第二十三話

「…………」


 柔らかな陽光が降り注ぐ。カルランの街でも一番の大通りは買い物客やカフェテラスでおしゃべりをしている人たちで賑わっている。市場に続く目抜き通りだけあって、様々な商店や露天、軽食喫茶なども充実しており、用は無くともなんとなく過ごしてしまうと評判だ。


「…………」


 季節は晩春から初夏へと移り変わるかどうか。人々の装いも少しずつ涼やかなものに変化するのが日に日に分かる時期だ。そんな中、周囲とは真逆に黒の上下、つばの広い帽子を目深に被ったサングラスとマスクという出で立ちの人物が。とある店先に置かれた大きめの鉢植えに隠れるようにしているその人物は、とある一点を監視するかのようにチラチラと伺っていた。


 見ようによっては紫外線とお肌を気にする御婦人にも思えるが、しかしその明らかに挙動不審な様子ではその線も薄いようだ。


 遮光レンズで遮られているものの、その様子から丸わかりな視線の先には、燃えるような赤い髪の少年と淡い桃色の髪をゆるくカールさせている女性の二人組だ。何やら親しげに会話を交わしているようだが、ここからでは何を話しているのか分からない。


「うーん、もう少し近づかないと聞こえないわね……でもあんまり近いとバレちゃうかも……」


 明らかに不審者としか見えないその人物は、自分では上手く周囲に溶け込んでいると思っているらしいが、しかし実際には怪しすぎて誰も見て見ぬ振りをしているだけなのだった。


 そして、その不審者に近づく影が一つ。


「……オイ、何やってんだ? アマネ」


「うぇぇぇ!? って、ヨウランさん!」


 カジュアルで動きやすそうなスポーツコーデで纏めたヨウランが呆れ顔でそこに立っていた。自主トレの帰りなのかその手にはタオルと空になったボトルが握られ、ポニーテールにした黒髪は汗で少ししっとりしていた。


「このクソ暑いのによくそんな格好できるな? つーかダセェ!」


「う、うるさいですよ! ダサいじゃなくて、地味と言ってください! っと、静かにしてなきゃ……」


 指を口に当て、静かにしろという無言で訴えかけるアマネ。何のことやらサッパリ分からないヨウランは首を傾げてしまう。


「うめー! このよくわからないにく、うまいー!」


「ふふふ、気に入ってくれておねーさん嬉しいわ~」


 どこか聞き覚えのある声がしたヨウランは辺りをキョロキョロと探す。


「ははーん? ナルホドなぁ……?」


「な、なんですか! そのニヤニヤ顔は!?」


「いやなに……レイチェルとアークがしてるのが気になって気になって、そんな格好をしてまで後を追っかけてる奴の面を見てる顔さ」


「ぐ……ぅ……!」


「睨むな睨むな! あんまり騒ぐとバレちまうぞ?」


 思い出したようにその場にしゃがみ込むアマネ。この位置では確かにアーク達から死角となるだろうが、その反対側の通行人からは丸見えである。しかし、過ぎゆく人々の「なんだこの不審者は……」という視線は今のアマネには関係ない。


「あっ、二人が移動しますよ! ヨウランさんも静かについてきてくださいよ!」


「あっ、オイ! 何でアタシまで……!」


「こうなりゃ一蓮托生ってやつですよ!」


 手首をがっちり掴まれたヨウランは引きずられるようにどうにかアマネの後を追う。強引に振りほどこうとするが、その握力にヨウランは少し驚いた。


「い、意外と力があんのな、アマネ」


「鍛えてますから! エンジニアだって体力仕事です!」


「お、おう……」


 とはいえ、本職の軍人かつヴァルクアーマー乗りであるヨウランが本気を出せば、アマネが鍛えているという程度では太刀打ちできないのは明らかだ。しかしヨウランは彼女の気迫に負けて仕方なくついていくことに決める。


