第7話

 胸に大きな穴が空いた悪鬼、その内臓めいて蠢く機械部品の奥にそれはあった。光沢のある漆黒、細い線がいくつも幾何学模様を作り、全体的に潰れた三角形のような人工物。


『まさか、魔物の躯体にデバイスが組み込まれていたんデスか?! うーん、いや、そういう事もありうるデスか……』


『ちょっとアーク、あんた大丈夫なの?!』


「だいじょーぶー! ……うわっと?!」


 デバイスを引き抜かれオーガー級は一瞬だけ全身の力が抜けたように見えたが、すぐに圧倒的なパワーでアークスターに襲いかかってきた。だが、先程よりも明らかに速度が上がっており、今までは余裕で躱していたはずのアークスターの動きを的確に捉えていた。


「ちぃ……あのオーガー級、さらに強くなっちまったぜ?!」


「半端な火力じゃダメ、パワーもスピードも圧倒的……もう尻尾巻いて逃げ出したい気分よね」


「でも、ここでキッチリ倒さなきゃいけない。だろう、二人共?」


 白銀のアイシクルティーガーが立ち上がり、最後の弾倉を装填する。後ろのウルフ二機もそれに続いて手早く武装を確認した。


「しかし、あのビームは厄介だな……撃ってくるタイミングを見極めねぇとよ」


「それなんだが、どうやらオーガー級はもうビームを撃てないようだよ?」


「どういう事ですか、マリア隊長?」


『ふっ……そこは私が解説するデスよ! こういう時のための私なんデスから!』


 無線機の向こうで何故かドヤ顔をしている先生が会話に割り込んでくる。少々面倒だが、ビームの脅威が本当に無くなったかどうかは非常に重要だ。


『先生、手短にお願いしますよ』


『うぐっ……分かってるデスよアマネ……。えっとデスね、三人も知っての通り、通常のオーガー級はビーム兵装を所持していないデス。ところが、目の前の個体は実際にビームを撃ってきた……そのカラクリが、今アークスターが奪取したデバイスによるものと推察されるデス』


 ビーム兵器を装備している魔物は種類が限られている。その理由は様々に考察されているが、一番の原因はエネルギーだ。ビームは非常にエネルギーを消耗するため、専用の動力源を備えている魔物しか扱えないというのが一般的な見解だ。


 しかし先生の考えでは、デバイスの機能によってこのオーガー級はビームを扱えるようになったのではないか?という仮説が立てられている。実際、先程はビームの発射寸前だったのに、アークスターがデバイスを引き抜いた途端、ビームは霧散してしまったのだ。


『そして、デバイスを失ったせいでビームに回っていた分のエネルギーが全て、躯体の方へとフィードバックされるデスからね。さっきよりも身体能力が上がってしまったというわけなんデス』


「んー、よく分からねぇが……ビームを撃ってこねぇってんならコッチのもんだぜ!」


 言うが早いか、ヨウランの操るフラッドウルフは滑らかな機動で走り出す。目の前には防戦一方のあークスターだ。


「レイチェル、頼む!」


「はいはい、分かったわよ……もう!」


 仕方ないという口調ではあるが、レイチェルの視線は常にモニターへとアップされたオーガー級の眉間を射抜いていた。アークスターとフラッドウルフの位置関係を考慮しつつ、オーガー級の動きが止まった僅かな一瞬にトリガーを引き絞る。


「グルァ!」


 鉛の塊がひしゃげ中の鋼鉄製芯が貫通せずとも、その表皮をえぐり取る。しかしいくら頑丈な装甲とはいえ、眉間にVA用の銃弾を食らった悪鬼は思わず後ろへと仰け反ってしまった。魔物といえど頭部はセンサー類や制御装置が集中しているため、強い衝撃を受けると一瞬だが機能不全に陥る事があるのだ。


「そこだぁ!」


 流れる水のような動きでフラッドウルフが急接近する。そして腰からVA用多目的ナイフを二本取り出し、オーガー級の右腕肘関節に突き刺した。そのままくるりと宙に舞ったかと思うと、自機の重量を載せつつナイフを押し込みながら回転、関節の半分ほどをねじ切ってしまった。


「グルゥ……アアア!」


「おっと、私もいることを忘れてもらっちゃ困るな」


 無事な左腕でヨウラン機を叩き潰そうとするオーガー級。しかし、その足元には既にマリアのアイシクルティーガーが潜んでいた。


 彼女の機体は持っていた直刀を両手で握ると、思い切りオーガー級の脚部へと突き刺し地面まで貫通させる。深々と刺さった直刀は暴れる悪鬼のパワーに負けてしまい、すぐに折れてしまったが、しかし機動力を削ぐには十分なダメージと損傷を与えた。


