第十九話

「アーク君!!! 遠慮なく打ち込んできたまえ!!! 胸を貸してやるというやつだ!!!」


 スピーカー越しに増幅された大音声は遥か彼方まで空気を震わせる。思わず管理棟で観戦していた先生たちは思わず耳を塞ぐ。


 演習場には二機のヴァルクアーマー。片方はアークの乗るアークスター。その手にはショートソードと小ぶりな盾バックラーが装備されていた。


 対峙するのはグレンの濃い灰色をしたファイティングウルフ。その肩にはパーソナルマークだろうか、燦々と照りつけるような太陽を模したマークがペイントされている。


 そもそもファイティングウルフとは、一般量産機であるヴァルクアーマー・ウルフのエース仕様である。搭載されている魔力炉をワンランク上の物に換装し、各種人工筋肉や関節部を強化されているのが特徴だ。


 ただし、武装面では一般機と変わらず、それはスターライト隊の機体も同様だ。それには色々な理由があるが、特別な武装は整備性・コスト・部隊規模での運用に適さないということらしい。むしろ、個々人によって異なる魔法特性があるため、そこまで武装面で拘るパイロットは少数派という事にも起因する。


 そのため、グレン機は通常のロングソードを両手持ちに構えているだけだった。


『アーク、それからグレン! 聞こえるデスか?! ルールはさっき伝えた通り、武器のみの使用デス! 訓練用の武器だから刃は潰してあるデスが、使い方を誤れば怪我じゃ済まないデスよ! まずはアークに剣の使い方を学ばせるのが目的デス!』


「グレンー! いくよー!」


「ハッハッハッ!!! いいぞ、こいっ!!!」


 ダン、と思い切り地面を踏みしめ疾駆するアークスター。両者の距離はあっという間に縮まり、その速度にグレンは一瞬ではあるが驚愕してしまう。


「疾いな!!! だが!!!」


 グレン機は滑らかな動作でロングソードを斜めに構える。切っ先は的確にアークスターの踏み込む未来位置にあり、このまま突っ込めば串刺しになるのは必至だ。


「ふんー!」


 だがアークの動体視力と反射神経は常人を凌駕する。アークスターの上半身を捻りつつ、機体ごと独楽のように回転させてロングソードの刀身を滑るように躱すことに成功した。そのままロングソードの間合いより内、ショートソードの間合いに適した距離へと到達する。


 素早く振るわれるショートソード。全長は短かく威力も控えめ、相手の装甲厚によっては大したダメージを与えられない。しかし、その軽さは扱いやすく装甲と装甲の隙間を狙う事が出来る技巧派な武装だ。


 対して、ロングソードは刃も厚くその重量と相まって、オーク級の装甲程度は容易に断ち切る事が出来る。長い刀身はそのまま間合いの広さに繋がり、半ばヴァルクアーマーの標準装備として運用されている。


「まだまだ!!!」


 ロングソードの間合いよりも内に入られてはどうしようもない。だが、グレンは剣の握りから片手を離し、そのままアークスターへと裏拳の要領で打ち込む。流石のアークもこれには機体頭部、兜の額部分で受けるしかなかった。


「むんー!」


 打撃の衝撃でコックピット内部のモニターが瞬間的に明滅する。ヴァルクアーマーの頭部には各種センサーとしての魔石が搭載されており、眼にあたる部位には周囲の風景を光学的に魔力へ変換する魔石がはめ込まれている。あまりに強い衝撃を受けると魔石が割れたり魔力を伝達するケーブルが断線する可能性もあるが、アークは持ち前の超感覚でインパクトの瞬間に威力を後方へと受け流したのだ。


 そのままグレンは独楽のように機体を回転させ、追撃を開始する。武器の間合いよりさらに内側のため、四肢を巧みに操りアークスターへと格闘戦を仕掛けるつもりだ。


 回転の勢いを利用し、鋭い肘鉄が飛ぶ。ヴァルクアーマーの肘や膝といった関節部は機構保護の為に堅固な外装が取り付けられており、もっぱら生身の人間と同く格闘戦にも多用されるのだ。


 あまりの鋭いキレにアークは丸い目をさらに丸くして驚く。これまで野生の獣やゴブリン級を相手にしてきた彼だが、グレンの動きはそのどれとも異なる。以前戦ったヨウランの時もそうだったが、長い歴史と研鑽が積み重なった武術というものをアークは始めて体験しているのだ。


「うひょー! とらよりもはっやーい!」


 本来、無手の武術とは弱い立場の者が強き立場の者と対等に戦うために編み出されたと言われている。それ故なのか、単にそのようなプログラムがなされていないだけなのか、魔物の大半は人間の操るような格闘術は得意でない。


 武器による戦闘も、実はオーガー級のような一部の高位な魔物以外はそれほど熟達しているわけではない。諸説あるが、一番説得力のある仮説としては『魔物の本来の戦い方は数による暴力であるため、個々の技量は重要でない』だったりする。


 そのため、人間がヴァルクアーマーで魔物と対抗するには数で対抗するのも一つの手段だが、現状では技量の高い個人が接近戦を仕掛けるのも有用とされている。特に、多様な効果を発揮する魔法との組み合わせは戦果も高いのだ。


「防御ばかりでは!!! 勝てないぞアーク君!!!」


 執拗なまでに連続攻撃を加えつつ、一切の手加減など感じさせないグレン。アマネは管理棟から二人の格闘戦を見守りつつ、心の中でヨウラン達の話ではそれなりの実力、との事だったがまるで話が違うと憤慨する。


