第三十三話

「あ、マリアー」


「やぁアーク君。そんな所で何をしているんだい?」


 キャリアダックの外、地面に座り込んで空を眺めていたアーク。今日も空にはどこまでも吸い込まれそうな青が広がっていた。


「んー、デバイスどこにあるのかなーって」


 彼の首元のペンダント、そのトップには鍵の形をした小さなデバイスがぶら下がっている。それをアークは無意識になのかイジる癖があるらしく、今もその手触りを確かめるように指先でなぞっていた。


「あとねー、きょうのばんごはんは、にくがいいなーって!」


「アーク君は肉が好きなんだね」


「だいすきー!」


「…………アーク君。ちょっと、こっちこっち」


「???」


 座ったまま見上げていたアークにマリアはおいでおいでする。二人で向き合うと背はややマリアの方が高いようだ。


「今回は君のおかげで助けられたよ。思えば、初めて出会った時から助けてもらってばかりだね」


「そうだっけー?」


「ふふ……君は思った以上に人たらしなのかもしれないね? 周囲からの評価に囚われず、自分に正直な生き方はとても好感が持てるよ」


「んー……どゆこと?」


「つまり……こういう事さ」


 マリアの言わんとする事が理解できていないアーク。そんな彼に、マリアは素早く身体を密着させてみせた。




 * * *




「……なァレイチェルよ。こりゃいったいどういう事なんだ……?」


「わ、私に聞かないでよ〜!」


「アークく〜ん……んー! アークくんはかわいいなぁ……!」


 一体全体、何が起きているのか理解出来ないヨウランとレイチェル。


 作業の合間、休憩がてらにとキャリアダックの周囲をぶらつこうとしていた二人が目にしたもの。それは、アークにベッタリと抱き着いて頬ずりしているマリアの姿だった。


 普段のクールさはどうやら行方不明らしく、その表情は緩みまくっている。まるで少女がお気に入りのぬいぐるみを抱き抱えているようにも見えてしまう。


「んー……マリアーあついーどいてー」


「ふふ……駄目駄目……もっとアークくん成分を吸収しなきゃ、私は隊長としての過酷な職務を果たせそうにないんだよ」


「わーかーんーなーいー!」


「んー! はーなーさーなーいー!」


 ジタバタと藻掻くアーク。だがマリアは思った以上に強く抱きしめているのか、彼のパワーでも簡単には振りほどけないらしい。


「マジでどういうこったよ……」


「あのクールなマリア隊長がこんなになっちゃうなんてね〜……」


 困惑と驚きと、そして少しの悋気が見え隠れする二人。と、そこへバサリと紙の束を落とす音が。


「な、な、な……何をやっているんですか?! っていうかマリアさん?!」


「あ、アマネー! たすけてー!」


「やぁアマネ君。君もアークくん成分を補充に来たのかな?」


 そこに現れたのは書類を運んでいたらしいアマネだった。アークにべったりと抱き着くマリアを見て耳まで真っ赤にしているあたり、他の二人よりも反応が初々しい。


「いやアーク成分って何ですか……じゃなくて! なんでそんな、だ、抱き着いているんですか! 早く離れてください!」


「ふふふ、私は今日から自分に正直な生き方をすると決めたんだ……これはその一つ、というわけさ」


「いやセリフだけみたらイイ感じのこと言ってる風ですけど! だ、駄目ですよ! チームの風紀が乱れます!」


「おや、アマネ君は一体どんな想像をしているのかな? 私がアークくんにあんなことやこんなことをする妄想でも……」


「な、な、な、何を言ってるんですか! ふ、ふざ、ふざけないでください!」


「やれやれ。アマネ君も私みたいに、自分に正直になる事をオススメするよ? これまでのストレスが嘘のようだ……心が晴れ晴れとする……これはちょっとした快感だね」


「〜〜〜っっっ!」


 完全に吹っ切れたマリアはアークに頬ずりしつつ、彼の胸元を妙に妖艶な手付きで弄りだしたではないか。茹でダコよりも真っ赤になったアマネは何も言い返せなくなってしまう。


「おお、こりゃ修羅場だな」


「ええ、修羅場ね〜」


「修羅場じゃありません!」


「マリアーくすぐったいー!」


「ヨウランもレイチェルも、もっと自分に素直になった方がいいよ。あ、先に断っておくとだね。私自身、初めて分かったことなんだが……どうも、かなり独占欲の強い性格らしい。好きなものは何がなんでも手に入れたいのさ」


「?!?!」


「あら〜……」


「ヨウランさん、レイチェルさん……ちょっと目が……怖いですよ……?」


 挑発のつもりか、からかってるだけなのか、マリアの真意は今ひとつ見えてこないものの、二人のハートに火を付けたのは間違いなさそうだ。それがマッチ程度の火なのか、森林火災レベルなのかはさておき。


「そうまで言われちゃあ……こっちも引くわけにゃあいかねェな……! マリアサンよ、覚悟してもらおうか……!?」


「あらあら、プライベートでは階級も部下上司の関係もありませんからね〜? 特に、味方からの誤射には特に気を付けて下さいよ〜?」


「いやあのなんで皆してそんな殺気バリバリなんですか……」


「あら〜、アマネちゃんもそろそろ本気出さないと〜……するわよ?」


「ヒッ?!」


「おいレイチェル……あんまり脅かしてやんなよ……」


「やれやれ剣呑だね……さっ、アークくん。こんなピリピリした所にいないで、向こうの方へ行こう」


「あっこら待て! 抜け駆けは許さねェぞ!」


「スナイパーの私から逃げられるなんて、ちょ〜っと浅はかですね〜?」


「えっ……あっ……えっと……その……皆さん……?」


 アークを取り囲む三人はかなりヒートアップしているらしく、中心にいるアークは困りきった顔でアマネの方を見つめている。それに気付いたアマネは意を決し、その輪に飛び込んでいった。


「皆さん! アークが困ってるでしょう! ほらアーク! こっち来て!」


「うんー! アマネー!」


 三人の包囲網を力ずくで突破したアマネとアークはそのまま一目散に逃げ出す。呆気に取られたマリア達はその後ろ姿を眺める事しか出来なかった。


「やれやれ、二人で仲良くお手々をつないで」


「愛の逃避行ですね〜」


「……いや、流石にアタシらもちょっとやり過ぎたろ。隊長もレイチェルも、悪ふざけは程々にしといてくれよな」


「おや……?」


「あら〜……」


「……なんだよ、その生暖かい眼差しは……!」


「べっつに〜?」


「ヨウラン。一つ忠告しておくとだね……少なくとも私は本気だよ?」


「なっ……?!」


「あら〜隊長〜? 私もとは一言も言ってないんですけどぉ〜?」


「……?!」


 口を金魚のようにパクパクさせるヨウラン。そしてそれをニヤニヤと見つめるマリアとレイチェル。今度はヨウランが耳まで真っ赤にしてしまう番らしい。そしてこれ以上は分が悪いと判断した彼女はそのまま無言で走り去ってしまった。






「む……私の超高性能女のカンセンサーがビンビンに…………いや気の所為デスね。さっさとこのスクラップを調べて晩酌でもしたい所デス! マリアも誘ってやるデスよ!」


 先生は相変わらず先生なのであった。

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