「さすがは隊長! でも、決定打に欠けるわ……何か大火力になるようなもの……」


「火力っていう点だと、アタシとレイチェルの魔法じゃキビしいぜ? マリア隊長も魔力は殆ど残ってだろうし」


 戦況はマリア達スターライト隊とアークスターに分があるように見える。が、しかし彼女らの機体は消耗が激しく、魔力残量も弾薬も心許ない。相対するオーガー級はそれなりにダメージは負っているものの、そのタフネスさを活かして長期戦となるとこちらが不利だ。これはどこかで撤退のチャンスを見極めなければなららいとマリアは思案する。


『いや、可能性はあるデス。カギはアークとアークスター、そして今さっき奪ったデバイスにあるデス!』


「ん? オレー?」


 戦闘中にもかかわらず呑気な声のアーク。アークスターの手の中に収まっているデバイスを眺め、どこかぼーっとしていたようだ。


『そうデス。アーク、そのデバイスはおそらくビーム兵装を制御するデバイスだと私は考えているデス。そしてオマエはデバイスを操れる唯一の人間、さぁ、今すぐソイツを起動してビームをぶっ放すデスよ!』


『いや、先生……そんな無茶な……』


 無線機越しなので先生とアマネの表情は不明だが、いかにもなドヤ顔と困り顔がアークの目に浮かぶ。


「わかったー! やってみるー! うむむむ……! でろー……びーむ……!」


 アークスターはデバイスを天に掲げ、アークが気合を注入するが――――何も変化は起きない。


『いやいや、だからそんな事してもビームは出ないでしょ……』


「なに遊んでんだテメー! 今は戦闘中だぞ?!」


 少し離れた場所ではヨウランとマリアの機体がオーガー級に繰り返し攻撃を加えている。が、やはりダメージは蓄積しているものの、足止め程度にしかなっていないようだ。


 それを見てアークは自分の首元に手をやる。指先に触れた硬質な触感、アークが生まれた時から身につけていたというカギ状のデバイスだ。


「んー……、かな?」


 突如、アークスターの胸部から低い唸り声のような音が漏れ出す。それと呼応するように、右手の中の奪取したデバイスが細かく振動しだした。


「ビーム……しゅうそく……!」


 アークスターは左腕をオーガー級の方へと突き出し、手のひらを向ける。その先にはまばゆい限りに輝く青い球状が出現した。


「……! ヨウラン、後退だ!」


「マリア隊長?! げ、本当にビーム撃てるのかよ?!」


 咄嗟にその場から距離をとる二機。アークスターが収束するビーム球は次第に大きくなり、その輝きに気付いたオーガー級は猛然と襲いかかってくる。だが、スターライト隊が与えたダメージのせいか思うように躯体が動かない。


「いっけー! びーむー!」


 アークの掛け声と同時に、ビーム球から一条の光が放たれた。純粋な魔力の奔流、指向性を持った魔力。強烈な光と熱を帯たそれは、オーガー級の上半身に照射される。


「グルルルァァァ!」


 ビームが照射された箇所は一瞬にして表皮が蒸発し、分厚い装甲板もグズグズに融解していく。当然、内部機構はその熱量に耐えきれず次々と損傷、小規模な爆発を誘引させていった。


「す……すげぇ……な」


「こんな強力なビーム砲、見たことないわね……」


 ヨウランとレイチェルはその光景に思わず息を呑む。過去にビーム砲を搭載した魔物と戦闘した経験はあるが、ここまで強力なビームは初めてだ。それはマリアも同様らしく、彼女もその場に立ち尽くしているだけだった。


 ビームがオーガー級の躯体を貫通し、背後の壁にも大きな穴を穿ち始めた頃、ビームの放出はようやく止まった。辺りには空気と鉄の焼けた匂いが充満し、それがコックピットの内部にまで入り込んでくる。そしてアークスターの方を見れば、機体全体がかなりの熱を持っているのか、水蒸気のようなものが各所から立ち昇っている。


「びーむ……でた……あつい……」


 バシュンと派手な音を立て、アークスターのコックピットが解放される。中も相当な温度になっているようで、人間離れした頑強さのアークも熱には弱いらしい。


「さて……と。今度こそ本当に撃破、かな」


「一時はどうなるかと思ったぜ……」


「ま、結果良ければ、ってやつじゃない?」


『お前ら、よくやったデス! そのフロアの安全を確認したら、一度地上に戻ってくるデスよ』


『あ、ご飯用意して待ってますねー』


「ご飯ー! にくー! にくー!」


 一仕事を終えた彼女たち。キャリアダックと合流するまで任務は完了ではないが、それでも表情が多少なりとも緩むのは仕方ないことだろう。




 そして、魔物の躯体から発見されたデバイス。このデバイスがもたらす能力とはなんなのか。何故、アークがこのデバイスを使用できるのか。それは、これから明らかになっていく。

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