第二十二話
「ぐぅ……ようやく出られた!!!」
完全停止したファイティングウルフの腹部からほうほうの体で這い出たグレン。機体の原動機たる魔力炉はアークスターのロングソードによって串刺しにされ、そのせいで魔力は枯渇してしまっている。本来ならば補助動力としての電源バッテリーが備え付けられているのだが、自身の炎魔法による熱気でそちらも放電しきっていたのだ。
あれだけの熱戦、今のグレンは軽度の脱水症状と熱中症になりかけているのだが、もはや気合と根性で立っているにも等しい。ふらふらとした足取りでアークスターの方へと歩みを進めると。
「グレンー! かったのはおれー! いえーい!」
アークスターの腹部が上下に割れ、内部からアークの眩しいまでの笑顔が覗く。彼も相当なダメージを受けているはずなのだが、傍目にはその様子は全く見られない。それどころか、直立姿勢の機体からそのまま飛び降りてきたではないか。およそ二階建ての建物ほどの高さから猫のようにしなやかな着地をしてみせるアークにグレンは驚きの目を向け、そしてその大きな口を開いた。
「善い戦いだった!!! 今回勝ったのはアーク君、君という結果に終わったが次は俺が勝つぞ!!! しかし君ほどのタフネスは見たことがないな!!! 一体どういう訓練を積んできたんだ?!?!」
「くんれんー? よくわかんないけど、にくをたべればげんきいっぱい!」
「肉……そうか、健康な肉体は健康的な食事からか!!! 面白い、古より伝わる東方の言葉には毎日の食事は医療行為と等しいという考えを実践しているのだな!!!」
何か一人で納得しているグレン。細かいことには拘らないのが彼の数少ない美点だが、拘らなすぎるのは一周回って問題がある。
「アークー!」
と、そこへ管理棟から走ってくる影が。アマネの足取りもどこか覚束ない様子で、やはり先程の熱波が足に来ているのだろう。その後ろを先生たちも追ってきていた。
「あ、アマネー! いわれたとおり、グレンをぶったおしたよー!」
「よくやったデス、アーク! あとでお菓子買っちゃるデス! それからグレン!」
先生はもうダメージを克服したのか、軽やかなステップで宙に舞い、そのままグレンの胴体へとドロップキックを放つ。いくら小柄な先生といえど、今のグレンは防御も回避もできずまともに食らってしまった。
「ごふぅっ?!?!」
「おいこらグレン! あれほど魔法は禁止って言ったのにデス! 私達を殺す気デスか?!」
「し、しかし先生!!! 俺の実力をマリアさんにきちんと知ってもらうためには……!!!」
「うっさいうっさいデス! あんまり度が過ぎると
「……このまえ、先生のおやつを勝手に食べたらマジ切れしてたけどな」
「その前は天気が悪い、ってだけで空に怒鳴り散らしてたわ~」
「先生の宇宙は広いようで狭い……これなら宇宙旅行も楽だね。というかヨウラン、人のものを勝手に食べたらいけないよ……」
突っ伏すグレンをむんずと踏みつけ喚く先生。やれお前の戦い方は猪突猛進だ、やれ周囲の状況を把握していないなど、最初こそ説教の体をなしていたが、次第に研究の資金繰りが面倒だの、お気に入りのパン屋が閉店しただの、殆ど八つ当たりになってきている。
「……先生とグレンは放っておいて……アーク、怪我はない?」
「うんー! だいじょうぶー! アマネはー?」
「私は平気よ。マリアさんの氷結魔法のお陰でお肌が乾燥しただけよ……それにしては乾きすぎだけど。それにしても、よく魔力炉がヴァルクアーマーの頸部の付け根って知ってたわね」
ちらりとグレンのファイティングウルフを見やるアマネ。地面に横たわっているその機体の首元、胸部との境あたりには深々とロングソードが突き刺さっているままだ。ここからでは見えないが、その切っ先はヴァルクアーマーの原動機たる魔力炉を貫通しているはずだ。
魔力炉は人間でいう心臓に当たる機関であり、全身の人工筋肉はこの魔力炉から伝達される魔力によって稼働している。その魔力炉を破壊されては、どんな機体も、どんなパイロットも戦闘不能になってしまうのだ。そのため、魔力炉本体を防護するように分厚い装甲板で覆われているはずなのだが。
「んー、
「……それだけの理由で、あの部位を狙ったの?」
「そうだよー!」
ニコニコ笑顔でアークは言ってのける。その様子に嘘偽りは無さそうだし、これまでの短い付き合いからアマネはアークが本気で言っているのだろうと確信できてしまう。
「いや、理屈としては正しいんだけど……そもそもヴァルクアーマーの胴体は魔力炉やコックピット防護のために相当苦労して適切な装甲厚と配置をしてるのに……」
