第二十五話
「はぁー?! 新たなダンジョン?!」
メラトゥス共和国軍中央司令軍中央技術開発本部中央戦術研究所第三研究室、通称C3。そこにあるパイロット待機室という名前のほぼ談話室と化している一室。くたびれたソファはところどころが擦り切れ、表面がツルツルになった木目のローテーブルの上には何かの書類が無造作に広げられていた。
「いや、こっちだって仕方なく引き受けたんデスよ。大境界近くに新しいダンジョンが見つかったようだから、至急調査しろっていう上の命令デス」
「ヨウラン、他の調査チームは別のダンジョンの探索中なんだよ。早くその脅威度を確かめないといけないんだけど、生憎この近辺ですぐに動けるのは私達スターライト隊しかいないというわけさ」
「マリア隊長の言う通りよ〜グチグチ言ってないで、さっさと準備しなさい〜」
「分かってるよ!」と半ばヤケクソに叫びつつも、任務内容が記された書類に目を通すあたり、ヨウランも軍人の端くれではある。ただし、乱暴に扱うので直ぐに書類はクシャクシャになっていくのだが。
「それにしても、大境界近くでダンジョンが見つかるなんて珍しい事もあるもんですね。普通、メラトゥス大森林の中央にいくほどダンジョンがある可能性が高いはずでは?」
「あくまでもそう推定されているだけデスよ、アマネ。そもそもこれまでに発見されたダンジョンはごく僅か、研究者によっては全体の1%も見つかってないとする説を唱えていたりするデスし。分かってない事の方が多いんデスよ」
「へー、ダンジョンって沢山あるんですねー」
「アマネー、ダンジョンいくのー?」
「そうよ、前みたいにダンジョンの内部を探索するの。ほら、アークも手伝って……って、あんたに書類仕事は無理か」
「ダンジョンにもぐったら、またデバイスがあるかなー?」
ソファにゴロンと寝そべったままの姿勢で胸元のペンダントトップを引っ張り出し、漆黒の物体を指で弄るアーク。彼の関心は専ら食べることと、このデバイスに関する事である。
鍵の形にも見えるそのデバイスは、アークが赤ん坊の頃に彼の育ての親である『じーちゃん』が彼と共に発見したのだそうだ。アーク自身はこのデバイスに何か特別なものを感じるようで、常に身につけている。
「デバイスはそうそう見つからないデスよ。ダンジョンを作った古代文明でも、こういった技術は貴重だったのかもしれないデスねー」
「そもそもデバイスって何なんでしょうね? 魔物の躯体を構成している技術とも微妙に違うっぽいですし」
アマネはスターライト隊の移動母艦であるキャリアダックに積み込む整備用資材や武器弾薬といった類のチェックシートを何度も確認しながら呟く。それを横目で見た先生は何かを言おうとして、そして口を噤んだ。
「んー、デバイスはねー。たぶん、
「はいはい、また新しいデバイス見つけたらアークスターに搭載してあげるわよ。ほらアークは力持ちなんだから、こっちで荷物運んでちょうだい」
「あいあーい!」
アークを連れて屋外の駐機場へと慌ただしく走っていくアマネ。その様子を見てマリア達の表情は少し緩んでしまう。
「アマネちゃん、すっかり保護者が板に付いたようだね」
「まったく……浮かれ気分で遠足じゃねぇんだぞ……」
「それにしてはヨウランも楽しそうじゃない〜?」
「ったりめぇだろ! 久々に魔物共を蹴散らせるんだぜ!?」
「あっそう……あら先生、そんな難しい顔してどうされたんです?」
言葉の割にウキウキしてるヨウラン。彼女としては身体を動かすのと、ヴァルクアーマーで戦闘をするのもそう大差ないらしい。その向こうではウムムと唸っている先生の姿が。
「いやー……なーんか嫌な予感と良い予感?がするんデスよねー。なんて非科学的……私ともあろう者が、デス」
「きっと徹夜続きで疲れが溜まってるんですって。後の準備は私達がやっておきますし、先生は少しでも仮眠しておいて下さい〜」
