10章3節:迅雷剣バアル
その日の夜、私はライルとチャペル、アウグスト、アルケーに顔合わせをさせる為、皆で一緒に夕食を取ることにした。
王宮の食卓を思わせる大きなテーブルにたくさんの料理が並べられていく。これらを作ったのはかつて魔族の支配領域で料理を学んでいたという半魔の青年だ。
彼に限らず、この領地に来た難民にはそれぞれの適性を考慮した上で仕事を任せている。
誰にだって向いていることはあるものだし、苦手なことを無理にやらせても生産性が悪くストレスも溜まる。個々人の気質をいちいち確かめるのは非常に億劫だが、必要なことだと私は思う。
「――という訳で、冒険者時代にパーティを組んでたライルがまた仲間になってくれたんだ。彼もここで暮らすことになったから皆よろしくね」
私は空気を悪くしないよう、笑顔を作って経緯を話した。同じように笑ってくれたのはアルケーだけだった。
「君か! 一年前はあんなことになってしまったが、私個人は当時も今も敵意など抱いていないから心配するな。これから仲良くやっていこうじゃないか」
「よろしく頼む、ライル殿」
淡々と言うアウグスト。元・皇帝として最低限の礼儀を払っているという風であり、色々と思うところはあるみたいだ。
チャペルの方はもっと深刻で、さっきからずっと俯いたままである。反発というよりは気まずさを感じているように見える。
少なくともこの二人に関しては私に仲間意識など抱いておらず、「捕虜として仕方なく共に居る」程度の感覚に違いない。そんな私の戦友であるライルを歓迎する気になれないのも無理はないか。
ではライルはというと、こちらも明らかに不機嫌そうにしている。
「もう。『形だけでも良いから許して』って言ったじゃん」
「悪い、リア。さっきまではそうするつもりだったんだよ……でも、いざこいつらと顔を合わせるとな……」
「気持ちは分かるよ。ただ、気持ちを我慢しないと上手くいかないことってあるでしょ?」
「分かってる。あんたに迷惑かけない為だと思って善処するさ」
ライルに説教をしていると、チャペルが小さく「私たちだって……」と呟いた。
その先を言わなかったのは賢明だ。精一杯の大人げというやつだろう。
「自分たちも大切な人を喪っているのだからお互い様」などと主張したところで不毛な言い争いになるだけだ。
それからしばらく重苦しい空気の中で食事をしていると、ふとライルがこう言った。
「で、俺は明日から何をすればいいんだ?」
「ん~、しばらくは雑用になっちゃうかなぁ」
「なんだそりゃ。もっとこう、俺にしか出来ないこととか無いのかよ」
「情報戦にせよ正面衝突にせよ、王家の奴らに喧嘩売るならもっと協力者が欲しいんだよね。今はそれを探してる最中って感じ。まあ焦んないで、必ずきみに頼る時は来るから」
「そういうことなら気長に待つとするかねぇ」
そんな会話を聞いたチャペルの食事の手が止まる。
「あなた……もしかしてラトリア王家と……家族と戦うつもりなのですか!?」
「あ~。ライルには話したし、きみ達にも共有しといたほうが良いかな。うん、その予定だよ。兄や姉を何とかしないと女王になれないし」
「女王になってどうするというのです?」
「今のままじゃ間違いなくこの世に蔓延る格差は拡大する。人間以外の種族……いや、人間族でも下層市民にとってはもっと苦しい世界になっちゃう。だから、私が女王になってそれを変える」
「なっ……あなた、そのようなことを考えていたのですね……」
チャペル、そしてアウグストが感心したように私を見る。アルケーも「うんうん」と頷いていた。
「どうやらそなたを誤解していたらしい。単なる権力志向で動いているのかと思いきや大義を抱いていたとは」
「私は君と出会った時からそんな雰囲気を感じていたよ。レイジもそうだったからな。だから交渉を持ちかけたのさ。にしても、もっと早く話してくれたって良かったじゃないか」
「別に私の目的を知ろうが知るまいが、きみ達は私に逆らえないじゃん」
それに対しチャペルがムスッとした顔で答える。
「しぶしぶ協力しなければならないのは事実だとしても、気の持ちようは変わります……」
「なはは、ごめんね。きみ達の力を本格的に借りる局面になるまでは別にいいかなって思ってたけど、主人が何考えてるか分かんないってのも不安だよねぇ」
「ええ……でも、ちょっと安心しました。その言葉を信じるのであれば、あなたは外道ではないということですから……あ、少し意外だっただけで、決してあなたのことを許したり認めたりした訳ではありませんからね!」
まんまるとした目を吊り上げて取り繕うチャペル。
なんだか皇帝家親子の私に対する見方が変わったようだ。
その場の流れで「女王になる」という当面の野望を打ち明けたのだが、結果的には良かったか。