「ま、アタシだって気にならないといえば嘘だしな……」


「何か言いました?」


「何も!」




 * * *





「……屋台で軽食を五件くらい回った後、大衆食堂で大盛りご飯をおかわり、さらに食後のデザート……」


「見てるこっちまで満腹になっちまう……」


 しばらくアークとレイチェルを尾行していた二人は呆れ顔でその様子を伺っていた。


「アークったら……あんなに沢山食べたら夕食が食べられないってあれほど言ってるのに……!」


「お前はアークの母ちゃんか……っつーか、ツッコミ所がちげぇよ」


「むっ……また移動するようですよ! ヨウランさん、隠れて!」


 最近、中央から出店してきたという有名スイーツ店の看板メニューを一通り味わったアークは満足そうな顔を浮かべ、これまたニコニコ顔のレイチェルに連れられ店を後にする。今までは街の中心部、繁華街や商店街近辺を周っていた二人だが、今度は街外れの方向へと歩みを進めていく。


「……いったい、何処へ向かってるんでしょうね?」


「この先にゃあデートにお誂え向きなモンなんて何もないぞ? 工場とか見て楽しめるもんなのか?」


 カルランの街は周辺の農地や牧場から野菜や畜産物が集まる巨大な市場のような街なのだが、工業がまったく行われてないわけではない。主に南側には小規模・個人経営の町工場がポツポツと点在し、アーク達が向かっている方には大きな設備の整った工業区域がある。


 とはいえ、他の街と比較すればその規模はさして大きくない。日用品やちょっとした金物、あとは軍に卸すヴァルクアーマー用の部品なんかを製造している程度だ。これが大小様々なメーカーが集まり、大規模な製鉄所を中心に発展した工業都市などであればライトアップされた工場の夜景が綺麗だという話ではあるが。


「私は楽しいですけどねー配管や建屋の配置なんかは物凄い精緻な設計と工夫が凝らしてあって、見てて飽きませんよ」


「あっそ……ん? 待てよ……この道の先って……」


 アマネの感性をいまいち理解出来ないヨウラン。暫くして彼女はこの道の先にある施設群を思い出す。


(そうだ……確かこっちは工業区の手前にがあるじゃねぇか!)


 ある程度の人口を抱える街であれば、大抵はあるという花街。その大半は少々な飲み屋であったり、擬似的な恋愛体験が楽しめるといった店舗が軒を連ねている。いかがわしい雰囲気とその特殊な業態から、商店街や中層クラスの住宅街から多少離れた場所に集中し――つまり、昼間からこんな所を彷徨く人は少ない。


 もちろんそういった施設は通常、男性の利用が殆どを占めるのだが、男女のペアでそういった地域に赴くとすれば目的はひとつとしか言えないだろう。


(まずいまずい……これは非常にまずいぞ……! アマネは気づいてねェみたいだが、男と女が二人してこんな所を歩いてるってだけでウワサが立っちまう……!)


 二人を追う事に夢中なせいか、それともそういう事にアマネは疎いのか、果たして分からない。しかし、他には取り立ててデートコースになるようなものは思いつかない以上、ほぼ確定なのではないか。


(レイチェルのやつ……アークが何にも知らねぇからってそれは無いだろうに……そういう趣味なのか?!)


 同僚の趣味嗜好について人知れず葛藤するが、そんなことは露知らず。レイチェルはアークを連れてどんどん歩いていくうえ、アマネはずんずん追いかける。そして無常にも、花街の入口付近にまで到達してしまったではないか。


(ああもう! こうなりゃイチかバチか、アマネを殴ってでもこの場から立ち去るべきか……?!)


「お、おいアマネ……」


「しっ! 二人が立ち止まりましたよ! ……なんか、やたらピンクの看板が並ぶ通りですね、ここ」


 どうやらソッチの知識は疎かったらしく、アマネは通りの向こうを興味深そうに眺めている。ヨウランは意を決して、アマネの後頭部に狙いを定めると――――


「なー、アマネとヨウランはなにしてるのー?」


「ひぎゃああああ?!」


「うわぁぁぁぁぁ?!」


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