第二十八話

 スターライト隊はこれといった障害に出会うことも無く、順調にダンジョンを下の階層へと進んでいく。


『あー、あー。こちらスターマムキャリアダック。スター1、マリア聞こえるデスか?』


『こちらスター1マリア機、聞こえているよ、先生』


『ちょーっとノイズが混じるデスけど、無線は通じるようデスね。それで探索はどうデスか?』


『ん、こちらは順調そのもの……と、いうよりもだ。魔物が最近居た痕跡も無いし、罠らしい罠もない。ダンジョンそのものはかなり損傷が激しいが、それでも先に進めないほどじゃあないよ』


『むぅ……それだけ聞くと、ここは完全に放置されたダンジョンかもしれないデスね。つまり、重要度はぶっちゃけ低いかもデス』


『そうだね。しかしまだ最深部には到達していない。結論を出すのは隅々まで調べてからかな』


『分かったデス。それじゃあ、引き続き探索よろしくデス!』


 それなりに深い所まで潜っているが、キャリアダックとの無線通信は問題なく行える。これは隊長機用に設計されているヴァルクアーマー・ティーガーの通信能力の高さを示している。一般機に相当するウルフを指揮、または作戦本部と密なやり取りをする為には必須な能力だ。


『たいちょーお、このフロアは特に何も無かったぜー』


『そうね、何か工作機械のようなものが並んでいたけれど、どれも見るからに壊れてるわ〜』


『さびさびー! ぼろぼろー!』


 半壊した扉のような板をギギギとこじ開けてヨウラン達の機体が現れる。その向こうは薄暗い照明が明滅しており、大きなフロアに奇妙奇天烈な物体がいくつも並んでいるのが見えた。思わず魔物の残骸かと見間違えるそれは、彼女らの報告通り元は何かの機械だったのだろう。今は赤茶けた錆に覆われ、さらには長年放置されたせいか原型が保てていないものもある。


『ちょうど今、先生から連絡があったよ。やはりこのダンジョンは死んでいる可能性が高そうだ』


『そうよね〜ここまで魔物の痕跡が無いと、むしろそれ以外の可能性が知りたいわ〜』


『かー! 戦闘が無いなら、せめて何かお宝とかねぇのかよ。これじゃあ退屈で仕方ないぜ』


『おたからー? にくー?』


『肉は無いだろ……肉は。それより、アークの探してるっつーデバイスだよ。こういうダンジョンのお宝は』


『デバイスー! デバイスどこー?!』


『まぁまぁ、落ち着きたまえ。さて諸君。地上にいるキャリアダックが行った簡易的な地下探査から計算すると、そろそろダンジョン最深部に到達する。今までが何も無かったからといって、最後の最後まで気を抜かないように。特にヨウラン』


『おい! 今のはアークに対していう事だろ! なんでアタシが特になんだよ!』


『ふふ、そういう所さ』


 明らかに不満な様子のヨウラン機の肩を軽く叩き、マリアの駆るアイシクルティーガーが下の階層へと続くスロープへと歩みを進める。




 * * *




『こりゃまた……デカそうなフロアだな』


『この深さにこれだけ広い空間があるとは……まったく、古代文明の技術とやらは恐ろしいものがあるね』


 スターライト隊がたどり着いたのは、あまりにも巨大なフロアだった。暗くて全容は計り知れないが、全長およそ12メートルもあるヴァルクアーマーが小さく思えるほどその空間は広そうだ。


 床と壁はこれまでと同じ強化セメント製のようだが、このフロアだけやたら綺麗に感じる。ひび割れや苔が殆ど無いのだ。天井の方に目を向けると、緩やかなドーム状のあちこちに照明のようなものがあるが壊れているのか暗いままだ。各機は機体に標準装備されている探索用広域ライトのスイッチを入れた。


 何もない空間にヴァルクアーマーの駆動音が遅れて反響する。ライトが照らすそこだけが白っぽく浮き上がり、うっすらと埃が舞うのが見えた。だが、目に映るのはそればかり。他には何も無いし、強力な光量を誇るライトですら反対側の壁に届かないほど。それに、これまでの階層には時々見られたネズミやなにかの虫といった勝手に住み着いている野生生物もいないようだ。


 まるで、ここだけついさっき完成したかのような不自然な綺麗さだ。


『ここ、一体何に使われていたんでしょうね〜?』


『ひっろーい!』


『古代文明は何を意図してダンジョンを作っているかは意見が分かれる所だけれど……ふむ』


『ここなら、アークスターがはしってもだいじょーぶ!』


『確かに。ダンジョン内部でヴァルクアーマーが全力機動できるくらい広いフロアなんて、そうそう見かけないしな』


 基本、地下という限られた空間であるダンジョンはヴァルクアーマーサイズに作られているとはいえ、やはり狭い。単純に同スケールで比較した場合、この機械の身体は人間以上の運動性能を与えられているため、下手に飛んだり跳ねたりすると壁や天井に激突してしまうのだ。


 無論、スターライト隊の面々はそのような無様な操縦をするはずもない。だが、やはりそれでも機体の性能を十全に発揮するにはこのようなだだっ広い空間のほうが適している。


『スターライト各機。周囲に注意しつつ、何かしらの痕跡を発見したら私に報告。いいね?』


スター1ヨウラン機、りょーかい!』


スター2レイチェル機、了解したわ~』


『わかったー! デバイスないかなー!』


 いの一番に飛び出したアークスターはドタドタと足音を響かせながら暗がりの中を走っていく。それに続くようヨウランのフラッドウルフ、レイチェルのブラストウルフが別の方向へと慎重に歩いていった。