「あのグレンって人、めちゃくちゃ強いじゃないですか……! アークとアークスターがああも防御に徹するなんて!」


「ああ、グレンの格闘は結構強いぜ? 格闘戦はな……ま、アタシと比べたら流石に可哀想だけどよ」


「そうよね〜。だからこそ厄介なのよ……」


「厄介?」


「魔物との戦闘において、剣や槍といった武器で戦うのは結構有効なんだ。ヨウランのように、敢えて敵陣へ飛び込む事で敵の同士討ちを誘ったり出来るからね」


「でも、いくら強いVA乗りだとしても相手がゴブリン級とかじゃない限り一人で百体の魔物は倒せないわ〜。だから部隊で連携しながら戦うのよ。離れた所から銃や魔法を使ったりね?」


「それがVA部隊の基本的な戦闘方針だし、軍学校や修錬過程でもみっちり身体に叩き込まれるんだよ。ところがだ、グレンの奴は常にでの戦い方しかできねぇ」


「それって……つまり、どういうことなんですか?」


 ヴァルクアーマーの構造や機械には強いアマネも、こと戦闘に関しては素人らしくあまり勘が働かないらしい。三人の言わんとする事をよく理解出来ていないようだ。


「つまり、デス。グレンというパイロットは個で強い反面、協調性が欠片も無く、いつも一人で突っ走る傍迷惑な奴だって事なんデス。アマネでも分かるように言うと、なんか感覚で理解出来るから整備マニュアルと作業工程ガン無視、現場の都合も見ずに一人作業していく奴なんデス」


「なっ……! なんて非常識な! そんな非道が許されるはずもありません!」


「(非道……?)だからアタシ達があいつを煙たがる理由が分かったろ? 部隊に入れればチームが機能しねぇし、一緒に訓練しても連携が乱れるだけなんだよ」


「皆さんのお気持ちがよく分かりました……! でもそれならなおさら、なんでアークの訓練相手にしたんですか?」


 確かにグレンの操縦技術はかなりのものだろう。アマネの素人目にも、技量だけみればスターライト隊の三人にも負けるとも劣らないだろう。しかしあの傍迷惑な性格からして、こういう訓練にはあまり適していないようにも思える。


「アークは良くも悪くも、感覚での戦闘に特化してるデス。これまで大自然の中で野生生物や魔物と対峙してきたせいデスけど、今後はそれだけじゃあ我がスター計画にはついて行けないデス」


 先生は先生なりに色々と考えているのだろう。身体に不釣り合いな大きさの双眼鏡を抱えるように覗き込み、アークスターとファイティングウルフの熾烈な攻撃の応酬を冷静に評価している。


「ただ、今のアークにマリアやレイチェルのような論理的な指導は上手く理解出来ないだろうし、かといってヨウランの指導はちょいと専門的というか観念的というか、中々に難解デス。そこで私は一計を案じたのデス!」


「一計というか、実戦さながらの戦闘訓練でヴァルクアーマーの何たるかをアーク君に身体で覚えさせる、なんて言ってましたけどね? 先生は時々、こういう無茶を平気で言う……」


 やけに自信満々なドヤ顔先生の横で、やれやれという風にマリアは肩を竦めてみせる。


 しかし、その効果はあるのだろうか。アマネは思わず首を傾げてしまった。アークの戦い方は半ば闘争本能と直感によるものだというのは理解できる。そういう意味ではグレンは丁度いい相手なのかもしれないが。


「てりゃー!」


「ふんっ!!!」


 アークスターのショートソードが空を突き、ファイティングウルフのロングソードが袈裟斬りに振り下ろされる。アークも互いの剣による間合いや動作のキモを知らず識らずの内に学んでいるのだろうか、少しずつ動きが洗練されているように見えてきた。


「ほほう……!!! これはなかなか……!!!」


 当初は有利に立ち回っていたグレンも徐々に互角の打ち合いになっていることに気付く。一太刀ごとにアークスターのショートソードはキレを増し、いくら訓練用の刃が潰された剣とはいえ迂闊に受けるのは躊躇われるほどだ。


「むぅー! ぜんぜんあたんない~!」


 が、それでも剣の扱いはグレンの方が上手うわて、アークには些か対人戦における駆け引きという要素を理解していない節がある。


「はっはっはっ!!! これは訓練、模擬戦と言えど、少々本気を出さねばなるまい!!! マリアさんも見ていることだしな!!!」


 軽やかなステップで後方へと飛び退るグレン機。すぐさま追撃しようとするアークスターだが、その異様な雰囲気を過敏に感じ取ったアークは思わず動きを止めてしまった。


 ロングソードを上段に高く構え、ピタリと巨大な彫像かなにかのように静止するファイティングウルフ。その構えを見たヨウランはややツリ目気味の目付きが鋭くなる。彼女は格闘技に関しては一家言あると自負する身だが、根本のところでは剣術やそういった武術にも通じるものがあると考えているのだ。その彼女がつい身構えるほどの構え、やはりグレンという男は只者ではないのだろう。


「ちぇぇぇぇぇいいい!!!」


 鋼鉄の脚が凄まじい速度で前へと飛び出す。一瞬の内に機体全身の人工筋肉が弾けるように膨れ上がり、その瞬発力は恐るべき加速度となってアークスターへと襲いかかる。大上段から一気に振り下ろされる白刃は大気を斬り裂き、音をも斬り裂くほど。常人の動体視力ではまるで瞬間移動か何かが起きたようにしか見えない踏み込み。


「……!」


 対するアークスターは一歩も動けない。ショートソードを中段に構えたまま、どうすることも出来ないでいた。


「アーク……!」


 アマネが心配そうな声を発するのと、岩をも斬り裂きかねない一撃が同時に重なる。


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