第12話

 激しい金属音と、地響き、そして奇妙な猿叫がグランヴァール大森林の端で木霊する。


「オラァ! ゴブリン級なんざ、雑魚中の雑魚なんだよ!」


 淡青色の機械巨人、徒手空拳のヴァルクアーマーが異形をした魔物を数体、纏めて蹴散らす。ヨウランの乗機、フラッドウルフは、制式量産型ヴァルクアーマー・ウルフの専用カスタム機であり、パイロットの特性から近接及び格闘戦闘の特化してある。


 もともと装甲が薄めのウルフをベースにバイタルパート以外の装甲を極限まで削り、ギリギリのバランスで出力を強化。また、激しい格闘戦にも対応出来るよう、各部の関節も特注品に変更してある。


「ケッ……数だけは多いときたもんだぜ……」


 既に10体近くは撃破したが、総数は減っていないように見える。むしろ、時間を追うごとに増えているのではないか。


「ヨウランー、これ魔法はずしてー! オレもたたかうー!」


「うるっせぇ! テメェはそこで大人しくしてろ!」


 フラッドウルフのやや後方、磔のような状態で身動き出来ないアークスター。機体各部は水のようなものが纏わりついており、まるで頑丈な鎖か縄のようにガッチリと動きを封じているのだ。明らかに自然の物理法則を無視した水の挙動、これはヨウランの発動した水魔法・流水自縛りゅうすいじばくによる拘束なのだ。


 魔力の最小因子、魔素の流れによって水分子の動きを制御することで任意の形状、あるいは粘度といった物理的性質を操れる水魔法ならではの応用だ。


「……そうだな、テメェは的だ。押し寄せてくるゴブリン級どもをプロトスターに近づけないよう倒しつづける、それで先生たちもアタシの実力を再認識するだろ!」


 殆ど自分勝手な理論だが、こうと決めた彼女はひたすらに突っ走る性格をしている。アークスターを背に、武装を何も持たないフラッドウルフはしかして更なる気迫を全身に纏った。


「グギャギャ!」


「グギャース!」


 その手に小ぶりな棍棒や手斧、中には短刀を持った個体もいるゴブリン級。幸いというべきなのか、この種の数だけは多い魔物は射撃武器に類するものを装備している事は稀である。装備していたとしても、ヴァルクアーマーの装甲には通用しない程度の火力であったりする場合が多いのだ。もっとも、そうであったとしても生身の人間には恐るべき脅威となるのだが。


「オラァ!」


 まるで流れる水のような滑らかさ。人間の動きをトレースしたかのような、いやソレ以上の動きを魅せるFウルフ。腰のひねり、上半身と肩の連動、肘から拳にかけての鋭さ。ただ殴るだけではない、そこには人間が武術として長い時間を積み重ねてきた技術が練り込まれていた。


「グギャァ!」


 そのまま軽いステップで左右からの挟撃を躱し、同時にその二体の頭部を破壊する。勢いを保ったまま正面からぶつかりあったそのゴブリン級をFウルフは思い切り蹴飛ばし、その向こうにいた集団へと突っ込ませた。


「へっ、やっぱりゴブリン級程度じゃ話にならねぇな! オーク級の大群でもよこしな!」


「よーらんー! これはずしてー!」


「だからテメェは黙ってろ! …………ッ!」


 と、ここまで余裕ムードたっぷりのヨウランは口を引き結ぶ。鋭い目つきの先には、ゴブリン級よりも大きな躯体を備えたオーク級が。


「5、6……ほかにもまだ居るってか?」


 無数のゴブリン級のほか、オーク級が見える範囲で六体。火照った身体とは対照的に、ヨウランの頭は少々冷静に今の状況を思考する。


(ただ戦うだけなら、まだ問題ねぇ……だが、プロトスターとキャリアダックを無傷で守りながらコイツらを撃退できるか……?)


