10章5節:魔王剣アンラマンユ

「みんな下がって! ここは私が抑える!」


 前線に到着するなり、私は魔物の群れに立ち向かっている衛兵たちに呼びかけた。

 既に領地の境界を表す木の柵は破壊され尽くしているし、死者こそ見当たらないもののかなりの人が怪我をしてしまったようだ。

 魔物の構成自体は数体のワイバーンが混じっている以外は小型の雑魚ばかりである。しかし、前回の襲来にも増して数が多い上にどれも平時より凶暴化しているのが厄介だ。

 発情期を迎えたり飢餓状態に陥った魔物はこのような状態になるものだが、様々な種のものがまとまって暴れており、しかも他の魔物の死骸や畑の作物を食らっていない個体が多いことから、そのどちらとも考え難かった。

 まるで魔法か何かで生物的本能すら捻じ曲げられて狂っているかのような、そんな気がしてくる。

 まあ何にせよチャペルが来るまではこいつらを狩っていくしかない。これが魔法によるものだったとしても、わざわざ術者が前線に出てくることはないだろう。


 衛兵らが周辺の村人を連れて引き下がったのを見計らい、私は屋敷に置いてきた漆黒の剣を手もとに呼び出した。

 《魔王剣アンラマンユ》。

 かつて魔王が所持していたその剣に宿りし異能は「周囲の存在の物理的、精神的威圧」。

 対多数戦においてこれほど強力なものはない。欠点と言えば、手もとから離れると著しく威圧能力が弱まること、辺りの全てを無差別に押し潰すので「仲間に剣を与えた上での連携」という《乙女の誓い》の真価を発揮し辛いことくらいか。優れた武器ではあるが私の《権限》との相性の悪さは否めないな。


 守りたいものを守るため、私は圧殺の刃を孤独に掲げる。

 なんだか今の自分はレイジあいつのようで、それが癪に障って、怒りをぶつけるように魔物の群れを叩き潰していった。

 一歩進む度に力場が群れを削り、血肉の海を広げる。そんな様子を見て、後方の衛兵が恐怖の入り混じった声で「すげぇ……」と驚嘆した。

 魔物も彼のように慄いてくれたら良かったのだが、どうも本能的な恐れを抱いて逃げないほどに凶暴化させられているらしく、わざわざ力場に突撃して次々と死んでゆく。

 捨て身の攻勢は収まるどころかむしろ強まっていき、やがて魔物の波がアンラマンユの効果範囲よりも広がったタイミングでライルが皇帝家親子とアルケーを連れてきたので、一旦、アンラマンユを地に突き刺して後退する。

 親子は私がレイジの剣を使っているのを見て少し不愉快そうにしたが、私はお構いなしに話しかけた。


「チャペルちゃん、あいつら追い返して!」

「……分かりました」


「無辜の民や魔物の為に仕方なく」といった風ではあるものの、チャペルは頷き、その場で祈るように両手を組んだ。


――が、何も起きない。


「えっ……!?」


 チャペルが動揺したように大きな目を見開いた。


「そんな……あの子たち、チャペルの魔法が効きませんっ!」

「どうして!? 前は上手くいったのに」

「わ、分かりません! こんなこと初めてで……」

「殲滅するしかないか。私は前に出るからアウグストは後ろに抜けてきた奴を倒して。アルケーは負傷者の治療を。ライルはチャペルちゃんを屋敷に連れ帰って護衛してあげて。衛兵も何人か連れてっていいから」


 こうなる可能性も考慮していたので、私は迅速に指示を出した。

 幾ら魔王剣があるとはいえ、支配魔法を機能させられないチャペルを傍で守りながらこの量の敵と戦うのは楽ではない。

 また、この事態が人為的に引き起こされたものだとするなら、魔物の群れは飽くまで陽動に過ぎない可能性もある為、念のためライルを護衛に付けたのである。

 アウグストは黙って抜剣し、アルケーは嬉しそうに負傷者のもとへ駆けていった。意外なことに彼女は《術式》の中でも治療系が得意で、戦闘よりはそれを活かせる仕事の方が好みだと以前に語っていた。

 あとの二人は不服そうだが、反論などしていられる状況でないことは理解しているのか、ただ首肯して立ち去った。


 私は気力を振り絞ってアンラマンユ以外の聖魔剣も動員し、殲滅速度を上げた。こういう戦闘においては炎を放てる《神炎剣アグニ》や刃を巨大化できる《変幻剣ベルグフォルク》も非常に役立つ。なおレイジが所有していたもう一方の剣である《勝利剣ウルスラグナ》は未だに能力が判明していないが、それでも「市販のものより強度が高い剣」として最低限の働きは出来る。

 討ち漏らした魔物は後方のアウグストや衛兵が丁寧に処理してくれているので、前方の敵を屠ることに集中出来ているのが有り難い。

 元皇帝は《絆の誓い》による強化を失っていても、ウォルフガングほどでないにせよ年齢不相応な冴え渡る剣技を見せていた。


 皆の援護のお陰もあって襲撃の勢いは弱まりつつある。あと少し頑張れば全滅させられそうだ――と安心しかけたところで、不意に魔物の群れの向こう側から矢が飛来した。

 切り払いつつ観察すると、そこに居たのは武装した数十人の男女であった。

 年は子供から初老の者まで様々。種族も人間、獣人、半魔、魔族とバラバラだし、装備にも統一感が全くない。

 帝都侵攻戦や戦後の混乱の影響か、戦中と比べて各地の盗賊団がより活発化していると聞く。恐らくはそのうちの一つであり、方法は分からないが今回の襲撃を仕組んだ元凶だろう。

 戦火で居場所を追われたルミナス勢力圏の民。《魔王軍》の戦士だった者たち。《魔王軍》という明確な敵と共に仕事も失ったラトリア側の傭兵。盗賊に身をやつす者は魔王が死んだ今となっても――否、今だからこそ腐るほど居る。

 現実はゲームのように「ラスボスを倒したらハッピーエンド」とはいかない。それが如実に表れた良い例だ。


 魔物の波が殆ど消え失せ、盗賊共と接敵する。

 魔物を凶暴化させて領地を襲わせた後で悠々と略奪や占領などを行う手筈だったのだろうが、予定よりもこちらにダメージを与えられていない為か、彼らは皆ぎょっとしていた。


「おいおい、あれだけ大量に向かわせたのに無傷ってありえねーだろ……!」

「おまえ知らねえのか。あのピンク髪、魔王を倒したっていう例の王女だぞ」

「……はぁ!? 冗談じゃねーぞ姐さん!」

「全くだ。クソ、とんでもない姐さんおんなに憧れちまったもんだな、俺ら……」


 魔族の男たちが私を見て何やらぼやいている。

 私のすぐ後ろに居るアウグストには何ら反応していない。それもその筈で、ここに来てからの彼は髪を短く切り、服装も質素なものにしている。写真などないこの世界だ、家族や《魔王軍》幹部、側近といった普段から関わりがあった者でもなければルミナス皇帝その人だとは気づかないだろう。


 さてどうしたものか。皆殺しにするのはそう難しくないだろうが、ここは計画を聞き出す為、生け捕りにするとしよう。

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