第二十七話
古代文明の遺跡、つまりダンジョンは例外なく地下に作られている。この「例外なく」とは、古代文明のものと思われる遺跡群や遺物、または文明の欠片に相当するものが地上では殆ど見付かっていないことに起因する。
古代文明があったとされる地は現在、メラトゥス大森林という深い樹海の奥地だ。その為、地上に残っていたであろう遺物は殆どが長い年月をかけて破壊、風化されてしまったと考えられている。人を寄せ付けない過酷な大自然、その中にあっては高い技術を誇った古代文明の遺跡も地下以外は木々に侵食されてしまい跡形もないだろう。
考古学者や研究者の間では、古代文明が滅びたのはおおよそ今から千年ほど前だと言われている。大境界からこちら側、人類の住まう各地に残っていた古い資料や文献から類推しての事だ。だが、如何せん現存する資料そのものが少ない上に、その資料の正確性を確認するだけでも一苦労なのだ。その為、ひょっとしたら五百年前だとか、いやいや三千年も前だ、という研究者も少数ながらいる。
そして僅かながらダンジョンの最奥から発見される貴重な遺物や資料となり得る断片。これらを発掘するのも調査隊の任務であり、時には魔物退治よりも重要な意味を持つ。アークスターに搭載された超技術の塊であるデバイスも、その成果の一つというわけだ。
ちなみに、ヴァルクアーマーの前身であるヴァルクワーカーの開発がおおよそ三百年ほど前なのは歴史的事実からも確実な事だ。その頃の資料や戦闘の傷跡は今でも残っている。そして、ようやく人類は本格的な魔物への対抗手段を手に入れた時代ともいえる。
では、それ以前はどのように魔物の脅威へ対処していたのか? 詳しい事はやはり資料の散逸などにより不明だが、一説では四~五百年ほど前の時代では現代ほど魔物の脅威があまり無かったのではないか、とも言われている。
それが何を意味するのか、現代の研究者たちは今も頭を悩ませていた。
『……よし、この階層にも魔物はいねェみたいだぜ』
翌日、スターライト隊のヴァルクアーマー各機はダンジョン内部に侵入していた。
事前の探査でも判明していたことだが、このダンジョンは
『油断は禁物だよ、ヨウラン。探査装置でも微弱な電波はキャッチされたんだ、ひょっとしたら最深部で魔物が待ち構えているかもしれない』
『とはいえ、この様子だと……』
先行するヨウランのフラッドウルフと合流する道中、レイチェルは周囲を見渡す。ヴァルクアーマーの重量にも耐えられるはずのセメント製の通路はあちこちがひび割れ、一面が深緑の苔に覆われている。そこにはヨウラン機のものと思われる足跡しか残っていない。ということは、ここ最近でこの通路を通ったのは誰もいないということになるだろう。
『かびくちゃーい! でも……ちかくにまものはいないよー』
風通しの悪い地下のせいか、はたまた死んでいるダンジョンだからか、アークはカビの匂いに辟易しながらも自慢の鼻をヒクヒクとさせていた。
『周囲の状況といい、アーク君の鼻にも魔物が引っかからない……このまま何事も起きなければいいんだけどね……』
マリアの駆るアイシクルティーガーが一歩ずつ、慎重に歩みを進める。いくつものダンジョンを探索し、その度に数多の魔物を撃破してきた彼女だが、こういう時ほど慎重にならなければいけないということを彼女自身がよく理解している。
細かく周囲に気を配り、魔物の待ち伏せや侵入者迎撃用の罠に備える。地上からの通路がこの一つとは限らない、もしかしたら魔物だけが知っている抜け道があるかもしれない。最下層のフロアにはまだ魔物が潜んでいるかもしれない。こうした悪い状況を予め想定しておかなければ、咄嗟の事態に遭遇したとき隊長として適切な判断を下せないのだ。
その上で「やっぱり何もありませんでした」なら、それでいい。ただの気苦労で終わるなら安いものだ。
だが、物事には絶対という事は無い。スターライト隊の隊長である彼女はその職務上、あらゆる事態を想定し、そして必要とあらば適切な判断を下さなければならない。それがどんな選択であっても。
『
『
『
『わかったー!』
* * *
しかしマリアの警戒も虚しく、スターライト隊は順調に階層をどんどんと降りていく。丁度、一行は下の階に降りるための巨大な斜行エレベーターへと差し掛かる所だった。