 魔物の群れが現われてからマリアとレイチェルは急いで機体を起動し始めているだろう。しかし、ヴァルクアーマーの起動にはいくらかの時間がかかり、二人の増援を期待するのはもう少し後のことだろう。おそらく、五分。その間、持ちこたえられるか。


(プロトスターを解放するか……? いや、それこそアタシがアイツアークに負けたみてぇじゃねぇか。それだけはダメだ!)


 ゆっくりと近づいてくるオーク級。その手には分厚い大剣や鋭い長槍が握られている。ヴァルクアーマーよりやや体格の良いオーク級ではあるが、六体も集まればその威圧感はかなりのものだ。一般的なパイロットとヴァルクアーマーでは、少々荷が重い相手と数だ。


 だが、ヨウランのフラッドウルフは臆する事無く対峙する。不利な状況ではあるが、スターライト隊に所属するヴァルクアーマー乗りたるもの、これくらいの魔物を倒せないようでは任務はこなせない。


「やぁってやらぁー! お前ら、覚悟しろよ!」




 * * *




「んー! ちぎれろー!」


 フラッドウルフが八面六臂の戦闘を繰り広げる最中、アークは操縦席で必死に機体を動かそうと苦心していた。


 機体各部の人工筋肉が軋み、鋼鉄の内部骨格が歪みかけるほどのパワーでも、ヨウランの水魔法の拘束は解けない。それどころか動けば動くほど関節が変形しそうになり、アークスター自体が壊れかねない。そういった事をアークはよく分からないが、なんとなく先生に怒られそうという気配はそこはかとなく本能で感じる。


「どうしよう? ヨウラン、おこってるし……」


 こてんと首を傾げるアーク。最悪の場合、彼だけでも脱出すればゴブリン級は元よりオーク級も逃げに徹すればこの窮地も脱せられる。だが、その場合はアークスターは魔物に破壊されてしまうだろう。そうなれば機体に搭載されたデバイスも、そしてキャリアダックも危ない。


「それはだめ……んむむむー!」


『アーク、聞こえる?!』


「そのこえはアマネー!」


『もうすぐマリアさんとレイチェルさんが出られるわ! もう少しの間、待ってて!』


「わかったー!」


 とはいえ多勢に無勢、ヨウラン一人でオーク級六体を抑えるだけで精一杯の状況だ。この均衡は殆ど奇跡といっても過言ではないだろう。さらに悪いことに、アークの鼻は魔物の増援が近づいているのを既に嗅ぎ取っていた。


「んー? あ、そうだー!」




 * * *





「でぇりゃぁ!」


 渾身のハイキックがオーク級の頭部を粉砕し、一瞬にして機能を失った躯体はその場に崩れ落ちる。油断なく次のオーク級へと向き直るフラッドウルフだが、即座に跳躍し後方へと逃れた。それとほぼ同時に別のオーク級が大剣を問答無用に振り下ろしてきたのだ。


「ブモォッ!」


「ちっ……あと4体!」


 斜め後方から繰り出される槍の一突きを紙一重で避け、その穂先を抱え込むように掴むと機体を捻って力任せに圧し折った。間髪入れず、その穂先の鋭い刃先をやや離れた場所で様子を伺ってたオーク級に投げナイフよろしく投擲する。


 狙った眉間には突き刺さらなかったものの、その首筋の関節部にズルリと潜り込んだ。だが、あれでは大きなダメージにはならないだろう。


(流石に何も武装が無いと……いや、アタシが身につけた武術はこういう困難な状況を打破するためのものじゃねぇか! これくらいで音を上げてたまるか!)


 操縦桿をしっかりと握り込み、ヨウランは眼前の敵を睨みつけた。足元のペダルと左右のレバーを巧みに操り、その脳裏に思い描く挙動を機体へと伝達する。その意思に応えたフラッドウルフは両脚を素早く動かす特殊な歩法で正面へと滑るように移動し、そのまま大剣で斬りかかってきたオーク級を迎撃した。


 分厚い刃先をスルリと潜り抜け、その強固な胸部装甲へと掌底をカウンター気味に叩きつける。あまりの衝撃にオーク級は瞬間的にだが機能喪失しそうになるのをどうにか堪えるが。


