2章5節:真夜中の襲撃

 悪酔いしているシスティーナや敵対心むき出しのルルティエから逃げ果せた私は、考えをまとめながら帰路についていた。


 今日も特に目新しい情報は得られなかったが、ゲオルクとの会話は《蒼天の双翼》の件について、程良く私の視野を限定してくれたように思う。

 冒険者同士の抗争が原因だと仮定したら、今よりも少しは調べやすくなる。


 他の冒険者を襲撃するような冒険者パーティなど、元の世界の創作物ならばともかくこの世界にはごまんと存在している。

 とはいえ相手が序列第八位ともなると、自ずと可能性は限定されてくるだろう。

 そして、その可能性の中でも最悪と言えるのが、序列第九位のパーティ――いや、今は八位である《狩人の刃ウェーナートル・ラーミナ》が関わっているというパターンだ。


 《狩人の刃ウェーナートル・ラーミナ》は組織構成も動向も不明だが、悪行の数々についての噂だけが広まっている。

 冒険者パーティの襲撃は当たり前、一般人に対する略奪なんかも行っているらしい。

 予め依頼主と直接契約を結んだ上であえてギルドに仲介させることで仕事の非合法性を隠しながら評価点稼ぎをしたり、パーティ外の人間を脅してメンバーとして働かせるなどしてランクを急速に上昇させたと言われている。