「むぅ……確かに眠気はちょびっとあるデスけど……」
「ほらほら、早くキャリアダックに乗り込んでて下さいね〜」
「ぶぅ……仕方ねーデス」
残りの書類や事務処理は後でも出来るものばかり、そう判断したのか先生はブツブツ文句を言いながらも部屋を後にするのだった。
* * *
キャリアダックの前方と後方に設けられている搬入用扉が大きく開き、そこから様々な荷物が搬入されている。ズシンと大きな足音を響かせるのは作業用ヴァルクワーカーだ。
ヴァルクワーカーとは全高約5メートルほどの人型機械……というよりはパワードスーツに近い構造をしている重機の一種だ。魔物との戦闘を目的としたヴァルクアーマーとは異なり、装甲や武装の類は基本的に取り付けられていない。カバーに覆われた人工筋肉とインナーフレーム、そしてパイロットが乗り込む操縦席という簡素な造りだ。
「弾薬、これで全部かー?!」
「人工筋肉保存液、こんな所に置くやつがあるか! ちゃんと指定の場所に置き直せ!」
「アークスター……?だっけか? こいつの武装はまだ届いてないのか?! 工廠課の連中を突っついてこい!」
何人もの作業員とヴァルクワーカーが忙しそうに走り回る。遠目に見れば簡素化されたヴァルクアーマーにも見えるが、大きな木箱を掴む手は三本指のマニピュレータであったり、頭部に当たる部位は只の雨よけであり操縦室の上部はむき出しであったり。
だが、本来はヴァルクワーカーの方が先に開発されたものであり、その昔、やっとの事で倒した数少ない魔物の躯体を利用して無理矢理組み上げたパワードスーツもどきがその原点と言われている。
今でこそ戦場の主役をヴァルクアーマーに譲っているが、各都市の秩序維持や治安管理、大規模工場、鉱山、あらゆる場所でヴァルクワーカーは使用されているのだ。
「よぉーし、積み込みはこれで全部だ! ダックはすぐに出発するぞ、お前ら撤収ー!」
現場の作業長らしき人物が大声で叫ぶと、一斉に作業員らはキャリアダックから離れていく。既に魔力炉の起動は済んでおり、低く唸るような音と甲高い回転音が強くなっていった。
『えー、こちらキャリアダック。これより新たに発見されたダンジョンの探索に向かいます』
『こちら指揮本部、任務了解。以降の作戦指揮は任意の判断を以て遂行する事を許可する』
ヴァルクアーマーを四機も格納できるキャリアダックだが、それを収容していた格納庫はまださらに大きい。その正面扉がゆっくりと開かれ、眩い陽光が差し込んでくる。それと同時にキャリアダックの底面から強力な圧縮空気が噴出され、周囲は暴風がうずまきトタンの壁がガタガタと鳴り出した。
「さて、例のダンジョンですが……地図によるとここから半日ほどの行程ですね。夕方前には現地に到着しますけど、どうします?」
「んー、ダンジョン内部に昼夜は関係ないデスけど、そこまで急ぐ探索でもないデス。まずはダンジョン周囲を調査し、翌日から内部に
「ん、先生の意見が妥当だね。ダンジョンの入口付近は魔物がいるかもしれないし、以前のような事があっても困るからね」
「む……尻尾抱えて逃げ出して悪かったデスね!」
「あはは、ゴメンよ。でも、そのお陰でアーク君と出会えたわけだし、何が幸いするか分からないものだね」
正面扉が完全に開ききり、どこまでも続くような草原が広がっている。郊外にその立地を持つ格納庫を出れば、後は大境界まで一直線だ。
「物は言いよう、ってことデスか。それじゃ、今回のダンジョンが発見されたのは吉と凶、果たしてどっちデスかね」
まだ納得がいってないのか、それとも妙な胸騒ぎが収まらないのか。先生は普段とは異なる神妙な顔付きでキャリアダックの舵を握った。
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