「喰らえェ!」


 更に腕を押し込み、ゼロ距離からの打撃を叩き込む。機体の脚を大地にめり込む勢いで踏みしめ人工筋肉と関節を最大限に活用し、全身をバネのように弾けさせる発勁と呼ばれる類いの技術だ。これは魔法などではなく、効率よく打撃の衝撃を相手に伝えるための技法であり、そしてそれをまともに食らったオーク級は外傷は殆ど見当たらないにも関わらず機能停止してしまった。


「ブ……モォ……」


「へっ……どうでぇ…………って、マジかよ……」


 残り三体になったはずのオーク級は、しかしに増えていた。ヨウランの目が疲労でぼやけているわけではなく、新手の増援のようだ。周囲を囲うようにしているゴブリン級も明らかに増えている。


 そして厄介な事に、増援のオーク級のうち一体の手には何やら巨大なパイプのようなものが。それは人間側の兵器でいえばバズーカ砲に相当するもので、破壊力抜群の榴弾を発射してくる非常に厄介な代物だ。直撃はもちろんのこと、至近距離で爆発した場合も無数の破片が周囲に飛び散りさすがのヴァルクアーマーといえど無傷ではいられない。


「このッ……! まずはアイツを仕留めてぇ所だが!」


 ヨウランは一挙に飛びかかろうとするがオーク級もその辺りは理解している。バズーカ砲を持つ個体を守るように他の五体が周囲に展開し、いくら接近戦を得意とするFウルフといえどこの守りを突破するのは容易でなはい。


 そして、最悪なことにバズーカ砲の砲身はヨウランではなく、キャリアダックの方向を向いている。未だ魔力炉が始動していないキャリアダックは回避も出来ず、あくまで輸送艦のカテゴリーであるが為に大した装甲は備えていない。こちらは至近弾ですら文字通り致命傷なのだ。


「……テメェッ?!」


 ヨウランの思考は速度を上げる。このまま放っておけば確実にキャリアダックは破壊される。マリアとレイチェルがタイミング良く出撃してくれるのを期待できそうにないし、かといって今のFウルフには武装が何も無い。得意の水魔法も、アークスターを縛っている流水自縛を解き、再発動するまでには時間が掛かりすぎる。


 では一気呵成に飛び込んでバズーカ持ちを片付けるか? これには僅かな勝算があるが、非常に薄い確率だ。随分と長くヴァルクアーマーに乗っているパイロットとしての直感が告げるには、まず無理だと。


 そう、己の無事と保身を考えているうちは。


 ならば悩む必要はない。ヨウランの操るフラッドウルフは迷いなくオーク級の集団へと間合いを詰める。一番手前の戦斧持ちの一撃を躱し、二番目の槍を左腕で捌く。三番目と四番目は姿勢を低くしてやり過ごし、そして五番目にいる大剣持ちのオーク級の脚を払い除けようと――――


「ぐぁ?!」


 だが、大剣持ちのオーク級はその身を挺してフラッドウルフを食い止める。いくらカスタム機であるFウルフといえど、体格、重量で勝るオーク級の体当たり、それも捨て身であろう一撃はどうにも出来なかった。


 そして他のオーク級がFウルフへとのしかかり、バズーカ砲を持ったオーク級がその様子を一瞥する。もはやどうすることも出来ないヨウランは、その醜悪なオーク級の顔が引き攣ったように笑ったかのように見えた。


「ブモッ、ブモッ!」


「やめ……ろッ!」


 必死に手を伸ばすが、もはや届かない。どうすることも出来ない。機体は無遠慮な荷重に悲鳴を上げ始め、コックピットのモニターにもヒビが入る。その衝撃で飛んだガラス片がヨウランの頬に一筋の赤い線を作るのと動じに、頭上のオーク級はバズーカ砲のトリガーを引いた。






「とりゃー!!! アークキーック!!!」


「ブモォッ?!」


 突如として飛来する深紅の衝撃。そして、アークのどこか気の抜けるような叫び声。


「ヨウラン、いまたすけるよー!」

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