第三十二話

『いくよ、アーク君! ヨウラン!』


『いえーい! アークキーック!』


『あ、おいバカ! 一人で突出するなって!』


 マリアの号令で一気に飛び出す三機のヴァルクアーマー。相対するのは墓場から蘇った骸骨かのような禍々しい狂戦士。いや、まさにこの荒れ果てたダンジョンを墓穴とする死者なのだろう。その作られた目的も、由来も、そして存在理由すら悠久の時の中で忘れ去られた過去の遺物。


 この暗い地の底にあってなお、太陽のような朱を放つアークスターは軽く跳躍し上方から攻撃を仕掛ける。無論、狂戦士は巧みな剣捌きで蹴りをいなし、そのまま突っ込んでくるアークスターへとカウンター気味に切り返していく。


『そうはさせないよ!』


 しかしアークスターの背後にぴったりとついてきていたマリアのアイシクルティーガーがそれを許さない。アークスターの腕を掴み思い切り引っ張ることで、その反動を利用してポジションを入れ替える。迫りくる刃は細身の剣、その刀身を滑らせる事でどうにか受け流した。


『アタシもいるんだぜ!』


 ワンテンポ遅れてヨウランのフラッドウルフがさらに後方から回り込んでくる。徒手空拳の間合いにはまだ遠いが、一瞬の隙を埋めるべく二振りの短剣を投擲。これには狂戦士も身を屈めて回避するしか無かった。


「…………!」


 千切れるのではと思えるほど機体を軋ませ、狂戦士は上半身を逸らせる。だが、これは決して回避のためだけではない。


『ヨウラン、危ない!』


 狂戦士が必要以上に身を逸らせたのは次の攻撃動作を兼ねるからだった。飛来する短剣に合わせたフラッドウルフの一撃、これを迎撃するため片手剣を鋭く振り抜く。


『へっ、分かってるってーのォ! こっちはだんだんテメェの攻撃パターン読めてきてんだよォ!』


 だが、接近戦のセンスならばヨウランも負けてはいない。爪先を思い切り地面に突き刺すようにして急制動をかけ、迫りくる白刃を紙一重で躱してみせた。


『隊長!』


『ああ!』


 このカウンターを外すと思っていなかったのか、狂戦士はここにきて大きな隙を見せてしまう。そしてこの隙は意図的に誘発させたものであり、もちろんマリアとヨウランは一気に畳み掛けるべく左右から挟み込んだ。


「…………?!」


 狂戦士から見て右側にはアイシクルティーガーの鋭い刺突が、左側にはフラッドウルフの地面すれすれを這うような水面蹴りが襲う。この同時攻撃にどう対処すべきか。


 アイシクルティーガーの刺突を片手剣でいなしていては文字通り足元を掬われかねない。かといって姿勢を低くしているフラッドウルフに斬りかかっていては背後から致命の一刺しを受けるだろう。ならばどうするか、狂戦士の思考は刹那に答えを導きだす。


 朽ち果てた装甲を脱ぎ捨て身軽となった機体は驚異的な跳躍力を得ている。つまりは、ほとんど予備動作無しにその場で高く飛び上がったのだ。水面蹴りはもとより、人間で言えば心臓の付近、ヴァルクアーマーで言えばコックピットのある辺りを狙った刺突をも軽々と回避するほどに高く跳ぶ。


『そう、飛び上がるしかないよね。剣を一振りしか持っていないキミは左右からの挟撃を防ぎきれない。そして前後左右に回避できるほど、私達は甘くないんだよ』


『だがな、そんなに高く飛び上がっちまったら……もう地面には戻れないぜ?』


 狂戦士の昏い赤を放つ双眸は、下方にいるヴァルクアーマーを捉えた。その陽光のような機体はいつの間にか手の平に小さな光球を携えているではないか。


『へっへーん! じゃんぷしてるあいだは! よけられなーい!』


 その光球は瞬間的に膨らみ、あまりの光量に暗闇に閉ざされていた大空洞を煌々と照らし出す。どこまでも続く真っ白な空間。床も壁も天井も、一切の物体が存在しないそこは遠近感が狂いそうなほど広大だ。


 あらゆる方向に拡がっていた光が狂戦士へと指向していく。その光は莫大な熱量を秘めており、ジタバタと藻掻く狂戦士の内部フレームや人工筋肉組織を容赦なく灼いていく。生身も同然の今の状況では、いや、完全に収束すれば例え完全な状態の装甲を纏っていたとしても防ぎきれるものではない。


「!!!」


 狂戦士は断末魔のつもりなのか、双眸をより一層赤く照らしてみせる。しかし、やがてアークスターの放つ極大なビームに全身が包まれていき――――そして消滅してしまった。




『いえーい! アークビームさいきょー!』


『いえ〜い、さいきょ〜……じゃねェ! やりすぎだバカ!』


 アークスターの頭部をゴチンと殴りつけるフラッドウルフ。ビームの発振が終わり、再び暗闇に包まれるはずの大空洞には一筋の光が差し込んてきている。


 見れば、天井部分に大きな穴がぽっかりと空いていた。どうやらアークスターの放ったビームが狂戦士諸共にダンジョン内部を貫通し、地上まで続く大穴を空けてしまったようだ。