アマネが設計したプロトスター、改めアークスターも、デバイスやコックピット保護の為にその構造と防護性能には苦心させられた。それだけ重要な部位であると共に、機体設計の要ともいえる魔力炉をたったの一突きで破壊されたのではファイティングウルフの機体設計者も浮かばれないだろう。
実際にはたとえ並の機体を上回る出力のアークスターであっても、一撃で魔力炉のみを精確に破壊することは難しい。よく鍛えられたロングソードではあるが、機体中心に配置された何重もの装甲板を一突きに出来るほどではないのだ。
ではなぜ、現実にアークスターはファイティングウルフを一撃のもとに仕留めたのか。これは様々な要因が考えられるが、偏にアークの超感覚的な操縦技術、そしてグレンの炎魔法によるものが大きいだろう。
アークは持ち前の常人離れした動体視力と瞬発力でここぞ、という一番のタイミングで突きを放った。理論的なことは何も知らないアークだが、直感的にもっとも力が乗る瞬間というものを理解しているのだろう。そしてアークスターの膂力が組み合わさることで鋭い一撃を生み出したのだ。
さらにはグレンの炎魔法も、結果的にはその一撃を後押しした。突きの瞬間、ファイティングウルフは加速途中であり、自ら剣へと突き刺さりにいく形となってしまった。しかも、炎魔法による強烈な熱は外殻装甲の強度を低下させていたことも要因の一つだ。
(ま、偶然が重なったとみるか、全てアークの実力とみるかは判断が難しいところデスね……)
「ぐぅ……!!! ところで先生、いい加減にそこをのいてくれませんかね!!!」
「だまらっしゃいデス! グレン、お前は罰として研究所で掃除に雑用を一週間やってもらうデス! その間、ヴァルクアーマーへの搭乗は禁止デスよ!」
「な、なんと?!?! だがしかし!!!」
「ふっふっふ……別部隊の所属だからそんな権限が無いと思ってるデス……? お前とこの部隊長、それに基地司令は色々と私に
先生の表情は至って可愛らしい少女のものだが、その発言の裏はおどろおどろしいものを含ませている。まるで地獄の悪魔のような恫喝だが、もはや抗う気力がグレンには無かった。
「ま、なんでもいいわ。今の戦闘でアークスターの内部ダメージが気になるし……アーク、ちょっと機体を格納庫まで動かしてちょうだい」
「わかったーアマネー」
「おいおい、模擬戦でこんな損傷負うなんてシャレにならねぇぜ……」
「でも、私達の機体も熱波の直撃を受けているんじゃない~?」
「これは……しばらくの間は整備部に頑張ってもらうしか無いようだね。頼むよ、アマネ」
「うっ……そりゃそうですよね……」
アークスターとファイティングウルフの戦闘から離れた場所に駐機してあったヨウランたちの機体だが、流石にそのまま運用するのは危険だろう。特に彼女たちの機体は特別仕様のカスタム機、一般用の量産機よりもデリケートな部品を使っている関係上、メンテナンス頻度が高いに越したことはない。無論、アマネ一人で四機ものヴァルクアーマーを整備するわけではない。だが、それでも彼女の負担が大きいことには変わりないだろう。
「直近は出撃任務もダンジョン探索も予定に入って無かったから良いけどよ、その間はどうすんだ? 今更一般機のウルフじゃ、訓練にもならねぇぜ?」
「そうだね、こればっかりは仕方ないけど。おっとそういえば、任務続きで年次休暇が溜まっていたはず……これを機に少しは消化しておかないと」
マリアたちも広義では職業軍人であり、任務やシフトに影響が無い限りは休暇申請が出来る。街の防衛や裏方、事務方は比較的シフトが組みやすいこともあり、休暇申請率は高いのだが、大境界の守備部隊や多くのヴァルクアーマーパイロットはその任務の性質上、休暇が取りにくいと言われている。特にスターライト隊はダンジョン探索など長期任務も多いため、年次休暇を消化しきれず失効してしまうのだ。
「あー……そういえば……せっかくの休み、消化しねぇと勿体ねぇしな」
「久しぶりに買い物でも行こうかな。服も新調したいしね……着る機会は少ないけれど、良い息抜きにはなるだろうし」
「そうよね、たまには息抜きしないとね~。あ、そうだわ!」
レイチェルは何かを思いついたのか、機体に乗り込もうとするアークの方へと駆けていく。
「アーク君~? 明日、おねえさんとデートしましょう~?」
スターライト隊に衝撃が奔る。
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