「さて……と。それでは私も探検に行こうとしようかな……」


 マリアは無線を切ったアイシクルティーガーのコックピットで一人ごちる。ひとまず入ってきた入り口付近から始めようと機体を振り返らせる。これといって特徴のない白っぽい壁にぽっかりと開いた出入り口が奇妙に浮かぶ。


 その途端、激しい金属音が空間中に響く。


『どうした?! 各機、応答しろ!』


『なんだなんだ! 誰かドジったか?!』


『あれ? ヨウラン、貴女がころんだんじゃないの~? ……ということは』


『『『アーク!!!』』』




 * * *




「ふんふんふーん!」


 ほんの少し前の時間。意気揚々にアークスターを走らせるアークは呑気に鼻歌を歌っていた。周囲には本当に何も無く、聞こえてくるのは機体が地面を蹴る音が幾重にも反響するだけ。そして彼の鼻には少しの埃っぽさと地下独特のカビ臭さ、そして若干の金属臭。魔物から発せられる匂いは全くない。


「んー、これよくみえないなー。あ、そうだ!」


 アークは機体を走らせつつ手元のボタンをカチリと押す。アークスターはデバイスを介した特殊な操縦方法を採用しているため、他の機体と比べると非常に簡素な印象のコックピットをしている。しかしそれはあくまで機体の四肢などを動かすためのもの、今押したコックピットハッチやライトのオンオフといったスイッチ類はもちろん据え付けられているのだ。


 若干の気圧差から空気が侵入する。ふわりとアークの前髪を持ち上げ、そのままハッチがスムーズに開いていった。


「こっちのがよくみえるー!」


 アークスターの両肩装甲が少しせり上がりその中から突き出したライトが照らす数十メートル、その先は殆ど漆黒の闇。しかし、アークはそのさらに向こうまでハッキリと認識できていた。太陽の下のような鮮明とした視界では無く、どちらかというとモノクロに近い色褪せた世界。


 やはりこのフロアはかなりの広さで、壁のある端っこは遥か向こうだ。アークはコックピットから身を乗り出し、ぐるりと周囲を見渡してみる。これまでの階層と異なり、何も無いなんとも味気ないフロアだ。


「んー? なにあれー? ……???」


 その驚異的なアークの視力が見つけたもの。はフロアの端、壁際にあった。


「ぼろぼろー! これ、デバイス……じゃないなー。はずれかー」


 の前までやってきたアークはコックピットから飛び降り、しなやかな着地を決める。周囲をグルリと周りながらを観察してみた。しかし、彼の目的であるデバイスの気配は全くしない。それに魔物の匂いも、動く気配すらない。そもそも、アークでも一目で理解できるほど破損しているので、が動くほうがおかしいとも言える。


 に触れる。錆のざらざらした感触が手のひら全体に広がり、一気に鉄臭さが鼻に突き刺さった。こうして触れてみてもやはりアークには何の感覚も湧いてこない。やはりは彼が探し求めていたものではないのだろう。


 途端に興味を無くした彼は錆のこびりついた手のひらを服の裾でゴシゴシと拭い、そこだけが赤茶けてしまった。後でアマネに叱られてしまうのだが、そんなことはお構いなしと言わんばかり。直立不動のアークスターの足元まで戻った彼はひとっ飛びで胴体にあるコックピットハッチへと手を掛ける。


 その時だ。動かないはずのが僅かに身じろぎし、全身から錆がこぼれ落ちる。あちこちで金属同士が擦れる嫌な音が鳴り、油の切れたミシンのような駆動音も大きくなっていく。


「わっ、わっ! うごいたー?!」


 巨大な二本の脚が床をしっかりと踏み、二本の太い腕は見た目に反して力強い。そして、髑髏を思わせる頭部には騎士のような兜が。


「…………」


 それは、まさに人型。オーク級やオーガー級といった魔物のような異形の人型ではなく、明らかに鎧を着込んだ人間のそれ。そう、それはまるで――――


「ぼろぼろのゔぁーくあーまーヴァルクアーマー!」


 その錆だらけのヴァルクアーマー、としか形容できない機体は予備動作も無しにアークスターへと飛びかかってきた。咄嗟にコックピットへと飛び込んだアークは無我夢中で機体に防御姿勢を取らせようとする。いくらアークスターの操縦がパイロットの思考を直接反映させるシステムとはいえ、操縦桿を握っていない状態ではそのリンクが不十分だと先生が言っていたのを彼は記憶の片隅に思い出す。


 激しい衝撃と金属音、天地がひっくり返るような平衡感覚。背中を打つような感覚に、ようやくアークは自分と機体が仰向けに倒されたのだと気付いた。


「びっくりしたー! でも、アークスターはつよいんだぞー!」


 糸の切れた人形のようだったアークスターは全身の人工筋肉が突如として張り詰める。機敏な動作で立ち上がり、謎の機体と間合いを開ける。眼前の敵……なのだろうか、その機体はこちらを警戒するように構えていた。


 昏い双眸には光が無く、しかしその視線はアークスターを突き刺すようだ。しかしアークはその視線が自分に向けられているような感覚を覚える。そして相手は機械であるはずなのに、どういうわけか野生の獣が放つ殺気のようなものを肌で感じ取った。


「うーん、よくわからないけどー! とりあえず、たおしちゃえばいいよねー!」


 真紅の機体は腰に装備していたショートソードを滑らかに抜き放った。

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