第8章【第1部最終章】:魔王討伐
8章1節:連合軍の集結
天暦1046年9月20日。
ラトリア王国を中心とする連合軍と、《魔王軍》およびルミナス帝国――世界を二分している勢力の決戦が始まる日。
これに備え、私たち《ヴェンデッタ》は数日前から北部平原のルミナス帝国側にある城壁の傍の詰所に滞在していた。
ラトリア正規軍から指定された集合場所であるこの地は、少し前まではルミナス帝国のものだったが、大規模な戦闘の果てに正規軍によって占領されることとなった。
私やウォルフガングも参加したあの戦いにおいてラトリア勢力が勝利したことは、戦線、或いは状況そのものを大きく前進させたのであった。
早朝、私とウォルフガングは詰所の二階の廊下から地上を見下ろしていた。
リーズとライルは《ヴェンデッタ》に割り当てられたすぐそこの部屋で平穏な時を過ごしている――もっとも、これからの戦いのことを思えば落ち着くに落ち着けないだろうが。
「……凄いね。こんなに人が集まってるの、生まれて初めて見たかも」
「各勢力合わせて6万人にもなるらしいからな」
私の呟きに対し、ウォルフガングが淡々と返す。
この天上大陸が転生前の世界と比べて遥かに狭く人口も少ないことを考えると、6万という大軍勢が結成される機会などそうそう無いと言っていいだろうな。
なお大軍勢と言っても、出せる戦力全てを出し切っている訳ではない。たとえばラトリアの王都であれば正規軍の一部や近衛騎士団が残留している。
先日の魔王襲来によって奴らに長距離転送手段があることが明白になった。それを利用した侵攻を行わない辺り、恐らく大人数を一斉に投入することは出来ないのだろうが、とはいえ少数精鋭で奇襲を仕掛けてくる可能性は十分にある。或いは以前から王都に潜んでいたならず者どもがこの機に乗じて暴れ始めるかも知れない。
その為、ある程度の防衛戦力を残しておくというのは妥当な判断だろう。
そういったことを思案しながら、私はこの場に集まった面子を順番に観察していく。
まず序列入りに関しては《蒼天の双翼》と《
ここからだと《
貴族もラトリアに限らず各国の有力な家系の者がたくさん見える。その中にはフェルディナンドと彼の仲間である存在感希薄少女、エミルも居る。
今回ほど重要な戦いとなると少なくともラトリア貴族としては「資金や物資の提供に留め、戦力には加わらない」といった消極的な態度を取りづらいから、恐らく殆どはこの連合軍に合流しているだろうな。
そして私のクソったれな兄や姉、つまりは王家の連中までここに来ている。
彼らは大勢の人々の前に立ち、勇気づけるような、或いは扇動するような言葉を掛けていた。
加えてエストハインの女王レン、兵站を担当することになっている《ヴィント財団》の代表クロード、聖団騎士の長アルフォンス、そしてリーズたちが聖団領アレセイアで会ったという「《生命詠い》のトロイメライ」――「神話に登場する伝説のエルフ」として崇められている女まで居る。
今、ここには世界に影響を与え得るレベルの力や名声を持つ者がこんなにも揃っているのだ。この「質」は6万という「量」よりも更に意味があるだろう。
無論、連合軍に参加しているのはそのような名士たちだけではない。
ザコの魔物しか狩ったことがなさそうな冒険者。装備がズタボロな傭兵。そういう連中はまだマシな方で、剣だけ買ってこの場にやってきた一般市民のような者まで混じっている。
彼らは名だたる戦士や王侯貴族、トロイメライのもとに集まり、おべっかを使っている。
この決戦が王侯貴族にとっては名をあげる絶好の機会であるのと同じように、平民にとってもまた有力者に名を覚えてもらう機会ということか。
ちなみに私たちは人々に持ち上げられるのが億劫だったし王家の奴らなんかと遭遇したら最悪だから、殆ど詰所に引きこもって過ごしていた。
