第三十四話

「アマネー! あれなにー?」


「…………」


「アマネー! どろんこー! ドロドロー!」


「………………」


「アマネー! みてみてー! でっかいカエル!」


「………………………………」


「ゲコー」




 アマミヤ・アマネは深く溜息を吐いた。どうしてなのかは分からないが、おおよそ理解は出来る。もちろん、数日前から始まったスターライト隊によるアーク争奪戦という、熾烈な戦いによる心労もあるが。


「ねーねーアマネー。なんでそんなかおしてるのー?」


「誰のせいだと思ってるのよ、誰の……」


「???」


 一番の原因はやはりアークだ。それ自体は理解出来るのだが、なぜこうも頭と心がモヤモヤするのかは分からない。




 マリアが突然、アークへの好意をおおっぴろげに表したことにより始まった女の戦い、アーク争奪戦。現在、参戦を表明(?)しているのはマリア、レイチェル、ヨウランの三人だ。


 マリアは隊長という立場を生かし、事あるごとにアークと二人きりになろうとする上、所構わず抱き着くようにまでなっている。もはや犯罪一歩手前なギリギリのラインを攻めているのは流石は彼女といったところか。


 対するレイチェルはスナイパーらしく一撃必中を狙っているのか、ここぞというタイミングでしか動かない。その反面、以前にも増して露骨なボディタッチが多くなったようにアマネは感じる。レイチェル自身はアークの引き締まった筋肉を堪能しているだけだと、弁解になってない弁解を繰り返すのみだ。


 そして実は恋愛に関して奥手なヨウランも影で努力しているらしく、時折アークを個人訓練や走り込みに付き合わせているようだ。ただ、他の二人に比べるとやはりパンチが弱いと言わざるをえないとはこの状況を楽しんでいる先生の言葉だ。


 もっとも、これまで大自然の中で育ち男女の機微を知らず、そして精神的にはまだまだ毛も生えていないようなアークに三人の猛アタックがどこまで通用するのかは疑問だ。


 実際、アークは三人の好意を大雑把にしか感じ取っていないようで、全くの手応えは無さそうだ。暖簾に腕押し、糠に釘、そしてアークに恋愛模様。身体は少年から青年になりつつある成長期後半なものの、その中身は全くもって追いついていない。


 今は異性に関するアレコレよりも、手のひらよりも大きなカエルを捕まえる方が楽しいお年頃なのだ。




「この天然健康優良野生児のどこがいいのかしらね……? いや確かに顔はイイほうだけど……」


「うおー! でっけーカブトムシー!」


「はぁ……中身がじゃあね……」


 そしてアマネとアークは今、スターライト隊の本拠地があるカルランの街、その外れの森林公園に来ていた。なぜ、そのような場所へと訪れたかというと。


「アークにまともな教育を施してやらんと、このままヴァルクアーマー乗りを続けるにしても、続けないにしても人生詰んじゃうデス。ここは私作成、ナメクジでも高学歴マウント取れるくらいになっちゃう驚異的な学習指導要領で人間に必要な教養というものをビシバシ叩き込んぢゃるデス!」


 という先生の鶴の一声により、スターライト隊の任務と並行でアークへの教育が始まったのだ。


 アークはつい最近まで、恐るべき魔物が跋扈するグランヴァール大森林の中でじいちゃんという保護者の二人きりで暮らしていた。その間、じいちゃんはアークに色々な事を教えていたようだが、やはり文明から切り離された環境では教育にも限界があった。その辺りも含め、自然に対する正しい知識を身につけるべく課外学習……のようなものらしい。


「だからって、なんで私がアークの教育係なのよ……」


「アマネー! キノコあったー! たべられるやつー!」


「はいはい、取っちゃ駄目だし食べちゃ駄目よ」


 整備された森林とはいえ、やはり久しぶりの自然の中でアークもはしゃいでいる。時折、サルか何かのように木から木へと飛び移ろうとしたり生息する野生生物を捕獲して食べようとするのがはしゃぐ、という言葉で済むのかは難しいところだ。


 微笑ましいといえば微笑ましいが、アマネからすれば幼い弟ができたようなものだ。正直、その有り余るパワーに振り回され気味なのは否めない。


 ちなみに、マリア以下スターライト隊の面々は別部隊との合同演習に駆り出されており、遠征に出掛けていく三人のアマネに対する恨みがましい目線は恐らく気の所為では無かったはずだ。


「アマネー! おなかすいたー!」


(はぁ……なんで私が……今日は久しぶりにバイクの整備でもしようと思ってたのに)


「アマネー?」


(だいたい、成り行きで私がアークの保護者みたいな立場になっちゃってるけど、仕方なくなんだからね? 別に、アークの事なんか特になんとも思ってないし。というか、中身はただの子供じゃないの……)


