第二十話

「アーク……!」


 思わずアマネは目を瞑ってしまった。


 いくらこれが模擬戦と言えど、二機が使用している剣が訓練用に刃が潰されているのだとしても、グレンの放った斬撃はアークスターを乾燥した竹のように真っ二つにしてしまうのではないかという圧力を秘めていた。


「へぇ……やるじゃねぇか」


「当然でしょ~? 私はこうなるって分かってたわ~」


「確かにね。でも、こういうのは彼らしいのかな?」


 金属が破断した鋭い音がアマネの耳朶をつんざき、少しの静寂が辺りを包む。ゆっくりと目を開けると、そこには。


「……この一撃を……そんな風に躱すとは……!!!」


「へっへーん! おれのかちー!」


 一体、何がどうなったのか。グレンのファイティングウルフが斬り下ろしたロングソードはその切っ先が地面を真っ二つにしていた。そして、本当ならば左右に両断されていたはずのアークスターは、いつの間にかグレン機の背後に回り込み、鋭い手刀を首筋にピタリと当てていた。


「うーむ、アークのやつ……どうにも咄嗟の動作は獣じみてるデスねぇ……」


「ど、どういう事なんですか?! 今、アークスターがやられそうに……あれ?!」


 ギシリと椅子を軋ませてアマネの方を向いたヨウランが簡単に解説するには。


「アークの奴、自分の得物を咄嗟に投げつけやがったんだよ。訓練用、しかもあの体勢から放り投げられたショートソードなんてヴァルクアーマーの装甲にゃキズも付けられねぇだろうが、タイミングがバッチリだったんだ。極限まで集中したグレンは想定外の行動に身体が反応しちまったんだろうな、あの踏み込みが僅かに鈍っちまった。そのほんの僅かな隙を突いて、アークは背後に回ったというわけさ」


 よくよく見れば地面にはアークスターが握っていたはずのショートソードが真っ二つになって落ちている。先程の破断音はこれが正体か。


「……はぁ……ほんっとに……心配させちゃって!」


 管理棟に備え付けられているスピーカーでアークに文句の一つでも言ってやろうと思ったアマネだが、ヨウランたちの剣呑な雰囲気に手が止まる。今ので訓練は一旦中止、勝負は付いたはずだが。


「……アーク君!!! 俺は君を少々、いやかなり見縊っていたようだ!!!」


 グレンの駆るファイティングウルフは微動だにもせず、その大音声を周囲に撒き散らす。瞬間的にアークスターはくるりと後方へトンボを切って離れたのは、アークが何か良からぬものを感じ取ったせいだ。


「おいおい、マジかよあいつ……!」


「え? ちょっとヤバくない~?」


 俄にヨウランとレイチェルは慌てた様子で、そしてマリアは無言で二機の動向を観察する。


「おいこらグレン! は使っちゃ駄目って言ったデスよ!」


 何がどうなっているのか分からないアマネはその場で立ち尽くすばかりだ。グレンの発する闘気か殺気か、あまりの気迫にアマネたちがいる管理棟がビリビリと震えるようだ。


「……?!」


 いや違う、本当にこの管理棟が小さく震えていたのだ。それに暑い。いくら日が高く登ってきた時間帯とはいえ、この季節にあるまじき暑さにアマネは額の汗を拭った。


「それが、ぐれんのまほー?」


 空気が歪み、ファイティングウルフの姿が虚ろになっていく。あまりの熱気に光の屈折現象、陽炎が発生しているのだ。ゆらゆらとまるで水が溢れたように鉄の巨人はその形を維持できず、もはや抽象画か何かを見ているようだ。


「この熱量で分かるだろうが、この俺グレン・オーガスタスの魔法は炎!!! 熱と火を操る爆炎の魔法!!!」


 ヨウランは水を、マリアは冷気を操るように、この世界の人間は魔力を用いて個々人に特有の物理現象を引き起こすことが出来る。それは摩訶不可思議でいて、しかしこの世の理に従っている法。


 グレンの魔法属性は火、高熱と激しい酸化現象を操り、その破壊力はどの魔法をも上回るという。


「いくぞアーク君!!! 我が炎を見よ!!! このの炎を!!!」


 彼の叫びと共に濃灰色のファイティングウルフが真っ赤に染まる。いや、本当に燃え盛る炎に包まれたのだ。


「やりやがった! アイツ、マジかよ!」


「ちょっと、早く避難しないと私達までまっ黒焦げにされちゃうわよ~?!」


「え、え、え?! なんかあの機体燃えてません?! 炎が、ぶわって?!」


 築五十年は経過しているであろう管理棟内部は空気がカラカラに乾燥し、あまりの熱量に呼吸も少々苦しくなっていることに気付く。汗が次々と噴き出し、体内の水分がどんどん失われていく感覚を味わうアマネ。


「グレンの火炎系魔法は他のパイロットみたく、火球を飛ばしたり、炎の壁を作ったりとかいう器用な事は一切出来ないデス。出来るのは唯一つ、自身に炎を纏わせることのみデス!」


 魔法の属性が個人で一種類のように、それをどのように発現させるかもほぼ固定されている。例えばヨウランは水を一箇所に固定化したりその粘度を操作することは出来るが、別の操作――水圧カッターのように高圧で撃ち出すといった事――は難しい。