ふと、ウォルフガングが地上の群衆を見たまま口を開いた。
「そういえば、今回の戦いにはローレンス殿下とレティシエル殿下が同行すると聞いた」
「へ? ローレンスはともかく、あの自分じゃなんも出来ない悪女まで?」
「……お前の気持ちは分かるが、あまり王室の方々を……家族を悪く言うものではないぞ」
「事実を言ったまでだよ。でも実際、不思議じゃない? まさかアイツが『最前線で戦士たちを激励したい』なんてお花畑なこと考えてる訳じゃないだろうし」
「あの御方は王立アカデミーを首席で卒業したそうじゃないか」
「あそこで教えてる戦闘技術なんておままごとだよ。実戦で通用するようなものじゃない」
「ふむ、そうなのか。まあ護衛は付けているようだから大丈夫だろう。無論、何かあれば俺自らお守りするつもりではいるが」
「私は嫌だけどね……」
むしろ「ローレンス共々戦死してくれ」という気持ちでいっぱいだ。
私はこの手で奴らの命を奪うこと自体にはそれほど固執していない。
私の最終目標は「世界に対する復讐」であり、王族をどうするかというのはそこまでの過程の一つに過ぎないのだ。
さて。そろそろこの光景にも見飽きてきたし、出陣の時間までは部屋で過ごそうか――と思ったところで振り返ると、見知った女の子二人と目が合った。
「あ、リアさん。そちらはウォルフガングさんでしたか」
「《ヴェンデッタ》の方々ですわね。参戦したという噂は聞いていましたわ」
ルアとフレイナだ。王立アカデミーで見たとき以上に疲れた顔をしている前者に対し、後者は意気揚々としている。
やはり名門貴族の娘であるこの子たちも居たか。
特にルアに関しては既に爵位と領地を継承している身だ。ここで活躍して存在感を示しておきたいところだろう。
私は彼女たちに近寄り、手を握った。
「久しぶり。会えて嬉しい! ルアちゃん、すっごい辛そうだけど大丈夫?」
「ええ……何とか」
俯くルアを横目で見た後、呆れと同時にどこか優しさも感じさせるような苦笑いをするフレイナ。
「この子ったら急に『人混みで気分が悪くなった』とか言い出して寝込んでしまって。本当に情けないんですのよ」
「ルアちゃん、きっと凄く大変な日々が続いてるだろうし仕方ないよ」
「勿論わたくしだって理解していますわ。それでも貴族たるもの、民衆の前では堂々としていなくては!」
「……なんて言ってるけど介抱してあげてたんだよね?」
「う、うるさいですわ! わたくしのライバルがみっともない姿を晒していたらこっちまで恥ずかしくなる。ただそれだけですの!」
顔を赤くするフレイナの典型的ツンデレ仕草に笑いつつ何となく視線を下にやると、彼女は「この世界では」見慣れない、細長い筒を携えていた。
「……それってもしかして鉄砲?」
「えっ? 見た目だけでよく分かりましたわね?」
「あ、いや、何となく!」
もちろん「前世の知識」などと正直に言う訳にはいかない。
「『簡易的な《術式》を使って極小の爆発を起こし、小さな砲弾を飛ばす武器』。思想だけは以前からあったのですけれど、我が故郷の卓越した技術によってついに実現まで漕ぎ着けたのですわ!」
なるほど、火薬ではなく発火系の《術式》で弾を撃つのか。
前の世界の銃と違って不便ではあるものの、《術式》で直接的に射撃を行うよりも消耗を抑えられるという意味では有効な武器と言えるか。
「実戦でも使ったの?」
「いいえ、まだですわ。今回の戦争で役に立てば武器として価値があることを証明出来る……そういう意図で持ってきましたの」
フレイナの言葉に納得していると、ルアが皮肉っぽく笑う。
「信頼性が不足しているものを実戦に持ち込むとは。私なら不安過ぎて無理ですね」