表面上だけでも仇敵を許そうと努力するライルと、僅かながら態度を軟化させた親子。そこに社交的――というよりは細かいことを気にしないアルケーを交え、ぎこちなく世間話をしながら夕食の時間が過ぎていった。
他の三人が食事を終えて部屋に戻っていった後、ライルが声を掛けてくる。
「リア。頼みがあるんだが……」
「なに? 遠慮しないで言ってみて」
「俺にやらせることがないって言うなら、剣術の鍛錬の時間をくれないか?」
「え? 別に構わないけど、きみってそういうタイプだっけ?」
ライルは剣術が不得手だし、本人もそういう自己認識だから今までまともに鍛錬を積んでこなかったのに、一体どういった心境の変化だろう。
彼はしばらく逡巡した後、意を決したように大きく口を開いた。
「……《迅雷剣バアル》を俺に預けてくれ! 相応しい使い手になる努力はする!」
「今までも状況に応じて聖魔剣を一時的に貸してたじゃん」
「リーズみたいに、常にあれを持たせてもらえるくらいになりたいんだよ」
「……ふぅん、そういうことか。剣術をちゃんとやって、恋人の剣を継ぎたいと」
「ああ。ダメか?」
「ダメ」
即座に言い放つと、ライルはがっくりと肩を落とした。
私がリーズに聖魔剣を預けていたのは、それだけ彼女が剣の扱いに長けていたからだ。
そうでないなら「必要な時に私が召喚し難くなる」というデメリットの方が勝ってしまう。
「よ、容赦ねーな、リア……」
「きみはリーズちゃんとは違う。やめといた方がいいって」
「そこを何とか! ちゃんと向き合えばもしかしたら俺でも……!」
「うーん。はっきり言ってきみには向いてないし、ウォルフガングも同じ意見だったよ……それでもやる?」
「当然だ! たとえ才能がなくとも努力で補ってやる!」
「……分かった。じゃ、時間作って私が稽古をつけてあげるよ。ずっとは無理だからアウグスト辺りにも頼んでおくけど」
「うおお、アステリア様マジ女神……! どれだけ感謝したらいいか……!」
やれやれ。昔から世話になっているライルの為だからと、厄介事を引き受けるどころか自分で作り出してしまった。
まあ私の能力の性質上、剣を扱える仲間が多いに越したことはないし、先行投資だと思おう。
***
翌日の朝、私はライルを屋敷の庭に呼び、ひとまず市販のロングソードを貸して剣術の基礎を叩き込んだ。
近衛騎士時代にウォルフガングから学んだことの復習である筈なのだが、彼は全く付いてこられていない。
へっぴり腰で剣を構えるライルを見て、私は声を張り上げた。
「ほら、早く打ち込んで来なよ!」
「でも怪我させちまうんじゃ……」
「私に当てられると思ってんの?」
「くっ……言ってくれるぜ……!」
突進し、斬撃を繰り出すライル。
私は僅かに身体をそらしてそれをかわしつつ、同じロングソードを振り上げて彼の剣を弾き飛ばした。
ライルが「うわぁっ!」と情けない声を上げて尻もちをつく。
それから昼になるまで実戦形式で稽古を付けてみたものの、ずっとこの調子だ。
「これは相当ダメかも……」
ついつい、そんなことを呟いてしまう。
ライルは戦闘の素人という訳ではない。幾度となく修羅場を潜り抜けてきているのだ。敵を殺したことだって数え切れないほどある。
それにも関わらずこの体たらく。よほど剣術、或いは真っ向勝負に対して苦手意識があるようだ。
躊躇って勢いを殺すな、肉体の動作や剣の重さを利用して速度と威力を上げろ、相手をよく観察しろ――言いたいことは色々あるが、たぶん無駄だろう。
技量以前に、彼には自信が足りていない。今まで後方から《術式》で援護したり、気配を隠しながら敵の隙をついて接近し刺殺する、といった戦い方しかしてこなかった為か。
だったら、訓練の方針を変えよう。欠点を無くすよりは強みを伸ばすべきだ。
「ライル、やっぱりきみに剣術は無理だよ。これじゃあ最低ラインに辿り着くのにも一年は掛かりそう」
「あ、諦めろって言うのかよ……!?」
「違う。この際『剣術』は出来なくていいから、バアルだけ扱えるようになって」
「え……それで良いのか?」
「聖魔剣の強みは宿っている能力にある。『剣』じゃなくて『能力の発動源』としての運用を極められれば充分、きみにこれを託す理由になるってこと」
私は《迅雷剣バアル》を召喚し、彼に投げ渡した。
「一年ぶりに見ると思うけど、これの能力は覚えてるよね?」
「当たり前だ。『刃の伸縮』と『電撃の発生』な」
「よろしい。じゃあ今朝教えたことは全部忘れて。これからはこの二点に絞って特訓をしていくよ。能力の制御に慣れてきたら、次はそれを普段の戦い方に組み込む練習をする」
「分かったよ。なんつーか、俺のわがままで振り回しちまって悪い……」
「いいよ。剣術がどうしようもなく下手くそでも、遠隔攻撃が可能なこの剣の能力自体はきみの戦闘スタイルに合ってる筈。自信を持って頑張ってみて」
「ああ……!」
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