 複数の魔法を使い分けるパイロットもいないではないが、多くの場合は特別な『スキル』と言えるまでに昇華させた方が強いのである。


「うわっちち! おいおい、このままだとオンボロ小屋管理棟が燃えだすんじゃねーのか?!」


「待ち給えヨウラン。今、外へ出ると熱気でやられてしまう!」


「マリア隊長の氷結魔法ならこの熱に対抗できるのでは〜?」


「……今ここに、ヴァルクアーマー並の魔石があれば、ね?」


「あー……」


 魔法とは、主に魔石に蓄えられた魔力を使って発動させるものである。つまり、大規模・大きな効果を発揮させたいのなら、それに見合った高ランクの魔石が必要なのである。個人で購入、所持できるランクの魔石ではせいぜい飲み物をヒンヤリ冷やしたりする程度が精々だ。


 そして当然ながらこの管理棟内部に、それほど高ランクな魔石は存在しない。


「すっげー! グレン、もえてる〜!」


「どうだ!!! これが燃える男の魂、その発露!!! あまりの熱量に長時間発動し続けていると、機体に深刻なダメージが蓄積し、パイロットである俺も熱で参ってしまう!!!」


 燃え盛るファイティングウルフから相変わらずの大音声が響き渡る。この炎は本当に燃え盛っており、それはつまり、機体内部にいるグレンも相当な暑さに見舞われているのだ。


「暑い!!! 熱い!!! 淳い!!! この熱気、迸る血潮!!! まさに男の中の男、否!!! 漢!!! 見てくれていますか、マリアさん!!! グレン・オーガスタスのこの勇姿を!!!」


 ファイティングウルフは真っ赤な炎に包まれつつもキメポーズを取っている。そんな事をしている暇があればさっさと攻撃に転ずれば良いものの、グレンには彼なりの独特な矜持があるらしい。


 そして悲しいかな、マリアは管理棟内部でこの熱波をどう凌ぐかで外を見ている余裕など一切無いのだった。


「おれもやりたいー! もえろー!」


「ハッハッハッ!!! 君の魔法が水や氷結系魔法だとしても、俺の熱いハートはちっとも冷ませない!!! 何故ならば、それがこの俺グレン・オーガスタスだからだ!!! そして行くぞ、アーク君!!! とうっ!!!」


 機体後方から激しい炎が噴出し、その強烈な反作用によってファイティングウルフが天高く舞う。さながらロケット花火か何かだ。しかし、おもちゃのロケット花火と異なるのは、ヴァルクアーマーの質量がとてつもなく大きい事だ。


「喰らえ!!! 必殺!!! グレンクラッシャー!!!」


 炎を纏ったまま、グレン機はそのまま一直線にアークスターへと加速していく。要は只の体当たりなのだが、その熱量と加速度、そして機体質量が合わさった威力は想像を絶するだろう。


「うひょー! かっけー!」


 だがそれを真正面から受け止める事が無謀だというのは流石のアークも理解できる。機体を深く沈み込ませ、鋭く跳躍し回避を試みた。


「甘い!!! 甘いぞアーク君!!!」


 予想落着点から逃れたアークスター。しかしグレン機は巧みに炎の噴出を操り、体当たりの方向を無理矢理変更させた。


「うひゃあ!? あついー!」


 間一髪で躱すアークスター。ギリギリの回避ではあったが、ただ躱すだけではその熱量から逃れることは出来ない。今のファイティングウルフは近寄るだけでその熱気が機体にダメージを与え、生身のパイロットも容赦なく痛めつけるという、灼熱の化身となっている。


「今のを躱すか!!! それでこそ我が恋のライバル!!!」


「こい? らいばる? こいってさかなの〜?」


「惚けても無駄だ!!! 君がスターライト隊へ所属したのはマリアさんが目的なのだろう?!?! であれば我等二人はライバル!!! 嗚呼、なんと良い響きなのだ……!!!」


 ズビシと指をアークスターへと突きつけ、何やら悦に入っているグレン。どうやら彼の中ではアークがマリアの気を惹くためだけにヴァルクアーマーに乗り、同じ部隊に入ったのだというが繰り広げられている。


「よくわかんないけど、らいばるー! らいばるっておいしいのー?」


「もちろん(展開的に)美味しいとも!!! 同じ目的を抱きながらも時には反目し、時には協力し……そして夕陽の沈む河原で喧嘩をしたりして『へっ、お前……強いな……』『お前こそ……』みたいなやり取りが出来るのがライバルだ!!! なんて美味しい!!! しかぁし!!! マリアさんのハートを射止めるのはこの俺だァァァ!!!」


 コックピットでは滝のような汗を掻きつつグレンがこれでもかと叫ぶ。傍から聞けば何の冗談かと思うような言動だが、少なくとも本人は至極真面目なのだから余計に始末が悪い。


「アーク! 良いからグレンをぶっ倒しちゃいなさい! このままだと皆が干物みたいに干からびちゃうわ!」


「わかったー、アマネー」


 この異常事態にも関わらずアークは普段どおりの呑気な声で返す。それがいつの間にか、アマネにとって信頼できる事の一つとなっていた。どんな時でも、どのような状況でも彼はいつもと変わらない。


「グレンー、アマネがいうから、ぶったおすねー!」


 アークスターもその期待に応えるが如く、双眸が鋭く光った。

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