「本当に消極的ですわね! 何も全くテストしていない訳じゃありませんわ! 扱いが少々難しくて、わたくしや部下の練度が足りていないのは認めますけど……」
「駄目じゃないですか……ああもう、私の部隊からあまり離れないで下さいね。幸い、私自身も部下も中距離から遠距離での戦闘を主体としているので、同じ後衛として上手く連携出来ると思います」
「ふん、せいぜい足を引っ張らないことですわね!」
「こっちの台詞です」
相変わらず仲が良さそうで何よりだ。
いや、心なしか以前と比べて更に距離が近くなっているようにも感じられる。
それこそ今のリーズとライルみたいな――なんてね。
前世で観た百合系アニメじゃあるまいし、流石に恋仲になっているなんてことはないだろう。
「なはは! 私はお邪魔みたいだし、もう行こうかな」
「いえ、そんなことは。えっと……実戦経験のない私が言うことでもないとは思いますけれど、どうか気をつけて下さいね」
「うん、そっちもね」
「こちら側には序列一位も正規軍や聖団の方々も居ます。間違いなく、あなたがたの方が過酷な戦いになるでしょう」
「冒険者だからね、過酷なのには慣れてるよ。それじゃ、お互い絶対に生き残ろう!」
軽く頭を下げるルアに手を振り、私はウォルフガングと共に自室に戻った。
さて。ルミナス帝国侵攻作戦についてだが、ここからしばらく農村地帯を進んだ後は二つの厄介なルートのどちらかを通ることになる。
一つはそのまま真っ直ぐ北上するルート。最短距離で攻略目標である帝都に向かえるものの、道中には「空洞域」と呼ばれる危険地帯がある。
その名の通り広範囲にわたって地面にぽっかり穴が空いており、橋のようになっている非常に狭い陸地を移動するしかないのだ。
それに加え、あの辺りには強力な魔物であるワイバーンも生息している。
ワイバーンによる空からの急襲と落下死。二重の危険に怯えながら道を進まねばならない最悪の経路である。
そしてもう一つは西に広がる山脈を越えるルート。こちらは空洞域よりはマシで交易路としても利用されている。
とはいえ、険しい隘路を延々と進むことになるから決して簡単に突破出来る訳ではない。ましてや大人数での移動ともなれば間違いなく時間も体力も大幅に奪われるだろう。
どちらのルートにせよ、ここに集結した軍勢をまとめて動かすのは不可能だ。従って、リスクを承知で二手に分かれて進軍する作戦となっている。
少数で臨機応変に行動することに長けた冒険者や傭兵は空洞域を、ラトリア正規軍と各国の王侯貴族、それにトロイメライを含む聖団系勢力は山道を行く。
上手く事が運べば先に帝都に近づけるのは私たち、つまり空洞域側なので、空洞域を抜けた後は山道側の支援に向かう。
その辺りの連絡は《竜の目》が担当するらしい。彼らは「騎乗可能なドラゴン」という空を渡れる唯一の手段を持っているので、この大役に抜擢されることとなった。
なお、序列一位に関しては正規軍や王侯貴族たちの要請により山道側に同行するらしい。単に彼らが絶大な信頼を置かれているというのもあるが、あのパーティの一員であるレイシャは非常に探索を得意としているらしいから、少しでも安全な道を探させようと考えたのだろう。
二つの部隊が合流した後は挟撃を避けるため、先に帝都の東にあるルミナス帝国貴族の領地「ウィンスレット侯爵領」を落とす。
それからようやく《魔王軍》の本拠地である帝都の制圧および最優先抹殺対象「魔王ダスク」の捜索に移れるという訳だ。
冒険者としては正直言って貧乏くじを引かされた感もあるが、まあいい。
どの道、私たちがやるべきは全力で戦うことだけなのだから。
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