第二十四話

 いつの間にか目の前にはアークが不思議そうな顔で立っていたではないか。その後ろには呆れ顔のレイチェルもいる。


「まだついて来ていたの〜? 随分と遠回りしてたのに、よっぽど暇なのね〜」


「れ、れ、れ、レイチェルさん!?」


「おまっ、気付いてたのかよ?! いつから?!」


「もちろん、最初からよ〜? だってアマネちゃん、そんな目立つカッコしてたら1キロ先からだって分かるわよ〜」


 レイチェルはなんて事ないように言ってのけるが、彼女は凄腕のスナイパーだ。実際に卓越した視力と観察眼を持ち合わせているので、その言葉がハッタリというわけでも無さそうなのが恐ろしい。


「んー? あさからアマネとヨーランのにおいがずっとしてたぞー?」


「あぅ……やっぱりアークの鼻でバレてた……」


 鼻をヒクヒクさせながらも事情がよく分かってないアーク。彼の嗅覚は先生をして犬か熊並みと言わせる程である。多少の変装をしたところで、いや一流のスパイだとしてもアークには通用しないのだ。


「あっ、もしかしてアタシらが尾行つけてたの、アークから教えてもらってたのか!」


「あら、当たり前じゃないの。いくら私だって人混みの中であなた達を判別できるわけ無いじゃない〜?」


 悪戯っぽく笑うレイチェルにヨウランは鼻息荒く詰め寄る。が、そんな些細なことよりももっと重要な事を思い出した。


「そ、それより! どういうつもりなんだ、こんな真っ昼間っから!」


「どういうって、どういう事〜?」


「どーゆー?」


「ええい、アークは黙ってろ! ど、どういうって……そ、そりゃあ……男女が……こんな所を歩いてたら……その、な?」


「ヨウランさん、なんでそんなに顔真っ赤なんです?」


「アマネも黙ってろ!」


「あら〜? 詳しく教えて貰わないとよく分からないわ〜? こんな所って、具体的にはどういう場所なのかしら〜?」


「ぐぅ……!」


「レイチェルさん、この辺りってなんかやたらピンク色や派手な看板と店構えが多いですけど、どういう所なんです?」


「へんなにおいがするばしょー!」


「あらあら、アーク君はともかく、アマネちゃんも知らないようね〜? いい、ここは……」


「だぁー! やめろやめろ! そういうのはちゃんとした知識をだな!?」


「うふふ、ヨウランって見た目よりもいわね〜! わざわざこの通りの近くまで来た甲斐があったってものね〜」


「うるせェ! つーか只の嫌がらせのタメだけにこんな所まで来たのかよ?!」


「いくら理想の筋肉をしてても中身は純真無垢な子供同然なのよ〜? ヨウランじゃあるまいし、そこまで飢えてないわよ。それより二人共、私達の行き先が気になるんでしょ〜? いい機会だからついてらっしゃい〜」


「らっしゃいー!」


「誰が男に飢えてて万年干からびてるだゴラァ!」


 今にも地団駄を踏みそうなヨウランを尻目にレイチェルは颯爽と通りを進んでいく。とりあえず後ろをついて行くアークと、それを追いかけるアマネは何が何やら分からない。




 暫く歩いたそこは、カルランの街でも外れの方に位置する地区だった。ちょうど工業地区と隣接し周囲には民家も殆ど無く、少し先には牧場か何かに利用している草原が広がるだけだった。


 だだっ広い土地は簡単な倉庫や資材置き場に使われてもおり、あちこちに鉄屑や何かの部品が無造作に山積みされている広場もある。レイチェルは鉄柵で出来た迷路のような殺伐とした道をさらに進んでいき、ようやく掘立て小屋のある広い敷地で立ち止まった。


「ここは……?」


「ここはね〜? 射撃場よ〜! おじさ〜ん、いる〜?」


 見た目は粗末な掘立て小屋だが、近づいてみれば意外としっかりとした作りなのが分かる。明かりも点いていない室内から物音がしたかと思うと、ドアが軋みながら開いた。


「んん? 誰かと思えばレイチェルじゃねぇか。なんだ、今日はツレと一緒か?」


「おじさん久しぶり〜! みんなは職場の同僚よ〜。それより、今日もここ使わせてね〜」


「あいよ、お前の銃はいつも通り整備しといたぞ。中のロッカーに仕舞ってあるし、今日は他に客は居ないから貸し切りだ。好きにやんな」


「今日貸し切り、でしょう〜?」


 アマネたちがポカンとしている間にもレイチェルは慣れた様子で小屋の中で自身のものと思われる、長い銃身と物々しいスコープを備えたライフル銃を取り出す。


「あ、あの……レイチェルさん?」


「あ、そうだわ〜アマネちゃん達も訓練やりましょう? 銃の使い方は知ってるわよね〜?」


「へ? いや私は座学だけで実際に撃ったことなんて……」


「まぁ、それは駄目よ〜! いいわ、今日はアーク君に銃の基礎を教えるつもりだったけど、アマネちゃんにも指導してあげちゃう!」


 レイチェルが言っていたデート云々とは建前で、本来は先生からアークに銃器の扱いを教えてくれてと頼まれていたのだ。彼女は優秀なヴァルクアーマー乗りだが、生身でも卓越したスナイパーとして活躍するほどである。射撃に関する事柄で彼女に比肩し得る者はそういないだろう。