 率直に言えば犯罪組織と大差なく、いつか潰さねばならない相手だ。

 連中が本当に関わっているならば非常に厄介だが、同時に、殲滅を実行する良い機会にもなるだろう。



 しばらく歩き、スラム街の宿に到着する。

 私たちが借りている部屋では、ウォルフガングが一人で本を読んでいた。

 私は小さなテーブルを挟んで彼と向き合うように、椅子に腰掛けた。


「帰ったよ~。他の三人は?」

「広場でネルに短剣術の指導をしているようだな。時間も時間だし、すぐに戻ってくるだろう」

「あ~なるほど」


 買い出しの中でネルが盗んだ短剣は、代金を支払って正式に購入した後で彼女に与えていた。

 護身用の武器を一つくらいは持っておいた方が良いだろうと思ってのことだ。


「彼女にはライルにも匹敵する才能を感じる。戦いの道を歩ませるかどうかはともかく、優れた軽戦士になることは出来るだろうな」

「そういや、ライルも元々はスラムでスリやってたんだっけ。で、迂闊にもウォルフガングからモノを盗ろうとしちゃった訳だ」

「懐かしいな……あいつは剣術の才こそ皆無だが、それ以外では本当に優秀な男だよ。あのとき捕縛や処刑を望む部下達を抑えて騎士団に入れたのは正解だった」

「なはは、私もあいつが居てくれて良かったって何度も思わされてるよ」


 そんな素直な気持ちを言葉に出した後、少し間を置いて話題を変える。

 現在の状況についてウォルフガングの考えも確認しておきたかった。


「少し聞きたいことがあるんだけど良いかな?」

「どうした、リア」

「《蒼天の双翼》の壊滅について調べてたんだけど、最近、王都周辺で悪質な冒険者パーティや犯罪組織が動いてるって話を掴んでたりはしない?」

「と言うと?」

「知ってる中でもそういう連中はたくさん居るんだけど……代表的なのだと、それこそ今の序列第八位みたいな」

「あいつらや他の有象無象の悪党共が王都で活動しているという話は聞いていない。まあ、あの手合いは陰に潜むのが得意なものだしな」

「それは確かに」

「だが、何となくこの頃の王都には不穏な気配が漂っている。特に今夜はな……」


 僅かに白い髭が伸びている顎を触り、考え込むウォルフガング。

 恐らくは明確な根拠のない直感なのだろうが、五十以上の年月を戦いの中で過ごしてきた鬼神の直感というのは馬鹿に出来ないものである。


「何か動きがあるかも知れないね」

「とはいえ勘は所詮、勘だ。今夜は私一人で警戒しておくから、あなたは無理なさらずにな」

「分かった、ありがとね……ところで、一つ気になったんだけど」


 私は真剣な表情を崩し、わざとらしく不機嫌そうにウォルフガングを見た。


「『殿下って呼ばないで』って話はしたばかりだけれど、口調も硬いよね。私以外の前だともっとラフなのに」

「そうだったか?」

「ほら、一人称とかいつもは『私』じゃなくて『俺』って言ってるじゃん。私のことだけ『あなた』って呼んでるし。ちょっと疎外感を感じちゃうかも」

「それは、あなたが実際にやんごとなき御方だから……いや、すまん。いつもながら言い訳がましいな。善処してみよう」

「よろしい」


 それだけ言って、私は自らのベッドに寝転んだ。

 木の天井を眺めながら、物思いにふける。


 なぜ私はウォルフガングに親しくされたがっているのだろう。

 彼は忠誠心の権化のような男だ。「こちらの方が上の立場である」という姿勢で居たほうが何かと都合が良い。

 それなのに、不思議と寂しさを覚えてしまうのだ。

 もしかしたら、ライルやリーズに友情を感じているのと同じように、質実剛健な彼には父性のようなものを見出してしまっているのかも知れない。

 妙な話である。私の血縁上の父親なんて二人とも私を捨てたどうしようもない男でしかない筈なのに、何を期待しているのだ。

 いや、本来の父親がろくでなしであったからこそ、欠損を埋め合わせたいと思ってしまうのだろうか?


「……バカバカしい」


 誰にも聞こえないように小さく呟く。

 私はいつまでも、どこまでも戦い続けるだけだ。

 友情、父性、母性、愛――そんなものは自らを縛る枷にしかならない。

 今はこの甘えた思考を脳から排除して、しっかり休むことにしよう。

 

***

 

 それから少し時間が経過し、深夜。

 リーズはネルと一緒にベッドに入って休んでいた。ライルもいびきをかいて寝ている。

 宣言通り警戒してくれているのか、ウォルフガングの姿は見えない。


「う~ん……やっぱり一人に任せておくのはちょっと申し訳ないよね」


 そんなことを言って、私は三人を起こさないようにゆっくりと宿から出る。

 表ではウォルフガングが腕を組み、宿の壁にもたれかかりながら周囲を見渡していた。

 私の目では一見、何も見えないし何も感じない。

 だが彼の視線を追って意識を集中すると、その先から殺意を感じることが出来た。

 流石は《剣神》だ。《術式》など使わずとも直感で「気配を隠している筈の敵」の気配を読み切ってしまうのか。

 

「どうした? 寝てていいんだぞ」

「いや~、あんなこと言われたら心配になっちゃうじゃん。実際、こうして的中してる訳だし……」

「それは悪かった。だが、これくらいの数ならば一人で問題ない」

「まあまあ、そう言わずに。たまには若者も頼ってよ」


 近づいてくる。数は十人ほど。

 すぐ傍まで来た段階で《隠匿コンシール》か何かによる認識阻害効果が切れた。夜の暗さに目が慣れてきたのもあり、彼らの存在をより明確に捉えられるようになる。

 服装や種族、武器に統一感はなく、一見、スラムに居るゴロツキ共と大差はない。

 だが、あの辺の連中に比べて明らかに動きが速い。

 正面から、物陰から、屋根の上から一斉に素早く跳んでくる。


「俺たちが救われる為だ、死ねぇぇぇぇッ!!」


 そう叫びながら、彼らは刃や棍棒で貫き、轢き潰さんと襲いかかる。

 それでも、最速で動いたのはウォルフガングだった。

 いつの間にか武器を構えていた彼は、暴力性と繊細さが両立した剣捌きでならず者たちを打撃し、彼らの勢いを反転させたかのように吹き飛ばしていった。

 ウォルフガングが対人戦において余裕のある時に行う、「敵を斬らずして斬る非殺傷剣術」だ。精密さを極めた剣士だからこそ出来る技であろう。


 一方で私は、彼ほどの腕を持つ剣士ではないので容赦なく殺傷していくことにした。こちらとて好き好んで殺しをしたくはないのだが、戦いを挑んだ以上はどんな結果になろうと納得するしかないだろう?

 最小限の動作で攻撃をかわしながら、持ち出していた《静謐剣セレネ》を振るっていく。

 どこかに戦闘に参加していない偵察部隊が潜んでいる可能性も考慮し、《権限》による剣の投てきは使用せずに飽くまで「真っ当な剣士」として立ち回る。

 前方から来る敵の腕を切断し、背後から迫る敵の腹に剣をねじ込み、その惨状を見てもなお諦めずに近づいてくる者の首を断った。


 一通り無力化が終わった。

 戦闘時間としては、殆ど一瞬と言っていいだろう。

 敵は肉体のパワーやスピードこそ並のならず者以上には感じられたが、技術面が肉体に追いついていないようだった。

 もう少し戦闘訓練を積んでいれば優れた傭兵や冒険者にでもなれただろう。


 ふと後ろを見ると、異変に気づいた他の三人が宿から出てくるところだった。


「ふぁぁ……一応は起きてみたが、先生とリアだけで充分だったみたいだな」


 寝ぼけ眼を擦るライル。

 リーズはと言うと、死体があるのに気づいて咄嗟にネルの目を手で塞いだ。

 しかし、厳しい環境で育ってきたからか死臭には慣れているようであり、彼女は特に表情も変えずリーズの手を優しく退かした。


「だいじょうぶだよ。それより、ウォルフガングせんせいとリアお姉ちゃん……すごく強い……」

「なはは! そうでしょ……っと、一つやっておくべきことがあるかな。みんなは宿に戻ってて」

「え、どうするおつもりなのですか」


 リーズが、すぐ傍に居るネルと一緒に理解出来ていなさそうな顔をしている。

 一方で男性二人は即座に察した様子だ。

 

