第二十一話

 紅蓮の炎に包まれるファイティングウルフ。その高熱は周囲の大気を灼き、大地をもひび割れさせる。


 グレンの魔法属性は火、そしてその特性は自身やヴァルクアーマーに強力な炎を纏わせること。生身では非常に危険な魔法だが、ヴァルクアーマーに纏わせる事でその有用性は飛躍的に高まる。


 まず第一に、炎は機体のみならず武装の類――剣や槍、果ては銃火器すらも――に纏わせる事が可能であり、その高熱を伴った攻撃は言うまでもなく強力だ。薄い装甲ならバターを溶かすかのように溶断し、接近すればその熱気で魔物の機械部品は異常を来す。


 第二に、ヴァルクアーマーの高ランク魔石を利用した高温高熱は広い範囲に放射することが出来、それはつまり広範囲攻撃が可能という事でもある。周囲の地形や味方の位置を考慮しなければならないが、自機から半径十数メートルの範囲を灼き尽くす熱波は驚異としか言いようがない。


 高熱に対する防御は高位な魔物といえど完璧ではなく、戦い方によってはあのオーガー級すらも容易に撃破できるだろう。マリアの氷結魔法を含めた温度に関する攻撃はそれだけ有効性が高いと言える。


「ぐう……!!! しかし熱い!!! 俺自身の限界まであまり時間が無いな!!!」


 だが、グレンの魔法も無敵というわけではない。今のように、コックピット内部は猛烈な熱気に包まれてしまい、最悪の場合はそのままパイロット自身が熱でやられてしまう可能性がある。


 これは高ランク魔石を利用する弊害でもあるのだが、より多くの魔力を扱えるぶん、細かい制御や効果範囲の限定が難しくなってしまうのだ。特に、グレンの炎魔法のような特性はなおさらだ。


「そして喰らえぃっ!!! グレンファイヤー!!!」


 両手を突き出し、纏った炎を一直線に奔らせる。これも先程の空中姿勢制御と同じく要領なのだが、その威力は見た目よりも侮れない。


「てりゃー! あっつ、あつつっ! やけどしちゃうー!」


 対するアークは機体を素早く左右にステップさせて回避を試みるが、魔法の制御を受けた炎はグレンの意思である程度は自在に操れる。まるで蛇か何かのような動きでアークスターを次第に追い詰めていった。迂闊に近づけば炎に焼かれ、離れても追撃がやってくる。単純な魔法特性ながら意外と厄介、まさにグレンの性格を表しているかのようだ。


「アーク……大丈夫かしら……」


 アークとグレンが戦う様子を、少し離れた管理棟という名の今にも熱風でバラバラに吹き飛ばされそうな掘っ立て小屋から見守るアマネ。


「大丈夫も何も、こっちが大丈夫じゃねーよ!」


「あつい……マリアたいちょう〜もっと冷やさないと!」


「分かっているけれど……流石に手持ちの魔石じゃこれが限界だよ」


 部屋の中央ではマリアを中心にヨウラン、レイチェル、先生がピッタリと密着していた。どうやらマリアが自身の氷結魔法を発動させて冷気を生み出しているらしく、彼女の髪は淡く発光していた。


「ふぐぅ……ヴァルクアーマーまで辿り着ければマリアの魔法でグレンを抑え込む事も可能デスけど、いまここ管理棟から出ると一瞬で蒸し焼きになっちまうデス! 四面楚歌、八方塞りというやつデスね!」


「いやぁー! お肌が乾燥してきたわ! ヨウラン、あなたの魔法で私の水分を取り戻して〜!」


「いや、無茶言うなよ。っつーか、乾燥し過ぎてもうアタシの魔法じゃどうにも出来ねぇって」


「アークくーん! 早くグレンを止めて〜!」


 お肌の乾燥は確かに問題だが、乾燥した空気もなかなか手ごわい問題だ。乾きすぎた空気を吸い込むことで口や喉、肺までもが乾燥してしまい、呼吸に支障が出てくるかもしれない。現に、先生やヨウランは乾いた咳を繰り返すようになっている。


「マリアの持ってる魔石が魔力切れになるのが先か、私達が干物になるのが先か……ウェッヘッヘッヘ、コイツは笑えねー冗談デス!」


「本当に笑ってる場合じゃねェよ!」





 * * *





「そりゃー!」


「ふんっっっ!!!」


 アークスターは取り外したバックラーを円盤投げの要領でスローイング、綺麗な軌道を描いてファイティングウルフに飛来するもその程度ではグレンを止めることは出来ない。前腕部で上手くいなし、装甲がちょっぴり削れるに留まってしまった。