 そんなレイチェルは目をキラキラと輝かせながら再びロッカーをゴソゴソと漁り、年季が入った拳銃を二丁取り出した。簡単に動作確認をしたあと、それぞれアークとアマネに手渡す。


「なにこれー? てつと、へんなにおいがするー」


「いわゆるハンドガン、拳銃ね。オートマチックタイプで、装弾数は十二発。女性でも持ちやすいグリップと重量バランスだし、初心者が扱うには丁度いいわ〜」


 レイチェルはいつものニコニコ顔で銃についての講義を始めだした。専門用語を交えながらの解説は分かるような、分からないような、全くの素人ではないアマネでも少しついていけない。当然、アークの方は彼女の解説をそもそも聞いておらず、手渡された銃を珍しそうに眺めているだけである。


「アーク、そういやお前は森暮らしで銃を見たことが無いのか?」


「んー? はしってるー。じいちゃんがもってたやつ! でも、たまがないから、うてないっていってた!」


 アークは両手で長銃を構えるような仕草をする。この世界では軍人と街を警備する衛兵は銃が支給される他、猟銃といった類の銃器は民間人でも所持が可能である。アークのじいちゃんとやらはそうした人物だったのだろうか。


「じゃあ銃の威力と危なさも知らないのね~? いいわ、まずおねえさんが銃の怖さを教えてあげるわ~」


 アークからハンドガンを返してもらい、慣れた手付きで装弾するレイチェル。ヴァルクアーマー乗りといえど、銃の射撃訓練は初歩中の初歩である。ある程度の口径であれば、ゴブリン級程度は撃退できるのだ。


 もちろん、歩兵部隊の一斉射撃で一体のゴブリンを仕留められるかどうか、といった所なのではあるが。


「あそこの的をよく見ててね〜?」


 そう言うとレイチェルは射撃レーン上へ無造作に置かれたコンクリートの塊を撃ち出すではないか。突然の銃声に驚く三人は耳を塞ぐ間もない。精確に同じリズムで三発の破裂音、さらには硝煙が辺りに立ち込め、鼻がツンとするのかアークは顔をしかめていた。


「くちゃーい! このにおい、なにー?」


「いきなり撃つやつがいるかバカ! 鼓膜がどうにかなっちまう!」


「あら、ごめんなさいね〜?」


 食って掛かるヨウランをなんてこと無いふうにあしらうレイチェル。そして全員が的にされたコンクリートを見やると。


「……あの、レイチェルさん。一発しか当たってないみたいなんですけど……?」


 おずおずと上申するアマネ。射撃訓練に参加した事のない彼女でも分かることだが、今のレイチェルのように片手でハンドガンを撃っては、よほどの至近距離でなければそうそう命中することは無い。それは銃撃の反動や短い銃身のせいであり、あくまでハンドガンは護身用と割り切るものなのだ。


「ちがうよ、アマネー」


「ああ、相変わらずの腕前だよ。くそったれ」


「???」


 アークとヨウランが何を言ってるのか分からないアマネ。その横ではレイチェルがニマニマ顔を浮かべて得意そうにしている。


「あのな、アマネ。コイツは今、三発の弾丸を全て同じ所に撃ち込んだんだよ。寸分の狂いも無く、全て同じ位置にな」


「……は?」


「えっへん!」


「レイチェル、すごーい!」


 深々と一点に穴を穿たれたコンクリートと、レイチェルの顔を見比べる。意味は分かるが理解出来ない様子のアマネに満面のドヤ顔でアピールするレイチェル。そうこうしているうちに弾痕の周囲にヒビが走っていき、とうとうコンクリートは真っ二つに砕けてしまった。


 いわゆるワンホールショット、一発目に開けた弾痕を目標として同じ位置に撃ち込む、まさに針の穴を通すような技術だ。距離はおよそ20メートル、比較的精度が落ちると言われるオートマチックで成功させるあたり、レイチェルの腕は疑いようがない。


「いい、アーク君? 銃は強力な武器だけど、扱い方次第で危険なものにもなるのよ〜?」


「わかったー!」


「危険なのはオメーの無茶苦茶さ加減だよ……」


「うふふ、聞こえないわ〜。さぁ、銃が下手っぴなヨウランは放っておいて、二人共頑張りましょうね〜。まずは300メートル先の標的を肉眼で命中させる位かしら〜?」


「いやあの、そんな距離を狙うのは……」


「がんばるー!」


「アーク君はやる気十分ね! アマネちゃんも負けてちゃ駄目よ〜!」


「いや、別にそこで張り合うつもりはありませんって……」


「レイチェルー、これどうやってつかうのー?」


「よーし、おねえさんが手取り足取り、ついでに腰も取りつつ教えてあげちゃうわ〜!」


 何故か両手をワキワキさせ鼻息を荒くしながらアークへと近づくレイチェル。その様子は完全に不審者のソレである。先程は子供同然のアークには手を出さないと言った言葉が虚しく思える。


