第三十五話

 土煙を上げながら、薄灰色が地面を滑るように突き進む。ヴァルクアーマー用移動母艦であるキャリアダックは軍の輸送や行軍に使われる街道を西へ西へと走っていた。


「んー、かぜがきもちいー!」


 ブリッジの真上ではアークがちょこんと腰掛け、どこまでも続く景色を一人堪能していた。


「こらーアークー! 降りてきなさーい! 危ないでしょーが!」


「はーい!」


 アマネの声が下の方から響く。素直に答えた彼は軽やかな動作で開け放たれた窓へと飛び込み、ブリッジの床へと着地する。


「いや、移動中はマジで危ねーからやめるデスよ」


「はーい」


「何度言ってもやめやしないんですよ。まったく、返事だけは素直なんだから……」


「アマネ、きちんとアークを躾けるのもお前の仕事デス。しっかり面倒みるデスよ」


「えぇ……」


「せんせー! しつもーん!」


 げんなりした表情のアマネをさておき、元気よく手を挙げるアーク。一応、今は軍務中ということになるはずなのだが、緊張感は姿形も見当たらない。


「はいアーク君。何でも質問するデス。あ、私のスリーサイズは機密中の機密デスよ! まぁ、アークがどうしても知りたいというのなら考えんでもないデスけど……」


「これからどこいくのー?」


「おうこら人のボケをスルーするとはいい度胸じゃねぇかデス。あとでみっちりボケとツッコミの基本を叩き込まなくちゃいけないでデスね」


「あのねアーク。私達は国境沿いまで行くの」


「こっきょー?」


「あのアマネさんや、お前までスルーしないでほしいんデスけど」


「私達がいるのはメラトゥス共和国、その西隣りにはサンマーク聖王国っていう国があるの。この前、地図で教えたでしょ?」


「さんまーく! おおきなくにー!」


「で、その二つの国の北側にはグランヴァール大森林が広がってる……ここまではいい?」


「いいデス、いいデス。私は大人しく操艦しとけばいいんデスよーだ」


「メラトゥス共和国とサンマーク聖王国、そしてグランヴァール大森林が接する地点……いわゆる三国国境ってやつね。今回の目的地はそこ。そして、その手前にある町を拠点にするのよ」


「なんで、そんなところまでいくのー? おいしいにくでもあるのー?」


「もちろん任務よ。この周辺は昔からサンマークとの領土問題があってね……あー、アークにはこういう話まだ難しいかしら」


「要点を掻い摘むとデスね、これから行く所は魔物と戦わなくちゃいけないんデスけど、ヴァルクアーマーとも戦わなくちゃいけないかもしれないって事デス」


「なるほどなー!」


「いや、そんな簡単に済む話じゃありませんよ……先生」




 メラトゥス共和国とサンマーク聖王国はこの大陸でも比較的古い歴史を持つ国同士だ。そのため、遥か過去から領土に関する問題、とりわけグランヴァール大森林にほど近い地域はその国境線が曖昧とされている。


 無論、これまでにも長い時間と労力、時には流血を以て今の国境線が形成されてきたのだが、双方の国それぞれの主張によれば未だに納得がいかないという事らしい。


 地続きの国同士であればこの類の問題はどこでも抱えているものだ。しかし、今回の目的地はグランヴァール大森林と魔物がその問題を一層ややこしくしている。


 グランヴァール大森林と人類国家を別つ大境界。この辺りの地形はちょうど大森林側を見下ろす形の高台となっており、一帯を一望できる要所なのだ。古来より、城や要塞は周囲を見渡せ、敵の行軍や侵攻を的確に止められる場所に築かれるものだ。そういう意味ではまさにうってつけといえるだろう。


 ここを抑えることが出来れば魔物の侵攻に対する大きなアドバンテージと成りうるだろう。典型的な守るに易く、攻めるに難い、という地形だ。


 であれば、双方の国としてはなんとしてでも自分たちの管理下に置きたい。あわよくば、隣国への監視、あるいは橋頭堡としての役割も期待できるかもしれない。ということは、なおさら相手に奪われてはならない地域でもあるのだ。


 ただし、迂闊に領土拡大を狙って大規模な戦闘でも行えば、その隙を狙って魔物が大境界を超えて侵略をする可能性が非常に高い。事実、過去にはそういう時を狙った魔物の侵攻が幾度となくあったそうだ。


 その為に共和国と聖王国、そして魔物の三すくみ状態が長い時を掛けて作り上げられているのだ。




「まるで火薬庫にタバコ咥えながら突撃するようなもんじゃねェか……」


 キャリアダックの格納庫、しっかりと固定された機体のコックピットからヨウランの嫌そうな声が漏れる。その向こうでは人間の腕よりも大きな狙撃専用弾薬を念入りにチェックしているレイチェルの姿が見える。


「仕方ないでしょ〜? サンマークの基地に最新鋭機が配備されたって情報がある以上、なにかしら動きがあるかもしれないんだから〜」


「そうはいってもよー」


 当然、国境線沿いには共和国・聖王国共にそれなりの規模の基地が設置されている。迂闊に相手を刺激しないよう、一定の距離はあるが、有事にはいち早く辿り着ける程度には近い。


 そんな聖王国前線基地に、最新鋭ヴァルクアーマーが配備されたという極秘の情報が上がってきた共和国は内心穏やかでいられない。現時点で直接的な攻撃の可能性は低いだろうが、それでも大きな軍事的圧力には間違いない。相手の戦力は未知数ではあるが、ある意味では大境界よりも重要な防衛拠点に戦力を回さないという選択肢は無かった。