「むむむ? ぶきがないー! ビーム、ビーム……ビームでろー!」


 距離を取るためにバック宙を決めるアークスター。熱波から少しでも離れたいというのもあるが、ビームの至近発射は自機へのダメージも懸念される。アークはその辺りもの感覚で理解していた。


 だが。


「…………ビームでない? あれー?」


 右手を相手に突き出し、ビームを出そうと力むが――機体はうんともすんとも言わない。魔力炉代わりにしているデバイスも膨大な魔力消費に備えて稼働する気配も無い。


「なにかと思えば!!! 虚仮威しかねッ!!!」


 一気に体感温度が上昇したかと思うと、眼の前にはファイティングウルフの鋭い蹴撃が。このまま腕で受け止めてはアークスターといえど無事では済まないと直感で理解したアークは咄嗟の回避に出る。上体をギリギリまで反らし、下半身の力みを脱す。流れる川の水のように捉え所のない動きは、グレンからすれば突然アークスターが消えたようにも見えるだろう。


 そのまま飛び蹴りをやり過ごしたアークスターは即座に両脚の人工筋肉を限界まで膨張と収縮させ、ひとっ飛びに間合いを空ける。時間を掛ければ掛けるほど不利になっていくこの戦いだが、無闇に攻めても勝機が無いのは明らかだ。


(じいちゃんがいってたなー。せめるときはせめ、ひくときはひくってー……どういうことかわかんないけど!)


 今のアークスターは武装も何もない。ショートソードは先程グレンに叩き折られ、バックラーも投擲。オーガー級から奪取したデバイスによるビーム攻撃も何故か発振されない。先生とアマネが今回の模擬戦のためにそもそも搭載していないからなのだが、アークはすっかりその事を忘れていたのだ。


 以前、ヨウランとの試合ではデバイスを搭載していないにも関わらず(知らず識らずの内にだが)ビームを発振させたことのあるアークだが、その発動条件、あるいは別の要素があるのは確かなのだろうが、それをアークの頭で考えさせるのは少々酷というものだ。


 額に浮いた珠のような汗を拭うアーク。拭ったそばから溢れ出る汗も今では量が少なくなり、口の中が粘ついてくるのを感じる。あまりの熱量に軽度の脱水症状が始まっているのだ。常人であれば目眩や頭痛、虚脱感を覚えるが、アークは生来の頑丈な身体のせいか、戦闘にはまだ支障を来さない。だが、それもいつまで保つかは不明だ。


「あついなー、あついなー! まほうってすげーなー! まほうすげー!」


 熱気による屈折率の変化で大気が揺らめく。なるほど、これほどの実力を持ちながらも同じヴァルクアーマー乗りから敬遠される理由がこの炎魔法だ。グレンには仲間と協調するというよりも、いかに自らが活躍するかが大事らしく、作戦や味方を無視して魔法を発動してしまう事が多々ある。


 そのため、敵味方を諸共巻き込む炎は危険すぎるのだ。グレンに言わせれば近づかなければいいだろうという事なのだが、傍若無人にも程がある。


「マリアさんっ!!! 見てくれていますか?!?! このグレン・オーガスタスの大活躍を!!! アーク君は多少ようですが、この俺の敵ではありません!!!」


 自信過剰なのか、周囲が見えてないだけなのか。『あの人は悪い人間じゃないのだけれど』という言葉があるが、そう言われる人物は得てして『良い』人間でも無いのが常だ。そしてグレンはまさに良い悪いとかいう物差しから逸脱する『厄介な』人物なのだ。


「どーしよっかーなー! ……およ?」


 攻め手を決めあぐねていたアークだが、その視線の先にあるものが映る。刃の切っ先から柄までヴァルクアーマーの全高近いロングソードだ。グレンが使っていたものだが、魔法の発動時に投げ捨てたのが地面に突き刺さっていたのだ。


 アークは大自然の中で育ち、当然のことだが文明の利器といったものは殆ど馴染みがない。じいちゃんが持っていた僅かな道具の他には黒曜石を加工した石のナイフや槍のような多少原始的な刃物くらいしか扱ったことはない。