「……レイチェルさん! 私にも! 私にもちゃんと教えてください!」


「あらあら、アマネちゃんもやる気が出てきたようね! おねえさん嬉しいわ~!」


「ケッ……勝手にやってろっての」


「すねないの、ヨウラン~。あなたの射撃もちゃんと見てあげるわ~」


「うっせぇ!」


 しかめっ面のヨウランを嗜めるレイチェル。その横ではアークに銃の基礎的な構造と弾の込め方をアマネが教えていた。撃鉄や引き金、安全装置など、一通りのレクチャーを済ませたが、当のアークは理解できたのか怪しいとアマネは感じてしまう。


 アークは見た目こそ成長期真っ盛りの少年だが、その中身は善悪の区別や社会秩序を理解できるかどうかといった幼い精神性だ。いくらなんでも彼に銃器を扱わせるのはやはり危険なのでは、と不安になったとき。


 突然、猛禽類か何かを思わせる鋭い目付きとなったアークはハンドガンを両手で構え足を肩幅ほどに広げつつ、先程レイチェルが真っ二つに撃ち抜いたコンクリートブロックに狙いを定める。グリップをしっかりと、それでいてほどよく脱力させた構えは熟練者のソレを思わせるほど。そして引き金を素早く三回。


 乾いた破裂音が連続して三回。オートマチックの機構は力強い動作で次弾を装填し、銃口からは薄っすらと硝煙が立ち上っていく。


「ちょっとアーク!」


「てめぇ、いきなり撃つんじゃねェ! アブねェだろうが!」


「そうよ、アーク君~。銃は便利だけど、危険な武器なんだから……って、あら~……」


 アークが撃ち抜いたコンクリート。そこには二つの弾痕が至近距離に刻まれていた。


「んー……? はずれたー?」


「ハハッ! なんだよアーク、初めてにしては上手いじゃねぇか。三発中、二発は命中してるぜ!」


「さっきの構え方も様になっていたし……本当は初めてっていうの、嘘なんじゃないの?」


「…………」


 アークの射撃に二人も負けじと別の標的を狙い、次々と発砲していく。アマネはへっぴり腰が原因で的にカスリもしないが、ヨウランはそれなりの腕前を披露していく。


「ねぇアーク君〜?」


「なにー?」


「……いえ、なんでもないわ〜。その銃、反動のブレが少し左に出るから、連射するときはそこに気を付けると安定するわよ〜」


「あ! そーいうことかー! なるほどなー!」


 先程から首を傾げていたアークはそのアドバイスで何か合点がいったようだ。そしてレイチェルはいつものニコニコ顔で彼の様子をじっと見つめている。


(……さっきの三発は全部命中していたわ。私の真似をしてワンホールショットを試みたようだけど……流石に銃のクセは分からなかったみたいね)


 アークの様子からすると、彼は本当に銃の初心者なのだろう。彼が嘘を吐く理由も無いし、今も硝煙の匂いに慣れないのかしかめっ面をしている。


 だが、レイチェルが見た彼の射撃は文句無しの一言だった。視線は目標への一点を見つつ、それでいて視界を広く周囲もきちんと把握しているようだったし、反動を抑えるのに必要以上力まない身体、そして生来の超感覚。これらが組み合わさったのならば、あの精確な射撃も一応は納得がいく。


 だが、本当にそれだけなのだろうか? いくら常人離れした身体能力と五感を備えていたとしても、射撃とは純然たる技術スキルの賜物だ。偶然にしてはいくらなんでも出来すぎている。


(うふふ、おねえさん楽しくなってきちゃった……!)


「さぁ、みんなで勝負よ〜! 十発の弾丸をどれだけ正確に命中させられるか! 一番下手っぴな人が今日の夕食奢りね〜!」


「は?! おい待てなんでそうなる!」


「おごりー? ごりー!」


「え、もしかして私の奢りで確定なんじゃ……?」


「そうね〜それだと不公平だから、アマネちゃんは特別に私とのチームよ〜! これで安心!」


「やたっ!」


「クソっ! せめてアーク! テメェには負けねぇからな!」


「なーなー、おごりってなにー? うまいのー?」




 * * *




「ところでヨウラン〜? あなた、なんで今日は街の大通りにいたのかしら〜?」


「は? 別に理由はねェよ。いつものランニングコースでたまたまアマネとお前たちに出くわしただけだよ」


「あらら〜おかしいわね〜? あの大通り、いつものコースからは随分と離れているし、何より買い物客が沢山いて走りにくいんじゃないかしら〜?」


「ぐっ……! たまたま! 偶然だ! 気分転換に別のコース走ってもいいだろうが!」


「へぇ〜! それじゃあ今朝、私が外出する時からずっとあなたが後ろにいたような気がするのも、もしかして偶然かしらね〜?」


「なっ……?! き、気づいてたのか?! 最初から?!」


「うふふ、さてさてどうかしら〜?」

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