると、事態に気づいて屋上に来た勇基が私を止めようと駆け寄ってくる。
狙い通りだった。彼は涙を浮かべていた。眉を吊り上げて必死に「やめろ!」と叫んでいた。
そんな、彼の今まで見たことがない顔を見られたのが嬉しくて。
私はきっと、一度目の人生で一番の笑顔を浮かべながら、地に墜ちていったと思う。
ああ、もし「転生」なんてものが現実に存在するのならば。
平和な人生なんて要らない。愛なんてよく分からないものも要らない。
ただ、世界を変えられる力を持って生まれ直したい。
あのアニメに登場した女の子のように、認めがたい存在を滅ぼし尽くす外道になりたい。
決して悪にも正義にも屈しない、強い存在になりたい。
そして、死に向かう中で抱いたその願いは、あろうことか叶えられてしまったのである。
***
真っ白な世界。死後の世界。
私は、長い銀髪の女の子と向き合っていた。
現代風の服装とはまるで異なる身なりで、美しい髪も相まって「きっと女神が居るのならばこんな容姿なのだろう」と思った。
「御剣星名。あなたは『世界を変えたい』と本気で願う?」
女神様は無表情でそんなことを聞いてくる。
私の答えは既に決まっている。
「うん。ムカつくもの、最低なもの、全部殺して壊して潰して無くしてやりたい。そうしたらきっと私の人生は報われるから」
「その先に、あなた自身の幸福は待っていないとしても?」
「幸せなんて信じてない。だからどうでもいい」
「……分かったわ、御剣星名。それならば、あなたに遠い世界での二度目の人生を与えましょう」
「ふふっ、もしかして『異世界転生』ってやつ? きみが転生させてくれるのかな?」
「ええ。あなたはこれから『現代なんてまだ優しかった』と思うくらいの地獄に向かうことになる……そこで『願い』を果たす為の力と共にね」
「ありがと。どうせ一度死んだ身だし、好きにやってみるよ」
「その道には辛いこと、苦しいこともたくさんあるとは思うけれど、どうか自分を信じて生き抜いてみて……それじゃあ、行ってらっしゃい」
女神様が私を送り出そうと手をかざしてくるが、私は「待って」と制止した。
生まれ変わる前に、どうしても言っておきたいことがある。
「なに?」
「何が目的かは分からないけどさ……今までどんなことを求めても応えてくれなかった癖に、こんな失望の果てに生まれた最期の望みだけは聞き入れてくれるなんて。神様って意地悪だね」
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