第十四話

「…………」


 キャリアダックの食堂に併設されている厨房。こじんまりとはしているが、必要最低限の設備が揃えられており長期の作戦行動でも何ら問題なく温かい食事を供する事ができる。


 普段はメンバー全員の持ち回りで食事当番が決められているが、何故か今日はヨウランが昼食を作ると順番を変わってもらっていた。


「ちょっと〜今朝はどうしたのよ?」


「…………」


 そこへ現れるレイチェル。入口から頭だけ覗き込ませ、調理中のヨウランへとブーブー文句を垂れる。


「あなたが強力なヴァルクアーマーに乗りたがってたのは知ってるし、アークスターの起動実験に熱心だったのも見てたつもりなんだけど〜?」


「…………」


 レイチェルとヨウランは以前に所属していた部隊こそ違うものの、訓練中は同期として研鑽し合った仲だ。その為、スターライト部隊に配属されてからはこうして良くつるんでいる姿が見られる。


「そういえば、ヨウランって小っちゃい頃から武術を習ってるのよね? もしかして、それと関係ある~?」


「…………」


「……あっそう。じゃあ私は勝手に話すわね~?」


 無視し続けるヨウランに呆れつつも、レイチェルは食堂から椅子を持ってきてトスンと座る。


「もう15年くらい前になるかしら〜? 当時としては最大級の魔物の侵攻があったのは」


 ヨウランは聞いてないつもりなのか、手際よくトリ肉を包丁で捌いている。


「私もまだ子供だったけど、大境界の辺り……最前線は凄い激戦だったっていうのは幼いながらに覚えてるわ。今なら理解できるけれど、相当の戦死者も出たのよね」


 魔物は基本的にダンジョンの内部か、その付近でしか見られない。大境界と呼ばれるグランヴァール大森林と人類の生存領域を別つ境界からこちらへは滅多に踏み込んでこないのだ。


 だが時折、魔物の大軍が大境界を越境してくる事がある。その現象は大海嘯とも呼ばれ、十数年に一度、人類へ大きな被害をもたらす一種の自然災害のようなものと認識されていた。


「当時はまだ、第四世代ウルフやティーガーのヴァルクアーマーなんて無かったから、各地のVA部隊に大きな損害も出たって記録にあるわ〜。その中に……」


「……ッ!」


 思い切り包丁をまな板へと叩きつける。あまりの反動に一口大に切り分けられたトリ肉が落ちそうになってしまう。


「……別に、肉親の復讐でも良いと思うわよ〜? 私は。それにヴァルクアーマー乗りなんてものをやってると、多かれ少なかれそういう人はいるわよ」


「……別に、親父の戦死が原因じゃねぇ! ……ただ、アタシはどんな奴にも負けたくねぇだけだ!」


 負けたくない、そう語るヨウランの顔はひどく強張っている。


「……ま、戦う動機や理由はなんでも良いんだけどね〜? でも、ちゃんとアーク君に謝っておきなさいよ? 彼、ああ見えてあなたが苛立っているの、自分のせいだって気にしてたんだから〜」


「……それは……分かってる……」


 自身のアークに対する態度と言動、そして今朝のヴァルクアーマーによる決闘騒ぎに関してヨウランはやり過ぎたと改めて反省する。


「自分でも分かってたんだよ……プロトスターを動かせない以上、アタシはパイロットになれないってな。だから、だからこそアイツが意のままに操縦してるのを見て心の底から……恨んだよ。ブッ殺してやりてぇとも思ったさ」


「大した理由もなくそんな事をしたら軍属剥奪の上に問答無用で裁判所送りよ? ま、いくらヨウランでもそこまでバカじゃなかったのは幸いだけれど」


「ウルセェ! ……だから、パイロットとしての力量を見せつける必要があったんだ。先生が黙るくらいに、圧倒的な力を」


「…………」


 ヨウランの考えは大筋では間違ってはないのだろうが、いくら優れたパイロットであろうとも、デバイスそのものを起動出来なければやはりアークスターのパイロットにはなれないだろう。先生はどこまでもリアリストであり、また他人や自分の感情よりも理論や技術的正しさを優先する科学者である。


「わぁーってるよ! そんな事をしても先生は結局、アイツをパイロットに決定してるし、それが覆らねぇって事も。でも、だからってよ……それで納得できるかってんだよ……」


「……そうね。そんな事、ヨウラン自身が一番分かってたものね」


「ま、それもこれも踏ん切りがついた。アークの野郎はバカだがパイロットとしては確かに見所がある。アークスターの事はスッパリ諦めるよ」


 自ら決闘を仕掛けておいて、挙句の果てにはアークに助けられてしまった。絶対の自信を持っていた水魔法も破られ、これ以上なにかを言うのは恥の上塗りでしかない。


 それと同時に、アークの人間性についてもヨウランは少し何かを感じ取ったのか、その表情はどこか晴れ晴れしている。


「それで、そのトリ肉料理が仲直りの証かしら〜?」


「……わりぃかよ。アークが山で獲ってきたっつーからよ、アタシ自らが調理してやるだけだ。どうせ、食い物なんかナマか焼いて食べるかしか知らなそうな顔してるからよ、とびっきり美味いやつを食わせて驚いたツラを拝ませてもらうぜ!」


「なんていうか……あなたって、単純よね〜」


「オイコラ、どういう意味だ! ……それから、なんで親父がヴァルクアーマー乗りで、それから戦死したって事を知ってたんだよ。いくら調べりゃ分かるとしても、その事はマリア隊長にも言ったことはねぇんだぞ? あ、もしかして先生が知ってたのか?!」