『ふむ。ここは物資か何かの搬入用として使われていたのかもね』
『こりゃ広いな。それにこのプラットフォーム……相当な重量を昇降させてたようだぜ』
『でっかいとんねるー!』
『でも駄目ね〜。電力が来てないようだし、そもそもレールや駆動部が壊れてるみたい。ロープを張って降りるしか無さそうだわ』
見れば、どこまでも下方に続く急勾配を登り降りする筈のプラットフォームはレールが歪み、少し斜めにズレているようだ。これでは作動以前の問題だろう。
マリアのアイシクルティーガーが装備しているバックパックにはダンジョン探索用の各種アイテムが詰め込まれている。いわゆるサバイバルキットであったり、簡単な怪我の縫合や医薬品、不味い事で有名な非常食、そして強固な壁を破壊出来る高性能爆薬などなど。
そんな様々な便利アイテムが詰まったバックパックからレイチェルのブラストウルフが取り出したのは束になったロープ、それも太さが人間の手首の半分ほどもあるようなやつだ。鋼鉄製の子線を何重にも撚り合わせた特別製のワイヤーで、ヴァルクアーマーの重量なら十分に支えられる強度を持っている。
それを二本、エレベーターシャフトの基部に引っ掛けてその強度を確かめる。弦楽器の低音のような振動がだだっ広い空間に響き、これなら降下中の荷重も大丈夫だろうと判断する。
『よし、一機ずつ慎重に降りていこう』
下の階層までは目算でおよそ30メートルほど。ぎりぎりワイヤーの長さが届くほどだ。急勾配を滑らないよう、気を付けながらフラッドウルフとブラストウルフの二機は降りていく。
『さぁ、私が周囲を警戒しているから先に降りるといい、アーク君』
『ここ、おりればいいのー?』
『ああ、ワイヤーを掴んで……って、ちょっと!』
突然アークスターはエレベーターシャフトへと飛び出す。マリアが止める間もなく、アークスターは斜面を器用に滑りながら降りていくではないか。幸い、この斜面はひび割れや凹凸が殆ど無く、アークのような抜群の平衡感覚を以てすれば容易い事なのだろう。
ヴァルクアーマーの足裏は分厚い靴底のように頑丈な鋼鉄板が装着されており、当然ちょっとやそっとの摩耗ですり減ったりはしない。だがセメントの方は別で、アークスターが滑り降りていった跡が砂埃と共に一直線に伸びていく。
そして機体をしゃがませたかと思うと、軽く跳躍。そのままくるりと前転宙返りを決めつつ華麗なフォームで着地してみせた。
『おいこらバカアーク! そんな事したら機体の膝や足首に要らねェ負担が掛かっちまうだろうが!』
『そうよ〜無茶はおねえさん許しません!』
『ぶー! アークスターはつよいから、へっちゃらだってー!』
『やれやれ……君には敵わないよ』
呆れ返るマリアはこういう時に叱るべきなのか、それとも巧みな操縦技術を褒めるべきなのか迷ってしまう。
(アーク君の技量はずば抜けている……従来とは異なり、パイロットの思考をそのまま機体に反映させるという操縦方法というのもあるだろうが、それ以上に彼の身体能力に基づく感覚とセンスが飛び抜けているんだ。それも、文字通り自分の身体のように動かせるほど)
正直なところ、ヴァルクアーマーの操縦において多少なりとも自負を持つマリアでも、今のアークような真似は出来ないだろう。
(この能力、万が一……いや、止そう。いくら出生に秘密が多いとはいえ、今はそういった兆候もない。やれやれ、いちいち他人を疑う癖が付いてしまったようだね)
コックピットで自嘲気味に笑ってみせるマリア。他の誰かに見られる事は無いが、それでもすぐに普段のクールな表情を取り戻す。
彼女の脳裏によぎった、とある想像。言ってしまえば彼女なりの責任感と職務に忠実な表れでもあるのだが、それでもマリアは多少なりとも罪悪感を感じてしまう。
「もしアーク君が敵になってしまったら、か……そんな事は万に一つも無いだろうが、その時に彼を止められる者は共和国にいるのかな?」
『隊長〜? どうしました?』
『いや、なんでもない。私もこれから降下するから、引き続き警戒を怠らないでくれ』
アイシクルティーガーが二本のワイヤーを握る。マリアは何故だか、そのワイヤーの細さが酷く心許なく感じてしまうのだった。
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