「そりゃ、私たちを襲った理由を聞くに決まってるでしょ。場合によっては暴力を使うことにもなる」

「そ、そうですか……でも、必要なことですよね」


 気丈さを見せるリーズにひとまず安心しながら尋問対象を見繕っていると、ウォルフガングがそっと肩に手を置いてくる。


「それなら……私……いや、俺がやろう。お前よりも経験はあるし、外見的にも向いている」

「あ~、確かに強面だもんね。じゃあお願いするよ。一応は私も見てるけど」


 話がまとまると、リーズはネルを連れて宿に戻っていった。

 私はライルと共に、少し離れたところで気絶しているならず者を叩き起こしているウォルフガングを見守っている。


「一体なんなんだろうな、リア。誰かに恨まれる覚えは……たくさんあるけどさ」

「分かりやすいのだと、例の奴隷狩り組織の雇い主による報復。或いは《蒼天の双翼》の件はあれだけで終わりではなく、複数のパーティが狙われてるのかも知れない」

「なるほどねぇ。でもどちらにせよ、よくこの場所に俺たちが居るって分かったもんだな?」

「それは私も思った。何者かに尾行されててこっちの動きが筒抜けになってた訳でもないし……いや、私たちの誰も気付かないくらいの凄腕なのかも知れないけど」

「はぁ……なんだか面倒なことになりそうだな」


 二人で壁に寄りかかりながらそんな雑談をしていると、異変が起きた。

 怯えるならず者の顔に剣を突きつけ、襲撃の動機を聞き出していたウォルフガング。

 しばらくは「意図を話さねば四肢を順番に斬り落としていく」などといった風に脅す彼と、恐怖で取り乱しながらも「話せばどうせ死んじまう!」と叫び続けている男のやり取りが続いた。

 だが少し経って、ウォルフガングは急に何かを察したように、その男を勢いよく蹴り飛ばすのであった。


 その時、男の肉体が爆ぜた。

 爆音を立てて四散し、周囲の廃材を破壊する。

 否、一人だけではない。既に死んでいる者、まだ生きている者を問わず、次々と襲撃者たちが炸裂していく。

 私は舌打ちをしながら、無限の強度を持つ《竜鱗剣バルムンク》を《権限》によって召喚。

 飛翔させ、一番近くに転がっていた死体を串刺しにした上で距離を取らせる。

 なんとか爆発の巻き添えになることは回避出来たが、どうやらならず者たちは一人残らず消されてしまったようだ。


「うわっ……なんだよ急に爆発して。どうなってんだ!?」

「分かんない。でも、『口封じもちゃんと考えてた』ってことなんだろうね」


 唖然としているライル。戻ってきたウォルフガングもまた、頭を掻きながら少しだけ困惑している。


「悪いな、情報は掴み損ねた。あの様子だと自ら死を選んだとは考えにくいから、予め何らかの《術式》が付与されていたか、俺たちに気付かれないような方法で敵の本命が観察している可能性が高い」

「たぶん私がやってもこうなってただろうから気にしないで。それに、この結果自体が一つの情報とも言えるし」


 ウォルフガングが語ってくれた考察も情報として有用だが、何より、この惨状そのものに見覚えがあるのだ。

 すなわち、《蒼天の双翼》が壊滅した現場と思しき、血に染まった草原である。


「これでほぼ確実かな。ほら、ライルにはさっき話してた後者のほう」

「『冒険者が狙われてる』っつー話か?」

「うん。相手が同業者か犯罪組織の類かはまだ確定させられてないけどね」


 その後、私たちは一旦、宿に戻ってリーズに結果を伝えた。

 その上で、これからの方針を宣言する。


「もっと確証が欲しいから街の方を見てみたい。他にも攻撃されたパーティが居るかも知れないからね……みんな、あんまり休めてないと思うけれど動ける?」


 ライル、リーズ、ウォルフガングはすぐに頷き、ネルも首を横にぶんぶん振って眠気を飛ばした後で「うん、動ける」と言った。

 ネルに関しては「仲間」としてはまだ何も期待していないのだが、とはいえ一人にしておくと脅威にさらされる危険性があるので、付いてきてくれるのは助かる。


「よし、じゃあ準備出来たら行こう! 《ヴェンデッタ》……『復讐する者』として、私たちに手を出しちゃったことを後悔させてやらなきゃね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る