「なによ、その事?」


 ヨウランの疑問にレイチェルはなんてこと無い風に言ってのける。まるで、お茶の時間に交わす他愛のない会話かのように。


「それっぽい理由を片っ端から尋ねてみるつもりだったのよ〜。ほら、ヨウランってば表情に出やすいから〜」


「……誘導尋問じゃねぇか?! ったく、お前は初めて顔を合わせた時からそうだったよな……」


 呆れ返るヨウランと、対照的にケラケラと笑うレイチェル。性格も思考も異なる二人だが、何故かこうしてつるんでいる。


 実際の付き合いは数年程度だが、もはや幼い頃からの友人のように気を遣わずいられるというのは貴重なのかもしれない。ふと、そんな事を考えるヨウランであった。





 * * *





 キャリアダックは大森林の中を通る回廊をひた走る。なぜ街道のようになっているのか、どのようにして形作られたのかは全くの不明だが、使えるものは何でも利用するのが人間というものだ。


「ま、この回廊は魔物がダンジョン間を移動する為の通路ではないか、という説もあるくらいデスからね。但し、誰もその光景を目撃していないので眉唾デスが」


 一行は巡航速度で目的地であるメラトゥス共和国へと向かっている道中である。そしてその旅程も、あと少しで終わりを告げる。


「あっ、ほら見るデス、アーク! 大境界が見えてきたデスよ!」


 艦橋のほぼ中央、船舶で言えば艦長席にあたる少し高い椅子から先生が外を指差す。見れば、あれだけ鬱蒼としていた木々はいつのまにかまばらとなっており、遥か向こうにの景色が見え隠れするようになっていた。


「んー……? うん……」


 話によれば、アークは生まれてからずっと大森林の奥深くでじいちゃんと呼ばれる謎の人物と暮らしていたらしいので、森以外の風景は見たことがない筈だ。初めて見る景色に感動することを期待して先生は、しかしそのアテが外れた事に落胆してしまう。


「……コイツ、いつまで呆けてやがるんデス……? おうこらヨウラン! アークをこんなにした責任を取ってもらうデスよ!」


「はぁ?! アタシのせいだっていうのか?! ……いや、そうか……スマン。悪かった」


 やたらと素直なヨウラン。普段であれば先生相手にも噛みつく彼女だが、今回ばかりは彼女も反省しなければならないと心から理解していた。


「いやぁ、ヨウランの料理が美味しいのは知っていたけれど……まさか、アーク君がになってしまうとはね……」


「ほらアーク! ボケっとしてないで! もうすぐ大境界越えるわよ!」


「うんー……? あ、アマネー。トリって、あんなにウマいんだなー……ちょううまかった……」


 ヨウランがちょっと本気を出して作ったトリ肉料理、それを食べたアークはあまりの美味しさにポンコツ化してしまったのだ。彼女の一族に伝わる料理は各種スパイスや複雑な調理法を駆使するのが特徴的だ。


 一体、今までどのような食糧事情だったのか、アークはヨウランの作った『カラアゲ(特製ピリ辛ソース掛け)』を一口食べては驚愕し、二口食べては狂喜し、そして三口目には恍惚とした表情を浮かべるに至ったのだ。


 


「駄目だわコリャ。先生、ちょっと工具借りますね?」


「ん? 別に構わないデスけど……そんなデカいパイプレンチで何するつもりデス? アマネ、なんで思い切り振りかぶってるんデス?」


 野球の打者よろしく、アマネはその手にずっしりと重い工具を渾身の力でフルスイングする。およそ人体から発せられてはいけなさそうな衝撃と打撃音が艦橋内を反響し、そして頭をぶん殴られたアークは。


「いたた……アレ? アマネ、何してるのー?」


「これでヨシ、と!」


「ア、アマネちゃん、見かけによらず大胆ね〜……」


 人間離れしたパワーと耐久力を誇るアークにとっては今の打撃もゴムボールをぶつけられたくらいにしかならないのだ。そして、その事を初めて知ったマリア達は思わず言葉を失っている始末である。


「……マリア隊長……コイツ、やっぱ魔物なんじゃねぇの?」


「い、いや、そんな事は……すまない、ちょっと私も自信がなくなってきたよ……」


 ケロリとしているアークは二人が怪訝な顔をしているのが不思議らしく、コテンと首を傾げる。


「アマネ、あんまり無茶するなデスよ。アークがぶっ壊れでもしたらデバイス研究はそこでストップしちゃうんデスから」


 先生はやんわりとアマネを諌めるが、自分も似たような事をしていたとは今更言えない。と、ここでようやくアークは周囲の景色がこれまでと違うことに気付いた。


「わー! 木がなくなってるー! あ、ねぇねぇアマネ! あれなにー?!」


 アークが指差す方向には赤茶色をした巨大な壁のような構造物が。まだここからだと随分と遠くにあるはずなのだが、その巨大さは十分に伝わってくるほどだ。


「ああ、アレはポードウェール砦よ。大境界を監視する砦の一つ。この辺だとあそこからしか共和国へ入れないのよ」


 徐々に近づくにつれ、その偉容がはっきりとしてくる。砦というだけあって所々に監視櫓や大砲が配置され、砦の周囲にはヴァルクアーマーが歩哨よろしく見回りをしているようだ。


「ようやく辿り着いたデス! この砦の向こうがメラトゥス共和国デス!」

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