第十三話

「んぎぎ……!」


 アークスターのコックピット内に、アークのくぐもった声が右往左往する。アークスターの操縦は殆どが思考制御によって賄われているため、他のヴァルクアーマーのように無数のレバーやスイッチを操作する必要はない。が、それでもアークはガチャガチャと手元のレバーを押して引いて、どうにか機体を動かそうと必死になる。


 今のアークスターは完全に拘束されている状態だ。アークはよく分かっていないが、ヨウランの水魔法・流水自縛は魔素の効果で非常に弾力と粘性が高くなった水を機体関節部に纏わりつかる効果がある。これによりアークスターの肘や膝といった各部は非常に強力なゴムでグルグル巻きにされたような状態となっているのだ。


 ただ、魔力による流体操作は難易度が高く、戦闘中においてはせいぜいヴァルクアーマー、あるいは魔物一体分しか拘束できない。強力な魔法ではあるものの、必殺や無敵の術理になるほど世の中は甘くないのだ。


「むー! だめー! ちぎれないー!」


 とはいえ、機体出力にかなりの余裕があるアークスターであっても、この水の鎖は破れない。だが、このままではヨウランやキャリアダックにいるアマネや先生達も危ない。オーク級数体を相手にヨウランのフラッドウルフは奮闘しているものの、流石に武装を何も持たない徒手空拳では厳しいようだ。


「グギャ! グギャギャ!」


「グギャース!」


 その様子を無数のゴブリン級はまるで観戦するかのように取り囲む。恐らく、フラッドウルフ相手にゴブリン級数体程度では牽制にもならない事を理解しており、そのためにオーク級が弱らせてから一斉に襲う算段なのだろう。その程度の知能は魔物にも十分に備わっている。


「グギャ? ギャギャ!」


「ギャー……グギャース!」


「およ?」


 そのうちの一体のゴブリン級がアークスターの方を不思議そうに見つめる。そして機体の水晶眼球メインカメラと眼が合った。


「わっ! こっちくる!」


 ようやくアークスターが動けない事に気付いたのだろう、何体かの同族を引き連れ、その手にした手斧を振りかざす。


「うごけ、うごけ!」


 いくらゴブリン級を圧倒するよう開発されたヴァルクアーマーであっても、まったく身動きが取れないのでは話が変わってくる。全長は三分の一、重量にいたっては十分の一程度のゴブリン級であってもその破壊と暴力性は十分。アークはどうにかしてこの窮地を脱しようと藻掻くが、さりとて流水自縛は相変わらず澄んだ水を湛えているだけだ。


「……みず? みず……そうだ! 良いこと、おもいついちゃったもんねー!」


 アークは昔の記憶、じいちゃんが鍋一杯に張った水を焚き火にかけ、ぐつぐつと沸騰させている様子を思い出す。




『アークや、こうやって火や熱いものに晒すと水は沸騰して蒸発して、最後には無くなってしまうんじゃよ』


『なくなるー? なんでー?』


『なんでって……なんでなんじゃろうな? ええと、水は分子の集合体で、それが熱によって分子運動が……』


『じいちゃんじいちゃん、みずがぐらぐらいってるよ!』


『おっと、今晩はそこら辺に生えていたキノコとなんかよく分からない野草、それと見たこともない極彩色の羽根を持つ鳥のスープじゃ! ほれ、たんと食え!』


『うまそう!!!』




「じいちゃん! みずは、あついもので、なくなる!」


 アークは心を集中し、機体周辺に光の球が出現する様子を強くイメージする。すると、本当にアークスターの前方へ青白い放電を放つ光球が出現したではないか。


 その球はやがてアークスターを中心にゆっくりと回転しだし、そして段々と速度を上げていく。そして、とうとう光の球は、光の輪となってアークスターを照らし始めた。


「びーむは! あつい! だから、みずもなくなる!」


 オーガー級から奪い取った新たなデバイスはビームを操る機能を持っているかもしれないと先生は言った。そして、そのデバイスをアークスターに組み込むことでビームを自由に使用できるとも言っていたことをアークは彼女から聞いていたのだ。


「んんんー! あつい……けど、がまんー!」


 次第に狭いコックピット内の温度が上昇する。ビーム発振の影響と、機体周囲にビーム凝集体が放つ輻射熱とが容赦なく灼熱の嵐を巻き起こし、あまりの熱さにアークは滝のような汗をかく。しかし、みんなを助けるためならば、この程度の熱さは我慢出来るのだ。


 そしてアークの読み通り、流水自縛を構成する水がボコボコと沸騰し始めた。ヴァルクアーマーの装甲は鋼鉄製、つまり今のアークスターは大火力のコンロに置かれた鍋も同然なのだ。


「グギャー!」


「ギャース!」


 さらに吹き荒れる熱風は接近していたゴブリン級を吹き飛ばし、あまりの熱量に周囲の下草が自然発火しだす。乾燥した地面は少しずつヒビ割れ、砂埃が巻き上がり始めた頃、ようやくアークスターを縛っていた水の拘束は消滅した。