「そんなわけで、なんでも屋兼、便利屋のスターライト隊の出番ってわけさ。所属と任務の性質上、簡単にあちこち動かせて、エースパイロットが揃ってる部隊なんてそうそうないからね」


 純白の機体、そのコックピットからマリアが自嘲気味に答える。細かい機体設定や整備は先生とアマネの仕事だが、こうしてパイロットも自分の機体を弄れなくてはいざというとき話にならない。


「マリア隊長だって今回の任務は否定的なんだろ? アタシ達の敵は魔物であって、人間が乗ってるヴァルクアーマーじゃねェ」


「それはそうだけど、私達って曲がりなりにも軍人なのよ〜? 上の命令には従わなくちゃいけないし〜」


「レイチェルの言うとおりさ。この仕事は綺麗事ばかり言ってもいられない……でも私達がいる事で抑止力となるのなら、それも受け入れなくてはね」


「ケッ……アタシは二人みてェにそこまで人間が出来てねェよ」


「ヨウラン、君の真っ直ぐな人間性は好ましいが、時には清濁併せ呑む度量も必要だよ」


 マリアの言葉に納得したのか、してないのかは分からないが、ヨウランはそのまま黙り込んで作業に戻っていく。彼女の気持ちを少しは理解できるマリア達もそれ以上は言葉にせず、しかし何が起きても対処できるよう自機の整備に集中することにした。


 人類が扱う最強の兵器、鋼鉄の巨人たるヴァルクアーマーはただ、静かに彼女たちを見下ろすだけだった。




 * * *




「ようやく到着デスね」


「まちー? むらー?」


 数時間後、キャリアダックは国境近くにある宿場町へとたどり着いた。


 いきなり三国国境に近い最前線基地へ入るのはサンマーク聖王国を刺激する可能性がある、という判断により、ひとまずはやや南に離れた宿場町を拠点にすることになった。メラトゥス共和国とサンマーク聖王国を繋ぐ街道に接するこの町は比較的治安が良く、また両国の貿易に深く影響することなどから厳格な防衛体制が整っている。


 そのため、スターライト隊がこの周辺を拠点に彷徨いても、サンマーク側に要らぬ警戒心を抱かせにくいのだ。


「おっ、意外に賑わってるじゃねェか!」


 キャリアダックを町外れに駐機させ、ヨウランとレイチェル、そしてアークの三人は大通りへと見物に来ていた。


「わー、たくさんのひとー! ひゃくにん百人くらいー?」


「もっと沢山よ~。ここは交通と物流の要所だからね、自然と人も集まるのよ~」


「ふーん? よくわからないけど、すっげー!」


 三人は食料などの買い出しのついでに、サンマーク聖王国に関する情報や噂の収集を行う。だが、これといって目ぼしい情報は得られず、ただただ時間が過ぎていくばかりだ。


 休憩がてら、道の端に設置されたベンチに腰掛ける三人。宿場町ということもあり、大きな荷物を運ぶ馬車やけたたましい音を上げて走る魔石動力の車は多く、共和国では見られない様式のものも多い。恐らく、聖王国製のものだろう。


 人々の衣装を見てもそうだ。共和国では服装に実用性が求められる傾向が多く、丈夫な割にやや地味なものばかりだ。対して聖王国で服装身なりとは、その人物の地位や出身を表すものとされる。なので、やたら華美なものや豪勢に着飾っているようなのは一目で聖王国出身と分かるのだ。ここら一帯はやり手の商人が多いのか、その派手さも中々のものだ。


「さすがに、最新鋭ヴァルクアーマーみたいな噂は欠片ほども出回ってねェな……」


「ここ最近の噂と言えば……聖王国の王女様の誕生日パーティーが開かれるだとか、大森林の方で光の柱が見えただとか、そんなどうでもいい事ばっかりだしね~」


「ふぉろふぉろはえよーよー」


「おいアーク、食べながら喋るんじゃねェ。汚ねェだろうが」


「むぐむぐ、ごっくん……そろそろかえろーよー」


 途中の屋台で買った串焼きの香ばしい肉を飲み込んだアークはいかにも退屈そうに言う。もっぱら彼は荷物持ちとしてついてきたので、地道な情報収集はあくびがでてしまうらしい。


「ん~、今日は特に収穫は無いけれど……一旦引き上げましょうか~」


「仕方ねェ、この町から最前線までそれなりの距離があるもんな。聖王国だってヴァルクアーマーは機密の塊だろうし、そうそう噂なんて出回らないだろ」


「よーし、かえってごはんにしよー!」


「まだ食うのかよ、オマエは……」


 元気よく立ち上がったアークは背負った大量の荷物の重さを全く感じさせずに歩きだす。だが、タイミングが悪かったのか、それともただの偶然か。


「きゃっ!」


「あっ、バカ! 人とぶつかっちまったじゃねェーか!」


「すみません、大丈夫ですか~?」


「いいえぇ……私の方こそ余所見をしていたものでぇ……」


「おいアーク。ちゃんと謝りな」


「ごめんなさい!」


 アークにぶつかって転んだ女性は、しかし特に怪我をしている様子もなく立ち上がる。そしてあまり装飾の少ない……共和国とも聖王国とも判断つかない無個性な服についた砂埃を手で払うと、三人の格好をまじまじと見つめた。


「……もしかしてぇ、あなた達は共和国の軍人さん? そうならぁ、是非とも私の頼みを聞いて欲しいんですけどぉ?」

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