 だが、アークにはそのロングソード……いや、剣そのものの扱い方が理解できる。直感や勘ではない。しかし、その身体はハッキリと動いた。


「むっ!!! 私の剣を……だが、その長さの得物は少々扱いにくいぞ!!!」


「んー、わかるからだいじょーぶー!」


 ガシリと力強く柄を掴み、真っ直ぐに引き抜く。ショートソードと重量、重心の位置や使い勝手が異なるはずだが、アークスターはその体幹を少しも揺らさずにピタリと構えた。


 堂に入った剣の構えに、グレンは声に出さないが感心する。ショートソードの時は小ぶりなナイフのように扱っていたアークだが、今の彼はしっかりと長剣の間合いと速度を理解しているように見えたのだ。一瞬、歴戦のヴァルクアーマー乗りと対峙しているのではないかとグレンが錯覚してしまうほどに。


 睨み合うアークスターとファイティングウルフ。炎と熱気による魔法攻撃の方が間合いが長いものの、長剣の間合いに入られてはグレンが不利となる。しかしそれだけではアークとアークスターを倒せないというのはこれまでの動きからも確かなことだ。


「こういう時、漢ならばひたすら前に出続けるだけのことッ!!!」


 グレンの判断は早かった。いくらロングソードを得たアークスターといえど、この炎魔法から身を守る術は無い。であれば、ただひたすらに攻勢をかけた方がかえって有利となるはずだ。


 火炎を纏った拳が空気を灼きながら突き進む。強烈な炎の噴射によって加速したファイティングウルフは一瞬で彼我の距離を詰め、アークスターの反撃をも許さない。しかしアークは慌てずに機体の腕を僅かに動かした。


「なにッ?!?!」


 長剣の切っ先をまっすぐ前方へと向け、突撃するファイティングウルフを迎撃するつもりだ。アークとグレンの模擬戦、その一撃目の再現とばかりのカウンターだ。当然、グレンは炎の噴射角度を変えることで突進軌道を変えて回避を試みる。


「へっへーん! そっちにうごくって、わかってたもんねー!」


 対するアークもグレンの回避は予め読んでいた。僅かに後方へとステップで下がり、突っ込んでくるグレンのファイティングウルフと機動を合わせたのだ。そして改めてロングソードの切っ先を水平に寝かせ、静かに、しかし力強く突き出す。


 アークスターの両脚は大地をしっかりと踏みしめ、長剣の先端へと力を込める。人工筋肉はデバイスから送られる魔力ではちきれんばかりにパンプアップし、そのパワーを遺憾なく発揮している。


 対するファイティングウルフは自身の炎魔法による噴射と慣性により自ら長剣へと穿たれるよう突き進む。丁度、頸部と胸部の境目、コックピットのあるほぼ真上へと切っ先がめり込み、装甲板が激しい火花と共に真っ二つに割れていく。アークの常人離れした動体視力で捉えたその瞬間は非常にゆっくりと映っていった。


 金属の破断音に混じり、硬質の物体が砕けるような音が聞こえる。それは間近にいるはずのグレンでさえ気付かない、アークにしか聞き分けられないほどの小さな音。強化ガラスが一瞬にしてひび割れるような音、その正体はファイティングウルフの魔力炉だ。


「な……魔力炉の破壊を狙ったのか!!! アーク君は!!!」


 ヴァルクアーマーの魔力炉は人間で言う心臓のやや上部に位置されている。正確な位置は機種ごとによって微妙に異なるが、大抵は重心やコックピットの都合上、ここに搭載されている場合が多い。


 そしてもちろん、アークはそのような機構的な知識は全くない。どういうわけか、グレンのいるコックピットを避けつつ、精妙な狙いで魔力炉の魔石のみは砕いてしまったのだ。ヴァルクアーマーは魔力で稼働し、その原動機たる魔力炉が破壊されてはどうしようもない。さらに魔法発動に必要な魔力も、この魔力炉から供給されている。


「……つめたっ! マリア隊長、寒い! 寒いわ~!」


「どうやら、アーク君がどうにかしてくれたようだね……」


 グレンの炎魔法は完全に停止し、周囲の気温は急激に下がりつつある。管理棟で熱を凌いでいたマリアたちは安堵の表情を浮かべ、アークが勝った事を理解した。


「……ガタガタガタ……」


「……ブルブルブル……デス」


「……マリアさん……はやく……魔法を……とめて……」


「おっと、ごめんよ?」


 熱気と冷気の均衡が崩れ、室内は酷暑から極寒へと様変わりしている。マリア自身は普段から氷結魔法の行使で多少は慣れているものの、他のメンバーは急激な寒暖差に体力的・精神的に大ダメージで虚ろな目でマリアに訴えかけ続けていた。




「いえーい!!! おっれのかちー!!!」


 すっかり熱さが消えた訓練場では、アークスターがの影響を受けたとしか思えない決めポーズで勝利の雄叫びを上げていた。

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