『ビームすげー!』


『ったく、どうすんだよ……これ……』


『ハッハッハッ! いいじゃないか、これでキャリアダックとも通信出来るはずだし、何より爽快だったろう?』


『隊長〜? なんかやけに機嫌が良いのは結構なんですが〜……私の機体は自力で地上まで戻れそうにないんですけど〜……』


『あ、そういえば! デバイスないかなー! デッバイス、デッバイスー!』


『デバイスどころかこの大空洞にゃゴミ一つねェよ……っつーかあれだけバトった後なのに元気だな、この野生児は』


『……ザ……ザザ……ぁー……スターワン、聞こえますかー?

……えたら、返……を……ザザ……というか……まのビームはなに……ザ……』


『さてと……みんな、ひとまず地上に戻ろうか。先生とアマネが首を長くして待っているよ』


 アイシクルティーガーは腰の鞘に剣を仕舞い、天から降り注ぐ光を見やる。暗闇を斬り裂く一条の光はマリアの目にしっかりと焼き付いたのだった。




 * * *




「……んで、なんなんデス? これは?」


 軍手をはめた先生の小さな手が何かの金属片をつまみ上げる。高熱で焼かれた為か、虹色のような酸化膜が浮かび上がっているソレは。


「だから、言っただろう? 謎のヴァルクアーマー……もどき?の残骸さ」


「残骸っつっても、手足の先っちょしか残ってないじゃないデスか! これじゃただの金属クズでしかないデス! 調査もへったくれもねーデスよ! キロいくらで産廃業者に引き取ってもらうレベルじゃないデスか!」


 翌日、改めてダンジョンの詳細な調査と例の狂戦士の謎を調べるべく、先生とマリアはキャリアダックの格納庫に来ていた。そこには、昨日のうちにかき集められた狂戦士の残骸が並べられていた。


 何もかもが謎に包まれた狂戦士。実際に戦闘を行ったマリア達は『魔物とは違うが、かといって有人のヴァルクアーマーのようでも無かった』というなんともあやふやな情報しか得られていないのだ。


 何かしら映像記録でもあればまだ話はいくらか違ったのだろうが、生憎とそこまで性能のよいカメラなどはヴァルクアーマーに搭載されてはいないのだった。


「でも、先生ならその僅かなサンプルからでも沢山の事実を引き出せるんだろう? 私はスターライト隊の隊長として、そして先生の良き友人として信頼しているんだけどなぁ」


「ぐっ……そうまで言われちゃあやってやるしかないデスよ……。というか、昨日から妙にテンション高いデスね? 何か良いことでもあったデス?」


「いや、別に? ちょっと吹っ切れただけさ」


「……なーんか怪しいデス。私の女のカンセンサーがビンビンに反応してるデス!」


「お、女のカンセンサー……」


「隊長、先生。例の大穴とダンジョンの入口だけどよ、爆弾の準備が出来たぜ」


 ジトッとした視線から逃れようとマリアが思案していたところ、作業着に身を包んだヨウランがやってくる。今回のダンジョンは当面の危険性は無いと判断されたものの、放置するわけにもいかないという事で封鎖することが決まったのだ。


 特に目を引くような遺物も無く、学術的な調査をするにしてもそう簡単にはいかない。ひとまず、入口となる部分を爆破して塞いでおくのが一番という結論となったらしい。


「お、良いところに……さてここは先生に任せて、私は邪魔にならないよう向こうに行ってようかな」


「あっ、こら待つデスよマリア! 後でたーっぷりと根掘り葉掘り聞かせてもらうデスからね!」


 何のことか分からないヨウランの肩を押しつつ、マリアは格納庫からいそいそと出ていく。後に残された先生は溜息を一つ吐き、その場にしゃがみ込んで狂戦士の残骸を改めて観察してみる。


「ヴァルクアーマー……デスか……ふむ」


 先生がいま手にしているのは手首関節の一部のようだった。複数のフレームによる構成と、それを覆うように配置されている人工筋肉のような組織が配置されているらしい。


 まるで人骨をスケールアップしたかのようなそのフレームは、先生でなくとも多少の知識があれば疑問に思うだろう。


「もどきじゃなくて、これじゃあヴァルクアーマー、デスね……」


 ダンジョンの奥で朽ち果てていたヴァルクアーマー。しかし、誰も立ち入った様子は無い。とすれば、どこかの組織や軍所属のものという可能性は極めて低いだろう。何より、内部構造が剥き出しとなった狂戦士にはコックピットに相当する部位が見当たらなかったという話だ。


「しかし魔物に使われている古代文明の技術とも、ちょびっとだけ違うようデスし……これは慎重に事を進めた方が良さそうデスね。具体的には上層部にはこの事実を隠蔽、スターライト隊には箝口令を……うーむ、アークがちゃんと黙っていられるか心配デス……」


 またぞろ厄介な仕事が増えると文句を言いながらも、先生の表情は好奇心と未知への興味で溢れんものとなっていた。

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