「アマネー!!!」


「うひゃあ?! 何よ、ビックリするじゃない!」


「だってー! アマネ、ぼーっとしてるしー」


「う……わ、悪かったわよ……。それで、どうしたの?」


「おなかすいたー」


「ああ……そろそろお昼だしね。いいわ、どこかでお弁当にしましょう」


「いえーい!」


 頭上に広がる緑のカーテン、その隙間から見える日差しはかなり高くなっている。二人は座れる場所を探し、持ってきた荷物の中から弁当箱を取り出した。


「おべんとー! にくー!」


「お肉もいいけど、野菜も食べなきゃだめよ?」


「うへぇー。あ、でもこのおべんとー、うまそう!」


「当然でしょ。この私のお手製なんだから」


 アークが手に持ったのは一口大のライスボールおにぎり。コメはここから南の地方で良く栽培されており、カルラン周辺でも良く食べられる主食の一つである。その白く輝くような玉を大口にあけ、パクリと飲み込むように次々と平らげていく。


「ちょっと……そんなに急いで食べなくても」


「だって、うまいんだもん!」


「はいはい」


 アマネとしてはアークの好物を中心に、肉ばかりにならないよう気を付けつつ、それでいて走り回る彼についていっても中身が崩れないよう一工夫したお弁当なのだ。むしろ、きれいに食べてもらわないと努力が水の泡だ。


「はー、うまかったー! ごちそーさま!」


「はいお粗末さまでした」


「……ねーアマネー?」


「何よ、そんな妙な顔つきで」


「きょう、アマネはずっとかおしてるー。たのしくないー?」


「……!」


 思わず言葉が詰まってしまう。別に楽しくない、ということはない。ただ、自分の事ばかり考えていてアークの事がおざなりになっていたのは確かだったからだ。


「あ……ごめん。つまらないんじゃないの……なんていうかね……なんなんだろうな……」


「???」


「んー……私にも分かんないってこと」


「アマネでもわからないこと、あるのー?」


 キョトンとした表情で見つめるアーク。アマネは、それがどこかおかしく思えた。


「何よ、私はただのエンジニア。先生みたくなんでも知ってるわけじゃないし、いつだって迷うことばかりよ」


「まよう? みちにまよったの?」


「違う違う……えっとね。何が正しいのか、どうすることが良いのか、たまに分からなくなっちゃうの」


「でも、アマネはいつもオレのこと、しかって叱ってくれるよ? じっちゃんはオレをよくしかってたけど、じっちゃんも、よくまよう迷うっていってた!」


「アークのおじいさんも?」


「それにじっちゃんがいってた! しかってくれるひとはオレのことをだいじにおもっているから、だからだいじにしなさいって!」


 アークの目はどこまでも真っ直ぐで、なによりも透き通っているようにアマネは感じる。裏表のない、純粋な感性。その瞳はアークスターと同じく真っ赤な太陽のようだ。


「ふふ……なによそれ……私がアークに厳しいのは、アンタが変なことすると私が怒られるからよ。それだけ、それだけなんだから」


「んー……よくわかんないけど……アマネ、いつもありがと! オレ、アマネのこと、すきー!」


「はいはい、私もよ」


 この日、何度目か分からない溜息を吐く。だが、アマネの表情はいつの間にか柔らかいものに変わっていた。


(コイツの言う好きって、どうせ友達や家族に対する好きでしょうしね……ま、ここまで面と向かって言われると逆に変な気分にもならないわ)


「さ、アーク! お昼食べたんなら課外学習よ! ビシバシいくから覚悟しなさい!」


「わかったー! おべんきょー!」


 アークに対する胸のモヤモヤは未だによく分からない。しかし、アークの真っ直ぐさを見ているとそんなことはどうでも良くなってしまう。


(変に意識するよりは自然体で接している方が楽だしね。マリアさん達みたいに私はアーク争奪戦には参加しない。うん、それでいいじゃない)


 午後の森林公園は心地よい風と木漏れ日に包まれている。アマネには、この穏やかな空気がいつまでも続くように感じられるのだった。




 * * *




「それでぇ? 例の件はどうだったんだい?」


「はっ。詳細は調査中ですが……やはりメラトゥス共和国のヴァルクアーマーで間違いないようです。それも、スターライト部隊のものかと」


「ふふん……パイロット全員が一騎当千のエース揃いという……。こりゃあ面白くなってきたねぇ」


 手元の書類には大きく『極秘』の赤文字と、大きく引き伸ばされた不鮮明な写真が。森林から天に向かって屹立する光の柱が写っている。その光がアークスターのビーム攻撃に見えるのは、恐らく間違いではないだろう。


「いかが致します?」


「どうやらビーム兵器の開発に成功してるのは、我がサンマーク聖王国だけじゃないって事よぉ。これ以上、やつらに大きな顔をさせてたまるかっていうのは、国王陛下も同じってねぇ」


「……では、部隊に出撃の準備をさせておきます」


「いえ、ちょっと待ってぇ……準備させるのは私とお前の機体だけよぉ。今回は少数で忍び込むことにするわぁ。大人数では迅速に動けないしぃ、万が一にでサンマークの権威に傷をつけちゃあ不味いしねぇ」


「これは未確認ですが、向こうには新型機アークスターの情報もありますが……」


「新型といってもぉ、制式量産の動きは無いみたいよぉ? つまり、まだまだ試験段階と見ていいはずだわぁ。そんな調整も不十分なものに、この私が負けるとでもぉ?」


「……いえ、これは失礼しました。ベアトリクス様」


「ふふん? 共和国のエース部隊がどの程度のものか……試させてもらおうかしらぁ」


 ベアトリクスと呼ばれたその女性は、その妖艶な笑みを浮かべるのであった。

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