「よっし、いっくぞー!」


 いつの間にかビーム球も消え、アークスターの装甲表面は熱で陽炎が立ち昇っていた。その姿はまるで灼熱の太陽の化身かのようだ。





 * * *




 強烈なドロップキックを食らったオーク級は躯体の中央あたりを不自然に折り曲げ地面を転がっていく。その傍らでは、華麗に着地を決めたアークスターが。


「て、てめっ! アタシの流水自縛は……?!」


「へっへーん! ヨウラン、たすけにきたよ~!」


「だからどうやってあの拘束を解いたんだって聞いてんだよ! それに、テメェの助けは要らねぇ!」


「んじゃあ、このブタづらオーク級、たおすねー!」


「いや人の話を聞けって!」


 言うが早いか、アークスターは俊敏な動きを魅せる。まずはヨウランのフラッドウルフを押さえつけている二体のオーク級の片方へと接近し、そして思い切り首筋を掴みかかる。


「そりゃー!」


 アークスターは背部から肩、そして腕に至る人工筋肉を総動員し、オーク級を力任せに上方へと引っ張り上げる。あまりのパワーに魔物の躯体は耐えきれず、脊椎にあたる構造物もろとも頭がもげてしまった。そのあまりの様子に、もう片方のオーク級は呆気にとられたように動けないでいる始末だ。


 そしてアークスターはその場で右脚を天高く振り上げ、まるでギロチンかのように振り下ろす。鋭い踵部分がそのオーク級の脳天を直撃、頭部はもちろん、周辺の部位が胸部へとめり込む勢いで陥没してしまった。


「ちっ……れ、礼は言わねーぞ!」


「どうどうー? アークスター、つよいでしょ!」


「うるっせぇ! って、オイ! 後ろ!」


 乗機の戦闘力を自慢しているのか、アークスターは両手でピースしながらその場でピョンピョンと飛び跳ねている。そんな隙を目の前に呆けているわけにはいかない残りのオーク級は、それぞれの得物を手に握りしめ、一斉にアークスターとフラッドウルフに襲いかかった。


「ブモォッ! ブモッ……!」


「ブモモッ!」


「ブモォ……!」


 だが、残り三体のうち一体はその眉間に大きな穴を空けられ、もう一体は一瞬にして全身を凍てつかせられていた。そして最後のオーク級は、その腹部にビームの直撃を受けて崩れるように倒れた。


「まったく、ヨウランは私が助けてあげないといっつもピンチよね~」


「アーク君、ヨウラン、怪我は無いかい?」


「レイチェル……マリア隊長……」


 見れば、ダックキャリアのすぐ横に純白と薄緑のヴァルクアーマーが。


「オレも、オレもいるよー! ヨウランたすけた! ビームだしたよー!」


「…………ちっ……」


「その様子だと無事みたいだね。それじゃあ、残ったゴブリン級を片付けるとするか」


「数だけは多いから私、嫌いなんですよね~」


 愛用する武装が狙撃銃なレイチェルはブツブツと文句を言いながらも、ワンショットツーキル、スリーキルを当たり前のように決めていく。いくら装甲の薄いゴブリン級が集まっているとはいえ、恐るべき射撃能力だ。


「ほら、無駄口を叩かない。ごらん? 彼らはきちんと静かにしているよ?」


 辺りの気温が急激に下がったかと思うと、残っていたゴブリン級は真っ白な樹氷のように変わり果てていた。マリアの氷結魔法で空気中の水分と共に凍結してしまったのだ。


「ビームー! ビームー!」


「だぁあぁぁぁあ! 分かった、分かった! ……助かった……これでいいんだろ!」


「むふー! オレのかちー!」


「……おいちょっと待て。なんでテメェの勝ちになるんだ」


「え? だって、どっちがつよいか、きめてたんでしょ? で、ビームだせたオレとアークスターがつよいー! やったー!」


「……納得いかねぇ! 無茶苦茶言うな! よーし、もう一度勝負だコラァ!」


「いいよー! でも、オレはヨウランをたたかないよー?」


「だぁー! クソ、なんなんだコイツは!」




 ボロボロのフラッドウルフは地団駄を踏み、周囲に地響きを立てる。その様子をキャリアダックの艦橋から見ていたアマネと先生はやれやれとばかりに肩を竦める。


「ま……皆が無事だったから良しとしますか……先生、どうしたんです? 珍しく難しい顔をして」


「珍しいってなんデスか。私は常に科学の未踏領域への思索と探求を……って、それはどうでもいいんデス。今の戦闘、アークスターは普通にビーム撃ってたデスよね?」


「え? ええ、まあ……でもあれって、先生がアークスターに新しいデバイスを組み込んだからなんでしょう?」


「……んー、その、だったんデスよねー。ラボに帰って一通り分析かけてから組み込むつもりだったんデス。なので、あのオーガー級から奪ったデバイスは……今も格納庫に仕舞ってあるんデス」


「……それって……つまり……?!」


 搭載していない筈のデバイスを使い、アークはビームを操る事に成功した。これが何を意味するのか、アマネには全く理解できない。


「んー、アークの謎がますます深まるデスねぇ……とりま、この事は内緒にしとくデス。詳しくは調査と分析してからデス」


 先生はその眉間にシワを寄せた表情の向こうに、新しい理論を発見した科学者のような好奇心を見え隠れさせる。だが、対照的にアマネの顔は曇っていくばかりだった。


(調査と分析……先生、それはデバイスとアーク、どっちの事なんですか……?)


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